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月の欠如

 翌日 昼


 私は書斎のPCでsakiから受け取った情報を見ていた。そこには断片的ではあるが久坂の計画の一端が記録されていた。箇条書きにしてまとめると。


・久坂の目的は完璧な人間を作ること。久坂の言う完璧な人間とは強大な力と比類なき知性と品格を備えた人間のことを指す。


・攫う人間を女性限定にしたのは特にこれといってない。強いて言うなら失敗しても使い様がいくらでもあるということくらいか。


・天道太陽のDNAと紅研が密かに開発した特殊な進化促進薬を合わせたもの(以降Tゲノムと呼称)を投与した人間は強靭的な肉体を備えるが精神が追いついていないと制御不能または精神に異常を起こすことが判明。


・Tゲノムが順応した例は過去に最初の被験体とコードナンバー六ニ一の香蛍瀬奈の二件のみ。しかし後者は脳改造前に脱走しているため現在行方不明だったが目撃情報あり。


・失敗作もしくはそれに準じた個体は知り合いのシアンという派遣会社に売って資金源にでもしよう。


 こんなところだ。久坂が瀬奈に固執している理由がわかったのは進展と言える。しかしそうとわかれば今まで以上に瀬奈を危険に晒すわけにはいかなくなった。ましてや目撃情報があるなら尚更だ。


 考え事をしていると書斎のドアが勢いよく開いた。


「太陽!これを見て!」


 小神子が一枚の紙を持ってきた。そこには瀬奈の筆跡が書かれていて内容は予想外のものだった。


 シークの皆さんへ

 短い間でしたがお世話になりました。実は私がかつて捕えられていた組織の大元が接触してきました。私が戻れば皆さんを危険に晒さないという条件をつけて私は同道することに決めましたので、勝手ではありますがこの文をもって今生の別れとさせていただきます。誠に勝手で申し訳ありません。今までシークで過ごした出来事は一生の思い出として忘れません。

 最後に太陽さん。私のことを好きと言ってくれてありがとうございます。私も太陽さんが大好きでした。これから幸せになろうという時にわがままを言ってごめんなさい。でも、太陽さんにはこれからも幸せな人が現れると思います。そう祈っています。では、さようなら。


 オフィスで小神子とかぐやの三人で手紙を見た。目的は三人共通だったが泰然自若とした私と小神子の一方かぐやは


「今すぐ瀬奈を探そう!しらみつぶしになるが……」


「落ち着きなさいかぐや」


「落ち着けるわけないだろう!?仲間が、家族が一人犠牲になろうとしてるんだぞ!?私達が止めず誰が止めるんだ!!太陽も黙ってないで何とか言ったらどうなんだ!?」


 久しくやらなかった考える時の姿勢をしているとかぐやが胸ぐらを掴んできた。


「かぐや。お前の気持ちはわかる。だが、事を慎重に運ばないと瀬奈の身がさらに危なくなる。それだけは避けたい。それに今そうするための策を考えているんだ」


 ある程度固まってから私はプロジェクターにあるものを投影した。


「これを見てくれ。紅研所長の久坂が関わっているとしている建物だ。全部で十二個ある。これら全ての施設を俺たちと……」


 私がそう言いかけたところでシークのドアが大きな音を立てて勢いよく開いた。恐らく私が呼んだ応援が到着したのだろう。


「榎本さん?」


「久しぶりです。小神子さん」


 駒宇良警察のエリート中のエリート。榎本君を呼び出した。


「急に呼び出してすまないな榎本君」


「状況はどうですか?」


 私はここまで起きた出来事を伝えた。ついでに貴族旧宅の爆発は悪い奴らの仕業という特ダネも仕込んで。


「では、今が然るべき時ということですね」


「そういう事だ。二人とも続きを言うぞ。榎本君率いる特殊部隊と連携して一斉に捜索する」


 本来ならオフィサーか外島に頼むべきなのだろうが前者は何か胡散臭い、後者は私が滅ぼしてしまったので思いつく限り頼りになるのは消去法で榎本君らになった。昨日のうちに瀬奈の身に何かあった時のために榎本君に連絡しておいて良かった。最も彼女が自らシークを去ったのは想定外だったが。


