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黒の雅

 数分前


 ーーMRC。君に依頼する任務は二つ。歓楽街雅の最深部に潜入して当局の工作員の生存を明らかにし、可能であればこれを救出すること。そして最深部に眠ってる重要機密を回収。場合によっては破壊。なお当局からは通信及び物理的支援等の関与は一切行わない。


「いつも通りだな。そもそもお前らの支援など当てにしていない」


 ーー手厳しいな。だが、代わりと言ってはなんだが消息を絶った工作員の残したファイルを用意した。任務に役立ててくれ。では幸運を祈る。


 事は数日前まで遡る。


 数日前


 ーー久しぶりだなMRC。聞いたぞ?組の事務所にカチコミに行ってC4爆弾で吹き飛ばされたんだってな。


「オフィサー。相変わらずの千里眼だな。いったいどこから情報を仕入れてるんだか。で、今回はどういった依頼だ?」


 ーーふむ。実は君に駒宇良のある場所に潜入してきてほしいのだ。ここは我々の情報網も及ばない少々特殊な場所でね。何人か工作員を送り込んだが全員消息不明となってしまった。そこで、潜入のプロと見込んで君に依頼したいのだ。


 潜入のプロとは言うが潜入なんてプロと言えるほどやったことがない。ここ最近だとせいぜい二、三回ほどしかやっていない。私はこの方ほぼドンパチ一筋でやってきたのだから。奇襲で忍び寄ることはままあったが。


「駒宇良にそんな場所……あるわ」


 そう、思い当たる場所が一つある。


 現在 夜 駒宇良南東部


 駒宇良にも夜の顔がある。特に南東部にある地域は駒宇良一の規模を誇る歓楽街だ。私は鼻から興味なかった場所だし何より仕事以外で行くことがなかったのでこの街の性質をすっかり失念していた。この街の名前は雅。飲み食い、女、金、あらゆる欲望がこの街では跋扈している。


 そしてこの街。表の法的機能が全く働かないという噂だ。街を歩いて気づいたのは交番や駐在所のようなものが全く存在しない。それでも罵詈雑言の類は聞こえてこない辺り警察を寄せ付けない絶大な力があるのだろう。


 さて、オフィサーに言われて早速ファイルを見たが、ざっくりしすぎだ。雅全体の地図に赤丸で最深部とだけ書かれていた。本当に工作員のものなのだろうか。幼稚園に書かせたのではないかと疑いたくなる。


「お兄さんお兄さん!この後行くところ決まってませんか?」


 派手な見た目の青年が私に声をかけてきた。どこかの店のキャッチだろうか。普通こう言うのは団体に向けて声をかけるのであって私のような個人には珍しいと思っていたが、あるのか。


「申し訳ないのですが、急いでいる身分でして」


 初対面の相手には敬語を。という理子の教えに従いその場をやり過ごそうとする。普通ならこれで食い下がってくれるのだが。


「うち可愛い子いっぱいいますよ?何なら安くしておきますから……」


 この手合いで多いのは大体胴元がろくでもない所だ。主にヤクザが多い。厄介な奴に絡まれたと考えていると。


「て、天童さん!うちのバカがすいません!」


 そう言ってやって来た男がキャッチの男の頭を叩いた。この男は顔馴染みで一応持ちつ持たれつの関係だ。一応。


「いや良いんです。ではこれにて」


 ヤクザというのは面子が命の人間の集まり。下手に下手に出る事なく敬意を忘れなければ何とかなるというのがこの手の人間達と付き合っていて学んだことだ。


「誰彼構わず声をかけるな馬鹿!あの人は……」


 遠くで途中からやって来た男がキャッチの男にそんなことを言いながら怒鳴っていたのが聞こえた。


 ここでも私の顔も名前も知られている。まあ駒宇良でも比較的裏に近い地域なので当然と言えば当然か。しかし厄介なのは二つ。一つは噂が一人歩きして私が変なイメージを持たれていないか。そうなれば初対面との付き合い方が難しくなる。


 二つ目は親しい知り合いと遭遇しないかだ。シークのメンバーなら話せばわかると思うがその他。思い起こす限りだと理子や沖田君辺りが厄介になる。まあそもそもこの二人はこんな所に足を運ぶ人間ではないと思うのでその心配はないだろう。多分。


 最深部と丸をされている場所にやって来た。雅の中心にある大きな建物。名は「陽の塔」という。偶然か私の名前が一部入っている辺り因果だろうか。考え過ぎか。


 六十階もある建物の中には大中小様々な企業が入っていた。腹の底が真っ黒な企業はいくつあるだろうかと気になる所だが、私はそれよりも五十階を目指した。五十階には知り合いがいるからだ。


