第102話 秘めたる価値
神崎は、机に置かれた資料を、静かに手に取った。
表紙には、こう記されている。
異世界由来結晶体(魔石)の電力変換機構に関する実験的実証
研究者:桐生大吾
神崎は、一枚ずつ、目を通し始めた。
1. 目的
異世界から見つかった「魔石」は、莫大なエネルギーを秘めている。しかし、そのままでは強力すぎて、現代の電子回路を焼き切ってしまい、利用できずにいた。本研究は、この暴れ馬のようなエネルギーを、安全に「家庭用コンセントと同じ電気(百ボルト)」へ変換する技術の確立を目的とした。
2. 実験方法
力づくで抑え込むのではなく、「冷やして、綺麗に濾過する」という新方式を採用した。
一つ、極低温冷却。魔石を液体窒素(マイナス百九十六度)で極限まで冷やし、エネルギーの暴発を抑えて安定化させる。
二つ、ナノカーボン濾過。冷えた魔石の周りに、電気をよく通す新素材「グラフェン」の超微細な回路を配置し、魔石から出る未知の波動を、電子の並び——電流へと、綺麗に整流する。
3. 結果
実験の結果、魔石から以下の電力を、安定して取り出すことに成功した。
電圧、百ボルト。家庭用インフラに、そのまま直結可能。出力、一・五キロワット。一般家庭の家電を、十分に動かせる電力である。
実験室の照明や計測器は、故障や発熱を起こすことなく、魔石の電気だけで完全に作動した。
4. 結論
本実験により、未知のエネルギーを、現代の送電網にそのまま流せる安全な電気に変えるルートが完成した。この技術が実用化されれば、化石燃料の輸入や資源の枯渇問題は、すべて過去のものとなり、完全なクリーンエネルギー社会が実現する。
また、大規模なインフラに頼らずとも、魔石一つで一・五キロワットの電力を賄えるという特性は、個別世帯レベルでの、緊急時の自家発電装置としての活用にも道を開くものである。停電時や災害時、送電網そのものが機能を失った状況下でも、魔石さえあれば、家庭単位で電力を確保できる——そうした応用可能性も、本実験は示している。
神崎は、資料を閉じ、深く、息を吐いた。
ある科学者が起こした奇跡に、しばらく、言葉が出なかった。
数日後、神崎は、経済産業大臣・倉持がこの資料に目を通す日に合わせ、研究者本人——桐生大吾を、局に呼び出した。
―――
フリーランス記者の暮らしは、じわじわと、追い詰められていた。
単発の原稿料だけでは、家賃と借金の返済すら、綱渡りだった。ここ最近は、拓也たちを追う取材に時間を割かれ、他の仕事にまで手が回らなくなっている。
通帳の残高を、何度も確認しながら、記者は、あの電話の声を思い出していた。
——払った分の、働きを。
金の出所を、深く考えないようにしてきた。それでも、もう後戻りはできないところまで、来てしまっている気がした。
―――
国家情報局では、神崎が、監視班からの報告に目を通していた。
「記者への接触者、身元の特定はまだですが、通話パターンから見て、某国の関係者である可能性が高いと判断します」
「……やはり、そうか」
神崎は、資料を、指先で軽く叩いた。
「監視は、これまで通り継続。ただし、次のフェーズに移ります」
「次のフェーズ、というと」
「記者本人には、まだ気づかれないよう、周辺の接触先——特に、剣道部関係者や、学校関係者への聞き込みが入った場合は、即座に報告を。向こうが、記者を経由して、直接情報を取りに来る可能性があります」
「承知しました」
神崎は、それだけ告げて、報告書を閉じた。記者を泳がせながら、その向こうにいる存在の輪郭を、少しずつ、掴もうとしていた。
―――
王都の路地を、勇者パーティーの面々が、猛烈な速さで駆け抜けていく。
緒方から提供されたマウンテンバイクは、当初、街乗り用にと渡されたものだった。ところが、身体能力に恵まれた彼らの脚力にかかれば、その速度は、もはや常識の範囲を超えていた。
遠方の街へ出かける用事があっても、普通なら半日かかる距離を、その半分の時間で走り切ってしまう。
ただ、皆川だけは、他の面々ほどの体力を持ち合わせていなかった。遠出をする時は、誰かの荷台に乗せてもらい、風を切る仲間の背中に掴まりながら、移動するのが常だった。
「……皆川、しっかり掴まってろよ」
「う、うん……!」
結城の背中にしがみつきながら、皆川は、悲鳴混じりの声を上げていた。仲間たちの規格外の脚力は、こんなところにも、遠慮なく発揮されていた。




