嵐の中の黒
ーーマスター。時間です。
有料駐車場に停めたマスタングの中で眠っていた私をsakiが起こした。眠っていたといっても時計を見ると三十分ほどしか過ぎていない。
「じゃあ行くか」
畳んでいたスーツを着て車から降りた。目的地は目の前の駒宇良の郊外にどこにでも建っているような雑居ビル。しかし、テナントが全くないのに人の出入りがある。おまけに各階にある部屋はそれほど広くはないぱっと見全く目立たないように見えるのだが、あの建物で人身売買が行われているというドス黒いものを抱えているのは確かだ。問題はどこで行われているかだ。おおよそ地下なのだろうが。
ビルの中に入ってみたは良いものの地下への行き方はわからない。何か床に仕掛けがあるか踏み歩いてみたり、壁にスイッチが無いか叩いてみたりしたが何も無かった。
最後にエレベーターに何か仕掛けがあると思い乗ってみた。ボタンを押そうとするととある違和感に気づいた。ビルは全部で五階。ボタンも五階分あるのだが、開延長のボタンがやや沈んでいた。思い切って強く押し込んでみると不自然なくらい深く押されて同時に下にある鍵がかかっていたはずの安全盤のようなものが開いた。するとそこには怪しげなボタンがあり好奇心と進展の期待を込めて押した。すると一階で止まっているはずのエレベーターが下に向かった。どうやら当たりのようだ。
階に着くと扉の前にスーツを着た男が立っていた。いかにも厄介事が起きれば即時対応してくれそうな出立だ。
「お名前を」
「佐藤太郎。岡田十蔵氏と約束しています」
全て嘘である。ある程度信頼してもらうためと、ここに頻繁に出入りしていた岡田十蔵なる何某の会社の会長の名前を出し、裏繋がりの情報でここの会員がIDによって管理されていることがわかり、sakiに私の情報を作らさせた。ただ、シークの天道太陽だとそれなりに名が知られていることを考慮してどこにでもいる名前にしてもらった。それが佐藤太郎だ。
「確認しました。お客様は本日が初めてですので係の者がご案内します。それとこちらをお付けください」
渡されたのは顔の半分を覆える仮面と番号札。なるほどこれでどこの誰かを運営側は把握するというわけか。恐らくどちらかにGPSか盗聴器のようなものが付いているだろう。ここを出たら適当に捨てよう。
「ありがとう」
扉が開くと両脇に男が二人待機していた。厄介事が起きればこの二人も出張ってくるのだろうと想像しながら促されるままついていった。
中はまるで豪華客船の一室のようなものだ。華やかなインテリア、煌びやかなバーカウンター、そしてこういった空間で見映えの良い各種賭博。差し詰めここはメインまでの待機場といった具合だろう。
「時間になりましたら放送でご案内します。それまではこちらでお待ちください」
私が軽く会釈すると男が元の配置に戻っていった。バーの店員やディーラー以外は仮面をつけているためどこの誰なのかわからない。が、一人見覚えのある人物がバーにいたので接触することにした。
「まさかあなたがいるとは沖田君」
声をかけるとその人は飲み物を吹く一歩手前で堪えた。
「て、天道君!?」
「どうも久しぶり」
大手何某の会社を退職後思い立ったが吉日、一念発起と言わんばかりにアイドル事務所の社長にまでなった仮にもお得意様。最初に別れた時は会うことはないと思っていたが世間は狭いようだ。準レギュラー?
