010.異変の兆し
翌朝。
宿屋「風見亭」の食堂で軽く朝食を済ませた俺とイブは、ギルドへ向かって歩いていた。
というのも、実は理由がある。
情報収集というのもあるが、この世界のお金を手に入れる必要があるのだ。
ひとまずは塔で取れた手持ちの素材をギルドで換金したが、早めに資金が必要になった。
俺が持っていた硬貨はこの世界の貨幣として使えなかったのだ。
金は金でも、製作元が不明な硬貨は偽造と言われて使えなかった。まさに宝の持ち腐れというわけだ。
「リンデ様。本日はどの依頼を受ける予定ですか?」
「まずは様子見だな。第四層の魔物の強さも分からないし、街の周辺で軽めの討伐依頼にしておこう」
「了解しました」
イブは淡々と頷くが、どこか嬉しそうでもある。“冒険者としての仕事”というものに興味があるのだろう。ギルドに入ると、昨日の騒ぎのせいか、好奇心が混じった視線がちらちらと向けられる。
だが、誰も近づいてこない。
イブの“処理”が効いているらしい。
あれからというもの、襲ってくると思っていたあいつらはなりを潜めている。どこかで襲ってくると思って身構えていたのだが、そうでもないらしい。イブの折檻が効いたのかね。
「さて……依頼は──」
掲示板には面白いくらい大量の紙が貼られていた。
魔物討伐、採取、護衛、調査。
ランクはFからDが多い。
察するに、その辺りが冒険者のボリュームゾーンなのだろう。
「リンデ様。この依頼など、いかがでしょう」
イブが指差したのは──
【Eランク:街道沿いの魔物討伐】
• 対象:スラッグウルフ 3体
• 場所:リーベル南街道
• 報酬:銀貨12枚
「……スラッグウルフか。弱いけど、群れで出ると面倒なやつだな」
「はい。私たちはまだFランクですが、Cまでは受注可能と言われていますし、第四層の魔物の基準として確認するにはちょうど良いと思われます」
「よし、これにしよう」
「依頼を受けたいんですが」
「はい、スラッグウルフ討伐ですね。あなたたちにはちょうど良さそうですね」
受付嬢はにこやかに手続きを進める。
「気をつけて行ってきてくださいね。あ、昨日の件……大丈夫でした?」
「問題ありません」
イブが淡々と答える。
「そ、そう……ならよかったわ」
受付嬢は苦笑した。
南門を抜けると、広い草原と街道が続いていた。
風が心地よく、魔物の気配も薄い。
「リンデ様。魔物の反応、南東に三つあります」
「早いな。じゃあ行くか」
草原を進むと、灰色の狼のような魔物が三体、こちらに気づいて唸り声を上げた。
「スラッグウルフ……動きは速いが、耐久は低い」
「はい。リンデ様、指示をお願いします」
「じゃあ──イブは右の二体を。俺は左の一体をやる」
「了解しました」
イブは一瞬で距離を詰め、瞬歩で狼の背後へ回り込む。
だが──
昨日のギルドでの件を意識してか、“殺さない程度”に力を抑えている。
拳が狼の顎を軽く打ち上げ、狼はその場で気絶した。天魔神功ではなく、純粋な身体スペックによる体術で制圧していた。もう一体も、足払いからの掌底で沈める。
「……イブ。お前、手加減できたんだな」
「はい。街の近くでは、過剰な破壊は控えるべきだと判断しました」
「……成長してるな」
「ありがとうございます」
俺はスラッグウルフに向けて手をかざす。
「《風刃》」
風の刃が狼の足元を切り裂き、動きを止める。
続けて──
「《付与術・重圧》」
重力が狼を押し潰し、地面に沈めた。
最後に、白牙剣を軽く振る。
狼は一撃で倒れた。
「……ふむ。第四層の魔物なら、これくらいでも十分過ぎるくらいか」
「はい。リンデ様の魔術はやはり強力です」
三体の魔物を倒し、証拠部位を回収する。残った素材はストレージに放り込んでおいた。
「よし、戻るか」
「はい。リンデ様」
