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未来の幸福

 この日私は屋上にいた。屋上にはベランダで育ててあるかぐやの名付けたサボテン、アレハンドロ三世の他に別のサボテンがいくつかと、オオアマナやルドベキアを育てていた。その離れた場所で火鉢に網を敷いて味噌を焼いていた。その側ではsakiがわざわざ義体を使って何やら検分していた。機械の身体なのでしゃがんで見ていてもバランスを崩さずじっとしている。


「珍しいな。特に用事もないのに義体を使うなんて。ましてやお前はそんなに表に出ることすらないのに」


 裏を返せばsakiを引きこもりと言っているようなものだが、実際引きこもりみたいなものだ。が、それはsakiの役職上表に出る必要が無いためである。


「マスターがお料理をしている時、実はカメラを使ってこうして見ているの知っていましたか?」


「いや、初耳だ。っていうわざわざ自分から言うのか。まぁ仮にも機械だからそうか」


「私は嘘はつけませんので。私は皆さんがお料理をしている時の火を見るのが好きなのです」


 これも初耳だった。そもそもsakiは人間のような付き合い方を必要としないものだと思っていたため好きなものとか嫌いなものとかを聞いた事がない。


「料理によって使用する火の強さを変えるのは当然のことですが、皆さん細かい点で使い方が異なる所を見るのも興味深いです。マスターや瀬奈様はきちんとレシピ通りに火をお使いなさっています故安定且つ安心して見ていられます。小神子様は洋食を嗜んでいるのかフランベをしている姿をよく見られます。かぐや様は中華をよく作っているせいか火の使い方が派手です」


 かぐやがキッチンに入ることはあまり無い。料理ができない、させたくないというわけではない。単に彼女の気が乗らない内は料理を作ることが無いのだ。


「よく見てるな」


「姉様からよく言われます」


 味噌が焼けたところで形を崩さないよう下から掬って、キッチンから持ってきた白米の上に味噌を乗せて、厚めに切ったたくあんを用意すれば完成。


「いただきます」


 少し焼き色の付いた味噌と白米を一気にかきこんだ。予想はしていたが美味い。ネギや白菜の漬物を混ぜても美味いのだろうが私はこの方が好みだ。


「saki、頼みたいことがある」


「何なりと」


 舌鼓を打って忘れないうちにsakiに伝えた。


「外島陣営の動きを知りたい。イエロー工作を続けているか、戦力増強を計って打倒天道を掲げているか、果ては両方か。探ってほしい。方法は任せる」


 もし前者なら私の仕事が減るのでありがたいが、後者の場合外島、ひいては組織そのものを狼心狗肺だからという大義名分のもとに排除しなければならない。そうなったらあとで私の仕事が増えるので正直面倒なので不本意だ。sakiは一糸乱れぬ動きで立ち上がり早速行動に移った。


 味噌も白米も無くなり一服し終えたところで景色を眺めた。そこに小神子がやってきた。


「おかえり」


「ただいま。味噌の良い香りがするわね」


「すまんが小神子の分は無いぞ」


「お腹空いてないからいいわ。そうだ太陽、さっきそこで井伊さんに会ってこれをくれたわ」


 井伊さんは近所に住む高齢の女性。私を孫のように可愛がってくれて、よく畑で育てた野菜や果物をくれる一人だ。そして今回はかぼちゃの煮物をくれた。


「かぼちゃか。ありがたくいただいておこう。今度お茶っ葉でもあげようかな」


 こう言う感じで週に二、三回近所から全国の知り合いまで色々なものが届く。大抵はその土地の名産品だったりするので以前も話したと思うがこのシステムのおかげで食べ物に困ることはない。


「ところで小神子。中沢君のその後はどうだ?」


 ここ最近中沢君はシークで寝泊まりしていない。元の生活に戻りつつあるが前と同じようになってはいけないため小神子とオフィサーに依頼して監視を続けていた。小神子の監視は終わらせてあとはオフィサーに任せても良さそうだった。


