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紅の鬣

 ーーマスター、緊急事態です。


 真昼間からsakiがいつになく緊急事態という言葉を使った。それを聞いた瞬間私の気が引き締まるのを自分でも理解できた。


「どうした」


 ーー駒宇良市内のカメラにて死教が確認されました。


 確かに緊急事態だ。私はsakiが示した場所を確認した。場所は駒宇良の西部。桜の名所でもある川のあるところだ。何をしているかは知らないが行かないわけにはいかない。


 装備は愛銃のマテバ、縁起を担ぐという意味で日本刀、サバイバルナイフ、最後に今日という日のためにグリップからバレルに至るまで細かいカスタムと手入れを施した1911を二丁。


 駒宇良 西部


 愛車を走らせている途中、駒宇良で絶対に聞こえないはずの銃声が聞こえてきた。自動小銃と拳銃の銃声が入り乱れている。これもまた異常事態なので少し離れた場所から状況を確認した。異常の正体がわかった。


「これはこれは」


 そう独り言をこぼしてしまう程の意外性だった。戦闘をしていたのは死教の部隊ともう一つは外島の部隊だった。


 戦況は五分五分。どちらについても得はしない。sakiからの情報によれば外島はイエロー工作と妥当天道の両方を掲げている。なのでここで死教と蒸発してくれた方が私としてはありがたい。だがその前にこちらよりも情報を掴んでいるであろう外島を訪ねるとしよう。場所はある程度目星はついている。


 外島キャンプ


 中にはあっさりと入れた。裏手ではなく正面からだ。見張り役は私の顔を見るなり苦虫を噛み潰したような顔をしたが不本意という言葉が合うように中に入れてくれた。そしてテントの奥で身構えている外島がいた。


「こうして会うのは久しぶりだな外島」


「天道君。一体何の用?」


 私もそうだが、随分と高圧的な態度である。無理もないか。


「今お前たちがドンパチしてる相手を追っているとだけ言おう。そういうお前たちこそ、今はイエロー工作に励んでるんじゃなかったか?」


 それと同時に私をこの世から消そうという思惑があるのも知っている。


「君にもわかりやすく言うとこれは君を誘い出すための罠だ。このまま君に苦汁と辛酸を舐められっぱなしでは腑が煮えくりかえったままなのでね」


 するとテントのほろが外れて向こう側から銃を機関銃を構えた女兵士が前方百八十度にわたって立っていた。


「なるほど。俺はまんまと網にかかった餌というわけか」


「そういうことだ。ここからは私達に任せて、お前はあの世であの子達に死んで平伏しろ!!」


 外島が右手を挙げた瞬間私は同時にナイフを取り出し外島の懐に入り心臓に向けて面が上下になるように突き刺した。次に間髪いれずカスタム1911を両手に持ち、左右の兵士の頭を撃ち抜いた。そこから右を反時計回り、左を時計回りにして順に頭を撃ち抜いた。少なくとも周辺の兵士がいなくなった所で外島に刺しっぱなしのナイフを再び手にした。


「外島、残念だお前達の任務もこれまでだ」


 そう言って一度ナイフを抜いた後反対の方を突き刺して思い切り横一文字に振り払った。腹切りならぬ胸切りである。誰もいなくなったところで私はキャンプに置いてあるファイルを漁って死教の居場所を突き止めて後にした。


 帰り際のついでに見張り役の兵士の頭を撃ち抜いた。


 先ほど偵察した場所に戻ってくると戦闘は終わっていた。が、どちらかが全滅したわけではない。勝敗で言えば死教側の圧勝だ。だがそれだけで終わらないのが戦場の道理なのだろう。死教の兵士は生き残った外島の兵士たちを性欲の捌け口に使っていた。


