輝きの始まり
「じゃあそろそろ始めよう」
シークの地下にある取り調べ室。ここで私はなかなか行われずにいた中沢君へのちょっとしたお話を行うことにした。
「中沢恵、年齢二十一歳、……大学の栄養士コース出身、住まいは駒宇良の北東部でアルバイトの類はしていない。ここまでは合ってるかな」
「間違いないわ」
彼女の基本的な情報はこんな感じだ。瀬奈達と同じ大学らしいのだが彼女らが初対面に近い反応だったのはコースが違うからだと知った時はなるほどと思った。
「君がいつぐらいから例の場所にいるまでのこと。覚えているか」
「大学から家に帰る途中だったわ。家の近くまでバスで帰るのだけど、バスから降りて三分くらい歩いたところで後ろから布みたいなのを当てられたのが最後の記憶」
sakiが気を利かしてプロジェクターを起動させた。投影されたのは駒宇良北東部の衛星写真で中沢君の言った場所を円で覆った。
「ふむ、それからはあの建物にいたと。一つ聞きたいことがあるんだ。答えづらいかもしれないが、俺が会場にいた時司会者はつい先週連れてきたようなことを言っていたが、君は俺を殺そうとした時何度も子供を堕したようなことを言った。何か引っ掛かるんだが」
全部言ってしまうと彼女に嫌な記憶を思い出させることを考慮して少し遠回しな言い方をした。そもそも今回の取り調べ自体彼女たっての希望だったのだが、私としては時期尚早というのが本音だ。だが、彼女の希望を優先した。
「あなたが言いたいことはわかるわ。あなたに買われるまでの間色々な男の相手をさせられた。だけど、変だったのは首の後ろに何か埋め込まれたような」
私はここでかつて大海東というイエロー関係の企業と敵対した際遭遇した男の言葉を思い出した。
ーーうちの精力剤を投与させた男社員の相手をさせて、半永久的に人的リソースを提供するのと、三人仲良く改造人間として迎え入れるのどっちが良いですか?
なるほど、当時は気にも止めてなかったが死教の言っていたことと繋がった。しかし、大海東あくまで重工業で、こういった分野とは異なる。が、何か引っ掛かる。
「saki、かつて俺が出会した大海東の系列もしくは傘下に製薬企業は無いか?」
ーー検索中……ヒット。マスター、幾つもある傘下に製薬企業が一つだけ見覚えのある名前が。紅研の文字がありました。
これはこれは思ってもみない収穫だ。これすなわち死教はイエローとはマゼンタとシアンとは繋がっていないような物言いだったが裏ではしっかり繋がっているということだ。恐らくマゼンタとシアンに集中させるためだったのだろうがフェイクだった。
「中沢、こいつは大きな進展だぞ」
「そうなの?なら良いのだけど……」
数時間後
「よし、今日はここまでにしよう。またいつか声をかけるからその時もよろしく」
思いつく限りの聞きたいことは聞いたのでその場はお開きにした。
「さて、飯にしよう」
三階 プレイルーム
「はいお待たせ」
今日は三人もいない、中沢君と二人だけのシーク。彼女がいなければ一人でそれなりに気ままに過ごしていたが今はそうもいかない。
さて、昼食は彼女のリクエストが無かったので私の気分で作った八宝菜少し野菜ましましスペシャル。
「「いただきます」」
野菜の旨味と触感を重点的に作った八宝菜。我ながらよい出来栄えである。
「口に合うかな」
「ええ、美味しい。天道ってこれらの食材ってどこで調達するの?」
「実はほとんどが貰い物だ」
私としては自分自身の目でよい食材を目利きできるというのが理想なのだが。
「食材も調味料も近所の人や仕事で知り合った人達からの頂き物だ。昨日作った味噌汁の味噌も名古屋の知り合いから頂いたものだし、この前出たザワークラウトも然りだ」
私の中では仕事の付き合いと思っていたのにそれ以外で親しい間柄になってしまうということに昔は驚いていたが今ではそれも驚かなくなった。
「自分で食材とか買ったことないの?」
「昔は……小神子が俺のためにと買ってきてくれたからな。本当は自分の目利きで買いたいんだがその前に食材が集まるし、断ろうにも人の善意を無下にしたくないから断れない。そうだな……強いて言うならアイスとか冷凍食品の類は買うかな」
