005.竜
火球の残滓が風に流されて消えていく。
指先に残る熱を感じながら、俺はもう一度マナを練った。
「……次は、もう少し応用してみるか」
下級魔術は火球だけじゃない。
氷、風、土、水──基礎属性は一通り揃っている。だが、どれも“ただ撃つだけ”では意味がない。
マナの流れ、圧縮、放出の角度、速度──
魔術いうのはその全てが威力と精度に直結する。
短杖を軽く振り、マナを指先に集める。
「ウィンドカッター」
空気が震え、薄い刃が三枚、前方へ走った。
木の幹に当たると、紙を裂くような音がして、表皮が斜めに切り裂かれる。
「……おお、悪くない」
火球よりも消費が少なく、扱いやすい。
近接戦闘の合間に差し込むには最適だ。
続けて、地面に手をかざす。
「ストーンニードル」
地面から鋭い石の槍が突き出し、乾いた音を立てて砕け散った。威力は控えめだが、拘束や牽制には十分使える。
「よし、次は……」
マナで冷やすイメージを持ちながら、短杖を振る。
「アイスランス」
空気が一瞬だけ冷え、鋭い氷の槍が形成される。先ほどの火球よりも密度が高く、形状も安定している。放つと、槍は一直線に飛び、岩に突き刺さって砕け散った。
「強いな」
火球よりも貫通力が高い。魔術師としての戦闘の幅が一気に広がった。魔術の練習をひと通り終えたところで、ふと思い立つ。
「そろそろステータス、確認しておくか」
意識を集中させると、視界に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
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●●―――――○○
名前:リンドグラール Lv.12
職業:魔術師
体力:219
持久力:219
筋力:219
知力:412
精神力:412
マナ:1554
魅力:80
幸運:80
総合戦闘力:820
スキル:
職業スキル:分解、抽出、再構成、乾燥、下級魔術
称号:巨人殺し、一騎当千、オーク虐殺者
SP:274
●●―――――○○
「さすがにマナがえげつないことになってるな」
世界樹の祝福と真魔竜の心臓の効果が、ここまで露骨に出るとは思わなかった。マナステータスが1500を超えている。
これはもう、下級魔術師の領域じゃない。
苦笑しながらウィンドウを閉じる。
自分の精だが、ステータスのバランスが常識外れになっているらしい。
だが、悪い気はしない。
むしろ、胸の奥が熱くなる。俺は強くならないといけないからな。
「よし。次は中級魔術の準備だな」
塔へ向かう前に、もっと強くなる必要がある。この世界で生き残るために。
そして──
創造士に至るために。
短杖を握り直し、再びマナを練る。孤独な修行は、まだまだ続く。
それからの十数ヶ月は、ただひたすらに魔術の研鑽に費やした。朝は基礎魔術の反復、昼は魔物との実戦、夜は瞑想とマナサークルの運用。気づけば、山の気候が何度か変わり、空気の匂いすら違っていた。
火球の色は赤から青へ、氷槍は鋭さと密度を増し、風刃は音もなく木々を切り裂く。土槍は硬くなり本数も増え、水弾は速度も上がり密度も上昇した。
魔術の精度は日を追うごとに上がり、マナの流れも以前とは比べ物にならないほど滑らかになった。新たな属性として雷と水についても習得した。
そんなある日、成長を祝うかのようにアナウンスが響いた。
【称号「魔術師の極み」を獲得しました】
【職業スキル「中級魔術」を習得しました】
「……ようやく、中級魔術か」
中級魔術の習得は魔術師の終着点と呼ばれる。上級魔術はそれ以上の境地、大賢者や魔導士の領分。だが、手段が無いわけではない。今は無理だがもっと俺が強くなればいずれ可能だろう。
そして──
今日、念願だったその瞬間が来た。
「……カンスト、か」
瞑想から目を開けた瞬間、両胸の奥で2つの心臓の周りを回転する6個ずつのマナサークルが“完成された音”を立てていた。
魔術師としての成長限界──到達。
「よし、ステータス確認だな」
意識を集中させると、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
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●●―――――○○
名前:リンドグラール Lv.50⭐︎
職業:魔術師
体力:620
持久力:620
筋力:460
知力:1085
精神力:1060
マナ:2010
