過去の憑依
作戦決行は夜。部隊は二つに分けた。
「では、状況開始」
私はと言えば実は現場に赴いていた。榎本君には内緒だが。
数分前
「山縣君。少し良いかな」
「はい、なんでしょう」
部隊長の山縣君に榎本君とは内密に話をした。状況開始前より私が現地に突入、人質を奪還。それまで第一部隊は榎本君の指示があるまで待機。第二部隊は私と同時刻で騒ぎを起こす。兵士がある程度抜けた時には私は人質を奪還して安全なルートを通って第一部隊と合流という寸法だ。作戦名はかつて日本で行われたこれと似た戦略の名にちなんで「ウッドペッカー」と名付けた。
「以上だ。大丈夫、万が一の責任は俺が取る。それに、最小限の被害を出さないよう俺の方でなんとかしておくし、万が一の戦闘は極力抑えろ」
「了解しました」
現在
というわけで以前雅を赴いた時とは違い、今回は本気の潜入任務だ。だが、装備は私が持って来たものでは過剰戦力なので急拵えで現地改良型のグロック17を持って来た。日本を除いて世界中の警察で採用されている傑作銃だ。威力は私の好みではないが贅沢は言っていられない。
人質が囚われているのはまさかの豪邸。持ち主は表向きは資産家だが、裏ではスロトの麻薬王と言われている男。会議の時に渡された邸宅の見取り図と一日中遠くから観察していたおかげで少なくとも警備の人数や巡回ルートは把握できた。
警備の男たちが自由に巡回しているあたり、赤外線等センサー等のものはないだろうと踏んで、早速敷地内に潜入。中に続く最短ルートにいる敵を一人ずつ始末する。始末と言っても全員気絶させただけだが。遠くで第二部隊が注意を引いているおかげで邸内の警備は少なかった。今のところ上手くいっている。
邸内の一室に入ると見覚えのある椅子に見覚えのある人物が拘束されていた。
「ようお坊ちゃん、あんたを助けに来た」
テレビで見た外務大臣の倅がいた。かすり傷程度の外傷が見られるが、それ以外の傷は見られない。どうやら拷問の類は受けられていないようだった。私を見て日本人だからと判断したのか抵抗はしなかった。資料では人質はこいつだけだったので早急に引き上げることにした。無線機ではたった今榎本君が突入の合図を出した。
「山縣君。そろそろ良いぞ」
私も同じタイミングで人質を確保したので間が良いと思った。少なくとも指揮系統へとタイムラグ無しで行動しているのだから疑われないで済む。
腕に巻かれたロープと声を上げさせないよう口のガムテープはそのままで一室を出た。
「待っていたよMRC」
ホール中央にある大階段の上から声が聞こえた。私にとっては聞き覚えのある声だ。私は咄嗟にグロックをその声の方に構えた。
「君とこうして話すのは初めてかな。はじめまして元アオス革命軍のジョーカー、ゴミ処理屋、MRC、テンドウ君」
「はじめまして俺の過去の汚点、人間のクズ、ゴミ、死教閣下殿」
私はこんなやつに敬意を払う気などさらさら無い。なので相手が私の過去のあれこれを讃え、評しても私は罵倒を選んだ。
「お前の目的はなんだ。こいつか?」
「そいつは君を誘い出す餌だよ。もう用済みだから返すよ。私の目的はただ一つ。あの時の革命軍を再興するのさ」
またくだらないことを考えてる奴がいたものだ。
「過去の栄光でしか生きられない哀れな奴だな。それに、革命軍を再興させても、俺がいない限りあの時の戦力は戻ってこないぞ」
それでも死教のにやけた顔はそのまま。何か他の手があるのだろう。
「その心配はいらないさ」
すると死教が指を鳴らした。次の瞬間天井を突き破って何かが落ちて来たので私は倅と一緒に下がった。土煙が晴れて姿を現したのはたった今天井を突き破ったとは思えないくらい華奢な人物。黒い拘束具のようなギチギチのスーツとガスマスクが特徴的だ。スーツの上から胸の膨らみが見えるあたり女性だろう。
「そいつが君の相手をする。まぁ現段階ではプロトタイプだが充分だろう。では頑張りたまえ」