「至って平穏よ。太陽の勧めたカウンセリングも通ってるみたいだし。特に問題はないわね」


「そうか。よし、じゃあ監視は終了だ」


 夜


 瀬奈も帰ってきて夕食の時間となった。井伊さんからもらったかぼちゃに昨日土方君からもらった鯛を使って鯛の塩釜焼きを作った。


 しかし、初めて塩釜を作ったのだが、どうやって割ったものかと思案した。


「潔く拳でやってみるか?」


「それで上手くいくとしてもダメよ。机の周りが汚れるじゃない」


 小神子が呆れたように言う中瀬奈は笑っていた。


「じゃあやっぱりトンカチか?」


「その方が妥当ね」


 とは言ったものの、私は好奇心で試しに表面の一部をデコピンしてみた。


「あ」


 たった一発はじいただけでひびが入った。おかしい、動画で見たときは大体ハンマーを使って割っていたのに。瀬奈も小神子もその光景に唖然としていた。


「なあ小神子、ちょっと同じようにやってくれないか?」


 もし、ちゃんとできていれば瀬奈の力では私の二の前になるだろう。なのでここは普通代表として小神子に頼んでみた。小神子は無言で私と同じようにデコピンをしてみたがコツンという音を立てただけでひびが入るわけでも、割れるわけでもなく終わった。


「やっぱちゃんとできてるよな。まあいいや。とりあえずいただこうか」


 表面部分をすべて取り除くと、よい香りと共に艶のある輝きを放つ鯛が現れた。


「「「いただきます」」」


 箸で切り分けると中から皮より、より一層輝く白身が出てきた。瀬奈と小神子が目を輝かせているのを見て私は大変愉快になった。白身を取って一口食べた。


「「美味しい!」」


 同時に食べた瀬奈と小神子が目を輝かせながら同時に同じ感想を言った。私自身も同じ感想だ。我ながら見事な塩梅である。


「幸せ〜」


 確かに瀬奈が幸せそうな顔をしていた。


「ほんとね〜」


 小神子も滅多に見せない幸せそうな顔をしていた。鯛を送ってきた土方君に感謝せねば。


「太陽さんって本当になんでも作れますね」


「なんでもは過言だ。少し前にフランス料理を食べたことがあるんだが、俺には繊細な味付けも盛り付けもできないからな。一般的な家庭料理が関の山だよ」


 どちらかというと洋食は小神子が専門なのだが実際彼女にフランス料理を作れるか気になるところだ。


「そういう瀬奈もなんでも作れるじゃないか。特に俺と違ってスイーツのレパートリーが多いし」


「あれは昔取った杵柄みたいなものです。それにお菓子以外の料理を作れるようになったのはつい最近なんですよ?」


 瀬奈がシークにいて時間があればお菓子やスイーツを作っている時が多い。私もアイスやパンケーキといったものは作れなくはないが、手数では彼女が上だ。


「スイーツ……そういえば私もあまり作ったことないわね」


「二人に好奇心で聞くんだが、料理っていつから作れるようになったんだ?」


 考えてみればそうだ。私は小神子に手解きをされてからなのでまだ三年と経っていないが、みんながみんなそういうわけではない。そう考えると小神子や瀬奈はいつから料理を覚えたのだと気になった。


「私は小学生の頃からお母さんが教えてくれました。ご飯の炊き方から味噌汁の作り方、少しずつ作れるものも増やしていって」


「私は大学生になってからね。どうしても自炊しなきゃと思って」


 理由もさまざまで興味深かった。


「太陽さんはたしか、小神子さんから料理を教えてもらっているんでしたよね?」


「そうだが」


「それまでは何を食べていたのですか?」


「ジャンクフードよ瀬奈」


 私が答える前に小神子に先を越された。


「ホットドッグ、ハンバーガー、フライドチキン、タコス、ケバブ、ピザetc。とりあえず自炊はせず宅配やテイクアウトで済むようなものばかり食べてたわ。それを見かねた私が太陽に料理を教えたってわけ」


「半年も経たずに駒宇良のファストフードを制覇したっけか。だが、小神子。ファストフードも悪くないぞ。特にハンバーガー。あれは穀物、肉類、野菜といったものをバランスよく摂取できるなかなかに理にかなった食べ物だぞ?」


