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さくらの方舟  作者: 虹雨
序章 ブルームーンを踏み締める

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3話 洞窟からの脱出

 あの後、落ち込んだルクドが使い物にならなくなったのでなんとか二人で慰めた。そのかいあって、どうにかルクドの調子をちょっぴり戻すことはできたが、本来なら一秒とかからずに解けるはずの拘束に十分も時間を使ってしまった。

 なんとか拘束を解いたわたし達は、脱出方法について軽く作戦を立てて洞窟内を出口まで歩いている。先頭をわたしとルクド、その後ろを放浪っ娘の並びにして、いつ襲われてもいいように二人が警戒している状態だ。

 洞窟の中は少しひんやりとしているが、幸いなことに荷物を取られることはなかったのでそこまで困った状況でもない。また、道もさほど狭くないので、大人の男女が横並びに歩いても少し余裕があるぐらいだ。壁に耳を押し当てれば水の流れる音も聞こえたので、最悪、道に迷うことになったとしても水分の補給ぐらいはできるだろう。

 「食料だって、最悪コウモリがいるしな!」

 「僕は....、遠慮しておくよ」

 ぐぅぅ~

 洞窟内にか細く響くお腹の音。その発生源は、放浪っ娘の提案を拒否した人物で、今は少し顔を赤らめている。

 「.....ぅぅ」

 「ええー、どっちなの~?いらないって言ったり、いるって主張したり、わがままだな~」

 放浪っ娘の顔にはからかいの笑みが浮かんでおり、指摘された人物はさらに顔を赤らめる。はじめはしっかりした人物だと思っていたが、この数時間で彼がかなり茶目っ気のある人物であることが分かった。

 そんなことを思いながら歩いていれば、突然後ろから首根っこを掴まれる。ルクドも、ハッとした様子でわたしの前に手を伸ばし、何かから守るような体制をとる。

 「わーお....運のいいことに、食料自ら来てくれたよ」

 その言葉を聞きながら二人が警戒する前方を見れば、いくつかの小さな光が上部でゆらゆらと揺れている。同時にバサバサと何かが動く音も聞こえ、そしてそれは光の動きとシンクロしている。

 「ほんとね、噂をすれば、なんとやらだ」

 「え....、だから、僕は食べないからね」

 「ほんとにいいのか?」

 「ほんとうに、大丈夫!」

 はっきりと拒絶された放浪っ娘は不思議そうな顔でルクドの顔を覗き込む。けれど、その顔にはすぐにいたずらな笑みが浮かび、その後前方を見つめたままわたしに対して口を開く。

 「じゃ、あたしらでわけっこしよっかぁ〜」

 わたしに対して発せられた言葉に今度はルクドが不思議そうな顔をする。その眉間には皺が寄り、目は細く、まるで不可解な問題に直面したかのようだ。

 「そうだね」

 「.....へっ」

 かと思えば、今度は過程を飛ばしていきなり予想外の答えを与えられたかのような間抜けな顔をする。これはもう、お茶目を通り越してただのポンコツだ。

 だんだんと捨てられた子犬のような目つきに変わるルクドを無視して、わたしはゆっくりと二人の背後に移動する。

 「なにか誤解してるようだから訂正しておくけど.....」

 『獲物たちがにげるぞ!追ええぇぇぇ!』

 『『『は!』』』

 「人間よ」

 「人間も食べないよ!」

 元気なツッコミを皮切りに、戦いの火蓋が切られる。敵は四人で、全員武器の所持はしていない。

 わたし達の作戦は、放浪っ娘が最前で敵をかく乱することで生じる相手の隙を、わたしが後方から見極めて良い感じに逃げるというものだ。このとき、わたし達の目標に勝利というものはない。盗賊被害の第一人者である放浪っ娘いわく、彼らはわたし達を殺すことは絶対にないとのことだからだ。実際、相手はなんの武器も所持しておらず、生身であることからも彼女の言葉を信じざるを得ないであろう。

 それでもやはり不安は残るので、ルクドは念のためにとわたしの前で短剣を構え相手を威嚇している。といっても、相手からすれば小さな子犬が一生懸命威嚇しているようにしか見えないだろう。それほどまでに、彼には威厳というものがないのだ。

 「なにか失礼なことを考えていないかい?」

 「考えてないわ」

 ....彼は心を読める能力でも持っているのだろうか。

 これ以上余計なことを考えるのはやめよう。わたしが今するべきことは敵に生じた隙を見つけて、二人に逃亡の合図を送ることだ。

 今一度やるべきことを整理し、敵を注視しながら状況を把握する。右前方に転がる死体が一体。左前方、道の端で積み重なっている死体が二体。そして、放浪っ娘の足元に転がる死体が一体。敵は全員行動不能になっており、逃げるのに十分過ぎるほどの隙ができている。

