奇跡の正義
総理公邸
官邸と公邸というものがある。官邸は執務が行われる場所とするなら公邸はその逆で執務ではない、日常を送る場所だ。その後者に呼ばれたのも他でもない。緊急事態なのだろう。バイクを走らせながら総理公邸を出入りするのは多分私くらいだと思う。
入館証を持ち、厳重なセキュリティをクリアして総理の書斎にやってきた。
「土方君!」
「おぉ天道君。よく来てくれた」
部屋の奥の机でこの国の総理大臣がいた。
土方誠。実は年は私と大差ない恐らく史上最年少の総理大臣。それでいて私がシークの三人を差し置いて人生で最も信頼している人物。
「何があった。明日この国が滅ぶのか?」
「いや、そこまではいかないのだが、下手をしたらこの国立場が危うくなるかな」
それでも緊急事態だ。総理という立場の土方君にとっても、国民である私にとっても。
「まずはこれを見てくれ」
土方君は書斎にあるテレビを付けた。画面には暗い空間に縛り付けられた男性と画面の下部には
スロトにて日本人が人質に。テロリストによる犯行か。
といった文字が書かれていた。
「こいつは官僚か?」
「まだ公表はされてないんだが間違いない。この国の重要人物だ。飛行機に乗っていたところを運悪くロケットランチャーにズドンってところだろう。他に生きている人間がいるかわからないが」
互いに腕を組みながらあれやこれやを思案しているとまたノックと共にドアが開いた。
「土方君。今どんな……あ、太陽君。来てたのね」
「呼ばれたんでな。あまり穏やかではなさそうだな理子」
理子が入ってきた。一応言っておくが彼女の役職上総理公邸を訪れることはあり得ない。では何故ここにいるのか。
というのも土方君と理子は親戚同士であるがためである。しかしこれがなかなか複雑であり、土方君が伯父で理子が姪にあたるのだ。詳しい家庭事情は省くのだが、とりあえずそんなところだ。
「それで土方君。今どんな状況?」
「各省庁は大騒ぎだよ。なんせ人が人だからね」
そういえば件の拘束されている男。どこかで見た気がした。いや、正確には似ている。
「土方君、こいつ誰だっけか」
「外務大臣の息子だ」
私は納得したように「あー」と言った。確かに面影がある。
「向こうは知らないと良いなぁ……」
「それはないな土方君。わざわざこんな形で人質をメディアに流しているのだからいかほどの価値があるのか知ってると見るべきだ」
ただでさて国の重役の息子が人質に。ただでさえ厄介なのに、事前に知っていてのものだったら厄介を通り越して迷惑だ。口には言えないが。
「不味いな……あー天道君、俺はこれから官邸に移動しなければならないから手短に言う」
「いや、皆まで言うな土方君。わかってる」
ここにきてさっきの映像を見せられれば誰だって想像がつく。特に土方君の人間性を考慮すれば。
「流石だな。詳しいことは後で理子に送らせよう。じゃああとは頼む」
そう言って土方君は部屋を出た。私は付けっぱなしのテレビに視線を戻した。未だにさっきの映像が流れていたのだが。
拘束されている男の周りにいる兵士の装備は恐らくコピー品だろうが旧アオスが使っていたものによく似ている。スロトといえばアオスからそこまで遠くはない。武器がいくつか流れていても不思議ではないが。どうにも妙な具合だ。
「じゃあ太陽君。そろそろ」
「ああ。行くか」
事は一刻を争うのでテレビを消して部屋を出た。
「はい、スロト行きのチケット」
並んで廊下を歩いていると理子がチケットを渡してきた。
「相変わらず用意がいいな。補佐官とか秘書になる気は無いのか?」
「私はずっと裏方で良いわ、目立ちたく無いし。それに今の仕事の方が性に合ってるし。あなただってそうでしょう?」
確かにそうだ。そう思い込めばなかなか動かなくなるのが功罪でもあるだろう。話しているともうエントランスに着いた。
「じゃあ理子、行ってくる。そうだ、何かあればあいつらを頼む」