魅力:80
幸運:80
総合戦闘力:1540
スキル:
職業スキル:下級魔術(火・風・氷・土・水)、中級魔術(火・風・氷・雷)、竜言魔術(威圧、詠唱破棄、落星墜…等)、分解、抽出、再構成、乾燥
称号:巨人殺し、一騎当千、オーク虐殺者、魔術師の極み
SP:380
●●―――――○○
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「……知力1085って、普通にバグだろ」
思わず苦笑が漏れた。
世界樹の祝福と真魔竜の心臓の恩恵が、ここまで露骨に出るとは思わなかった。
精神力も1000を超え、マナの運用効率は以前とは比べ物にならない。
魔術師としての成長は、これで一旦の終着点を迎えた。
だが──
「ここからが本番だな」
塔へ向かうには、魔術師だけでは足りない。
創造士に至るためには、もっと多くの職業を極める必要がある。
そして、塔の上層には“魔術だけでは突破できない”敵が必ずいる。
ゲームでもそうだった。現実ならなおさらだ。
短杖を握り、塔の方向を見る。
雲を突き抜けるようにそびえる巨大な影。
この世界の中心であり、俺の求める答えがそこにあるだろう。
「……やっと次だな」
呟いた声は静かだったが、その奥には確かな決意があった。
魔術師としての修行は終わった。
次は──
ストレージから、大還丹を取り出す。ずっと飲むことをしていなかった秘薬。
手のひらに乗せると、丹薬とは思えないほどの重みと圧が伝わってくる。
これを服用すれば、内功ステータスが生成される。近接戦闘の底上げ。魔術との複合戦闘の強化。塔攻略に必要な“総合力”を手に入れることができるようになるだろう。
「……よし。次の職業、始めるか」
大還丹を見つめながら、深く息を吸った。
塔へ向かう準備は、整いつつあるとわかる。
「ここからが本番だな」
塔へ向かうには、魔術師だけでは足りない。
創造士に至るためには、次の職業を極める必要がある。
そして、塔の上層には“魔術だけでは突破できない”敵が必ずいる。
ゲームでもそうだった。現実ならなおさらだ。
大還丹を一度ストレージに戻し、俺はしばらく空を見上げていた。塔の影は相変わらず巨大で、雲の向こうまで伸びている。
あそこに行くには、魔術師だけでは足りない。魔術は強い。
だが、塔の上層には“魔術が効きにくい敵”もいることだろう。ゲームでもそうだったし、現実ならなおさらだ。それなら魔術一辺倒はよくないし、いろんな手札を持つべきだ。
「ようやく、付与術士だ」
付与術士。
武器や防具に魔力を宿し、性能を底上げする職業。他にも、自らや仲間に付与を施すバッファー、敵に呪いを付与するデバッファーとしても活躍が可能だ。
アルケミーと魔術師の相性が良いのはもちろんだが──
何より、創造士の解禁条件に必須だ。
ストレージから、古びた魔導書を取り出す。
ベルクライム・ロード時代に手に入れた、付与術士の転職アイテムだ。
表紙には、淡い光を放つ紋章が刻まれている。
「……これを使う日が来るとはな」
魔導書を開くと、淡い光が視界を包んだ。
【職業「付与術士」が選択されました】
【職業スキル「付与術」を習得しました】
【ステータス「親和力」が生成されました】
視界が戻ると同時に、体の奥に新しい感覚が生まれた。
マナとは違う、もっと“物質寄り”のエネルギー。
武器や防具に触れると、その流れが自然と理解できる。
「……これが付与術士か」
短杖を手に取り、試しにマナを流し込む。
杖の表面に淡い光が走り、魔力の密度がわずかに上がった。
「おお……これは便利だな」
魔術の威力を底上げするのはもちろん、近接武器にも応用できる。塔攻略には必須の職業だ。
そして──
この職業を極めれば、ついに“あれ”が解禁される。
「創造士……」
ベルクライム・ロードで、機巧魔技士の次に憧れた職業。生命を創り、世界を変える力を持つ、唯一無二の職業。普通のプレイヤーは3職まで。
だが、アルケミー × 魔術師 × 付与術士を極めた者だけが、4つ目の職業──創造士を解禁できる。
その条件を、俺は今まさに満たしつつある。
「……よし。付与術士もカンストさせるか」
塔へ向かう前に、やるべきことはまだある。魔術師としての力は十分だ。
だが、創造士への道はまだ半ば。
短杖を握り直し、深く息を吸った。
「ここからが本当の修行だな」
塔の影が、少しだけ近く見えた。
付与術士への転職を終えた翌日。
俺は朝から山の斜面に腰を下ろし、短杖を膝に置いていた。