 よし、

 「いやなにしとんねん」

 逃亡の合図ではなく、思わずベタなツッコミが出てしまう。

 そんなわたしの一声を聞いた放浪っ娘はきょとんと首を傾げてわたしを見つめる。彼女から放たれるその純粋な瞳に思わずルクドの方に視線を移せば、彼もわたしと同じような表情をしていた。

 先刻、わたし達が作戦を立てている時、彼女は相手がわたし達を殺すような真似はしないと言った。そして、だからこそわたし達も彼らを殺してはいけないと、そう続けて言ったのだ。勝利が目標ではないのも、隙をうかがって逃亡を企てたのも、すべてはこのため。なのに彼女の周りには()()()()()()が転がっている。

 この状況で、つっこまない人がいるだろうか。

 あんまりな状況に文句の一つでも言おうと一歩を踏み出す。けれど、前方に視線を戻した放浪っ娘がわたしに向かって手をかざし、静止の合図を送る。張り詰めた空気に喉まで出かかった言葉は唾液とともに飲み下される。彼女の普通ではない様子に気づいたのか、警戒を緩めていたルクドも再度わたしの前で短剣を構えた。

 「.....前よりは、腕を上げたようだね」

 その言葉と共に、先の見えない暗闇から一人の男が出てくる。飄々とした雰囲気の男は、一見、わたし達に害をおよぼせるような人物には見えない。けれど、その人物のまとうオーラが堅気ではないことを物語っている。特段強いというわけではないが、先ほどの四人よりは確実に強く、また、隙を見出せない。

 放浪っ娘とはただの顔見知りではないような発言をしているので、この二人にはなにか確執でもあるのだろう。

 「ふん、陰でこそこそ観察して、あたしの力量を図ろうってか。相変わらずヤなやつだな」

 「せっかくなんだ、君がどれくらい成長したか見たいと願うのは、おかしなことじゃないだろう」

 片や余裕の笑み、片や侮られていることへの怒りの表情。相手から挑発された放浪っ娘は今にも飛び出しそうだ。けれど、意外にも放浪っ娘から怒りの気配はすぐに消え、乗り出していた身もすぐに戻される。

 今日はギャップにやられる一日だ。しっかりした人かと思った人はポンコツで、後先考えずに行動しそうな人が意外にも冷静な行動をとる。

 そんな風に場違いにも頭の片隅で感心していれば、わくわくした声色で放浪っ娘が口を開く。その様子は、なんだか親に何かを自慢する子供のようで、先ほど更新された放浪っ娘への評価がまた上書きされそうな気配を感じる。

 「ちょうどいい、あたしと今ここで一騎打ちしろ。ただし、先行はあたしだ!お前はあたしが攻撃し終わってから動け!」

 ....やはり、第一印象は正しかった。

 思わぬ放浪っ娘の言葉に、呆れる。わたしのナイトを見れば、彼も口を開けて彼女を見つめている。

 前方で向かい合う男女は異様な空気を放ち.....いや、この場合もしかしたらわたし達が蚊帳の外なだけで、彼ら視点では何も異様なことなどないのかもしれない。現に、男はいきなり吹き出し、放浪っ娘からの提案をあっさり受け入れているのだから。

 「ああ、いいよ。その代わり、手加減はしないからね。全力の一撃を叩き込め」

 「はっ、言われなくとも」

 その言葉とともに放浪っ娘が駆け出す。止めることはできないと悟ったわたし達は、彼らと少しだけ距離を詰めて、いつ失敗してもいいように構えを取る。

 男はそんなわたし達の気配に気づいてはいるが、取るに足らない相手だと思っているのか、はたまた放浪っ娘との一戦に集中しているのか、さして気にしていない様子だ。

 「受け止めやがれ!あたしの一撃っ!」

 その一言共に放浪っ娘が両手を前にかざし、男の前で急停止する。対する相手は特に防御の構えをとることもなく、本当に彼女の攻撃を受け止めるつもりのようだ。

 「なんか、はぁっ!(詠唱省略:焔)

 それは一瞬のことだった。男の眼前で止まった放浪っ娘の手のひらに、いわゆる()()()と呼ばれるような模様が浮かび上がる。そして、それはひときわ輝いたかと思えば、瞬きする間もなく消えていく。