「烏合の衆と違って組織的統率の取れた動きが可能だが、反面目立たないか心配だが」


「天道さん、あなたの進言した特殊部隊のメンバーは以前の突入作戦で協働した人達です。その心配は無用だと思います」


「そうか」


 その時小神子が口を開いた。


「太陽。素朴な疑問なのだけど、瀬奈がいる場所って目星がついてるの?」


 当然の疑問だ。私は即答した。


「ある程度はな。残念ながら瀬奈の携帯のGPSが起動していないからsakiの追跡システムを持ってしても可能性の高い候補を三つに絞り込むことしかできなかった。各地に特殊部隊を分散させ、その中の候補地三つにシークが参戦する。急拵えだが俺の仕込みだ。ある程度のことには対応できるだろう」


「追跡システムといいあなたの権限といい、一個人が握ってはいけないものばかりですね。思うべきでしょうか」


「もし太陽が変態なら、絶対に握らせてはいけないな」


 いつのまにか冷静になったかぐやが普段のテンションに戻った。不届き千万な発言をしたので私はかぐやの頭をハリセンで軽く叩いた。


「あ、あなた……いつもこんな感じなんですか?」


「今回は癪に触ったから少しだが。まあこんな感じだ。それで榎本君、準備はできてるのか?」


「え、ええ……いつでも行けます」


 私の所業に榎本君が困惑していたが私は意に介さず話を進めた。


「配置としてはこんな感じだな」


 私はプロジェクターに全十二部隊の配置図を投影した。それと同時に各部隊の人員が記載されたリストもだして。


「ちょっと待ってください。どうして天道さん一人なのですか?」


 第一部隊の人員は私一人。


「俺は一人の方が性に合ってるんでな。統率や指揮は榎本君に任せる。それに俺が行くところは瀬奈がいる可能性が最も高いところだ。可能なら誰にも見つからずに救い出したい」


 榎本君がため息をついた。


「仕方ないですね。恵ちゃんのこともありましたのでもう何もいいません」


「恵って……中沢恵のことか?」


 何故榎本君が中沢君のことを知っているのだろうか。冷静に考えれば捜索願等で知ることは可能だが。


「そうです。あの子と私は従姉妹なので、改めてありがとうございます。天道さんも、恵ちゃんを助けるためとはいえ人身売買に加担したのは今回だけは特別多めにみます」


 職業柄見逃すわけにはいかない事案の筈なのに。昔に比べれば柔らかくなったものだ。


「中沢君と従姉妹だったか。世の中案外狭いな。まあいい、とりあえず準備を始めよう」


 私が立ちあがりガレージに向かおうとすると小神子が私の腕を掴んだ。


「どうした?」


「言っても無駄だろうけど、一応言わせて。私も一緒がいい」


 小神子の性格をある程度理解していたのでこう言ってくるのは予想できた。そしてその返答も考えている。


「小神子。心配なのはわかるが効率を考えての事だ。お前も効率好きだろ?」


「そうだけど……あなたが無茶をしないか心配なのよ。万が一あなたに何かあったら……」


 私は小神子の頭を軽くこついた


「こら。俺が頑丈なのはお前も知ってるだろ。俺を信じろ」


 小神子は上目遣いで如何にも「ずるい……」と言いたそうな目をしていた。


「一応お聞きするのですが、天道さんの彼女って瀬奈さんですよね?あれを見てたらわからなくなってきたのですが」


 と小声でかぐやに聞いている榎本君の声が聞こえた。


「小神子は瀬奈公認の浮気相手みたいなもんだからなぁ」


「う、浮気!?ふ、不純です!!」


 榎本君の言葉をよそに、私はすかさずかぐやの頭をまたハリセンで叩いた。


「余計なことを言うな」


「くっ……羨ましいよ。夜は三人で出来るんだから……」


「さ、3P!?」


 清楚そうな榎本君から考えられないワードが出てきたのも気になるが、それより余計なことを言わなければ良いのにかぐやは私に殴られたいのだろうか。私は先程と全く同じ場所をハリセンで先程より強い力で叩いた。そろそろかぐやの叩かれた場所から湯気が見えた。


