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廃ゲーマーは異世界で第二の人生を謳歌する  作者: 咲く桜


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009.イブ

 転移門を抜けた瞬間、空気が変わった。


 第二層の湿った霧とは違う。乾いた風が頬を撫で、どこか懐かしい匂いがした。


「……ここが、第三層か」


 視界に広がったのは──

 巨大な廃都だった。


 崩れた建物が並び、石畳は割れ、草木が街を飲み込んでいる。かつて人が住んでいた気配だけが、静かに残っていた。


「マスター。魔力濃度は第二層より低いですが……“人間の生活痕跡”が多く残っています」


 イブが淡々と分析する。


 白狼籠手が廃都の光を反射して淡く輝いた。


「人が住んでいた街……か」

「はい。ですが、現在は魔物の巣になっています。警戒を」


 イブは俺の半歩後ろに立ち、

 影のように寄り添う。


---


 街の中を歩くと、風が瓦礫を転がす音だけが響いた。


 建物の壁には古い落書き。

 壊れた屋台。

 倒れた街灯。


 どれも、“ここに人がいた”証拠だ。


「……誰もいないのに、誰かが見ているような気配がするな」

「はい。魔物の視線です。ですが……それだけではありません」

「ん?」

「この街には……“人間の魔力の残滓”があります。比較的、新しいものです」


 イブの赤い瞳が細められる。


「第二層と同じか……」

「はい。誰かが、この階層を通った可能性があります」


 その“誰か”が誰なのか、今はまだ分からない。


---


 瓦礫の影から、低い唸り声が聞こえた。


「来るぞ」


 姿を現したのは──

 霧狼よりも大きく、廃都の魔力をまとった獣。

 ゲーム時代にも見たことがある。


「……廃都獣ルインビーストか」

「マスター。私が前に出ます」

「いや、今回は俺も行く。連携の実戦だ」

「……了解しました」


 廃都獣が咆哮し、瓦礫を蹴って突進してくる。


「イブ、右へ誘導!」

「《天魔君臨歩》」


 イブが無音で動き、廃都獣の視界を奪う。

 その瞬間──

 俺は白牙剣を構えた。


「《白牙剣──斬華》!」


 白銀の軌跡が廃都獣の脚を切り裂く。

 体勢を崩したところへ、イブが飛び込んだ。


「《天魔衝》」


 拳が廃都獣の胸を貫き、魔力の霧が弾けた。

 静寂が戻る。


「……完璧だな、イブ」

「はい。マスターの動きが分かりやすいので」


 無表情なのに、やはりどこか誇らしげだった。

 だが、わかりやすいと言われるのは喜んでいいんだろうか……?


「もちろん、喜んでいいですよ」


 え、また顔に出てたか?