 陽の塔 五十階


「「「「「お疲れ様です!!!」」」」」


 エレベーターのドアが開くと扉の前に屈強な男が数人私に向かって会釈して来た。


「お待ちしていました。天道さん」


 その後ろから出迎えてくれたのは襟を正してパリッとしたスーツをした社会人の手本のような服装の男。年齢は三十前後。


「久しぶりです。桂さん」


 桂治郎。陽の塔を建設した駒宇良最大の暴力団組織の会長。暴力団ではあるが桂は穏健派の首領であるためか、ヤクザらしいシノギはしているが表立って抗争事を起こさないことで通っている。


 会長室に案内されて桂の指示で二人きりになった。


「これで気兼ねなく話せる。この方が楽だろう。天道君」


「助かる、桂君」


 先ほども述べたと思うが桂君達は面子を命の人間だ。舎弟と言えばいいのか末端の人間の前でこのようなやり取りを見られれば桂君が弁明してくれるだろうが何をされるかわかったものじゃない。


「今日はどういう用件かな。もしかして新見組のことか?」


 新見組。この組息子が瀬奈と恋仲になっていたわけだが、色々あって私に三日の入院を強いた組織だ。


「あの件はもういい。ここ数日何某の噂を嗅ぎ回って捕らえた人間がいるはずだ。そいつらを引き渡して欲しい」


「わかった、すぐに手配しよう。それだけじゃないだろう?」


「察しが良くて助かるよ桂君。実は俺もそいつらと似たようなものを追っていてな。まさかお前ら、人身売買に手を出してないよな」


「それについては何とも言えない。君も知っての通りこの組織は巨大だ。この雅の内ならともかく、駒宇良全体やそれより外の組を思い通りにコントロールできるかと言われれば難しい。だが、少なくともこの雅において人身売買と薬の売買のシノギ御法度という達はしている。それは俺の名を持って保証しよう」


 ここまで大見栄きって言うということはある程度信頼していいだろう。


「だが、我々も人身売買を生業とする組織の名前を聞いたことある。名をマゼンタというらしい」


 やはりどこまで行ってもその名前しか出てこない。私はやっぱりと言わんばかりに大きく息を吐いて椅子に深くついた。


「もう知っているような顔だな」


「まあな。だが、それ以上の進展がなくて参ってるよ」


「我々も独自でマゼンタを追っているのだが、一つ関わりありそうな情報を入手したんだ」


 曰く


 駒宇良のどこかで人身売買の取引が密かに行われている。だが、秘匿性が高く、ダミーの情報が広く出回っているため下手に手が出せない。


 とのことらしい。もはや呪われていると言ってもいい駒宇良の港以外に絞れば、ある程度予想すれば駒宇良のどこかで人身売買が行われているということは思いつく。しかし、私もどこで行われているかについては辿り着けずにいたのだ。


「そういえば桂君。紅研について何か知っているか?」


「紅研か。あいにく関わりがないが。あそこがどうかしたのか?」


「いや、うちの社員とちょっと因縁があってね。何か知ってればと思ったんだが」


 瀬奈が逃げ出して来たと言う紅研。マゼンタなどのカラーカンパニーを追うより手こずっていた。


「シアンやイエローはほいほいと進んだのに、ここに来てどうして滞るのだろうか」


「天道君。シアンやイエローの頭領格の人はどんな感じだったんだ?」


 シアンとイエローのボスを思い出してみる。いや、正確にはシアンの方だろうか。


「イエローは別口に一応任せているからわからないが、シアンのボスはいわば軽薄といった具合だったな。やってることは愚劣でそのくせちょっと叩いたらすぐに折れそうなくらい組織には忠実には見えなかった」


「天道君。組織の上に立つもの同士、理解があると思うが、下の人間に舐められているようではその組織は成り立たない。親しみやすさというのも大事という人間もいるが、威厳というものが肝要だ。シアンにはそれが無かったが、おそらくマゼンタは逆に強い。シアンが烏合の衆だったかもしれないが、マゼンタは蜂の巣のようなものだろう。一度巣を叩けば、無限のように湧いてくる」


 桂君の言おうとしていることはわかる。私の場合威厳というのは無いに等しいと思っているが、親しみやすさという点では桂君に優っていると言えるかもしれない。まあ役職上必要なものが違うので仕方ないかもしれないが。


「慎重になるべきか桂君」


「あぁ。だが、それまでよく思案して、いざという時のために備えるべきだ」


 一通り情報を共有した後私は陽の塔を後にした。オフィサーの言っていた機密情報というのもおそらくマゼンタ絡みのことだったのだろう。


 翌日 シーク


 今朝起きてふと思いついた。場所を辿っていくのではなく、人を辿れば良いのだと。そこでsakiに命じた。


「saki。駒宇良全域のカメラを使って駒宇良の外から来た人間を割り出してくれ。そんでもって過去のアーカイブと照合して、最低でも五回は来ている人間を出してくれ」


 ーーかしこまりました。


 あとは日の目を待つだけだが。


 ーーマスター、完了しました。


「速いな」


 ーー限定的なフィルターをかけた結果かなり少数の人数に絞れました。投影します。


 プロジェクターに投影されたのは三人の人物。いずれも何某の会社の役員であり、本人とは知り合いではないが社員の知り合いがいるところがあった。


 ーーさらに、この三人は定期的に同じ建物を出入りしています。


 駒宇良のマップが映し出されて郊外の位置にマーカーが押された。郊外とは言ったが曲がりなりにも駒宇良なので飲食店や商店街で割と賑わいがある。その中で大胆にも人身売買が行われているのだから腑が煮えくりかえりそうだ。


