不沈の太陽
目が覚めると少し前に見た覚えのある白い天井を見上げていた。病院。寝ぼけているのか意識を失う前の記憶が朧げだったが、次第に思い出して来た。
瀬奈と初めてのデートをした日の夕方、駒宇良浜に行った後私は突然身体から力が抜けて倒れてしまった。原因はわからない。あの日はいつにもまして気分も良く、身体の不調はなかったはずだ。
何故こうなったのかという思考を巡らせて、身体を起こすと
「太陽さん!」
瀬奈が私に抱擁して来た。私が瀬奈を守るために爆弾から守ったあの時と同じだ。
「瀬奈……俺はどうしたんだ?」
「太陽さん、急に倒れたんです。何も覚えていません?」
「ああ……ここは、駒宇良病院か?」
見覚えのある天井だったが念のため確認した。
「はい、前に運ばれた時と同じです」
「なら、アレックス先生を呼んできてくれ」
私は瀬奈にそう言うと瀬奈は二つ返事で呼びに行ってくれた。
アレックス・マッケンジー先生は私が最も信頼する医師だ。病気の類はしたことがないのでその方面にはお世話にならないが、私が日本に帰国して以来何かと面倒を見てくれた。そして、今回私が倒れた原因についてある程度予測が浮かび上がった。
「やあ、天道くん。久しぶり、でもないか」
「アレックス先生。また世話になります」
瀬奈に連れられて先生が入って来た。
「さて、君が怪我以外で運ばれてくるなんて初めてじゃないかな。今は身体の調子はどうだい?」
「特に、普段と変わりなく」
「ふむ、君がここに来て目覚めるまでの三日間、君を検査したのだが、少し奇妙なものを見つけたんだがね」
すると看護師が入って来て、レントゲン写真を見るときに使うボードを持ってきた。そして、私に検査結果の紙を渡して来た。どうやら血液検査のようだ。
「端的に言うと、君の免疫組織が少しずつであるが死滅していっている。その原因がこれだ」
先生がレントゲン写真をボードに貼って見せた。
「私も初めて見たんだが、どうやらナノマシンウィルスのようなんだ」
どのくらいの倍率で拡大されたのかわからないが、そのナノマシンウィルスなるものが投影された。
「これがそれだ。私も初めて見たんだが、何か心当たりはないか?」
「一つだけある。この前仕事で肩を撃たれたんだが、恐らくその時だろう」
それしか思いつかない。弾丸は貫通したので傷口を消毒して、縫合しただけだったのだが、恐らく弾丸が体内に入って初めてフルの真価を発揮するのだろうが、貫通したせいで僅かだが機能したのだろう。
「それで、治療法はあるのか?」
瀬奈もいるので少しでも希望を感じることを聞かせたかった。すると先生は眉を顰めた。
「免疫組織を破壊する手法はエイズと同じだが、根本が違うため……残念だがない」
だいたい予想できていた。ナノマシンウィルスなんて映画の世界でしか見たことないのを現実で見るとは思わなかった。ましてや自分がそれの被験者になるとは。瀬奈は動揺を抑えようとしていたが、口を押さえて声を出さないようにしていたが、動揺は隠しきれていなかった。
「そうか……じゃあ、この身体はいつまで保つ?」
「それはまだわからない。時間をくれ。結果が出れば必ず報告する」
その後しばらく専門的な話をした後退室した。そして、私のいる個室は瀬奈と二人だけになった。
「一応、外出ができる辺りまだ大丈夫か。瀬奈?」
瀬奈は病室のソファーに座っていた。放心状態だった。
「瀬奈」
「あ……すみません」
「おいで」
私は瀬奈を自分のもとに手招きした。瀬奈は魂が抜けたような挙動で私のそばに座った。私は瀬奈と肩を抱き寄せた。すると、瀬奈の身体が震え出した。
「どうして……太陽さんが……どうして……!」
そう言って瀬奈の目から涙が溢れた。私は瀬奈の身体をさすることに専念した。しばらくしてとうとう瀬奈は大声で泣き始めた。
「心配するな。っていうのは無理か。だが、瀬奈。すぐに死ぬわけじゃない。進行はそこまで速いわけではないし。それまで、二人でできることをやっておこう。それに、本当は俺は瀬奈の涙は見たくない。瀬奈は笑顔が一番似合うからな」
けど、瀬奈には泣くだけ泣かせようと思った。正直なところ慰めの言葉が思いつかないからなのだが。
「太陽さんは……相変わらずですね……」
「それが取り柄みたいなものだからな」