イブは少しだけ嬉しそうだった。
「……冒険者の仕事、楽しいです」
「そうか。ならよかった」
「はい。リンデ様と一緒ならどんな依頼でもこなせます」
その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。
街へ戻る途中──
ふと“視線”を感じた。
殺気ではない。
敵意でもない。
ただ、“観察するような視線”。
「……イブ。もしかして誰かが俺たちを見てるか?」
「はい。少し前からですね。ですが敵意はありません。距離も遠いので問題ありません」
「そうか」
昨日の男たちが思い浮かんだが、敵意がないということは違うだろう。
視線の方向へ目を向ける。
草原の向こうに、フードを深くかぶった“人影”が立っていた。
体格も、性別も、年齢も遠すぎて分からない。ただ、風に揺れるフードの隙間から覗く“視線”だけが妙に印象に残った。
まるで──
ただこちらを見定めるかのように。
だが、その人影は近づいてくることもなく攻撃の気配もない。
風が吹いた瞬間、人影は草原の向こうへ消えた。
「……気のせい、か?」
「いえ。確かにこちらを“見ていました”が、視線は消失しました」
「ならひとまずいいか」
俺たちはそのまま街へ戻った。
──この時の俺はまだ知らない。
あの“人影”が、後に深く関わる存在になることを。
スラッグウルフの討伐を終え、街へ戻る途中。
俺はふと、イブに視線を向けた。
「……イブ。そういえば武器は常に装備したままか?」
「はい。持ち歩くよりは便利ですので」
「……だよな」
イブはストレージもインベントリも持っていない。ホムンクルスとしての機能は優秀だが、“収納”という便利な技能を覚えてはいない。ここのところずっと野営をしていたせいか、そのへんがおろそかになっていたらしい。
このままでは、依頼が増えるほど不便になる。
「気が利かなくてすまん。イブ、ストレージアイテムが欲しくないか?」
「……ストレージ、ですか?」
「ああ。物をしまえる空間だ。俺の創造士スキルなら多分作れる」
イブは少しだけ目を見開いた。
「……リンデ様が作ってくださるのですか?」
「もちろんだ」
「……欲しいです」
その声は、いつもよりほんの少しだけ柔らかかった。
---
街道脇の大きな岩の陰に移動し、俺はストレージ指輪の素材を取り出した。
• 魔銀
→ 指輪の本体。軽くて丈夫。
• 空間石の欠片
→ 空間を安定させるための必須素材。
• 魔力伝導鉱
→ 魔力を通す“回路”として使用。
• 純化マナ結晶(小)
→ 創造士としての魔力を流しやすくする触媒。
「リンデ様。この結晶……とても綺麗です」
「純化マナ結晶だ。空間系の創造には相性がいい」
「なるほど……」
イブは静かに見守っている。
「《物質再構成》」
素材が空中に浮かび、ゆっくりと形を変えていく。
魔銀が細い輪へ、空間石が淡い光の粒子へ、魔力伝導鉱が内部の回路へ。
イブは息を呑んだように見えた。
「……美しいです」
「まだ途中だ」
「《概念付与:収納空間》」
指輪の内側に、“空間”という概念が流し込まれる。俺は仲間の装備に自重などしない。
容量は──1000マス。
許容重量は──10トン。
空間が安定し、指輪が淡く光った。
「……完成だ」
小さい純化マナ結晶が指輪にちょこんと乗っかっているシンプルな指輪が完成した。
完成したリングを鑑定する。
【ストレージリング:イブ専用】
• 容量:1000マス
• 許容重量:10トン
• 所有者認証:イブ
• 効果:
・収納/取り出しの魔力消費を90%軽減
・破損しない
・所有者以外は使用不可
「イブ。手を出してくれ」
「はい」
イブの白い手に指輪をそっと乗せる。
「……これはがストレージ指輪ですか?」
「ああ。お前が荷物で困らないように」