---


「イブ。この街の中心部に転移門があるはずだ」


「はい。ですが……魔物の密度が高まっています。そろそろ“主”がいる可能性が高いです」

「だろうな」


 廃都の奥から、重い魔力の波が伝わってくる。


 第二層の主とは違う。

 もっと濃く、もっと重い。

 おそらく、かなり強い。オーラだけで言えば塔外の王たちにも比肩するかもしれない。


「イブ。気を引き締めていくぞ」

「はい、マスター」


 二人は廃都の奥へと歩き出す。

 崩れた街の影で、何かが静かに蠢いていた。




 廃都の奥へ進むにつれ、魔物の気配が濃くなっていった。


 瓦礫の影、崩れた建物の中、どこからともなく視線を感じる。


「……魔物、多いな」

「はい、マスター。この階層は“魔力の溜まり場”のようです。魔物が自然と集まります」


 イブは淡々と答える。

 白狼籠手を構え、いつでも戦えるように半歩後ろに寄り添う。


 その時──

 瓦礫の上から、廃都獣ルインビーストの群れが姿を現した。


 五体。

 第二層の霧狼よりも明らかに強い。


「イブ、構えろ!」

「はい」


 イブが拳を握る。

 ……が、ふと気になった。


「なぁイブ。お前、魔法は使わないのか?」


 イブが瞬きもせずこちらを見る。


「使えますよ?」

「……使えるのか?」

「はい。全属性、上級までなら問題ありません」

「なんで今まで使わなかったんだ?」

「マスターが近くにいる時は、巻き込む可能性があるので」


 淡々とした声。

 だが、その言葉の意味は重い。


「……じゃあ、今は?」

「今は──マスターが“見たい”と言ったので」


 イブが一歩前に出た。

 無表情のまま、右手を軽く上げる。


「では……少しだけ」


---



「《火炎槍フレイムランス》」


 空気が震え、赤い魔力が槍となって放たれた。


 廃都獣の一体が貫かれ、爆ぜるように霧散する。


「《氷鎖アイスチェイン》」


 左手を振ると、氷の鎖が地面から伸び、二体の獣を瞬時に拘束した。


「《雷撃サンダー》」


 雷光が走り、拘束された獣が一瞬で黒焦げになる。


 残りの二体が突進してくる。


「《風刃ウィンドカッター》」


 風の刃が奔り、獣の脚を切り裂く。


 倒れた瞬間──


「《土槍アーススパイク》」


 地面から岩の槍が突き上がり、獣を串刺しにした。


 ……静寂。


 わずか十秒。

 五体の廃都獣が、跡形もなく消えていた。


---


「……イブ」

「はい、マスター」

「イブの魔法、めちゃくちゃ強くないか?」

「そうでしょうか?」

「そうだろ!? なんで今まで使わなかったんだよ!」

「マスターが近くにいる時は、巻き込む可能性があるので」


 淡々とした声。

 だが、その奥にあるのは──

 “主人公を傷つけたくない”という強い意志。


「……俺のために?」

「はい。マスターは、私が守りますので」


 無表情のまま、しかし赤い瞳だけが嬉しそうに揺れていた。


「それに……」

「ん?」

「マスターが前に立つ時、私は後ろから支えるのが好きなのです」

「……そうなのか?」

「はい。マスターの背中は安心します」


 その言葉は、ほんの少しだけ温度があった。


---


「イブの魔法、すごかったな」

「ありがとうございます。マスターが望むなら、もっと見せます」

「いや……ほどほどでいい。俺の心臓がもたない」



「……可愛いです」



「え?」

「いえ、何でもありません」


 イブは無表情のまま、しかしどこか嬉しそうに歩き出した。


 二人は廃都の奥へ進む。

 その先に、“廃都の王”が待っているとも知らずに。




 廃都の中心部へ近づくにつれ、空気が重く沈んでいく。魔力が濃い。第二層の主とは比べ物にならない。


「……嫌な気配だな」

「はい、マスター。この階層の“主”が近いです」


 イブが白狼籠手を構え、赤い瞳を細める。


 崩れた建物の隙間から広場へ出た瞬間──

 空気が震えた。


 瓦礫の山の上に、黒い影が立っていた。


---


 影はゆっくりとこちらを向く。

 顔の半分は崩れ、もう半分は人間のまま。

 その目だけが、深い絶望を湛えていた。


「……人間、だったのか?」

「そのようです。ですが、もう“人”ではありません。汚染された魔力に飲まれています」


 イブの声は淡々としていたが、どこか哀しみが滲んでいた。

 ルインロードが腕を上げる。


 次の瞬間──

 瓦礫が浮き上がり、弾丸のように飛んできた。


「イブ、下がれ!」

「はい」


 俺が前に出て剣で弾く。

 だが、数が多い。


「イブ、魔法で援護を──」

「了解しました」


 イブが一歩前に出た。

 その動きは静かで、迷いがなかった。


「《火炎嵐フレイムストーム》」


 赤い魔力が渦を巻き、広場全体を炎が包む。

 瓦礫が溶け、廃都獣が悲鳴を上げて消える。


 ルインロードが念動で炎を散らすが──

 イブはすでに次の魔法を放っていた。