「saki、この三人で最後に出入りしたのはいつだ?」


「三人目の岡田十蔵氏が二日前です」


 年齢というのもあるだろうが私の出会ってきた社長、会長というのは恰幅のある人間が多い。この岡田も例外ではなかった。


「今駒宇良にいるのか?」


 ーー否定。ですが頻度をから鑑みるに遠くない時期にやってくるでしょう。


「わかった。他の二人も同様に監視を頼む」


 ーーかしこまりました。


 これでなんとかなるだろう。そう息をつくと携帯が鳴った。小神子からだ。


 ーー今日の夕飯。何が良い?瀬奈はハンバーグと言ってるけど。


 夕飯の候補はハンバーグ。特に私のリクエストも無いのでそれで良いだろう。私の旨を返信するとサムズアップしたクマのスタンプが返ってきた。


 しばらくして瀬奈が帰ってきた。


「ただいま」


「おかえり瀬奈」


 私はオフィスを歩き回りながら瀬奈を出迎えた。


「太陽さん、どうかしましたか?」


「いや、少し考え事をな」


 私が物思いに耽ったり、考え事をする時の仕草はこめかみに何かをコツコツ叩いたりするだけではなく、じっとしていられないときはこうして歩き回る事がある。


「あ、太陽さん。ちょっと動かないでください」


 瀬奈が私に近寄ると肩についていた何かを摘んだ。


「女の人の髪の毛がついていました」


 すると私は急に悪寒が走ったような感覚に襲われた。


「ど、どうしたのですか?」


 その変化に瀬奈も気づいたようだった。


「ドラマでよく見る、浮気現場を押さえられた旦那の気持ちが少しだけわかった気がする」


 私にしかわからない感覚を話したせいで、瀬奈の頭は???が浮かんでいた。チラと見えた髪は長めの茶髪。小神子は黒だし、かぐやは赤、瀬奈は金と来ているから思い当たる人物がいない。理子は茶髪だが髪は長くない。色々考えているがよく考えれば私にやましいことはない。風か何かでたまたま付いたと考えるのが肝要だろう。


「そういえば太陽さん。昨日は帰りが遅かったのですね。小神子さんが夕飯で困ってましたよ?」


 一応仕事で出てくると言っておいたのだが夕飯の事を失念していた。帰ってきたとき謝らなければ。


「それで、太陽さん。今日沖田さんから連絡があったのですが、昨日駒宇良の雅にいたとか」


 あれ、話が不味い方向に走っているような気がしてきた。


「瀬奈にも話しただろ。仕事だ」


「私はあそこで何をしていたか、この髪の毛が誰のものなのか、気になります」


 少なくとも雅で意識を失って記憶が飛ぶようなことをしていない。ましてややましいことも。だが、なんだこの焦燥感は一挙手一投足が己の命に直結する気がしてきた。


「太陽さん……欲求不満ですか?」


「待て瀬奈。それはあまりにも飛躍しすぎている。調べればわかるが、桂治郎っていう人物に会ってきただけだ」


 瀬奈はスマホを取り出して早速調べた様子だった。するとあまり見せないぎょっとしたような表情を見せてくれた。


「こ、この人が本当に太陽さんの知り合いなのですか!?」


「まぁな。ここ最近滞っていたマゼンタに関する有力な情報を手に入れたんでな。勘違いさせるようなことをさせてすまない」


 一応瀬奈に心配をかけたのだから謝罪は必要だと感じた。すると瀬奈は私の頬に両手を伸ばして、思いっきり引っ張った。


「い、痛い痛い痛い」


「私や小神子さんに変な心配をさせた罰です。反省してください」


 引っ張る力は本気でないがそれでも痛い。


「もう、小神子さんにも後で謝ってくださいね。特に悲しませることは、メッ!ですよ?」


 以前も同じことを言っていた気がするが、子供に軽くしかりつけるときの言葉を大人に対して使う大人が本当にいるのかと目の当たりにして驚いた。


「わ、分かった……ちゃんと謝るよ……」


 そういうと瀬奈は手を離した。私は両頬の痛みを和らげるためにゆっくりさすった。


「けど、瀬奈。わからないんだが、どうして俺が欲求不満だなんて思ったんだ?」


 瀬奈に問いただしてみるとみるみる顔が赤くなっていった。とっさに出た言葉だったのか、それとも何か別の理由があったのか。いずれも瀬奈にとって恥ずかしかったというのは間違いないだろう。


「わ、忘れてください!!」


 そう言って急ぎ足で部屋に戻っていった。この後の事も含めて忘れてる方が肝要だろう。

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