喪失の果て
セースでの日常は私にとって生きているという事を教えてくれた。朝起きて顔を洗い、親しい人と談笑しながら朝食を食べ、歯を磨いて、出かける。そして人の役に立つ。畑仕事を手伝ったり、探し物をしたり、人の恋路を応援したり色々だった。
ほとんどこれの繰り返し。しかし、私が少年兵の時にやっていたルーティンに比べれば明らかに充実した毎日だった。
ある日掃除を手伝っているとエミリアが言った。
「テンドウさん。考えてみたのですが、どこか別の町に住む気は無いですか?」
「どこかってどこですか?」
「まあ、ダメ元で言ってみただけですが」
少なくともエミリアにはその気がある。そう思った。当時の私は難しいことなんて考える頭を持ち合わせていないためエミリアが出来ると言えば出来そうな気がしてならなかった。
「悪くないですね」
「それに他所が馴染めなければずっとここにいても良いですし」
それはそれでセースでエミリアと過ごすのも悪くないと思った。この時の私にとってはここが唯一の居心地の良い場所だったからだ。
しかしそれはある日突然訪れた。
いつものように眠っていたがその日は急に目覚めた。起きてすぐに外が赤くなっていることに気づいた。セースの建物という建物が燃えていたのだ。私は危機感を抱いて外に出た。外に出た瞬間私の目の前にはエミリアとその向かいには銃を持った連中が一小隊規模いた。
「随分と探したぞテンドウ」
見覚えのある装備、そして人物だった。
「ケム。なんでお前がここに」
ケム。革命軍の兵士の中で破滅的なまでに狂気という言葉が似合う兵士。その過激さのあまり、新政府発足後は近隣諸国に不都合があってはならないと、遠征部隊長として本部から離れたと言われていた。ある意味私とは別の意味で厄介者だ。
「遠征から帰ってきたと思ったら家が無くなってたんでな。仲間がみんな死んだのにお前の死体だけなかった。あとは言わなくてもわかるだろう。それにしてもこんな町があったなんて知らなかったよ。中々良さそうな町だったが、お前が悪いんだぞ?」
「テンドウ君来ちゃダメ!」
エミリアはというとケムから教会への道を塞いでいた。とは言っても身一つで通せんぼしているような状態のため風さえ吹けばすぐにでも飛んでいきそうだった。
「彼をどうする気かは知りませんが、テンドウ君は……」
すぐに飛んだ。エミリアが話している中ケムは馬の耳に念仏の如く銃を取り出して容赦なく彼女の心臓を撃ち抜いた。
「エミリア!!」
私は思わず駆け寄り後ろに倒れるエミリアを抱えた。心臓を撃たれたのだからもう助からない。そうわかっていても何か手を打たねばと考えていたのを今でも覚えている。するとエミリアの小さな消えてしまいそうな声が動きを止めた。
「テン……ドウ君……生きて……」
「そんな、嫌だ、だめだだめだだめだ!!死ぬなエミリア!!だめだ!!」
この時ほど動揺と悲哀に飲み込まれたことはない。目の前の現実を受け入れられずにいるとエミリアの力の無い手が私の顔を撫でた。さながら母親が赤ん坊をあやす時のように。そしてすぐにエミリアは死んだ。
「さて、ようやく邪魔者は消えたなテンドウ。なに、お前もすぐその女のとこへ送ってやる」
一度ケムをかつてないくらいの殺意を含めたあらゆる悪意の籠った目で睨んでからの記憶がない。気づいた時には周りにはケムの部下の死体が散乱しており、私は全身血だらけで瀕死となったケムを踏みつけながら頭に目掛けて拳銃で狙いを定めていた。
「お前……化け物だな……お前のようなのがいる限り……一生俺みたいのがついてまわること……覚えておけよ……!」
私もケムと動揺聞く耳を持たず、なんの躊躇いもなくケムの頭を撃ち抜いた。この時町には他にも残党がいるだけで生存者はいなかった。もう守るものも無くなった私は残党を一夜かけてただただ殺し続けた。そして翌朝。町の人間を火葬、残党はそのまま土葬して処理した。エミリアには教会の前に墓標を建てて今私がいるのがそれだ。
現在