イブはしばらく指輪を見つめ──ゆっくりと指にはめた。……なぜか左手の薬指に。
その瞬間、指輪が淡く光り、イブの魔力に同調した。
「……リンデ様」
「ん?」
「……とても、嬉しいです」
「おう」
表情はほとんど変わらない。だが、声が少しだけ震えていた。……ように思う。
「ありがとうございます。一生大切にします」
「そう言ってくれるなら、作った甲斐があるな」
イブは試しに、討伐したスラッグウルフの証拠部位を取り出し、指輪を向ける。
「《収納》」
光が吸い込まれるように、証拠部位が収納された。
「……すごいです。とても便利です」
「だろ?」
「はい。リンデ様の創造物は、いつも美しくて、使いやすいです」
「褒めすぎだ」
「事実です」
イブはほんの少しだけ微笑んだ。
「よし。じゃあギルドに戻って報告するか」
「はい、リンデ様」
イブは指輪を見つめながら、静かに頷いた。
その横顔は、どこか誇らしげだった。
街へ戻った俺とイブは、そのままギルドへ向かった。
昼下がりのギルドは、朝よりも落ち着いている。酒臭い冒険者も減り、依頼掲示板の前には数人がいる程度。
「リンデ様。昨日より静かです」
「まあ、昼はこんなもんだろ」
イブは新しいストレージ指輪を時折、指先で触れている。
相当気に入ってくれたらしい。
「おかえりなさい。スラッグウルフの討伐ですね?」
受付嬢が笑顔で迎えてくれる。
「はい。証拠部位はこちらです」
イブが指輪に触れ、《取り出し》で証拠部位を机に並べる。
受付嬢は目を丸くした。
「……え、収納魔道具? それも、かなり高性能……?」
「まあ、ちょっとな」
「すごいわね……新人さんでこれは珍しいわよ」
受付嬢は手際よく確認し、報酬の銀貨を渡してくれた。
「はい、銀貨12枚。お疲れさまです」
「ありがとうございます」
イブも丁寧に頭を下げる。
「それと──」
受付嬢が少し声を落とした。
「あなたたち、昨日の件で少し噂になってるわ」
「……やっぱりか」
「でも悪い噂じゃないわよ。“新人なのに強い”って話」
「強いのはイブだ」
「リンデ様の補助があるからです」
受付嬢はくすっと笑った。
「仲がいいのね」
「……まあ、相棒だからな」
イブは小さく頷いた。
「ところで──あなたたちに、ひとつ相談があるの」
受付嬢が声を潜める。
「相談?」
「ええ。最近、街の北側で“魔物の異常行動”が増えていてね。原因調査の依頼を出したいんだけど……この支部の冒険者には少し危険で」
「……なるほど」
「でも、あなたたちなら“実力的には問題ない”と思うの」
イブが静かに言う。
「リンデ様。調査依頼は、情報収集にも有用です」
「そうだな。第四層の状況も知っておきたい」
受付嬢は安堵したように微笑んだ。
「正式な依頼として掲示する前に、あなたたちが受けてくれるなら助かるわ」
「内容は?」
「北の森で、魔物が“何かに怯えて逃げている”ことが確認されているらしいの」
「……魔物が、逃げてる?」
「ええ。普通じゃないわ」
イブがわずかに眉を寄せた。
「リンデ様。魔物が逃げるということは──“それ以上の存在”がいる可能性があります」
「だよな……」
受付嬢は続ける。
「依頼としては“調査”だけ。危険ならすぐに戻ってきていいわ」
「分かった。受けよう」
「ありがとう。本当に助かるわ」
ギルドを出ると、イブが静かに口を開いた。
「リンデ様。魔物が逃げるほどの存在……何がいるのでしょうか」
「分からない。だが──」
俺はふと、草原で感じた“視線”を思い出した。
あの人影。
敵意はなかったが、ただならぬ雰囲気はあった。
「……何かが動いてる気がする」
「はい。私も同感です。それでもリンデ様は私が守ります」
イブは指輪を軽く触れた。
「よし。準備が出来次第、北の森に向かうぞ」