そう言って死教が下がろうとしたので私が再びグロックを構えると黒い奴が咄嗟にグロックを掴みあろうことかあっという間に分解して使い物にならなくしてしまった。今まで私が敵にやってきたことを今度は私がされる番になる。
「やれやれ。おい、倅。このルートに従って進めば救出部隊と合流できる。行け」
倅といるとやりづらい。そう判断した私は倅の腕の拘束を解いて、ルート情報の載ったタブレットを渡した。すると自分の命を優先したのか私を省みることなくその場から逃げた。すぐに離れてくれた方がありがたい。
「さて、これで二人きりだ」
すると相手が一気に距離を詰めて左ストレートを放ってきた。私がそれを避けると今度は右ストレート。今度は避けるだけでなく右手で払い除けつつ、勢いをつけて左拳を相手の横っ腹に打ち込んだ。人体で強い衝撃を加えると酷く痛む部位の一つだ。すると相手からくぐもったような声が聞こえた。なるほど効いているらしい。
たった今の一撃が効いたらしく私が殴った横っ腹を抑えていた。その隙を逃さず、ガスマスク越しではあるが相手の頭を掴んで顔面を膝蹴り、心臓、肺のある部分を連続で殴り、ついでに鳩尾も殴る蹴るといったとりあえず相手の急所を執行に狙った。そうしていると相手はついに膝をついた。するとどこからか拍手が聞こえた。
「素晴らしい!流石はオリジナルだ!」
先ほど逃げたと思っていた死教が戻ってきた。何やら意味深な発言をしながら。
「オリジナル?なんのことだ」
「おや、知らないのか?君が今戦っていたのは日本のとある研究機関が君の遺伝子を移植して作らせた、いわば君の兄弟だよ」
まさかとは思った。
「まさか……シアンが海外に密売していた改造人間っていうのは……」
「察しがいいな。そう、全てそこのプロトタイプと同じ君の遺伝子を持った兄弟達だ。最も、個体差はあるがね。プロトタイプは比較的君の能力を濃く受け継いでいるのだが、やはりオリジナルは素晴らしい!」
その鼻高々と話すような、誇らしげに話すような口調に腑が煮えくりかえりそうになる。
「仕組みはこうだ。マゼンタで改造に適するか否かの人間を選別。多くは相手の油断を誘える女性だがね。適正ありと判明すれば紅研に送られ、そうでなければ裏の富豪に売り捌き、我々の資金になる。そしてシアンが世界中の紛争地域の顧客達に売り捌きながらテストを行う。我ながら素晴らしいシステムだよ!」
「じゃあ、イエローはなんだ」
イエロー。日本に密かに核攻撃工作を行おうとし、一度理子の命を奪おうとした私にとっては忌むべき相手。
「あぁあれか。あれは協働相手とでも言おうか。我々とは異なる企みがあるが我々にとっては隠れ蓑みたいなものだよ」
つまり、本命はシアンとマゼンタか。
「だが、君がシアンの大部分を壊滅させたおかげで世界中のクライアントを怒らせてしまったからね。我々はシナリオの変更を余儀なくされたさ」
「その計画とやら、力づくで吐かせてやる!」
私が死教に向かおうとした瞬間建物のどこかで爆発と同時に揺れたせいで私の動きが止まってしまった。その隙にプロトタイプと呼ばれていた人物も死教のもとに戻った。
「ではまた会おう!」
死教は余裕満々に逃げた。私もそれを追おうとしたが瓦礫と揺れに邪魔されて脱出を余儀なくされた。少し無理をすれば追えたかもしれないがその後の不都合と危険を考えてやめた。
豪邸前
「救出活動開始!傷病者は白いテントに運べ!」
私は豪邸を脱出した後豪邸前で救出活動の指揮を取った。すると榎本君がやってきた。
「状況は!?」
「こっちは負傷者が三名いるが、命に関わるほどでは無い。が、敵方の被害の方が大きいな。人質はどうした?」
「無事救出されました。こちらも命に別条はありません」
なら任務完了といったところか。
「ここは任せる。俺は土方君に報告してくる」
榎本君が来てくれたおかげで私は現場を離れられた。時差の影響で日本は夕方だろう。多分何かしらの執務を行なっているだろうが連絡してみた。
ーー天道君!どうだ様子は?