「そんなこと言わないの。絶対に無事に帰ってきて」
「そうか、すまない。じゃあな」
「行ってらっしゃい」
理子とそんなやり取りをして愛車に乗った。空港に向かう前に私は立ち寄る場所があった。
家の近くに四階建ての小さな集合住宅がある。私は四階にある管理人の部屋に入った。駒宇良にはいくつか私の土地がある。シークの仕事以外にいくつかある収入の一つがそれらの土地の家賃収入だ。
部屋にある本棚の一冊を引っ張ると本棚が横にゆっくりスライドして奥の部屋が見えた。そこには私がシークに置き切れない銃火器を置いていた。普段私が使っているマテバやガバメントでは恐らく役不足。そこでここに赴いたというわけだ。
「357にベネリM4に一応UZIでも持っていくか」
適当に見繕った武器をボストンバックに詰めて、着替えなどの日用品を別のカバンに詰めて出発した。
仮にも総理である土方君が一応私に依頼をしたということは彼は私がどんな仕事をしているか知っているという事。すなわち、この日本という国で私が大量の銃火器を持っていることも、それを持って色々な国を自由に出入りできることを可能にしたのも土方君のおかげだ。
スロト 日本大使館
大使館は大騒ぎになっていた。スロトと日本の警察や軍隊が入り乱れておりまさにカオスであった。
「天道君、こっちです」
遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。声のした方を見ると私にとっては馴染みの顔がいた。
「やはり来てたか榎本君。久しぶりだな」
榎本遥。駒宇良警察の若きエースであり、何かと重大な事件現場にお呼びがかかるいわば警察版理子のような人間。その昔私がシークの活動を始めて以来ずっと追い回されていたのだが、ひょんなことから持ちつ持たれつのような奇縁の関係となった。私が影で人を殺しているのを彼女は知っているし、出会って間もない頃はその正義感から敵対していたのだ。だが、いつしか今こうして冷静に話を出来る具合には互いの職務を尊重、理解を示している。
「挨拶は程々にして、このあとの会議に参加していただけませんか?是非あなたの意見を聞かせてほしいのです」
「俺が会議嫌いなのは知ってるだろう」
一社会、ましてや社長にあるまじき発言である。
「今そんなこと言ってる場合ではないのですよ!あなたは慣れていて気楽かもしれませんが、私たちは真剣なんです!それに、あなたと違って私たちは団体行動。その様な雰囲気は皆がいるところでは謹んでください!」
まあそれが当たり前だろう。それでも私は気乗りしない。だが、会議に出席することで私が独自で情報を得る必要がないのでそういった意味では出ることに意義はあった。ただ、私を専門家として迎え入れ、登壇して、何かを論じたり、意見を振られるというのが苦手なのだ。
数時間後
いやいや言いながらも会議に出た甲斐はあった。登壇を促された時は心底陰鬱になってしまったが。私は大使館内にある控室で細々と任務の準備をしていた。銃を分解して細かい部品に至るまでメンテナンスを行い、素早くリロードを出来るよう何度も同じ動きを繰り返したり、色々とやった。
「天道君、話があります」
ドア越しに榎本君が聞いてきたので私は肯定という意味も込めてドアを開けた。部屋に入ってくるなり私が机に広げている銃火器を見てゴミを見る様な目をしていた。
「今回の作戦ですが、指揮権は私にあります。あなたは一応外部からの有識者としてお招きしているので、今回は私たちにお任せしていただきたいのです」
これは初耳だった。私は土方君の命を受けて来たのだからてっきりそのつもりだったのだが。
「というと、俺の出る幕は無いと?」
「そうなります。ですが、作戦立案へのアドバイスや小火器等の適切な指導はお願いしたいと思っています」