「はい、リンデ様」
第四層の“異変”が、静かに幕を開けようとしていた。
ギルドを出た俺とイブは、北の森の調査依頼に向かう前に、宿屋へ戻って作戦会議をしていた。
「リンデ様。調査依頼は明日から行くのですよね?」
「ああ。そのつもりだったが……問題がある」
「問題、ですか?」
イブはどこか無機質な表情に緊張した様子を漂わせる。
そんなイブをよそに、俺は財布を開けて見せた。
「……資金がない」
「……リンデ様。まさか……」
「依頼の報酬が銀貨12枚だったろ? 宿代と食費で、もう半分以上消えた」
「……なるほど」
イブは淡々と頷く。
「つまり──金策が必要なのですね」
「つまり──そういうことだ」
---
「リンデ様。金策の方法は複数あります」
「例えば?」
「討伐依頼を連続で受ける。採取依頼を受ける。街で働く。物を売る……など」
「……討伐は移動に時間がかかるし、採取は効率が悪い。しかもどちらも安いんだよなぁ」
「はい。では“創造士としての技術”を使うのが最適です」
イブは迷いなく言った。
「武器の製造。または、料理の販売」
「……料理?」
「はい。リンデ様の料理は美味しいです。街の人にも売れると思います」
イブは真剣な顔で言っている。
褒めているのか、ただの事実なのか分からない。
だが、イブについでに料理をおしえることもできるだろう。
「……じゃあ、両方やるか?」
「はい。それが効率が良いです」
宿屋の裏庭を借りて、簡易作業台を設置した。
ここが俺の一時的な工房だ。
「リンデ様。どのような武器を作るのですか?」
「冒険者向けの“量産型”だな。高級品じゃなくて、手頃で扱いやすいやつ。受付嬢も言っていたが、ここのギルドにはあまり強い冒険者はいなかっただろ? 少し安く性能のいい量産品くらいがちょうどいいのさ」
素材はゲーム時代のストレージから取り出す。
• 鉄インゴット
• 魔鉄の欠片
• 低級魔石
• 木材(強化済み)
「《物質再構成》」
素材が空中で組み上がり、剣・短剣・槍・杖などが次々と形になる。
「《付与術:斬撃強化・小》」
「《付与術:耐久強化・小》」
量産型なので、付与は“小強化”に留める。
だが──
「リンデ様。これ……その辺の武器より明らかに性能が高いです」
「まあ、最低限の品質は確保したいからな」
「最低限ですか。……最低限? ……最低限とは……」
イブは一人で大きく首を傾げた。
ギルド前の露店スペースを借りて、簡易販売所を設置した。
「武器売ってまーす。初心者〜中級者向け、安くて耐久性高めでーす!」
声をかけると、宿に泊まっていた冒険者たちが興味津々で集まってくる。
「お、なんだこれ……軽い!」
「切れ味いいな……これで銀貨5枚?」
「安すぎないか?」
「量産型だからな。使いやすさ重視だ」
「兄ちゃん、これ全部買うわ!」
試験販売だったとはいえ、武器はあっという間に売れた。
売上──銀貨68枚。
「……リンデ様。討伐任務よりもとても効率が良いです」
「みたいだな?」
---
「次は料理だな」
「はい。料理は私も手伝います」
宿屋の厨房を借り、簡易屋台を準備する。
作るのは──“冒険者向けの腹持ちの良い料理”。
• 肉と野菜のスパイス炒め
• 焼きパン
• 魔力回復スープ(微回復)
• 揚げ団子(甘味)
「リンデ様。この匂いは……人が集まります」
「狙い通りだ」
屋台を開くと──
「なんかいい匂いしないか」
「なんだこれ、うまっ!」
「なんだこのスープ……体が軽くなる?」
「甘い! 揚げ団子もう一つくれ!」
「この値段でこの味は最高だな!」
大盛況。だった
売上──銀貨52枚。
• 武器販売:銀貨68枚
• 料理屋台:銀貨52枚
合計:銀貨120枚
「リンデ様。これでしばらくは困りません」