目覚めれば飛行機のシートにいた。うたた寝している時昔を思い出したようだった。セースで急遽思いついた墓参りを終えた後やり残したこともないので日本に帰国した。
空港について駐車場に向かう道中一人の人物が駆け寄ってきた。
「太陽君!」
理子がそのまま私を思いっきり抱きしめた。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
二、三日程しか会っていないのに変な感じだ。まあ、私が死と隣り合わせの場所に行っていたとなれば無理もないか。しばらくして歩き始めた。
「仕事はどうした」
「近年稀に見る時間ができたから来ちゃった。仕事に影響はないから安心して」
「そうか。そうだ、今度土方君が酒席を開きたいそうだ。理子も来い」
任務を終わらせてご機嫌になったのか、私が帰れば土方君が酒席を開くと言っていた。どの程度のものかわからないが、人数は多い方がいいだろう。
「あまり気乗りしないわ。いくら親戚とはいえ総理だし……」
「だからこそだろ。いい加減土方君呼びを抜く機会でもあるぞ」
「あなたくらいよ。国民で総理大臣を堂々と君付けで呼ぶのは」
それもそうだ。正直下の名前の誠と呼んでもいいのだが、そうしないのは単に語呂が良いのと、信頼の裏返しと言うのかそんなところだ。
「土方君は俺が全幅の信頼を置いている人間だからな」
「あなたのトリオ以上に?」
「いや、彼女らも同じくらい信頼を置いている。ただ一点付け加えるとするなら、男の友情ってやつかな」
シークの三人も私が信頼を置いている仲間の一つだ。それは、彼女らしか頼めるものがいないからという消去法的なものではなく本物の信頼。
「そういえば理子。車で来たのか?」
「ええ、土方君が用意した運転手付き公用車だけど」
ここで理子の時間が空いた理由をなんとなく察した。土方君が動いたのかと。
「そうか、俺はバイクだし、荷物置きたいからまたな」
「いいえ、太陽君に同道することにするわ。運転手さんには連絡しておくし」
そう言って携帯を取り出して二十秒くらいの電話をした。そうして電話を終えると私に向かってウインクをした。
数日後 総理公邸
この日は土方君主催の酒席が開かれた。招待されたのは私、シークの三人と中沢君、理子。酒席と言っても庶民的な土方君なのでちょっとした宅飲みのようなものだ。
「太陽さん、これからどこに行くのですか?」
「ん?秘密」
瀬奈が私に聞いてきた。そう、総理公邸で総理大臣と酒を飲むと言ってない。そうした方が面白いと思ったからだ。驚く顔が見たいと言うのが一番かもしれない。
「お、そろそろか」
私が外を見て呟くと四人も外を見た。すると同じタイミングで四人の目がギョッとなって、私は大笑いしそうになったが小さく抑えた。
「ど、どういうこと太陽!?ここ総理公邸じゃない!」
「あ、あなた……何か悪いことでもしたの?」
「悪いことしたら刑務所行きだろう中沢」
「た、太陽、せめて私は家に帰してくれ!この格好であんなラスボスが待ち受けている場所に行きたくない!」
服装は皆多少オシャレをしているが、それでも総理公邸という格式ある場では申し訳ない服装だった。そしてかぐやには総理公邸がラスボスが待ち受けている場所に見えるらしい。まぁあながち間違っていないかもしれないが、残念ながら土方君はラスボスになれないだろう。少なくとも官僚には理子という上がいるのだから。
「心配するな。大勢の人間に会うわけじゃない。理子とか土方君と酒席になるだけだから」
「そ、そうか……」
しばらく静寂。
「待ってください太陽さん。土方君って方もしかして」
「土方誠。俺の友人だ」
「やっぱり帰して!」
かぐやでも知っている総理大臣の名前を出した途端また帰りたそうにしていたが、もう遅い。良いタイミングで車が玄関前に止まった。
執務室
「お、土方君」
「おかえり天道君。ささ、早速飲もうじゃないか」
土方君が総理大臣とは思えないフランクな雰囲気で迎えてくれた。私はスタスタと入ったが、四人は固まったままだ。無理もない。理子は先に来ていた。
「天道君のお連れさん。遠慮せずどうぞどうぞ」