「どうしてあなたがここにいるの?」
「仕事でね。そういうあなたは?あ、ジンジャーエールを」
互いに小声で話しているうちにバーテンダーがやってきたので適当に注文をする。あればの話だが、こういった場所のココアは格別に美味い気がするが、最初に思いついた名前の飲み物を出してしまった。
「実は私も仕事よ。例の清河の件を調査中なの」
「ふむ。仕事以外と答えたらあなたに失望していましたが。あれはもう終わった話では?」
清河からここまで辿り着くのは容易では無かったはず。
「それがどん詰まりなのよね。だからこうしてわざわざこんなところに足を運んだのだけど」
ここって役員や名士の社交場か何か?と思うくらい浸透しているように感じた。少なくとも沖田君は慣れきった様子なのでそう思えてくるのだろうか。
「以前からここを知ってるような口ぶりですね」
「古巣の社長に連れられて何度かここに来たことがあるの。今度は一人で来ることになるとは思わなかったけどね」
運ばれてきたジンジャーエールを一口飲んで振り返ってみる。よく考えれば彼女は裏と繋がりのあった会社の社長秘書だ。こういった場所をある程度知っていても不思議ではない。最初から彼女を頼りにするべきだった。
「今度は私から。天道君がここにいるってことは、ここでいけないことをしてる人がいるってことよね?」
「賭博を開いている時点でもう時すでに遅しですが、どうやらここはそれ以上に曰く付きなようで」
ーーお客様にお知らせします。まもなく、本日のショーが開催されます。予約がお済みのお客様は地下講堂前の扉でお待ちください。
これが先程言っていた案内だろう。私は席を立った。
「沖田君。清河について私の得た情報をあとでお渡ししましょう」
そう言って私は地下講堂前扉に向かった。
地下講堂
先程の待機場とは違って薄暗い雰囲気の地下講堂。部屋の奥の壇場にはスクリーンとプロジェクター等大学の講義でも出来そうな感じだった。司会のような男が壇場横のマイクに着くと照明が彼に注目した。
「お待たせしました。では本日のショーを始めさせていただきます。早速参りましょう。早速ナンバー一六ニ番」
そう言われて上手から錠に繋がれて連れ出されたのは若い女性。顔色が悪く、明らかに憔悴しきっている。
「年齢は……」
そこから司会は淡々と言う。連れ出された女性の年齢、血液型、スリーサイズetc
「この子はここにきて半年未満。まだ未調教故お客様の好みにすることができます。さあまずは三十から始めましょう」
まさしくオークション。人身売買の響きでさえ胸糞悪いのにこういった形で目の当たりにすると腑が煮えくり返りそうになる。ましてや私や桂君の目を盗んで、あろうことか駒宇良でだ。どうやって潰してやろうか想像力を掻き立たせた。
数時間後
「さぁて本日最後にして一番の目玉の登場です。先週来たばかりの新物です……」
ここで私もそろそろ行動を起こすことにした。
「さて新物は四十五から始めます。さあどうですか」
私は入る時に渡された小さめのプラカードを出した。四十五万で買うという意味だ。
「さあさあどうです?他にはいませんか?」
数秒沈黙が続けば私が買ったことになる。
「はい落札しました。では落札者の方は後ほどご案内がありますので終了後そのままお待ちください」
曲がりなりにも人生で初めて同じ人を買ってしまった。この後すぐに自由にさせるが、良い気分ではない。それに、そのままお待ちくださいか。この中を隅から隅まで見てまわりたいところだったが面倒事を避けるため指示に従うことにしよう。
終了後、いくつかの手続きをした後私は買った女性、中沢志保を私の乗ってきた車に乗せるよう指示を出してビルを後にした。
マスタング
車のそばにスーツの男、後部座席には中沢君。私が戻ってくると男は貸与したマスタングの鍵を私に返して、会釈をしてその場を去った。姿が見えなくなるのを確認して車に乗り込んだ。
ーーおかえりなさいませ、マスター。そちらの女性は?