「そうだな。これだけあれば、北の森の調査にも余裕ができる」
イブは指輪を軽く触れながら言った。
「リンデ様の創造物は、本当に人を助けますね」
「そうか?」
「はい。私も、助けられています」
その言葉に、胸が少しだけ温かくなった。
翌朝。
俺たちは森の調査に乗り出そうとしたのだが、噂を聞き付けた冒険者や主婦たちが、俺たちに次の武器や料理の販売がいつか聞きに来るということが発生した。
武器は普通の武器とは違い付与術が施されているため、値段よりも性能がいいのは当たり前だった。料理に関しても現代の料理を基にしている上に、ストレージにあった大量在庫のスパイスを使った逸品であるため、美味いに決まっているのだ。
下手をすれば冒険者と主婦による暴動も起きそうだったため、ギルドに依頼の猶予を確認して一週間だけ金策を続けることにしたのだった。
意外だったのは、主婦たちからの包丁の販売だった。性能がよく安い包丁は重宝するらしい。冒険者たちの声よりも、主婦たちの迫力のほうが凄かった。冒険者たちもたじろぐほどに。
どこの世界も主婦が強いのは当たり前だった。
そうときまった俺とイブは宿屋の裏庭で武器製造を開始した。
先立つ金として、せっかくだから銀貨1000枚くらい稼ぐことにしたのだ。
「リンデ様。本日はどれくらい作るのですか?」
「昨日の倍だな。剣20、短剣20、槍20、杖10、包丁30……合計100本」
「了解しました」
イブは素材の仕分けを担当し、俺は《物質再構成》《付与術》で武器を量産する。
昼前にはギルド前で販売開始。
「昨日の武器、すごかったぞ!」
「今日も買いに来た!」
「兄ちゃん、短剣をまとめて10本くれ!」
「あら、包丁があるじゃない! みんなを呼んでこないと! お兄さん、売らずにとっといとくれ!」
強い肝っ玉母ちゃんみたいな主婦が主婦軍団を連れてきたのには驚いたが、おかげさまで包丁が全て売れた。他にも中級冒険者たちが殺到し、1日目の売上:銀貨180枚となった。
イブは静かに言った。
「……リンデ様。この調子なら、1週間で銀貨1000枚は余裕です」
「……いいこと、だよな?」
「もちろんです。多分」
---
この日は料理屋台を中心に。
メニューは昨日の改良版:
• キャベツとホルモンのスパイスにんにく炒め(大盛り可)
• 魔力回復肉野菜スープ(微回復→小回復に強化)
• 揚げ団子(蜂蜜がけ)
• 焼きパン(付与:腹持ち強化・小)
開店と同時に──
「炒め物くれ! 超大盛とかできるか⁈」
「昨日のスープ、忘れられなくて来た!」
「団子3つ! 蜂蜜たっぷりで!」
「腹持ちパン、冒険に最適だ!」
「あらやだ! 全部ちょうだい! みんなにも知らせなきゃ!」
……主婦が怖い。だがおかげで売り上げは最高だ。武器より単価は安いのに、2日目の売上:銀貨160枚に届いたのだ。いや、嬉しいんだけどね。
イブは屋台の接客もこなすようになり、冒険者たちからこう呼ばれ始めた。
「灰髪の子、クールだけど可愛いよな」
「無表情だけど丁寧で好き」
「でもあの子、超強いんだよな……」
イブは淡々と返す。
「ありがとうございます。全てリンデ様の料理です。心して食べてください」
……宣伝まで完璧だった。
---
3日目。
「お前さんの武器……どうやって作ってる?」
俺の作った包丁を見た街の鍛冶屋の親父が声をかけてきた。どうやら一昨日包丁を買っていった奥さんの旦那さんらしい。
「分かってると思うが、企業秘密だ」
「まぁ、だろうな。だが、素材の仕入れなら協力できるぞ」
素材の安定供給ルートを確保。鉄インゴットは残りが少なかった助かった。あと数日とはいえ、ここで使ってしまった分も含めて貯めておくのがいいだろう。鍛冶屋の親父に頼んで鉄のインゴットを500個ほど注文させてもらった。
