4話 洞窟の囚人
「さぁ、全部吐いてもらうよ」
硬い地面に座る放浪っ娘を見下ろして、わたしは腕を組む。ルクドは周りに転がる死体を調べているので、彼女の尋問はすべてわたしに一任されているような状況だ。
「聞きたいことは二つ。ちゃんと、答えられるわよね」
「....ハイ」
少し威圧を込めて確認すれば、覇気のない声で返事をされる。一瞬躊躇いそうになるが、それでもこれは必要な尋問であると心を鬼にして、彼女に問いかける。
「まず一つ目。あの死体はなに?殺しはいけないって言ったのはあなたでしょ?」
「それって、二つ聞いて....」
「まず一つ目」
「はい!....ええと、それは、なんというか....あたしはいいんだよ!」
余計なことを言おうとした放浪っ娘に圧をかけ、続きを促す。わたしの考えを正しく汲み取り元気よく返事したかと思えば、しどろもどろになり、そして最終的には開き直り自分の無罪を主張し始めた。
あんまりな答えに軽く彼女を睨めば、弁解の余地を求めるように縋りついてくる。
「違う待て。あたしはたしかに殺しちゃいけないとはあんたらに言ったが、あたし自身は殺さないなんて言ってない!それに!あのまま放置して進んで、後から来たほかの仲間と挟まれたらどうするんだよ!あんたらも困るだろ」
....反論はできない。たしかに、あの時彼女はわたし達に対して殺すなとは言ったが、自分はどうするかとは言っていない。加えて、生きたまま放置することによる挟み撃ちのリスクがあるのも事実だ。
それでも、そんなことは後からいくらでも言える言い訳にしか過ぎず、わたし達が誤解するような言い方をしたのは彼女の方なので、この程度の言い訳で許すという判断にはならない。
とはいっても、そもそも誰も怒ってはおらず、わたし達はただ本当に理由を聞きたいだけなのだが。
「な、あたし別に悪くないだろ?」
どうやら、わたしの態度が彼女を誤解させてしまったようだ。
「....はぁ、二つ目。さっきのは何?手から火が出ていたけど」
「...!あぁ、あれか!あれはベッグの加護だよ」
気を取り直して彼女に二つ目の質問をすれば、とても簡潔に答えられる。
先ほどまでのことを振り返ってみれば、ベッグの加護についてはさらっと流していて詳しくは聞いていなかった。てっきり、森に住む者はベッグの存在により外敵から守られているのだと考えていたが、放浪っ娘の今の言い分を聞くに、ベッグが平等に森に住むものを守っているのではなく、森に住むものに平等にその力を分け与えているという解釈もできる。
わたしが姿勢を崩してもう少し詳しく話す様に促せば、彼女は許されたと思ったのか、ようやっとリラックスしたかのように話し出した。
「あたしらの村では全員、ベッグから不思議な力をもらってんだよ。って言っても、その力をどれくらい引き出せるかは個人差があるんだけどな」
「ということは、それは後天的なものなのね」
「あぁ、そだな。逆に先天的な奴なんて今後もあらわれねぇんじゃないか?それこそ、あんたたちで言うところの英雄か、神の再誕かって騒ぎになっちまうよ」
つまり、この世界、この時代において、あのような超常的な力を持つ方が異端ということか。いや、一人の証言をもとに決めつけるのは良くない。実際に英雄の一人であるベッグは生きていたのだし、ほかの英雄も実は生きていてそれぞれの領地で人間に力を分け与えているという可能性もある。
それにしても、只人が一端とはいえ神話級の英雄の力を扱うなんてことは、果たして可能なのだろうか。実際に目の前で扱ってみせたのだから可能であることはわかるのだが、それにしても普通の人間と変わりがなさすぎる。そもそも何もない空間から火が出るというのも通常の物理法則では説明のできない事象であるし、わからないことが多すぎる。彼女もこれ以上は説明が難しいという雰囲気を漂わせているし、この話はまた別の機会でもいいだろう。
「わかった。とりあえず、ここに長居してもいいことはないし、早く移動しちゃいましょうか」
「おー、そだな。案内頼むぜ」
彼女を起こして出口までの道を再び歩き出す。
「....ルクド?」
今の今まで口を開いていないことを不審に思いながら後ろを振り向けば、ルクドはまだ死体の前でしゃがみ込んでいた。