「まあ重要参考人ってところだな。そうだ、私はこういうものだ」
中沢君に私の名刺を渡す。特に凝ったデザインのしていないシンプルな名刺。しかし受け取る様子はなく外ばかり見ている。
「一応私は君を買ったわけだが、君にどうこうしようなんて考えてない。ただ、君が何故そういう状況になったかをこれから私の会社で聞く。聞くことが無くなれば君は普通の生活を送れる。良いね?」
先程から無言である。無理もない。経験上ある程度予想できるので心中お察ししますといった具合だ。とりあえず私は車をシークに走らせた。
シーク
「さ、着いた。降りなさい」
車を走らせてからガレージに入荷するまで、私はある予感がして命令口調で彼女に言った。すると今度は素直に従った。恐らくであるが、向こうで命令口調に従わせるように何かされたのかもしれない。普通の生活に戻すには骨が折れそうだ。
二階オフィス
「おかえりなさい。あら、その人は?」
小神子が出迎えてくれた。ちょうど良い。
「後で話すが故あって保護した。身体を拭いて、温かい服を着せてやってくれ」
「わかったわ。さ、おいで」
小神子が手を伸ばすが中沢君は取ろうとしない。
「大丈夫だ。行きなさい」
そう言うと素直に従う。まずはこのやり取りをなんとかしなければならない。ひとまず小神子に任せて私は昨夜のスープを温めることにした。
数十分後
小神子と共に出てきた中沢君の小汚かった見た目から清潔そうな見た目に様変わりしていたが。
「太陽。この子寝ちゃったわ」
ぐったりした中沢君が小神子に背負われていた。
「一応の安心で眠ったのか。余ってる部屋があったはずだからそこに寝させよう。今は休ませる方がいいだろうし」
「わかったわ」
そう言って小神子は中沢君を背負いながら三階に向かった。
夜
寝静まったシークの書斎で私は日記を書いていた。日記と言ってもその日起きたことというより私の備忘録や考えをただひたすら書くものと言っても差し支えない。
「一応抵抗するが、殺すなら殺して良いぞ」
日記を書いていると後ろに気配を感じた。現状私の身近で命を狙う人間といえば一人しか知らない。
「ここまで行動力があると思ってなかったよ中沢君。ところで、私の仲間はどうした?」
「あなたを殺してから殺します」
ここで初めて中沢君の声を聞いた。後ろを振り返るとどう殺すつもりでいたのか、素手の状態で隙だらけだった。なのに開口早々物騒なことを言うものだと感心した。
「一応忠告しておくが、私を殺せばあの二人が血眼でやり返しに来るぞ。私でさえあの二人には手こずるのだからやめておいた方がいい」
すると中沢君はその場に座り込んだ。
「何故私を生かしているのですか?」
「君に聞きたい事があるからだ」
「嘘ばっかり。本当は私を慰み者にするくせに。でも良いですよ?もう色んな男に使われてますし、何度誰の子かもわからないお腹の子を堕したかも知りません」
子供の頃嫌と言うほど見た中沢君のような女性。彼女らで最も多い末路は自ら命を断つこと。その次に衰弱死、それと同じくらいの割合で戦場に巻き込まれて死ぬ。だが、中沢君はそのどれにも当てはまらない。彼女の中にある何かが生きたいと願わせるのか、それとも単に諦めているのかはこれから分かるだろう。
「私は君を抱きたいなんて思わない。それと、君の生かしているという言い方は不適切だ。どうせなら、何故自由にさせているか。そして私はこう答える。それが君のあるべき姿だからだ」
中沢君は無反応だった。故に私の言葉が伝わったかどうか微妙だったが私は続けた。
「条件付きだが私を殺すも良し、ここから逃げるのも良し、ここに残って私達に協力するも良し。全て君の自由だ」
「あなた達に協力って?」
「君を連れ去った連中をお見舞いしに行くんだ。けど今は情報が少ないから君の協力が必要なんだ。だが、どうするかは君次第だ。今日はもう寝なさい。おやすみ」
そう言って中沢君から目を離しても彼女は襲って来ず書斎を後にした。しかし私は今の中沢君の荒んだとも言える精神状態を鑑みて以前の瀬奈と小神子のような夜這いの対策として二重の鍵をかけて就寝した。