1日目と同様に武器を売り、3日目の売上は銀貨140枚だった。
---
4日目。
「兄ちゃんの料理、評判いいねぇ。うちの野菜、卸してやるよ」
食材商人のマルタ婆さんが食材を融通してくれた。新鮮な野菜と肉が安く手に入った。ストレージにあった食材をメインに使っていたため、さすがに無くなりそうだったので助かった。スパイス類や調味料はたらふくあるのだが、食材はあまり持っていない。調理済みのものならプレイヤーメイドのは多くあるんだが、さすがに売れないからな。
同じメニューで料理を売り、4日目の売上は銀貨150枚。とうとう武器を売るよりも稼げるようになってきている。胃袋を掴むというのは恐ろしいことだと思い知らされた。
---
5日目。
「兄ちゃん、武器の修理頼めるか?」
「この杖、強化できる?」
「料理、予約できる?」
とうとう冒険者たちから個別依頼が増えた。
イブは受付役として完璧に対応。
「リンデ様は現在作業中です。順番にお受けします」
冒険者や住人たちの間で噂が広がっているらしい。美味い料理に安くて性能のいい武器を販売していると。俺たちの噂はあの冒険者のせいで悪いものが多かったが完全に払拭された。というか、あの冒険者たちは、今は率先して買いに来ている。俺たちの料理のファンとなったらしい。
そういう背景も相まってか、噂が噂を呼び、今では料理の出待ちをする客間ででているのだ。
「最近来た2人組、めちゃくちゃ有能らしい」
「灰髪の子が強いらしい」
「男の方も強いんだろ?」
「美男美女で有能とか羨ましいよな」
「いいから早く炒め物が食べてぇ……。にんにくマシマシで食いてぇんだ……。何!? 今日は武器の日だと!?」
ジャンキーが出始めていた。
5日目の売上は銀貨250枚となった。新たに出したプロ仕様の包丁と剣10本を高めに設定したおかげか、少し多めに稼げた。
---
6日目。
「リンデさん、イブさん。ギルドの備品を作ってもらうことは可能ですか?」
とうとうギルドから正式依頼が来た。
• 書類棚
• 魔力灯
• 訓練用の木剣と刃引きした鉄剣
• 受付カウンターの補強
俺の技術が評価され、ギルド内での信用が一気に上がった。
……あれ、受付嬢さんもそういえばにんにく炒めを買いに来てたな。気に入ったのかな?
6日目の売上は銀貨190枚。ギルドの依頼と料理を販売したのだが、依頼に時間を取られたため、料理を販売する時間が少し減ってしまった。それでもきちんと並んで待っていた住人たちはみんな民度がよかった。あと、俺たちに絡んできていた冒険者たちが率先して誘導と整理をしていてくれたらしい。
あとで差し入れをしてやろう。
金策をすると決めた最終日。
武器販売と料理屋台を同時に展開。
冒険者・商人・ギルド職員が次々と訪れ、1週間の集大成のような賑わいになる。
「兄ちゃん、今日も来たぞ!」
「イブちゃん、スープ2つ!」
「武器、まとめ買いするわ!」
「ギルドから追加注文です!」
「今日で終わりだなんて言わないでくれ!」
イブは完璧に対応し、俺は悔いのないように全力で作り続けた。
7日目売上:銀貨410枚。
• 1日目:180
• 2日目:160
• 3日目:140
• 4日目:150
• 5日目:250
• 6日目:190
• 7日目:410
合計:銀貨1480枚
思ったより簡単に目標は達成された。というより、目標の1.5倍の成果が出た。こうした生活も悪くないなと思い始めた自分がいたほどに。
1週間の金策を終え、銀貨1500枚程度を稼ぎ、街での評判も十分に広まった頃。
俺とイブは、ギルドから受けた“北の森の異変調査”に向かっていた。
朝の空気は澄んでいて、街道には冒険者や商人の姿もちらほら見える。
「リンデ様。北の森は、街から徒歩で30分ほどです」