 私としては見慣れた光景だ。戦場では敗者が勝者に蹂躙される。男は恨み辛みのため磔にされて嬲り殺しにされたり、女は私が今見ているように日頃溜まりに溜まった性の鬱憤を晴らすための道具にされる。さらに言えば質の悪い兵士ほどその傾向にある。逆に高い兵士はというと革命第一としていたのでそういったことはしなかったと記憶している。


 人道を考えるなら外島の兵士を救うべきなのだろう。だが、救って恩を仇で返される可能性が高いし何より彼女らの司令官を殺したと知れば黙っていられないのは当然だ。ここは状況を利用させてもらって私は先を急いだ。


 某所


 情報によれば死教が潜んでいるのは海外貴族の旧宅。いったいどうやって接収したのか気になるところだ。いつものように偵察。外から中の様子は見えないが中庭に銃を持った兵士が十人弱、バルコニーに二人、正門と裏門に二人ずつ。外から確認できた限りではこのくらいで中にも何人かいるだろう。奇妙なのは監視カメラの類が無いこと。人が相当優秀なのか否か。それと以前死教に遭遇した時と同じく人が出入りしているため赤外線センサーの類もなさそうだ。一番ベタなやり方としては敵兵の一人に変装だが、残念ながら全員顔をさらしているためなし。からめ手がダメなら正々堂々しかない。そもそも私の専門は後者だったりする。


 正門の近くにある木の上から勢いよく飛び上がり一人の兵士に袈裟斬り、すかさずもう一人の兵士には声をあげさせないため喉元にナイフを突き刺した。


 極道のカチコミのごとく正面から入ったが誰かがやってくる気配もない。サプレッサーがあれば見敵必殺で進めるのだが今は控えた方がよさそうだ。


 結局遠くで兵士を見かけても臆せずに進めた結果中に入るまで正面の敵を二人殺したくらいで中に入れた。


 貴族の旧宅も敵のアジトと思えば華やかさなんて感じなくなるというのが私の所感。そして以前のように誰もいない。人がいる気配もない。少し進んでみても前と同じように死教がひょっこり現れるというのもなかった。邸内を探索していると、一番奥の扉から扉越しでもわかるほどの異臭がした。何か薬品のような臭いだ。扉を開けるとそれが一気に外に出て、必然的に私に襲い掛かってきた。五秒ほど経ったが特に身体に異常は見られなかったので先に進んだ。


「胸糞だな」


 そう一人で呟いたわけは私の目の前に広がっていた光景。水が敷き詰められた巨大なガラスケースの中には全裸の女性が眠らされていた。周辺のコンピューターを調べると何やらナンバーと数字が割り振られていた。


「気になるかね」


 私は即座に声のした方に銃を向けた。。初めて見る顔、でもない。


「やあ白獅君。いや、天道太陽の方がいいかな」


「最初の名前はお前みたいな愚物が俺の髪の色にちなんで勝手につけた名前だな。いかにも俺は天道太陽だ」


 白獅。死教が私をMRCと呼ぶ一方でシークを立ち上げてからそう呼ばれることが多くなった。元々MRCというのは少年兵時代の通り名のようなものだったので、私の過去を知らない人間が白獅と呼ぶ方が当然か。


「はじめましてだが俺はよく知ってるぞ。紅研所長の久坂だな。俺のDNAを使って誘拐した女性を改造人間にして世界各地の紛争地域の派兵に加担した愚劣極まりない男だ」


「初対面にしては随分な物言いだね天道君。確かに私は今君が言ったようなことをやってきた張本人だ。けど、これは人類にとっての偉業のためでもあるんだよ」


 口調も物腰も柔らかいが私に言わせれば一つ一つが私を苛立たせるものだった。


「私はね天道君。ただ完璧な人間を作りたいだけなんだよ」


 何故私の周りは映画でしか聞いたことないようなセリフを吐く人間がわんさかといるのだろうか。ましてやこんなマッドサイエンティストの典型のような奴も映画でしか見たことがない。