発言だけ見たら情けない。これまで冷凍食品の類をもらったことないわけではないが比率としては少ない。アイスをもらうというのはそれこそ知り合いの出身の名産がほとんどだ。しかしそれも夏限定のようなものなため家にあるアイスは大抵スーパーで私が買ってきたもの。ちなみに私とかぐやはカップよりスティックアイス、小神子はカップアイス、瀬奈はアイスキャンディーが好み。
「小神子が買ってきていた?そういえば、前から気になってたんだけど、あなたと小神子って恋人ではないの?」
私と小神子が恋人。はたから見たらそう見えるのだろう。
「半分正解で半分不正解だ。あいつは一度俺に告白したことあるんだが、俺にとってあいつは恋愛より命の恩人っていう面が強くて断ったんだ」
「命の恩人?」
「良い機会だ。少し話そう」
一年か二年くらい前。
シークが始まって数ヶ月。
槇田小神子という女性を救出して数日が過ぎた。今は行っていないが当時の私は積極的に広報活動を行なっており日中はそれに注力していた。様々なやり方に頭を巡らせている時。
「こんにちわ」
シークの扉が開いて天井が高いせいか声がよく響いた。二階に上がってきた人物はどこかで会ったことのある人物だった。
「君……えーっと君は……」
「先日助けていただいた、槇田小神子です」
今はそうでもないのだが、昔の私の人に対する印象はこんな感じだ。どうせ一度きりしか会わないだろうから、普段の日常で記憶を上書きしているせいでほんの数日の記憶でも抜けてしまうのだ。この時の小神子も例外ではない。ましてや初めて助けた人物なのに。
「あ、どうも。今日はどのようなご用件で」
「えっと……この前助けてくれたのにこんな事を言うのは無礼なのは承知ですが……ここで働かせてください!」
私は昔理子の家にあったアニメのシーンを一瞬思い出した。しかし、目の前の人は真剣なんだろうとすぐに頭を切り替えた。
「え……それは、急で困るな……それにうちは正直人手に困ってないんだ。私一人に見えるかもだが実際は……saki」
ーーお呼びでしょうか? ーーお呼びでしょうか? ーーお呼びでしょうか?
私がsakiの名前を呼ぶと三人同時に反応した。
「sakiっていう人工知能があらゆる業務をサポートしてるんだ。だから他に人は雇ってない」
その時sakiにやらせたいない業務の一つを思い出した。
「そうだ。実は今会社の広報活動が手付かずだったんだが、それでもよろしいですか」
「は、はい!」
「わかりました。では、また後日履歴書を……」
提出と言おうとしたところで小神子が履歴書を差し出してきた。まあほぼゲリラのような形でやってきたのだから持っていてもおかしくないだろう。
「よし、では中を案内しよう。咲、新入社員に社内を案内してくれ」
ーー了解しました!
咲の義体が現れて小神子に社内を案内した。服装はさながら観光ガイドのようだった。その間私は席について小神子の履歴書に目を通した。
現代
「こんにちわ」
中沢君に話していると本人登場。
「あら、八宝菜?まだ残ってる?」
「すまん小神子。二人分しか作ってない。作ろうと思えばサッと作れるが」
「じゃあお願いできるかしら」
私は二つ返事で了承してキッチンに戻った。
数十分後
「はい、どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
「小神子、さっき中沢にお前と出会った頃の話をしていたんだ」
すると食べ始めて早々に小神子は咽せた。私は小神子の背中をさすった。
「そんな咽せるほど?」
「まだ序盤も序盤しか話していないが、俺と小神子にとっては少し苦い話でおいそれと話した事ないからな」
この話は情報通のオフィサーや外島も知らない。シークの三人と理子といった限られた人物しか知らない。
「はあ……それにしても、あなたから話すなんて珍しいわね。何かあったの?」
落ち着いた小神子が聞いてきた。
「こう言ったら怒るだろうが、要は気まぐれだ。けど、直感で中沢には話しても良いって判断した。深い理由は無い」