「《氷槍雨アイスレイン》」


 空から無数の氷槍が降り注ぎ、ルインロードの周囲を貫く。


 さらに──


「《雷轟ライトニング》」


 雷光が一直線に走り、ルインロードの身体を貫いた。


 広場が白く染まる。


 炎、氷、雷。

 全属性が連続で放たれ、廃都の王の魔力を削り取っていく。


 その光景を見ながら、俺は静かに息を呑んだ。


「……イブ。これが、お前の力か」

「はい。マスターが後方にいる時は、殲滅魔法が最適です」

「最適……?」

「はい。マスターの位置、動き、魔力の流れ。それらを基準に、“どの魔法を使うべきか”判断しています」


 淡々とした声。

 だが、その内容はとんでもない。


「……俺の動きに合わせて、魔法の構成まで変えてるのか?」

「はい。マスターの戦い方は分かりやすいので」


 それは褒め言葉なのか、ただの事実なのか。

 今回も判断できなかった。



 ルインロードが咆哮し、黒い魔力が広場を覆った。

 地面が割れ、瓦礫が浮き上がる。


「マスター、後方へ」

「イブ、どうする!」

「問題ありません」


 イブが両手を広げる。


「《全属性融合魔法──魔力断層マナ・ディスラプション》」


 空気が震え、光と闇が混ざり合う。


 次の瞬間──

 広場全体の魔力が“断ち切られた”。


 ルインロードの魔力が霧散し、身体が崩れ落ちる。


 静寂。


---


「……終わったか」

「はい、マスター。この階層の主は消滅しました」


 イブが静かに頭を下げる。


「マスターと一緒に戦えて……嬉しかったです」


 まぁ、戦ったのほとんどイブだけどな。


---


 ルインロードが消えた場所に、淡い光が集まり始めた。


「……転移門か」

「はい。第四層へ続く門です」


 イブが門に手を触れる。

 光が広がり、門が静かに開いた。


「行こう、イブ。次は第四層だ」

「はい、マスター」


 二人は転移門へと歩き出した。

 廃都を抜け、新たな階層へ──。




 転移門を抜けた瞬間、眩しい光が視界を満たした。

 第三層の廃都とは違う。

 空気が澄み、風が柔らかい。


 遠くには川が流れ、その向こうに城壁が見える。


「……ここが、第四層か」

「はい、マスター。魔力濃度はやや低く、魔物の強さも平均的です。人間の活動領域が広い階層だと推測されます」


 イブが淡々と報告する。


 その声はいつも通り静かだが、どこか新しい世界への興味が滲んでいた。


---


 城壁の前には、多くの人々が行き交っていた。

 商人、冒険者、旅人、兵士。

 第三層までとはまるで違う光景。


「……人が多いな」

「はい。この街は比較的安全と考えられます」


 イブが半歩後ろに寄り添う。


 その姿は、どこからどう見ても“普通の少女”だ。ルミナにも確認したが、ホムンクルスという概念がないこの世界では誰もイブの正体に気づかないだろう。


---


「そこの二人、止まれ」


 門番が声をかけてきた。


「身分証を見せてくれ」

「……持ってないんだが」

「持ってない? じゃあ旅人か。どこから来た?」


 俺が塔外と答えようとした瞬間──


「私たちは第三層の廃都を越えてきました。身分証はギルドで取得予定です」


 イブが一歩前に出て、落ち着いた声で説明した。

 門番は少し驚いたように目を見開く。


「……しっかりした子だな。よし、通っていい。ギルドは中央通りをまっすぐだ」

「ありがとうございます」


 イブが丁寧に頭を下げる。

 門番は思わず笑った。


「礼儀正しいな。よし、境界都市リーベルへようこそ!」


 主人公は横目でイブを見る。


「……意外と社交性あるんだな」

「全てマスターのためです」


 淡々とした声。

 しかし、どこか誇らしげだった。

 城壁を抜けると、賑やかな街並みが広がった。


 露店の匂い、人々の声、馬車の音。

 第三層までの静寂とは違う、“生きた世界”の空気。

 俺にとっては数年ぶりの人混みだ。思わず緊張で手に汗が流れる。


「イブ。まずはギルドに行くか」


 イブに気づかれまいと平静を装って振る舞う。


「はい、マスター。身分証があれば、行動が楽になります」


 イブにハンカチで手を拭かれ、手を繋いで歩き始める。バレてたらしい。

 俺たちは街の中心へ向かって歩き出した。

 このあと、ギルドで“事件”が起こるとも知らずに。



 境界都市リーベルの大通りを、人の流れに紛れながら歩いていく。


 石造りの大きな建物──ギルドが見え始めたところで、俺はふと足を止めた。


「イブ。ギルドに入る前に、一回ステータスを見ておきたい」

「はい、マスター。ここで確認しておくのは良い判断です」


 イブは俺の横に静かに立つ。

 第三層の主を倒し、第四層まで来た今、自分が“今どこにいるのか”を、ちゃんと数字で見ておきたかった。


●●―――――○○

名前: リンドグラール Lv.40

職業: 創造士(付与術士/魔術師/アルケミー)

