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擬似の遭遇

 翌朝


 普段のらりくらりで気だるげに生きているが、案外寝起きは良い方というのが数少ない自慢だ。なので朝起きてまず自分の周りを確認した。人がいた痕跡はない。荒らされた形跡もない。昨夜は何も無かったようだ。一安心しているとドアがノックされた。


「なんだ」


「おはよう太陽。ごはんできてるわ。顔洗っていらっしゃ……」


 小神子の言葉が急に止まって何かを探すような行動を始めた。犬か何か?そして最後に私の寝巻きの匂いを嗅ぎ始めた。


「あなたのパジャマから、昨日やってきた女の匂いがするわ」


 以前瀬奈に感じた悪寒と同じものが私を襲った。というかなんで匂いがまだ残ってるんだ?他人の匂いって長時間残るものなのだろうか?それか小神子の嗅覚が異常なまでに鋭いのか。


「昨夜彼女、中沢君が部屋に侵入して俺を殺そうとした」


 すると小神子から怒りのようなものを感じた。もちろん私に対してではなく、中沢君に対してだろう。


「落ち着け小神子。あの子は重要な情報源だ。何があっても危害を加えるな。それに、俺が易々と殺されると思うか?」


「それは……そうかもしれないけど……」


 徐々に小神子が落ち着きを取り戻した。


「それと、彼女には優しくするんだ。あいつは子供の頃の周りにいた可哀想な奴らと同じだ。何もしてやれなかったが、今度は違う。道を外すないようお前らも見てやってくれ」


 小神子にそう言って顔を洗いに行った。鏡に映った自分の顔を見て朝から険しい顔をするものではないと思った。昔を思い出して自然とそうなってしまったのか。自分でもわからない。声色は変わっていないつもりでも顔に出るのだから難しい。


 既に三人集まっていた。いつもかぐやが座る位置に中沢君がいる。


「じゃあ、いただきます」


 本日の朝食


 パン(各々様々) ベーコンエッグ(瀬奈はスクランブルエッグにウインナー) ザワークラウト 昨晩私が作ったスープ。


 瀬奈と小神子は食べ始めたが、中沢君は食べようとしなかった。


「どうした?洋食は嫌いだったか?」


「こんな朝食、食べていいの?」


 本人にとっては重要なことでも私にとっては何だそんなことかといった具合だった。


「朝食は一日で一番重要な食事だ。食べておいて損はない」


 私に続いて瀬奈が言った。


「そうですよ。それに太陽さんのスープは世界一美味しいです」


「世界一は余計だ。家庭的と言って欲しいな。冷めないうちに食べよう」


 そう言って私がスープを啜ると中沢君もスープを啜った。


「美味しい……」


 すると中沢君の目から涙が溢れてきた。悪意は無いとはいえ料理で他人を泣かせたのは初めてかもしれない。正直嬉しくて泣いているというのはわかっているが、涙を見て、私の心が締め付けられるような感覚に陥った。


「泣くほどだったか。でも、どちらかといえば笑ってくれた方が嬉しいな。料理を食べる時は笑顔の方が美味しく感じるぞ」


「ですね。それにしてもこのザワークラウト美味しいですね」


 ザワークラウト。ドイツ料理の一つでキャベツの漬物と言えばわかりやすい。


「この前ドイツの友人がくれたんだ」


 忙しい中わざわざここまで足を運んで来てくれたのだ。そのお返しに私は日本で有名なテーブルゲームをあげた。釣り合うかわからなかったが本人は喜んだ様子だったのを覚えている。


「あれ、でも日本は食べ物の持ち込みは禁止されてるんじゃ……」


 中沢君が良い点に気がついた。


「基本的にはそうだな。その友人はドイツ大使館の人間でな。仕方なくキャベツは日本のものだが他のものはドイツ産のものを使ったそうだ」


「大使館の……友人?」


 中沢君はキョトンとした様子だった。無理もないだろう。一体どういう繋がりで大使館の友人を持てるのだろうかと。理子でさえ海外の友人はいなくないが、外交関係の人間はそこまでらしい。まあ彼女の勤め先の都合上仕方ないかもしれないが。