「やっぱり、あなた達カップルに見えるわ」
私はキョトンとしたが小神子は赤くなりはじめた。
「そう言われた時の小神子の反応を見るのが面白いんだ」
「か、揶揄わないでよ……」
「ほら、見える」
私が笑い、小神子が照れる。この話題になった時のシークではお馴染みの光景だ。
「自分でいうのも何だが俺はよく言えば大抵の人間に平等、悪く言えば朴念仁なんだ。男女共に特別親しい人間はそういない。強いて言うならこの前会った土方君は例外だ。逆に言うと小神子のように好意に気づかない。それが俺だ」
小神子が深呼吸して言った。
「残念なことに恵、太陽は誰に対してもこんな感じよ」
「ああ、実に残念な人間だ」
私は自嘲気味に言った。実際自分でも辟易とするくらいの朴念仁だ。しかし、他人の好意を理解したくてもその方法がわからないのだからどうしようもない。そんな私でも最近小神子の気持ちがわかるようになってきた。好意を理解するのではなく、持つことに。
「さて、俺は野暮用で少し出てくる」
野暮用。というのは外に出る口実で実際のところ、物思いに耽りながら散歩に興じようと思った。
駒宇良のどこか
「天道はん、こんにちわ」
「おっ、こんにちわ」
道行く知人に会えば何かしらの挨拶しながら歩く。歩いていれば五、六に一人の割合で知り合いに出会う。これすなわち私も顔が広くなったということなのだろうか。何も考えず歩いていると私と小神子がよく来た公園に着いた。ベンチに座り、私が一目惚れした駒宇良の景色を眺めた。うん、いつ見ても美しい。すると目の前が暗くなった。
「だーれです?」
聞き馴染みのある優しい声。考える必要もないくらい即答できる。
「瀬奈」
「はい!瀬奈です!」
目の前が明るくなり、首を後ろに曲げると思った通り瀬奈が立っていた。同時に瀬奈の立派な双丘も見えた。一挙両得とはこのことか。
「どうしてここにいるんだ?」
「学校が早く終わりましたので、散歩していました。太陽さんは?」
「俺も散歩だ」
「あら、奇遇ですね。隣良いですか?」
私は了承すると瀬奈が私と距離を置かず座った。
「ここは良いところですね」
「街が一望できる俺のお気に入りだ。ここから見る景色はいつ見ても美しい」
この時私はいつになく穏やかな気持ちになった。雑念が無く、何も考えない真っ白な気持ちだ。
「瀬奈、少し前に星を見に行った日。覚えてるか?」
「忘れません。太陽さんと二人で過ごした大事な思い出ですから」
嬉しい事を言ってくれる。
「ここもあそこほどでは無いが良い星が見える。春になれば俺の星座の獅子座が見える。夏の終わり頃には瀬奈の射手座も見えるかもな。小神子は確か蠍座でかぐやは蟹座だったか」
「無限のように星があるのに、皆さんの星座が一緒に見れないのは残念ですね。獅子座と蟹座はともかく、射手座も蠍座も時期が違わないと見ませんし」
「先人が一等星を中心に星を繋ぎ合わせて出来たものだからな。けど、星座っていうのは自分で作れる。線を繋げて一つの形にすればそれはその人にとっての星座だ」
「じゃあ私は太陽さん座を作ります」
瀬奈の思いがけない発想に私は思わず大声で笑ってしまった。
「そ、そんなに笑わないで下さい!私は真剣なんです!」
「いやいや……真剣だろうとも。瀬奈は嘘とかハッタリとか言わないからな。でも、太陽さん座は……」
瀬奈はバツが悪そうな顔をしていたのでこちらも少しずつ落ち着くことにした。
「でも、太陽さん座か。それなら丸を作ればすぐに済むだろう」
「それはただの太陽座です。私は太陽さん座が作りたいのです」
「どう違うんだ?」
「文字通り太陽さん、あなたの星座です。あなたの特徴を星座にしてみせます!」
やはりそういうことかと思ったがそれにしても瀬奈の発想は相変わらずユニークだった。
「そうか。なら、いつか星満天の星座を見た時作ろう。それなら俺も負けじと瀬奈座でも作ろうかな」
私も瀬奈に便乗して側から見れば荒唐無稽な話題を加速させた。
「ふふっ、楽しみですね。こんな約束事をするなんてまるで恋人みたいですね」
「瀬奈、俺はそれで良いと思ってるぞ」
「……え?」