「私は完璧な人間を作るにあたって実に二十年、君のようなのを待っていたんだ。私にとって君こそが完璧な人間だからね」


「お前に言われても嬉しくないな。それに俺は完璧な人間じゃない。そもそもそんなものを人為的に作ろうなんてはっきり言って頭がおかしいよ」


 私はゲバラではない。


「君には理解できると思っていたんだがね。考えてもみたまえ、今のこの世界を。至る所にゴミのような人間が溢れている。不要な争いを好み、いつまでも学ばず、次に進まず、停滞ばかりを繰り返す愚かな人間、誰かが動かなければならないのだよ。そのためには何人もの実験体なんて安い犠牲だと思わないか?」


 不本意だが久坂の言い分を理解できないわけではない。私と深い関わりのあるアオスの内戦が終わっても世界的に見れば小さな戦争が終わっただけで、他の所では同じような戦争が終わっては始まってを繰り返している。戦争以外でも世界中で起こる犯罪や不祥事も同じようなものばかりで人類は全く進歩しないどころか退化しているのではないかと思う。


「お前の言い分もわからなくはない。そして誰もが変えなきゃと思いつつも自分にはその力がない、変え方がわからない、誰かが変えてくれると考えて結局誰も変わらない。この世界そんなもんさ。だが、俺は誰かを犠牲にしてまで変わりたいと思わない」


「そうか。君とは分かり合えると思ったのだが……残念だよ」


 そう言って久坂はポケットからスイッチのようなものを取り出すとなんの躊躇いもなくそれを押した。すると建物の至る所で爆発が起きた。


「お前……こいつらはどうなってもいいのか!?」


 思わず私は憤りの声をぶつけた。


「どうせこいつらは失敗作だ。生かすも殺すも何も変わらない」


 久坂は私を怒らせる天才だと逆に感心した。


「そうそう、あの香蛍とかいう実験台の一人だが、あいつは少し特別でね、いつか必ず取り返させてもらうよ。ではごきげんよう」


 気になる言葉を問いただすために逃げる久坂を追いかけたかったがとうとう目の前のガラスケースも爆発してしまい退散をせざるを得なかった。


 とりあえず私は建物を脱出して愛車に戻った。誰かに憤りや怒りを覚えたのは久しぶりだ。それも滅多にないことなのでいつどこでやったのか指折り数えれるくらいの数しかないので余計に覚えている。


 ーーマスター。よろしいでしょうか?


「何だ」


 sakiについつい普段より強めな口調で答えてしまう。幸いにもsakiはそれで不快に思ったりしないので後先気にせずいられる。


 ーー先ほどマスターの触れたコンピュータに保存されていたデータを一部ではありますが抜き取ることに成功しました。


 少しではあるが私の気持ちが和らいだ。あとは時間が経つにつれて落ち着くのを待つしかない。


「ありがとう。よくやったsaki」


 ーーとんでもございません。


 死教に会えなかった代わりに紅研の久坂、いくつかの有力な情報を入手できただけでも良しとするか。私はその場を後にしてシークに戻った。


 シーク


 オフィスに戻ると瀬奈がニュースを見ていた。久坂は瀬奈に関して意味深な発言をしていた。それを瀬奈本人が認識しているかは微妙な所だ。とりあえず今は私の胸に留めておこう。


「ただいま瀬奈」


「おかえりなさいませ。見てくださいこれ、あそこの旧宅が爆発したみたいですよ」


 そういえば怪しい研究室に気を取られていて忘れていたが曲がりなりにも地域の名所だ。メディアが食いつかないわけがない。


「さっき件の場所に行ってきた。そしたらあろうことか、悪い奴らの隠れ蓑だったよ」


「それはまた嫌な話ですね。でも、太陽さんが動いたなら当面は大丈夫でしょう」


 紅研は今まで私の目を掻い潜って行動してきた。瀬名の言う通り当面は動きがないことを願うばかりだ。それも先ほど入手した情報で何か分かればいいのだが。

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