体力: 3600

持久力: 3600

筋力: 2200

耐久: 2520

知力: 13200

精神力: 14300

マナ: 24500

親和力: 1050

内功: 180

魅力: 180

幸運: 180

総合戦闘力: 21250

スキル:

職業スキル:

下級魔術、中級魔術、竜言魔術(威圧、詠唱破棄、落星墜、生命の器拡張、魔力循環、癒光術、癒光障壁)、付与術(身体強化、瞬歩、鈍化、重圧、魔力増幅、斬撃強化、超反応)、創造権限、概念付与、物質再構成、魂視、分解、抽出、再構成、乾燥


称号:

• 巨人殺し

• 一騎当千

• オーク虐殺者

• 魔術師の極み

• 超越者

• 創造者

加護:

• 白狼王の加護 • 妖精王の加護 • 緑樹竜の加護

祝福:

• 白輝竜の祝福

SP: 280

●●―――――○○


 ウィンドウを閉じると、

 イブが横目でちらりとこちらを見る。


「マスター。第三層までの戦闘の結果が、数値としてよく反映されています」

「……そうだな。こうして見ると、ちゃんと積み上がってる感じがする」

「はい。マスターなら、この階層でも問題なく戦えるはずです」


 淡々とした言い方なのに、どこか信頼を前提にした響きがあった。


「よし。身分証も欲しいし、ギルドに行くか」

「はい、マスター」


---


 視線を前に戻すと、石造りの大きな建物が目に入る。

 人の出入りが激しく、中からは笑い声と怒鳴り声が混ざったような喧騒が聞こえてきた。


「……ああいう場所、苦手なんだよなぁ」

「情報と依頼の集積地です。有用ですが、おそらくトラブルも多い場所です」

「トラブル、ね」

「マスターに絡んでくる者も、一定数いると推測されます。既に敵意や嫌悪を伴う視線を察知しました」

「……嫌な予感しかしないな」

「大丈夫です。必要であれば、私が対処します」

「対処って言い方がもう物騒なんだよ」


 そんなやり取りをしながら、俺とイブはギルドの扉の前に立った。

 この先で、“第四層の冒険者としての一歩目”と、イブ曰く余計な厄介事が待っている。扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。