しばらく、瀬奈をさすっていたおかげか少しずつ震えがおさまってきた。そして私は次の段階に踏むことにした。
「瀬奈、落ち着いたら皆を集めてくれ。今後の前後策を考えたい。ただ、集めるのはシークのメンバーだけだ。榎本君や理子には内緒にしてほしい」
「どうしてですか?」
「彼女らには詰めの仕事をさせてるからな。仕事に集中させたい。いつもみたく然るべきときに教えるよ」
「……わかりました」
夕方
とりあえず夜は病院で過ごすことになった。それにしても昼間は大変だった。小神子とかぐやに私の現状を伝えたのは良かったが、小神子は瀬奈以上に慟哭とも言えるようなことになるし、かぐやに至っては部屋中をうろうろしてしまうほど動揺していた。結局今は。
「太陽、何か欲しいものはない?」
小神子が付きっきりで面倒を見ていた。瀬奈も残りたがっていたが、仕事が入ってしまったせいでかぐやと一緒に帰った。
「いやない。にしても大袈裟だな。まだ一朝一夕で死ぬわけじゃないんだ」
「だとしてもよ……万が一あなたに何かあったら誰かがそばにいないといけないし……それに今は、あなたと少しでも一緒にいたい……」
小神子の赤くなった目元を見てるとまた慟哭するのではないかと気が気じゃなくなる。本音を言うとまた泣かれては正直困る。
「にしても、こうしていると昔を思い出すな」
「そうね。あれからもう何年も経つのね」
「お前は自覚はないかもしれないが、今日までシークや俺がいたのはお前のおかげでもあるんだ。ありがとうな小神子」
私は小神子の頭を撫でた。ただ感謝の言葉を伝えたつもりだったがそれが今の小神子にとって悪手だったことを遅れて気づいた。
「お、おい……頼むから抑えてくれよ……?」
「馬鹿……あなたが……泣かせてくるんでしょ……!」
私は深呼吸して昼間のアレが来ることを覚悟した。すると顔を手で覆っていた小神子が
「……冗談よ」
そう言って目が見えるようにこちらをチラッと見るように指を開いて見せた。
「でも……あなたの方が冗談ならどれだけ良かったことか……」
それはそうだ。
「太陽、これから何かするの?」
「そうだな。可能な限りお前たちと一緒にいたいんだが、俺も個人的にやりたいことがあるんだ。だから二、三ヶ月は駒宇良を離れようと思う」
「何をするの?」
「これまでお世話になった人達に会いに行く。世界中は難しいから日本限定だが。二、三ヶ月あればゆっくり十分回れるだろう」
お礼参りという意味合いではない。純粋にお世話になりましたの挨拶だ。
「私も行ってもいい?」
「そうしてくれるのは嬉しいんだが、俺がシークを留守の間はお前に任せたい。それに関しては瀬奈とかぐやはよりもお前を頼りにしてる。すまん」
なんだったら私が死んだ後のシークも彼女に任せるつもりだ。もちろん彼女にその意思があればだが。
「……わかったわ。さあもう寝なさい」
数年前も思ったのだが、小神子は母親を碌に知らない私に彼女なりの母親らしいことをしているのではないかと改めて考えるようになった。子供が悪い夢から覚めた時そばであやせるように。マイルドに言うと数年前の私がそんな状況だった。もし私が瀬奈ではなく、彼女を恋人に選んでいたら。そんな世界があってもおかしくないし見てみたい気もする。
翌日 シーク
一時退院して昼頃にシークに戻った私はいわゆる終活を行うことにした。いわゆるエンディングノートを書いたり、日記の整理を始めた。気をつけなければならないのは榎本君や理子となるべく接触を避けなければならないということ。なので万が一私がシークにいる時二人が尋ねてくることがあればsakiや三人には留守と言うようにしている。しかし、彼女が私の工作に気づいて会いたくても会えないとなったら私としては死の間際会いたくても会えない時のためにいくつか保険を残しておくことにした。
ーーもしもし。
「私です。井上先生」
ーー天道君?君からこの電話にかけてくるとは珍しいな。真田君と連絡が取れないか?
「いえ、今日はあなたにお伝えしたいことがありまして」
ーーほう?聞こう。
井上善二。理子の職場の上司のような存在だ。私も理子の仕事を手伝うとなった時必ず会っていた。たまにであるが彼からも仕事が来る。
「実は私、近い将来この世を去ります」
ーーえ、ええ!?