「事実無根だ。どうでもいいから行くぞ」


 大事の前だというのに締まらないが、私と三人は部隊と合流するために愛車のマスタングに乗り込んで出発した。


 数十分後


 ーー天道君、聞こえてる?


「何だ?」


 私が瀬奈がいる可能性が最も高いと思われる場所、紅研近くにある化学センターを偵察していると榎本君から無線が入った。


 ーー現在突入した十一部隊のうち八部隊からターゲットは見つからず、残り三部隊が現在も調査中です。残りは私とシークの三部隊だけです。天道さんはまだ突入しないのですか?


「これから行くところだ。これをもって全部隊突入完了とする」


 そう言って私は化学センターへ潜入した。


 駒宇良総合化学センター。主に駒宇良でこれまで研究していた分野の展示や子供向けの化学体験会のため一般公開されている施設。入場料大人六百円、子供三百円。四百円足せばその日行われる幾つかの公開イベントを見れる。私はここの存在を以前から知っていたが、専門外の分野なので全く興味がなかったのだがこのような形で入ることになるとは。


「中に潜入したぞ。saki」


 ーー了解しました。マスター、建物の図面を入手しました。不思議なことに便宜上地下三階まであります。


 ただの化学センターが地下三階まであるのは不自然だ。


「他の部隊が潜入した建物はどうだ?ここと同じくらいか?」


 ーー否定。この建物だけです。


 ならほぼ間違いないだろう。そう踏んだ私は関係者専用通路に入るための手段を探した。地下を除けば全六階に及ぶ建物のうちすぐに地下に向かうなら一階からの方が都合が良い。


 一階は警備員こそ数は少ないが、スタッフや恐らく私服警官の類もいる。閉館時間は意外にも早く十六時半。人が少なくなればなるほど関係者の目が不自然な方に集中する。と、するなら大多数の人間が一つの場所に目を向けるようにさせればいい。


 不思議な話、私は悪人を殺すことに躊躇いは無い。それは身体と脳がそれが嘘偽りない正しいことと認識している、もしくは錯覚しているからだ。しかし、今私がやろうとしている火事でもないのに火災報知器を鳴らそうという行為には抵抗があった。


 私は意を決して火災報知器を強く押した。すると館内で耳をつんざくようなベルが鳴り響き、それを聞いた来訪者は一斉にざわめき、職員等関係者はそれぞれマニュアルに乗っ取っているであろう動きを取った。騒ぎに乗じて私は関係者専用出入り口に侵入した。


「saki。潜入した」


 ーー各階の詳細です。地下一階は倉庫になっていますが、隠し通路から地下二階に行けます。ですが申し訳ありません。以降は上位権限で閲覧不可となっています。


 私は階段を下りながらいつもの事だと内心思った。


「いやいい。助かった」


 ーーそれと……地下なので……電……


 これもわかりきっていた。地下なのでsakiの通信が届かなくなった。すなわち小神子やほかの部隊との通信もできない。つまりここからは本当に単独行動になる。が、私としてはそれが専門のため案外助かったりする。


 地下倉庫


 通信が途絶する前にsakiが送ってきた見取り図を頼りに隠し通路に向かった。倉庫は如何にも倉庫。背表紙にいつの何の書類が挟まれているかがわかるファイルや非常時に使用する物品が置いてあった。それらを避けて一番奥の壁にあるダクト。これが地下に通じるそうだった。ねじ止めされているのもお構いなしに私は無理やり引きはがして中に入ると滑り台のようにどんどん下に落ちていった。

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