 ギルドの扉を押し開けると、中は思った以上に賑やかだった。


 酒の匂い、笑い声、怒鳴り声。

 依頼掲示板の前には人だかりができ、受付には列ができている。


「…騒がしい場所だな」

「はい。ですが、こういう場所は情報が集まりやすいです」


 イブは淡々とした声で言いながら、俺の半歩後ろにぴたりとつく。

 周囲の視線が、ちらちらとこちらに向けられているのが分かった。

 理由は簡単だ。


 イブが可愛いから。


 あと強いて言えば、俺が妙に落ち着いた雰囲気をしているからだろうか。

 解っている冒険者は“強そうな奴”を見逃さないと言うしな。


---


「次の方、どうぞー」


 受付嬢の声に促され、俺とイブはカウンターへ向かった。


「こんにちは。ギルド登録をご希望ですか?」

「はい。俺とこの子を」


 受付嬢はイブを見て、ぱちりと瞬きをした。


「まあ、可愛い。妹さんですか?」

「違います。俺の仲間です」

「"今はまだ"仲間です」

「あら、まぁまぁ! では、お二人とも登録ですね」


 イブは軽く会釈する。


「よろしくお願いします」


 受付嬢はその礼儀正しさに、思わず笑みをこぼした。


「しっかりしてるのね。では、こちらの書類に──」


 その時だった。


「おいおいおい……なんだぁ? 新人が女連れでギルドかよ」


 背後から、酒臭い声が聞こえた。

 振り返ると、筋肉質の男が三人。

 典型的な“絡んでくるタイプ”だ。


「お前ら、登録か? その子、俺らが面倒見てやってもいいぜ?」


 イブが一歩前に出た。


「必要ありません」


 声は静か。

 しかし、空気が一瞬だけ冷えた。


「なんだぁ? 生意気だな」


 男がイブの肩に手を伸ばした瞬間──


 ぱしん。


 乾いた音が響いた。


 イブが男の手首を軽く掴み、そのまま最小限の動きで捻った。


「ぐっ……!? あ、あああああっ!?」


 男が膝をつく。

 周囲が一瞬で静まり返った。


「マスターに無礼です。やめてください」


 イブの声は淡々としていた。

 怒っているわけでも、威圧しているわけでもない。


 ただ、事務的に“排除”しただけ。


「て、てめぇ……!」


 残り二人が動こうとした瞬間──


「動かない方がいい」


 俺が白牙剣の柄に手を添えると、二人は一瞬で固まった。


 竜言魔術《威圧》を、ほんの少しだけ流した。


「ひっ……!」


 男たちは青ざめ、そのまま逃げていった。


 受付嬢を含めギルド内の全員がぽかんと口を開けていた。


「……あ、あの……大丈夫、ですか?」

「問題ありません」


 イブが淡々と答える。


「すみません。早く手続きを続けてもらえますか?」

「は、はいっ!」


 受付嬢は慌てて書類を取り出し、俺とイブの登録を進め始めた。


 周囲の冒険者たちは、ひそひそと話し始める。


「あの新人、強くね?」

「女の子の方、相当ヤバいだろ……」

「今の動き、見えなかったぞ」

「いや、男の方からもかなりの圧を感じたぞ」

「というか、男の方、かっこいいわね」

「あの子、可愛いよな」


 ……面倒な噂が広がりそうだ。


「はい、こちらがギルドカードになります。リンドグラール様、イブ様」

「ありがとうございます」


 カードを受け取り、

 俺たちは受付を離れた。


「……リンドグラール様」

「なんだ?」

「先ほどの者たち、また絡んでくる可能性があります」

「まぁ、だろうな。ああも完璧に面子を潰されたら黙ってるわけないよな」

「その時は、私が“対処”します」

「……その言い方怖いぞ?」


 イブは首を傾げた。


「では……“処理”します?」

「もっと怖い! でも、やるならバレないように徹底的にな」


 そんなやり取りをしながら、俺たちはギルドを後にした。


 ギルドでの登録を終えた俺とイブは、街の中心部へ向かって歩いていた。

 人通りが多く、露店の呼び声や馬車の音が絶えない。


「マスター。宿屋はどこに──」


 その瞬間、周囲の人がちらりとこちらを見た。

 “マスター”という呼び方が、どうにも目立つらしい。


「……イブ。街の中で“マスター”呼びはやめた方がいいかもしれない」

「? 理由を教えてください」

「いや……なんか、変に聞こえるというか……主従関係が強すぎて、誤解される。いや、誤解ではないんだが」


「……では、どう呼べばよいでしょうか?」

「普通に“リンデ”でいいよ」

「……それは、抵抗があります」

「抵抗?」

「はい。マスターは私にとって特別な存在です。呼び捨ては……不敬です」

「いや、別に気にしないけど……」


 イブは少し考え──

 静かに頷いた。


「では……“リンデ様”とお呼びします」

「……まあ、それならいいか」

「はい。では改めて──リンデ様、宿屋はどこにしますか?」


 呼び方は変わったが、距離感は相変わらずだ。

 まぁ、少しずつ変わっていくだろう。


「そいや、冒険者がよく使うような宿屋って、どこにあるんだろうか」

「ギルドの受付嬢が、“新人さんは風見亭が無難ですよ”と教えてくれました」

「ああ、あの人か。確かに親切そうだったな」

「はい。リンデ様と私が“変な冒険者”に絡まれたので、心配してくれたのだと思います」