「そうか。魔物が逃げるって話……気になるな」
「はい。魔物が“逃げる”のは、通常ではあり得ません」
イブは淡々とした声で言うが、その表情はわずかに警戒を帯びていた。
森の入口に到着すると、空気がひんやりとしていた。
鳥の声も少なく、風の音だけが耳に残る。
「……静かだな」
「はい。魔物の気配が薄いです」
イブは周囲を見渡しながら言う。
「通常、この森にはスラッグウルフ、ホーンラビット、ウッドゴーレムなどが生息しています」
「それがいない、と」
「はい。まるで“何かから逃げた”ように」
ふむ、ギルドの情報と一致している。
森の奥へ進むにつれ、異変はより明確になっていった。
倒れた木々。引きずられたような跡。魔物の足跡が途中で途切れている。
「……これは」
「リンデ様。この足跡、スラッグウルフのものです」
「途中で消えてるな」
「はい。“跳んだ”のではありません。おそらく“吹き飛ばされた”跡です」
「吹き飛ばされた……?」
スラッグウルフはそこそこ敏捷性がある。
簡単に吹き飛ぶ相手ではないはずだ。
「イブ。このあたりで何か感じるか?」
「……はい。微弱ですが、“異質な魔力”を感じます」
「異質?」
「はい。魔物でも、人間でも、竜種でもない……分類不能な魔力です」
イブの声がわずかに低くなる。
「リンデ様。何があるかわかりません。警戒を強めてください」
「分かった」
---
さらに進むと、森の中心部にぽっかりと開けた空間があった。
そこだけ木々が円形に倒れている。
まるで──
何かが“中心から外へ”力を放ったように。
「……爆心地みたいだな」
「はい。魔力の痕跡があります」
イブは地面に手を触れ、魔力を探る。
「……これは」
「何か分かったか?」
「はい。おそらく“召喚の残滓”です」
「召喚……?」
「はい。残っている模様から推測するに、これは異界の悪魔を呼び出すための魔法陣です。しかし、この魔方陣は未完成です」
地面には黒く焦げた線が残り、円形の陣が崩れた跡がある。そういえば、ゲームの時に悪魔族という敵がいた。あいつらは残虐な上に強い個体が多かった。
強すぎる制約として、悪魔召喚による契約でしか使役できなかったはずだ。言われてみればこの召喚陣はどこか見覚えがある。
イブに渡した書籍には召喚陣の本もあったようだ。俺よりも記憶力がいいな。
「召喚が失敗したのか」
「はい。ですが、魔力だけは漏れ出したようです」
魔物が逃げた理由が分かった。
“悪魔召喚の魔力”に怯えたのだ。
その時、森の奥か“何か”がこちらを見ていた。気配は微弱。敵意は感じない。
だが──明らかにこちらを観察するような視線。
「イブ。また誰か見てるな」
「はい。ですが魔力は弱いです。この召喚陣の主ではありません」
「じゃあ……誰だと思う?」
「分かりません。ですが──」
イブはわずかに目を細めた。
「“人間の気配”です」
「人間か」
俺たちの声が聞こえたのか、視線の主は森の奥へと消えていった。
「魔物が逃げていた理由は、“悪魔召喚の魔力”だな。本能的に生贄にでもされると思ったのだろう」
「はい。魔物にとって悪魔は恐怖の対象です」
「しかしこの召喚陣……誰がこんなものを」
「分かりません。ですが、これはとりわけ高度な召喚陣でした。個人ではなく“組織”ぐるみの可能性が高いです」
組織ねぇ。この塔にもそんな勢力がいるとは。
「リンデ様。おそらく悪魔を使って悪事を働こうとしている者たちが暗躍しています」
「……面倒なことになりそうだな」
「はい。ですが、リンデ様なら大丈夫です」
イブは迷いなく言った。
「私が隣にいます」
その言葉に、1人ではないのだと胸が少しだけ軽くなった。
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