「太陽には変わった友人が多いのよ。大使館然り、何某の役員然り、よく考えたらあなた、全国に友人いるんじゃない?」


 あまり考えたことなかったが言われてみればそうかもしれない。少なくとも電話帳に記帳されている友人は九十弱。単純に考えて全国四十七都道府県に二人ずついてもおかしくない事になる。


「言われてみればそうだな。だいたいは理子のいる所に多いが。ああ、理子っていうのは俺の育ての親だ。といっても姉みたいなもんだが」


 身内ムードにならないように中沢君に説明した。


「本当の親は?」


「いない。死んだ。俺が五歳くらいの頃だ。海外旅行していたらその国の紛争に巻き込まれてな。両親は死んで、俺は少年兵になって……この話は今度しよう。今は食事時だ」


 先程の私の発言が聞いて呆れる。流石にそれから先は食事時に相応しくないと咄嗟に判断して強制的に断ち切った。


 食後


 テーブルを拭いていると横から小神子が声をかけてきた。


「珍しいわね。会って間もない人にあんな事話すなんて」


 以前の私は親しくならない限り少年兵だった頃の話をしない。他人に話さないというのは今でもその気持ちは変わらないし、それを知っているのはシークの三人と理子や沖田君。それ以外に知っているとすれば、長く裏の世界にいる人間だ。


「彼女境遇故かな。話しても問題ないだろうって思ったんだ。気まぐれでもあるかもだが」


「あなたが良いなら、もう何も言わないわ。私達には止める権利はないし」


 キッチンの方では瀬奈と中沢君が話しているのが聞こえる。内容は分からないが悪い話ではないだろう。


「小神子、お前の目から見て中沢君はどう見える?」


 小神子に話を振ってみる。同性同士という事で異性である私と異なる意見を持っていると思ったからだ。


「瀬奈ほどじゃないけど、本当はもっと明るい子だと思うわ。けど、今は心の底から笑いたくても笑えない。もう一つ言うなら平静を装ってるように見えるけど、今の彼女の心は壊れる一歩手前のように見えるわ」


 そう考えるとすぐに話を聞き出すのは難しそうだ。


「昔のあなたと同じね」


「そうなのか?」


 昔の私を思い出してみる。少なくとも小神子と会ったくらいの頃。確かにそうかもしれないと思った。テーブルを拭き終えたちょうどいいタイミングで瀬奈がやってきた。


「太陽さん、中沢さんがお話があるそうです」


 私は何事かと思ったが話があるなら聞かないわけにはいかないし、こっちもひと段落したので向かうことにした。


 キッチン


「どうしたんだ?」


 既に一通り皿は洗われており、中沢君は乾拭きをしていた。


「えっと……名前なんだっけ……」


「天道太陽」


「天道さん。あなたに協力することにしたわ。だから、あいつらを壊して」


 中沢君の目を見た。決意は表れてまっすぐ私を見ている。が、小神子の言葉を考えて慎重になると判断した。


「わかった。今すぐにでも始めたい所だがこっちも準備がしたい。明日まで待ってくれるか」


「わかったわ。それと、その中沢君っていうのやめてくれる?」


 私が誰に対しても君を付けて呼ぶことにここまではっきりと嫌悪を示されたのは初めてだった。


「じゃあなんと?」


「ただの中沢で結構よ。もし、呼ばなかったら協力の話は無かったことにするから」


 私はそのまま押されて何も言えなかった。だが、心の中では中沢君と呼ぼう。中沢君はアレだ。家庭を持てば一夜にして旦那を尻に敷いてしまうタイプだ。一人残されたキッチンでそんなことを考えていた。


 オフィスに戻るといつもより賑やかになっていた。


「お、太陽!おっひさー!」


「かぐや……おわっ!?」


 久しぶりに見たかぐやかと思えば猿の如く勢い、うさぎの如く跳躍で私に飛び込んできた。思わず私は受け止めきれずそのまま後ろに倒れた。


「な、何だよ」


「このこの〜!久しぶりの再会だから抱きつかせろ!匂いを嗅がせろ!」


 そんなことを言いながら私の頭をわしゃわしゃしたり、匂いを嗅いだりしていた。かぐやってこんな犬みたいな奴だっけか。確かに時々お姉さんと主張しながらスキンシップをとってきたことはあったがこれではお姉さんではなく犬だ。