「.....あ、ああ。待ってくれ、今行くよ!」
そう言いながら、なんてことないようにこちらへと駆けよってくる。
こちらに気づく前のルクドは後ろを向いており、なにをしているかはよく見えなかった。しかし、ルクドが両腕の肘を曲げた姿勢だったこと、こちらを向く際に一瞬見えた悲しそうな表情から、おそらく死者を追悼していたであろうことが察せられる。
「また後で、お墓をたてようか」
「え...、ああ、そうだね」
わたしの提案にルクドが一瞬怪訝な顔をする。しかし、わたしの言いたいことが分かったのだろう、すぐに優しい表情を浮かべて答えてくれた。これが少しでも慰めになればいいのだが。
「おーい、なにしてんだ?はやくいこーぜー」
少し離れた所から呼ぶ放浪っ娘に二人一緒に駆け寄る。
どうかこの先は安全に、みんなで一緒に脱出できますように。
ルクドの持ってきていた灯りを頼りに、洞窟の出口を探す。再び歩き出したわたし達は順調に出口までの道のりを歩いていたのだが、運悪くコウモリの群れと遭遇したことで本来の道から大幅にずれてしまった。
「はぁあ、コウモリなんて無視して、そのまま進んでたら、今頃なぁ」
「無茶を言わないでくれ。感染症のリスクだってあるんだし、あの時は逃げるのが最善だったんだ」
「へいへーい、医者の言うことは絶対だもんな」
彼女のいう医者とはルクドのことを指している。コウモリの群れから逃げるときに、彼自身が逃げるための理由としてそう自称したのだ。彼が旅に出る準備をしていた時に、いくつかの医療器具を鞄に詰めていたのを見たので、おそらく本当のことだろう。
そういえば、わたし達がルクドの家から出発した時、太陽はまだ真上にあった。あれからだいたい5、6時間は経っていそうなので、外ではもう日が沈み始めているかもしれない。お昼に彼の家で食べたお菓子がわたしにとっては最後の食事なので、そろそろお腹が空いてくる。
「んん!お腹すいたお腹すいた!なんか食いもんはねぇのか?」
放浪っ娘もわたしと同じでお腹が空いてきたようで、いきなり駄々をこね始める。先ほどの盗賊達は食糧を携帯していなかったが、幸いなことにルクドの家から非常用に持ってきた食糧があるので今晩は何とかなりそうだ。ただし、もともとは二人用を想定していて、かつ、街につくまでの食糧は森の恵みを当てにしていたので、贅沢はできない。この量と人数からして、おそらくこの洞窟での活動可能時間はせいぜいが3日程度だろう。
「そろそろいい時間だし、いったんご飯にしない?」
「そうだね。ここはちょうどいい広さだし、少し荷物を広げるから少し待っていておくれ」
「ひやっほーーー!」
ルクドが鞄と灯りを下において荷物を広げ始める。わたしの隣では、そんな彼を放浪っ娘が今か今かと嬉しそうに見つめている。
ルクドの鞄はかなり大きいとは思うが、中に入っている物の量が尋常ではない。敷物や少しの飲食物、簡単な医療器具にその他便利用品など、一つ一つは大した大きさではないがそれでもかなりの量がある。その大荷物を彼は見事に納め切った。あまりの器用さに関心を通り越して、少し引いたのを覚えている。
そんなことを思い返していれば、食料が見つかったのか放浪っ娘が嬉しそうにルクドに近づく。
しかし、よほどお腹が空いていたのか足元のぬかるみに気づかずにそのまま足を滑らせてしまう。
「うわっ....!」
「っと、大丈夫?」
カラン
すんでのところで彼女を抱き寄せて転倒を阻止する。しかし、足を滑らせたときに灯りを蹴飛ばしてしまったようで、澄んだ音とともに灯りが転がり消灯してしまう。
「うわー、ごめんよ!って暗!なにもみえねぇ!」
「落ち着いて。カバンに燃料が入ってるから、あなたはさっきみたいに火を出してくれる?」
「おお、わかった。ありがとな!」
小さい火ぃ〜、でろでろ~、という掛け声とともに灯りにしては少し大きな火が出現する。しかし、ルクドの手元を照らすには十分な大きさの灯りだったので特に誰も指摘はしなかった。
「ありがとう。すぐに探すから、ちょっと待っててね」
感謝の言葉とともにルクドが鞄の中を的確に探し出す。その横では放浪っ娘が彼の手元を照らしており、わたしだけが完全に手持ちぶたさな状況になってしまった。何もすることがないので、襲撃の警戒もかねて周りを観察する。すると、二人の影が重なる壁面に何か不思議なものを見つけた。それは子どもが描いたような拙い絵で、何かを表しているようにも見える。