「土方君。無事要人は救出した。大きな怪我もない。大丈夫だ」
ーーよくやった!ありがとう天道君。外務大臣に色良い返事ができる。帰ったら一杯やろう。君の仲間も一緒に。
「ふっ、俺が飲まない人間なのは知ってるだろう。が、ありがたく受け入れるよ。じゃあな」
報告だけ済ませて私は豪邸を見た。例の持ち主は死教と同一人物だったのか、はたまた別の誰かが関わっているのか。それに私の兄弟と言える人間が世界中に散らばっている。恐らく死教はその兵士を尖兵としてまた革命軍のような組織を立ち上げるつもりだろう。そこからの目的はあいにく不明だが進展があったのは確かだ。今はそれだけでも良しとしよう。
翌日
事件が収束して大使館も落ち着きを取り戻した。榎本君の部下も撤収して残るは大使館職員と私と榎本君だけになった。
「天道君、本当にありがとうございました」
「礼はいい。終わり良ければ全て良しだ。君は日本に帰るのか?」
「はい、一難去ってまた一難。帰ったらやる事が沢山ありますから。天道君は?」
作戦が終わってから一息ついているとスロトがアオスに近いこともあってか私の中でとある考えがよぎった。
「少し野暮用が残ってる。それを終えたら帰ろうかと思う」
「じゃあここでお別れですね。では、お疲れ様でした」
榎本君は一警察官らしく敬礼で別れを告げた。私もそれに倣って敬礼した。
さて、私の野暮用というのはスロトではない。アオスにある。しかるべき手続きを行なって何年振りかのもう一つの故郷に帰ってきた。
最初に首都を訪れた。私が破壊して去った大統領府は修繕され、街は活気に溢れていた。もはやあの頃の戦争を知っている者はいないとばかりに。
だが、それは思い違いだった。街の中央には戦争記念博物館が建てられておりそこには慰霊碑もあった。革命軍の兵士は皆英雄扱いなのを見ると私としては複雑な気持ちになる。
博物館を見学していると私の事も書いてあった。以下引用。
テンドウ 20XX〜????
アオス革命軍第一特務隊隊長。アオス国民でないにも関わらずその能力を革命軍に尽力した最強の兵士。部隊内外の人気と影響力は高く、旧政府軍や傭兵からは死の具現化として恐れられた。火の夜以降の消息は不明。
なんとまあ片腹痛い内容だ。編集した人間に敬意を送りたい。無論本当に送るつもりは無いが。しかしここまで美化されては当事者の私としては笑いたくなるというものだ。しかし好都合だったのは私が最後に反乱を起こした、恐らく火の夜と呼ばれる出来事が私が首謀者ではないというとこだ。
記憶を頼りに数時間ほど歩いた。今になって実感したが昔の私はよく歩いたものだと我ながら感心する。やってきたのはとある町。の跡地と言うのが適切か。
かつて私とエミリアが出会った町セース。訪れるのはここで理子に連れられて日本に帰って以来だ。懐かしく思いつつも私の足はまっすぐある場所へ向かった。
教会
セースでただ一つの教会。私とエミリアが過ごした場所。そしてその側には私の作ったエミリアの墓。
「久しぶりだな、エミリア。今まで来なくてごめんな。ちょっと色々あってさ」
墓といっても適当に持ってきた大きめな石にエミリアへの手向けの言葉を彫っただけなので形としては歪だ。私はそこにもたれかかった。
「もしあんたが生きていたら今頃どうなってたんだろうな。本当にあんたと家庭を築いていたかもしれないし、あんたの方が日本に来ていたかもしれない。あ、そうだエミリア。今でも俺何でも屋をやってるんだ。それも一人だけじゃなく、三人も面白い奴らと一緒に」
そこにエミリアはいない。あったとしても彼女の遺体だけだ。そうとわかっていても口に出して近況報告のようなものをしてしまう。不思議だ。
「あの家のフレルさん。実はあんたに気があったって知ってたか?何度も俺に恋文の作成に協力させられたり、告白の練習に付き合わされたんだ。懐かしいな」
今は廃屋になった家を指差して当時を振り返る。
「そうそう、恋といえばエミリア。一つ俺も朗報がある」
ここ最近になって実感した。まだ誰にも言っていないが、誰にもいないし、私の事を気にかけていたエミリアに報告するのも悪くないと思った。
「実は俺、好きな人が出来たんだ」