 そこに小神子と瀬奈が通りがかる。


「随分と楽しそうねかぐや?」


「お久しぶりですね。かぐやさん」


 なんか、修羅場になりそうな気がしてきた。


「久しぶりだな二人とも。おっとすまない小神子。お前の太陽を独り占めして」


「それは良いのよ。それよりあなた、一体どこで何をしてたの?大学にも姿を見せなかったのだから心配したのよ」


 それは初耳だった。彼女らの大学での生活についてはここ最近聞いていなかったし、てっきりかぐやは大学に行っているものとばかり思っていた。


「実は私……世界旅行に行ってました!」


 その場にいなかった中沢君と私を除いて、つまり瀬奈と小神子が大声を上げた。


「あ、あなたが世界旅行!?」


 小神子と瀬奈の大声を聞いて気になったのか中沢君が降りてきた。


「どうしたの?」


「中沢、ちょうどいい。彼女はかぐや。もう一人の仲間。ここ最近姿を見せないと思ったら世界旅行をしてたらしくてな。ちょっと驚いてたんだ」


 小神子が何か問いただしている中かぐやが中沢君を見つけて近づいた。


「太陽、こいつは新入りか?」


「いや、ちょっとした重要参考人だ。かぐや、中沢だ。中沢、かぐやだ」


 本当に軽い紹介をする。


「何か訳ありみたいだな。とりあえず、よろしく」


「こちらこそよろしく。ところで聞きたいのだけど、あなた達ってどういう関係なの?」


 私たちは互いを見合った。


「家族みたいなもんだ。血は繋がっていないが、皆似たような境遇の集まり。笑いあったり、揶揄いあったりする奇妙な家族だ」


「ふーん、なんだ。てっきり誰か天道と恋仲って言ってくれた方が面白かったのに」


 その言葉に敏感に反応したのがかぐやだった。世界旅行で恐らく広い見聞を経験してきたというのに相変わらずのオヤジ気質だ。


「ほうほう、じゃあ中沢。お前からして誰が太陽と恋仲に見える?」


 私は思わずため息をついた。


「誰が、ってことは少なくとも二人以上の選択肢があるってことよね。でも、かぐやは除外していいわね。それに、さっきの発言からして……小神子?」


 やはりそういうのはわかるのだろう。相変わらずかぐやはニマニマしていた。


「ふふん。ブッブー」


 何だろう。今のかぐやの一挙手一投足に腹が立つ。


「え?じゃあ瀬奈?」


「それもブッブー」


 一体何がしたいのだろうか。


「じゃあ誰?まさか最初からいないなんてことないよね」


「太陽答えて……」


 かぐやが言い終わる前に私の携帯が鳴った。理子からだ。


「俺だ」


 ーー太陽君、忙しいところ申し訳ないんだけど、今すぐこっちに来てくれる?


「……構わないが。また弁当忘れたんじゃないだろうな?」


「そんなこと言ってる場合じゃないの!赤信号なのよ!」


 赤信号。その単語を聞いた途端私は事態が緊迫していることを察して、気を引き締めた。


「わかった。五分でいく」


 普通なら目的地までは十分かかるが、事が事なので五分で行くことにした。


「小神子、留守を任せた」


「どうしたの?」


「少しばかし急ぎの用事ができた。瀬奈、かぐや。大事の前かもしれない。中沢を頼む」


「わかった」「わかりました」


 私がどんな顔をしていたのかはわからないが、真剣な声を察してくれたのか三人とも状況を飲み込んでくれた。


「中沢、俺は少しばかし出てくる。何かあればこいつらを頼るといい」


「何があったの?」


「さあな。この国か地球滅亡の危機かな。もしかしたら誰かがタンスに小指をぶつけただけかもしれないが。とりあえず、行かなければならないんだ。話は帰ってからにしよう。良いな?」


「……わかったわ。それで、どこに行くの?」


「総理公邸」


 聞かれたので素直に答えると中沢君がポカンとした顔をしていたが、私は軽く反応を見てから愛車に乗った。

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