「付与術の感覚、魔術と違ってまた面白いな」
マナとは違う、もっと“物質寄り”のエネルギー──親和力。
武器や防具に触れると、その流れが自然と理解できる。アルケミーで素材の性質を読み取り、魔術師としてマナを操ってきた経験が、ここにきて一気に繋がった気がする。
試しに、短杖へ親和力を少しだけ流し込む。
杖の表面に淡い光が走り、魔力の密度がわずかに上がった。
魔術の威力が底上げされるのが、手に取るようにわかる。
「これは強いな」
付与術士は、魔術師の“火力”をさらに押し上げる。そして、近接武器にも応用できる。塔攻略には必須の職業だ。
俺は立ち上がり、ストレージを開く。
「さて……そろそろ近接武器も見直すか」
魔術師としての基礎は固まった。
だが、塔の上層には魔術だけでは突破できない敵もいる。近接戦闘の底上げは必須だ。
ストレージの奥から、一本の刀を取り出す。
「……黒曜刀」
黒曜石と魔鋼を合わせて鍛えた、プレイヤーメイドの名品。もちろん製作者はカレナリエンだ。
刃は漆黒で、光を吸い込むような質感をしている。魔術適性は低いが、付与術士なら補える。特徴はとにかく頑丈であること。鋭さで切るというより、頑丈さで叩き切る剣のような使い方がメインという、ちょっと変わった武器だ。
刀を握ると、手にしっくりと馴染んだ。
何年も使っていたかのような錯覚──
これは、魔術師としてのマナ制御が“身体操作”にも影響している証拠だ。
「よし、試すか」
刀に親和力を流し込む。
刃が淡く光り、魔力が薄く纏われる。
袈裟がけに軽く振ると、空気が裂けるような鋭い音がした。少し遠くの岩がずるりとズレて落ちた。
「……取り扱いには注意が必要だな」
付与術士の力で、刀の切れ味は数段階上がった。魔術との複合戦闘にも使える。
続いて、もう一本の武器を取り出す。
「龍髭鞭……こっちも強化しておくか」
中距離用の武器としては最適だ。
鞭に親和力を流すと、鞭の表面に細かな紋様が浮かび上がり、魔力が脈動する。
「ふむ……これも十分使えるな」
刀、鞭、短杖。
魔術と近接の複合戦闘を前提とした装備が揃った。
あとは──
付与術士としての技術を磨くだけだ。
俺は刀を鞘に収め、深く息を吸った。
「よし、今日から付与術士の修行だ」
魔術師としての修行が終わったと思ったら、すぐに次の修行。だが、不思議と嫌ではない。
むしろ、胸の奥がじんわりと熱くなる。塔へ向かう準備は、着実に整いつつある。
付与術士への転職を終えてから数日。
俺は山の斜面で短杖と刀を並べ、付与術の基礎をひたすら反復していた。
親和力を武器に流し込むと、刃が淡く光り、魔力の密度が上がる。
魔術師としてのマナ制御、アルケミーで培った素材理解──
それらがすべて噛み合い、付与術は驚くほど自然に身についた。
「……付与術士、相性いいな」
短杖に魔力を流し、刀に親和力を流し、鞭に補助付与を施す。魔術と近接の複合戦闘を前提とした装備が、ようやく形になってきた。
付与術士として魔物を狩り、経験値を積み、レベルも10に到達した。
「さて……そろそろ、飲むか」
ストレージから、大還丹を取り出す。
掌に乗せると、丹薬とは思えないほどの重みと圧が伝わってくる。
大還丹は職業を解禁するアイテムではない。純粋に強くなるための強化アイテムだ。
全ステータス+100、濁気の排出、身体の最適化──そして、内功ステータスの生成。
テントの中に入り、深く息を吸う。
「……いくぞ」
丹薬を飲み込んだ瞬間、体内で何かが爆ぜた。
「っ……!」
熱い。全身の血が沸騰し、骨が軋み、筋肉が膨張するような感覚。
だが、魔術師として鍛えた精神力と、付与術士として得た親和力が、暴走しそうな力を押さえ込んでくれる。
どれほど時間が経過したかわからないが、マナサークルを全力で動員して気を体内に巡らせる。
やがて、熱がすっと引き、代わりに“澄んだ力”が全身に満ちていくのがわかる。
丹田の奥に、ひとつの“気の渦”が生まれた。
「……これが内功か」
マナとも親和力とも違う、生命寄りのエネルギー。身体操作、反応速度、耐久力──すべてを底上げする力だ。
「ステータス」
●●―――――○○
名前:リンドグラール Lv.10
職業:付与術士(アルケミー/魔術師)
体力:840
持久力:840
筋力:580
知力:1255
精神力:1180
マナ:2150
親和力:200
内功:100
魅力:180
幸運:180
総合戦闘力:2100
スキル:
職業スキル:付与術、下級魔術、中級魔術、竜言魔術(威圧、詠唱破棄、落星墜…等)、分解、抽出、再構成、乾燥、
称号:
巨人殺し、一騎当千、オーク虐殺者、魔術師の極み
SP:340
●●―――――○○
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「……やっぱり、バグだろこれ」
知力と精神力は1000を超え、筋力も580。
親和力200、内功100。
魔術師としても、付与術士としても、そして肉体面でも、
すべてが一段階上の領域に入った。
テントの外から、遠くで魔物の咆哮が聞こえる。
だが、今の俺には以前ほどの脅威には感じない。
「……塔に行く準備は、整いつつあるな」
だが、それでもゲーム時代の俺と比べるとまだまだ大人と子供ほど違う。
短杖を握り、刀の柄に触れ、深く息を吸う。魔術師としての修行は終わった。
付与術士としての基礎も固まった。身体も強化された。
残るは──
創造士への道。
「よし。次は付与術士のカンストだ」
塔へ向かう前に、やるべきことはまだある。
付与術士としての修行を始めてから、あっという間に約1年半が経過した。山の空気は乾き、風は鋭く、季節がいくつか変わっていた。今となってはこの魔物だらけの山にも慣れたものだ。ここの山は魔物をいくら倒しても減る気配がない。豊富な魔力により自然発生する仕組みなのかもしれない。
自分の庭先のように山を駆け巡り、連日狂ったように魔物を倒した。その間、俺はただひたすらに付与術を磨き続けた。自己強化、敵弱体、武器付与、魔術補助──
それらを複合して戦闘に落とし込む作業は、もはや日課になっていた。
気づけば、付与術士としてのレベルはカンストしていた。
「……よし。これで準備は整ったな」
短杖に魔力を流し、黒曜刀に斬撃強化を施し、龍髭鞭に雷撃付与を乗せる。
すべての動作が、もはや“呼吸”のように自然だった。
魔術師としての火力。付与術士としての強化・弱体。
アルケミーによる素材理解。
大還丹で強化された肉体と内功。
すべてが噛み合い、俺の戦闘力は明らかに以前と比べて“別次元”に到達していた。
塔へ向かう前に、俺はストレージから一つのアイテムを取り出した。
「《千里眼の宝珠》……こいつで確認しておくか」
ベルクライム・ロード時代に手に入れた、鑑定用の宝珠だ。
視界を宝珠に合わせると、塔周辺の魔物の気配が立体的に浮かび上がる。
そして──
その中に、ひときわ異質な存在があった。
「……なんだ、これ」
白い。
あまりにも白い。
宝珠に映ったその影は、雪のように純白の鱗を持ち、
巨大な翼は光を反射して淡く輝いていた。
だが、その存在感は圧倒的だった。
周囲の魔物が近づくことすらできず、
塔周辺の生態系が“その一点を中心に歪んでいる”のがわかる。
名前欄には、見たことのない文字列が浮かんでいた。
《白輝竜ルミナ=ヴェルザード》
「……俺が知らないってことは、新種かよ」
ベルクライム・ロードには存在しなかった魔物。つまり、ゲーム知識が通用しない相手だ。
だが、塔を背後に守るようにいるこいつは、ある種の門番なのかもしれない。となると、あいつを倒してしまうと、魔物が塔に押しかける可能性もあるのか。
殺さずに行動不能にする程度に痛めつける。おそらく、方法はそれしかない。
「……やるしかないな」
塔へ向かう山道を進むにつれ、空気が変わっていく。冷たい。まるで冬の山頂にいるような冷気が肌を刺す。
やがて──
視界の先に、巨大な白い影がゆっくりと姿を現した。
雪のように白い鱗。
光を反射して輝く翼。
瞳は淡い金色で、底知れない知性を宿しているように見える。
その名を、
《白輝竜ルミナ=ヴェルザード》
という。
むしろ神聖さすらある。
その存在感は圧倒的だった。
翼を広げれば、山一つを覆い隠すほどの巨体。ただそこにいるだけで、空気が震え、地面が微かに揺れる。
「……これが、塔の門番か」
ルミナ=ヴェルザードがゆっくりと首をもたげ、金色の瞳がこちらを捉えた。
その瞬間、空気が爆ぜた。
ただの視線だけで、普通の冒険者なら即死だろう。
だが──
今の俺は、もう“普通”ではない。
「《身体強化・瞬歩》」
足元の空気が弾け、視界が一瞬で流れる。
白輝竜へ向かって、俺は駆け出した。
塔へ向かう前の最終試練。
創造士への道を開くための、避けて通れない戦い。
白輝竜ルミナ=ヴェルザードとの戦闘が、今始まる。
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