恐らく井上先生は職場にいるであろう。にもかかわらず大声を上げるということは心中お察しする。
ーーこ、このこと真田君は知っているのかい?
井上先生が小声になる。やはり職場にいたようだ。
「いいえ、政府の関係者ではあなたしか知りません」
ーーどうして、私なんだ?確か君、総理とも仲が良かっただろう?彼には伝えないのかい?
「理由は単純に今彼女らの取り組んでいる仕事の重要性を考慮したことと、多くの人が助かることと私一人はどう考えても前者を優先するのが論理的です。あなたを選んだのは、勘のいい彼女が私の行方を方々に聞くとなると遅かれ早かれあなたにたどり着くだろうと踏んだからです」
ーー多分、彼女怒ると思うな。
「そうでしょうとも。まあそれはいつものことですが今回はこうでもしないといけない事情があるんです。それと、もし彼女が私に連絡してくるようなら社員に言ってくれと伝えてほしのと、居場所を聞いてくるようでしたら病院にいると言ってください」
ーーどこの病院?
「それは秘密です。普通にやったのでは面白くない。まあ彼女のことなのですぐにでも突き止めるでしょうが」
ーーわかった、いいだろう。
「恩にきます」
そして電話を切った。一応行脚前の準備はある程度終わった。これで心置きなく旅に出られる。まずはどこに行こうかと私は思案した。
一年と半年後。
私は病院のベッドでいつものように日記を書いていた。以前と違って病院暮らしだが、毎日いろいろな事柄を見つけたりするので書くことが無くなることはない。たまに愚痴まがいの事を書くのだが。現に少し前まで身体が思うように動いていたのに今は杖や車椅子を使わなければ思うようにいかなくなった。それに関しては仕方ないと割り切っているのだが、晴れた日に屋上に上がりたいのに少し不便に思うのがネックか。
外の雲ひとつない晴れた空を見る。あの公園で見る景色が一番なのは変わらないが、病院から見る空も悪くない。
昨日久々に榎本君に会った。今まで長い間会わなかったことなんて何度かあったが、一年と半年会わないのは初めてだったので私の姿を見て驚いていた。曰くやつれたそうだ。言われてみれば昔の写真と今の姿を鏡で見ると自分でもよくわかる。
榎本君によればどうやら死教絡みの仕事が済んだようだった。私も話を聞く前に警察が人身売買業者やその拠点、危うく売られそうになった人たちを一斉に捜査したのを見て任せた甲斐があったと思った。
榎本君に私が近いうちに死ぬと伝えると本人は落ち着いた様相を保っていたつもりだが、挙動不審なのは私でもわかった。立場で言えば私と榎本君は相対する関係であるのにそれでも彼女の中ではそうと片付けられないもののようで私は複雑な気持ちになった。
そんな事を考えていると
「太陽君!」
私が今会いたいような会いたくないような複雑な人物。理子が現れた。
「ようやく来たか。なかなか来ないものだからこのまま会わないまま死んじゃうかと思っていたところだ」
そんな呑気な事を言っていると今まで見た事ない剣幕で私に近づいてベッドの手摺りを掴んで、それを支えにして私の顔に顔を近づけた。
「あなたはバカよ!一年も前から連絡が取れないと思ったら死ぬからそれまでにやる事をやるですって?まずは私に知らせてよ!」
今思えば反論の余地がないものだ。
「あなた、私の仕事の妨げになるから知らせなかったって言ってたみたいだけど、そんなことどうにでもなるの。あなたのためなら、仕事の一つや二つ誰かに任せて飛んでいくわ!それが家族でしょ!?あなたは私にとってかけがえのない家族なのよ!私のこと……そんなに信頼できない……?」
胸中を私に吐露しているうちに理子の目から涙が溢れてきた。そして、私の顔に手を当ててきた。
「こんなに痩せ細って……」
私はゆっくりとした所作で理子の手を掴んだ。
「全く力がこもってない……それに、少し冷たい……」
理子は嗚咽を漏らした。
「黙っててすまなかった。そうだよな、今思えば自分勝手が過ぎた。かわいそうな事をしたと思って謝るために会いたかった」
「絶対……許さない……どれだけごめんって言っても……償って……そのために……生きてよ……」
「それは難しいな……俺でもわかるんだ。もうそこまで長くないって」
「そんな……」
そして私は理子が来た時の対応を実行することにした。
「だが、今日は天気もいいし気分がいい。屋上に行こう」