 本当に一瞬のことだった。

 「......えっ、ちょっと」

 「もう終わりか?」

 男の呆れを含んだ一声に放浪っ娘が焦りだす。目を泳がせ冷や汗を流しながら、こうか、こうなのか、と叫びながら手を組みなおす。その挙動不審さは、本人の攻撃が不発に終わったことを如実に物語っている。

 しかし、わたしもルクドも特に期待はしていなかったので、そのことに対してはさほど焦りはしなかった。それよりも、今最も重要なのはどうやって放浪っ娘と無事にここから逃げ出すかということだ。男が彼女に対して少しばかりの猶予を与えているとはいえ、こちらが付け入る隙がまったく見えないのも事実。男はわたし達に対してさほど興味はなさそうだが、二人の決闘の邪魔をさせないように少しばかり殺気を放っているため思うように動くことができない。それでも、いつまでも男が彼女を待ってくれるとは限らない。

 そのような状況でなすすべもなく、わたし達が一か八かの攻撃に出ようとしたその時。

 「頼む、出てくれ(マジたのむ)!!」

 そんな懇願を含んだ悲痛な叫びが洞窟内にこだまする。神にも祈るようなその必死さは、されど天に届くことはなく、結局彼女の渾身の一撃が繰り出されることはなかった。

 男はこれ以上待っても無駄だと判断したのか、放浪っ娘に対して構えをとり、そのまま左胸に流れるように拳を突き出す。

 間に合わないと思ったルクドがとっさに短剣を投げる。しかし、このままの速さでは短剣が男に到達するよりも、男の拳が放浪っ娘の左胸に強烈な衝撃を与える方が早い。

 放浪っ娘がなおも祈る中、非情にもその拳は左胸へと到達し―

 「ぐはぁっ.....!」

 虚空に突き出された手のひらからは、燃え上がる焔が渦上に伸び、男の左胸を撃ち抜く。予想もしていなかったであろう一手を喰らった男は、なす術もなく焔の勢いに任せて後ろに倒れ込む。

 男の突き出した拳はたしかに放浪っ娘の左胸に到達したように見えた。しかし、その勢いが衝撃を与える直前、彼女が構えていた両手の平から渦上の焔が上がった。まさに危機一髪。死の直前に本当に彼女の祈りが通じたかのように奇跡が起きたのだ。

 彼女が起こした奇跡に思わず二人そろって放心する。

 「はぁ、はぁ、はぁ........、はぁぁぁ」

 グっ

 「いや説明!」

 しかしここでつっこむのがルクドという男。わたし達に対して何事もなかったかのように親指を上げた放浪っ娘に、あっけにとらていた思考がすぐに浮上する。

 敵がすべて倒れた今、すぐに脱出したい気持ちにかられるが、それでも、先に今起きた不思議現象について根掘り葉掘り聞かなくては、気持ちの悪いというもの。

 今度こそ、さきほど言えなかった文句の分も含めて、放浪っ娘に尋ねる。

 「詳しく、説明してよね」

 「.....ハイ」

 ようやく、まともに会話ができそうだ。




 「アニキ、様子を見に行かせたやつらが戻ってきません。もしかしたら、」

 「あぁ、死んだかもな」

 アニキと呼ばれた男は、うっとうしそうに、そのやや伸びだ臙脂(あか)の前髪をかき上げる。前方でその者の様子を伺っていた下っ端達は、そのいつにない様子に思わず腰を抜かし、閉じない口からやや情けない声を漏らす。

 「あぁー、すまん。これはお前らに対しての怒りじゃねぇ。不甲斐ねぇ俺とどうしようもねぇ()()()に対しての怒りだよ」

 だからみっともなく座り込むな、と言われても、一度感じた恐怖はなかなか消えることもなく。それがいくら尊敬してやまない者だとしても、動物的本能と感情というのはまた別のものだ。

 「俺は少し席を外す。お前らはしばらくここに篭っとけ」

 そう言って、男は座していた石造の椅子から立ち上がり暗闇へと歩みを進める。

 「....ああ。言っとくが、アイツらに歯向かおうとは思うな。何かあったら絶対に俺を呼べ」

 男は怒りに染まった瞳で、そのアイツらがいる方向を睨みつける。

 それは、今まで見られなかった、本物の怒り。

 それを察した部下達はとうとうボスの本気を見られるという興奮と、そして、

 「これはもう、お遊びじゃねぇ。お遊びじゃ、なくなったんだ」

 ほんの少しの悲しみを、胸に抱いた。

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