「たとえそうでも毎日のように食べていたらバランスも何もないわ」


「美味しいものは身体に良いんだけどなぁ……」


 私がそうぼやくと小神子が目を向いた。


「悪いのよ!」


 今でも時々私がファストフードの素晴らしさを力説するとこういったやり取りをする。瀬奈はそれを見て笑っていた。


「でももっと気になるのは、あれだけ身体に悪いもの食べていたのにあなたったら全然太らないものね」


「そういえば……」


 先日


 私と瀬奈の協働の帰りに昼時だったこともありバイキングに立ち寄った時の話だ。


 九十分食べ放題のコースで私と瀬奈は楽しんでいた。


「このホテルの料理美味しいですね」


「ここは海外の宿泊客も多い。和洋折衷に中、印、独とかとかとか色んな料理を楽しめる。おまけにここはドイツ料理に関しては大使館も唸らせる味だからな」


 三十分経過


「太陽さん太陽さん!見てください!飴玉を入れただけで綿飴が作れますよ!」


「綿飴か。あとで食べてみるか。さっき気になる文言のカレーがあったからなぁ」


 一時間経過


「ふぅ……満足です。ごちそうさまでした」


「そうか。じゃ、俺は今からスイーツ攻略っと」


「え!?」


 終了五分前


「太陽さん……九十分ほぼ食べっぱなし……」


「延長があればあと三十分はいけるんだが、仕方ないな。運動がてら帰るか」


 現在


「その後ひったくり犯に遭遇したと思ったら、太陽さん走り出すのですから流石に私も引いちゃいました」


「本当あなたたまにおかしい時あるわね」


 たまにで済んでいれば良いのだが。


「でも正直食べ放題は頻繁に行くものじゃないとも思ったよ。そこまで頻繁に食べ物の入れ替えをしてるわけでもあるまいし。何より店員からさっきの小神子みたいな目をされながら食べる飯は美味くない」


 常に人の気配や視線を気にする私からすれば食べることで和らいでいたが特に人の視線は時間が経つにつれて気になって仕方なかった。


 鯛もカボチャも食べ終えた所で


「二人とも、ちょっと待っててください」


 そう言って瀬奈が立ち上がってどこかに行った。私は小神子を見たが小神子は何も知らない様子だった。数分程で瀬奈がトレイを持って戻ってきた。


「どうぞ、食後のデザートのコーヒーゼリーです」


 瀬奈が持ってきたコーヒーゼリー。洒落た皿の上にゼリーとなったコーヒーにミルクとこれまた豪快にバニラアイス一個が乗せられてた。


「すごいな。全部手作りか」


「ミルクは普段太陽さんがココアに使っているミルクを拝借しました。それ以外は全部手作りです」


「おお、では」


「「いただきます」」


 アイスとゼリーを同じくらいの大きさで掬って口に入れた。すると私は自然と笑みが溢れた。


「いや、すごいなこれ。美味いよ」


「ええ本当に。美味しいわ瀬奈」


「えへへ、ありがとうございます」


 特筆すべきは私がココアに使っているミルクは市販のものより濃厚なものを使っているためバニラアイスも合わさってコーヒーの苦味と食感も味わいつつアイスも程よい主張をしていた。恐らくコーヒーが苦手な人でもこれは美味しく食べれるだろう。


「こんだけできるんだから喫茶店でも開けるんじゃないか」


「よく言われます。でもお店を開きたいと思ったことは無いですね」


「どうして?」


「料理は良くても経営は大変ですし、接客も碌にしたことないですし、何より私は今の生活で充分です」


 私もシークを立ち上げる前はそう思っていた。しかし、わからない所で変化というのが訪れて人の気を変えさせるのだから瀬奈ももしかしたら将来喫茶店のようなものを開くかもしれない。そうなったら私はシークを小神子に任せて瀬奈の店の手伝いでもしようか。


「いっそのことシークを飲食店にシフトチェンジするのも悪くないかもな。曜日ごとに出てくるメインの料理が違う店だ。あ、かぐやの中華は一日だけだな。あいつは中華以外を作ろうものなら何でもかんでも暗黒物質にするから」


「それでしたら」


 現状将来開くつもりはないがシークが飲食店ならという妄想を小神子と瀬奈で膨らませていた。シーク全員料理ができるのでできないわけではない。だが、その時間は旅行の計画を立てるように大いに盛り上がった。

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