土方君が軽いテンションで誘った後、理子が手招きしてようやく席についた。テーブルを挟んで土方と私は対面で座り、土方君側は理子と小神子、私の側は瀬奈、かぐや、中沢君といった感じになった。
テーブルの上には日本酒からワイン、ソフトドリンクの他に一体どこの名シェフに作らせたのか立派な料理が並んでいた。
「じゃ、天道君の帰還を祝して、乾杯!」
皆がビールを開ける中私はジンジャーエール。私としては別に恥とも疎外感も感じないため美味しく味わう。
「にしても土方君。どういう風の吹き回しだ?」
「特に理由はない。強いて言うならこうして久しぶりに飲みたくなったからかな」
「ああ。例の一件以来忙しそうだったからな」
例の一件とはこの辺りが事前に計画されていた核攻撃を受けそうになったのを私が未然に防いだ件のことだ。理子もそうであったがやはり総理である土方君も多忙だったらしい。
「なんだかすごい画ですね。太陽さんが総理とタメ口で話してますよ」
「なんだか、幻でも見てる気がしてきたわ」
隣の女子会グループ全く盛り上がらない。
「見たまえ土方君。これが庶民の反応だよ」
「おかしいなぁ。俺も庶民出身なんだけどなぁ」
私の知り合いに多い政治家は大概何世というのが多い。つまり、家族の血筋に政治家がいてその息子や孫も政治家というパターンが多い。もちろん一般市民出身もいるのだがそういう人に限って頭がよい反面、少し世間とズレた考えを持っている人がいる。
そんな中土方君は普通の中の普通。官僚になるために血の滲むような努力はしたと彼は言っていたが根っこは庶民なのと、年がほぼ同じの私としてはいつしか総理というより無二の親友になっていた。
「お聞きしたいんですけど総理」
「土方で良いですよー」
本人はこういうが到底無理な話だろう。特に瀬奈相手には。
「えっと……精進します……太陽さんとはどういう風に知り合ったのですか?」
「俺が一度理子の職場に行った時が最初だな。理子と土方君が話している時に俺が二言三言言ったら思いの外意気投合したんだ」
「懐かしいな。あの頃の俺は総理じゃなかったが、そろそろ政界に行こうと理子に相談していたんだ。そして今に至ると。にしても総理になって驚いたのはうちの政権の約二割が天道君の仕事のお世話になってると聞いてなんだこれは!?と思ったね」
ちゃっかり国の機密を話す土方君。間接的にであるが私の職務を認めていることになる。
「でもそのなんだこれは!?のおかげでどうにかなった問題もあるんだよなぁ」
そう言われると悪い気分ではない。国民が聞いたらなんと思うかが気になるところだが。
しばらく経つと女子会ゾーンも少しずつ盛り上がり始めた。私と土方君はバルコニーに移動して外を眺めながら談笑した。
「好奇心で聞くんだが天道君。君は今日連れてきた仲間の中に好意を持っている人はいるのかい?」
榎本君ほどではないが土方君も人の変化に気づくのが得意な部類の人間だ。恐らく彼は警察官になっても優秀だったろう。
「やっぱり気づくか。まあその通りいるさ。けど、今は教えないが、然るべき時がいたらいずれ言うさ。そんな話題を出すってことは土方君にも何かあったな?」
私も勘で察する。土方君の考えているような根拠はないが。
「実はこの前お見合いの話が来てな」
このご時世でもお見合いをするところなんてあるのかと驚いた。いや、むしろ総理という身分だからこそだろう。なんとなくそう思った。
「相手は?」
「いずれも大企業のご令嬢だね。俺としては自分自身の目利きで選びたいんだけどなぁ」
さすがは庶民派総理。
「けど天道君。もし、この中に君の仕事に大きく関わってくるであろう人間がいたら、そいつに近づこうと思っているんだが」
「それは形が良くないな土方君。人と契りを結ぶっていうのはその人が幸せになるための手段だ。第三者のためではないよ。その申し入れはありがたく受け取っておくが」
「失礼、お節介が過ぎたか。けど、君の力になりたいという気持ちは変わらない」
「やっぱりお前は死んでも友人だな」