「ねぇ」
「うん?どした?」
少し声をかけただけなのだが、放浪っ娘は律義にこちらに体ごと視線を向ける。その時、ルクドの手元を照らしていた灯りもこちらに向いてしまい、二人の影もそれに伴うように傾く。
「あれ、灯りが」
「ああ、わるいわるい」
「ちょっと待って」
灯りの位置を変えようとした放浪っ娘を呼び止め、先ほどの位置に戻させる。次は左に傾けさせ、その次は右、そのさらに次は上に傾けさせるなどさまざまな方向に灯りを傾けるように指示する。
ルクドは目の前で灯りが戻ったり離れたりするのをただ見つめることしかできず、放浪っ娘はわたしの不可解な行動に付き合いつつもその行動を不審そうに見つめている。
「灯り。あぁ、灯り....。灯り。あぁ、」
「なにやってんだぁ?」
一通り試して満足したわたしは、二人にも顔だけ後ろを向くように伝える。完全に真後ろを向くことはできないが、それでも互いの影が壁面にかかっているところはその視界におさめられているので何も問題はないだろう。
「うわ、なんだこれ?落書きか?」
「顔はそのままに、灯りの位置をずらしたりしてみて」
わたしに言われた通りに放浪っ娘がまた灯りの位置をずらし始める。壁面上では、灯りの動きに伴い影も移動し、壁面に描かれた絵が消えたり現れたりを繰り返していた。
それを見た放浪っ娘は驚きの表情でこちらを見る。一方ルクドは壁面に描かれた絵を興味深そうに見つめている。
その壁は十分な明るさがある場合、ただの凸凹とした岩である。当然、それは暗闇の中でも変わらない。しかし、物陰があたる、つまり微光のもとではそれは壁画の描かれた壁へと姿を変える。
「...すげぇ、これ出たり消えたりしてるぞ。なんでだ?」
「不思議だね。それにこの絵も。僕がハコノアに話した英雄譚の内容と似ているように見える」
わたし達の視線が集まる箇所では、横に伸びる一筋の線とそこから枝分かれするように下へとのびる七つの線が描かれている。
これはルクドが話してくれた英雄譚の最初の部分だろう。たしか内容は、この壁面に描かれている隕石がきっかけで世界の文明は急速に発展したが、それが神々の怒りにふれてかえって破滅の危機を迎えてしまった、というものだったはずだ。
隕石が墜落している絵の隣では、人々が両手を上げて喜んでいるような絵が描かれているのでおそらく文明が発達したシーンを描写しているのであろう。
それならば、その隣の絵は.....
「なんだこいつ?頭に何乗せてんだ?」
「....王冠じゃないかしら?」
「オウカン?」
「ほら、王様.....、そうね、あなたに合わせて言うと村の一番偉い人がつけるもの。権力の象徴みたいなものよ」
「........」
放浪っ娘にわかるように説明すれば、ああ、村長みたいなもんか、と納得したように頷く。
おそらく、文明が発達した後を描写したであろうシーンでは、王冠を被った王様が二人の人を殺しているシーンが描かれている。ほかにも、王様と思しき人が殺人を行っている描写が四つあり、一つのシーンで合計六人もの人が亡くなっている。
また、その隣のシーンでも王様は人を一人殺しており、とてもではないが英雄譚を描写している物とは思えない。
「ねぇ、ルクド。あなたの知っている英雄譚にこの絵のような描写はある?」
「....ないよ。たぶん、始まりが同じなだけのまったく別の物語だろう」
「そう」
やっぱり、英雄譚ではないようだ。
けれど、なぜだろう。何かが引っかかるような。似たような話を、つい最近聞いたような気がする。
あれはたしか....
「見つけたぞ」
わたしが違和感の正体を掴もうと考えに耽っていれば、突如として知らない男の声が聞こえる。
声のした方を見れば、きれいな臙脂の髪をした男が立っていた。その顔立ちはまさしく美人と形容されるもので、声を聞かなければ性別がどちらか判別するのは難しかっただろう。加えて、この男の髪色と瞳はどこか見覚えがある。その色味は他人の空似で済ませるには無理があるほどに.....
「失望させてくれたな、妹」
「......!」
放浪っ娘とそっくりだ。