「……あれはお前が瞬殺したからだろ」

「必要な処理でした」

「処理って言うな」


 宿屋へ向かう途中、イブがふと口を開いた。


「リンデ様。冒険者の仕組みについて、ギルドの受付嬢から説明を受けました」

「お、聞かせてくれ」

「はい。冒険者には“ランク”があり、下から順に──」


F → E → D → C → B → A → S


「と昇格していくそうです」

「まあ、ありきたりだがわかりやすいな」

「依頼にもランクがあり、自分のランクより一つ上の依頼までしか受けられません」

「なるほど」

「ただし──“特例”として、ギルドがその実力を認めた場合は上位依頼を受けることも可能だそうです」

「つまり、俺たちみたいな“実力はある新人”は、すぐに上の依頼も受けられるってことか」

「はい。受付嬢は“あなたたちならCまでは問題ないでしょう”と言っていました」

「……あの人、なかなか見る目あるな」

「はい。とても良い人でした」


 そんな話をしているうちに、目的の宿屋が見えてきた。

 木造の温かみのある建物で、冒険者らしき人々が出入りしている。


「ここが“風見亭”か」

「はい。受付嬢によると、“治安が良く、料理が美味しい”とのことです」

「いい宿じゃないか」

「なんでも、宿屋の主人が元高ランク冒険者とのことです」

「なるほどね」


 宿屋に入る前、

 イブが小さく咳払いをした。


「……リンデ様」

「ん?」

「……御名前を呼び慣れていません。少し練習してもよろしいでしょうか」

「練習? まぁいいけど」

「はい。リンデ様。リンデ様。リンデ様──」

「……そろそろやめてくれ、恥ずかしい!」

「申し訳ありません。ですが、慣れが必要です」

「いや、分かるけどな……」


 宿屋の前で、俺は顔を覆った。

 イブは真剣そのものだが、どこか瞳に喜色が滲んでいるように感じた。


「いらっしゃい。二名様でお泊まり?」

「はい。部屋は二つでお願いします」


 俺がそう言うと、イブが小さく首を傾げた。


「……リンデ様。同室ではないのですか?」

「いや、普通は別だろ」

「そうなのですか?」


 イブは本気で不思議そうだ。

 ホムンクルスである彼女は“人間の生活習慣”を知らない。


「まあ……人間はプライバシーってのがあってだな」

「プライバシー……?」

「一人で休む時間、みたいなものだ」

「なるほど。では、私も学びます」


 イブは素直に頷いた。


 鍵を受け取り、それぞれの部屋に入る。

 俺の部屋はベッドと机、棚がある極めてシンプルなもの。


「……こういう普通の部屋、本当に久しぶりだな」


 第三層までは野営が多かった。カレナリエンの超性能のテントはあったが、外に魔物がいると思うと、どこか休めない気がしていた。

 こうして屋根の下でゆっくりと休めるのは本当にありがたい。


 荷物を置いて一休みしていると──


 コンコン


「リンデ様。入ってよろしいですか?」

「いいよ」


 イブが扉を開けて入ってきた。


「部屋の使い方が分かりません」

「……まあ、そうだよな」


---


「まず、ベッドは寝るところだ」

「はい」

「机は作業するところ」

「はい」

「棚は荷物を置くところ」

「はい」

「……他に分からないことあるか?」

「はい。この“もにもにした物”は何に使うのですか?」

「クッションだ。座る時に使うんだよ」

「なるほど。とても柔らかいです」


 イブはクッションを両手でむにむにしながら、真剣に観察している。うむ、ぬいぐるみとか渡したらとても喜ぶかもしれない。確かストレージに大きいクマのぬいぐるみがあったはずだ。どこかのタイミングで渡すとしよう。


 クッションに夢中なイブ……なんか可愛い。


「あと、これは“タオル”だ」

「タオルは知っています。水を吸収する布ですね」

「そうそう」

「では、これは?」

「それは……窓を開けるための取っ手だ」

「なるほど」


 イブは一つ一つ確認しながら、丁寧に覚えていく。

 戦闘では圧倒的に強いのに、こういう生活面は完全に初心者だ。

 そのギャップが、なんとも言えず微笑ましい。


 宿屋の食堂で夕食をとることになった。


 肉の煮込み、パン、スープ。シンプルだが温かい料理だ。


「リンデ様。この料理……なかなか美味しいです」

「そうか。よかったな」

「はい。ですが──」


 イブは少し考えてから言った。


「……私はもっと本格的に料理を学びたいです」

「本格的に?」

「はい。マスターのために作れる料理を増やしたいです」


 イブの健気なその言葉は、いつもより少しだけ柔らかかった。


「……明日から少しずつ教えてやる」

「はい。是非よろしくお願いします」


 イブは小さく微笑んだ。

 それぞれ部屋に戻り、ベッドに横になる。

 第四層の街の喧騒が、遠くから微かに聞こえる。


「……明日から、また忙しくなるな」


 ギルドの依頼、街の情報収集、イブに料理を教え、そして第五層への準備。


 だが──


「まあ、悪くないな」


 今はイブと一緒だし、どんな階層でも進んでいける気がした。


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