それではまるでPMC……民間軍事会社とやっていることと同じだと思った。少年兵時代見知らぬ兵士が出入りしていたのを見たことあったが、後で知ったところによるとPMC所属の社員は元軍人が大多数を占めており、現役軍人に対して銃火器の訓練等を指導するために依頼を請負うことが主な業務だという。今の私がまさにそれだ。
基本的に他人の意見を優先したり、自分の意見を言わない私だが、今回のことに関してはそうもいかなくなった。
「それでは形が良くないな榎本君。君の部下で銃を撃ったことがある人間は何人いる?逆に撃たれたことのある人間は?人に当てたことのある人間は?」
「それは……ありませんが。ですが、あなたが指導していただければ……」
「榎本君。例えばの話だが、君は誰かに自分の料理を作らせるか?それで人から教わったもの通りのものが出来るならそれでいいのだが、それが出来るのはある程度技を持っている人間だけだ。自分の料理は自分で作る。これは戦闘でも同じだ。いくら他人に指導しても、経験や技が無ければただ死ぬだけだ。だから俺はこうして自分から赴く準備をしているんだ」
一応これでも榎本君の面子を慮って言っているつもりだ。説教臭くて我ながら嫌になる。榎本君は案の定苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「怒ったか」
「ええ。イライラしています」
「わかったわかった。あんたの言うとおりにするよ。だが、条件がある。俺が人質が危険な状況にいると判断したらすぐにでも出動するぞ」
「……わかりました。それまでは、私の指示に従うように。いいですね?」
納得してくれたようでよかった。とりあえず、広げてしまった銃を元の状態に戻そう。
「にしても……見ているだけで押収したくなりますね。そのゴミの山」
一警察官から見ればそう思っても仕方ないだろうが、他人のものをゴミと呼ばれて良い気分ではない。ましてやこれは私にとって商売道具なのだから。
「榎本君って学生の頃は委員長やってた?」
昔理子と見ていたドラマで多く見たキャラクターと榎本君を見て連想したのは学生時代にクラス委員とか風紀委員をやっていたというキャラだった。
「中高でクラス委員をやっていましたが、どこでそれを?まさか、私の情報を勝手に!?プライバシーの侵害で訴えますよ!」
黙秘もせず個人情報をあっさり認めた。昔からだが榎本君は素直と丁寧と天然に正義感を上手く兼ね備えた奇跡のような人間だと思っている。よくこれで詐欺とかにあわないものだ。
「ただの好奇心だよ。それに、君の気質を見てたらある程度予測できる。警察官なら普段やってることだろう」
「それは……そうですが。失礼、取り乱しました。あなたはいつもわかりづらいです」
「君の思い込みが激しいんだろ。特におまわりさんってのは事件の解決のために色々考えているが、裏を返せばそう見えるな」
実際物的証拠ではなく、状況証拠しかない場合の事件など、仕方ないとはいえ的外れな捜査をしているところを目にすることがある。おまけにそれが確定しているわけでもないのに、それ一筋で操作するのだから誰も止めない。歪なシステムだと思った。
「それは否定したくてもできないですね。実際そう考えることしかできないときは何とも」
彼女も思うところはあるようだ。実際彼女が警察官となって最初の一、二年はその捜査のやり方に苦労したらしい。これを知っているということも彼女の耳に入れば目をむくだろう。
「あ、今また私に隠しているような顔をしましたね。正直に答えなさい」
警察官根性極まれりといった具合だ。私はそこまで変化ある顔をした覚えは無いのだが、わずかな表情の変化を捉えるあたり、彼女は優秀な警察官なのだろう。
「それは後で教えよう。とりあえず今はあんたらの部下を最低限実戦で使える状態にしてやる。それでいいだろ」
「ええ。お願いします。それと、さっきの話は忘れませんから」
「はいはい」
整備した銃火器を適当に保管して私は榎本君と部屋を出た。




