2話 英雄達の墓参り
わたしたちは今、墓地のある森へと向かっている。彼の住居は森に隣接した平地にあり、今の所、遠くに見える森林以外はただ草原が広がっているだけ。農業に向いているわけでもなく、かといって枯れた土地でもない。ただただ普通の草原。近くに川や特徴的な木があるわけでもないので、ここに来た人はあの森を目印に進むしかないだろう。
「それで、今向かってる墓地はどの英雄の墓地なの」
「怒りの英雄、ベッグの墓地だよ」
「怒りの英雄?」
「ああ、端的に言うと、彼は理性なき怪物。戦いの時には己が傷つくことも恐れず、咆哮をあげながら敵へと一直線に突っ込んでいたらしい。その様子から、人々からは怒りの英雄と呼ばれているんだ」
話をきくだけだと、その人物が英雄だとはあまり思えない。これは時間の経過による誇張か、いわゆる神話の創造による犠牲か。実際に墓地を確認してみないことにはなんともいえない。
森はあと目と鼻の先。なにか歴史の証物が見えてきたりはしないだろうか。
「......」
そんなことを考えていれば、遠くに何かが見えてくる。なにか棒の先で模様の書かれた布がはためいているように見える。
初めは見えなかった模様もだんだんとその形をあらわにし、そのはためきはより躍動感を増す。いや、これは見えるようになったわけではない。旗がこちらに近づいてきている。
わたしがもうとっくに話を聞いていないことに気づいていないルクドは英雄の話に夢中でそのことには気づいていない様子だ。
「そうして彼はこう言ったんだ。あぁ、ミリー。君は僕にとっての星のような人。どうか今だけは、僕の胸の中だけで輝いておくれ、と」
今もこのように、私の隣で英雄の話を....
(なにか始まった......!)
理性なき英雄という設定はどこへやら。気づけば彼の話は心ときめく物語へと変わっており、心なしか彼自身も興奮しているようだ。
彼が話している間にも遠くの集団との距離は縮まり続けている。ファーストコンタクトとは誰だって大事にしたいもので、やはり彼の話をさえぎってでも適切なコミュニケーションをとれるように事前に相談するべきだろう。
「....束の間、極悪非道の王、ダルクが放った」
「ねぇ、その英雄にはなにか特徴的なシンボルとかある?例えば、凶悪な馬の顔とか」
「....!ああ、もちろんだとも!」
やはり、これで確証は得られた。わたし達の方へ近づいてきている集団はおそらく怒りの英雄ベックを信仰する民か、それに近い集団だろう。実際、ルクドの話によれば英雄の墓地はその功績から神殿のようになっているらしいし。
こちらへ近づいてくる理由は....、うん、歓迎だろう。ところどころ聞こえてきたルクドの話には、気前がいいやらなんやらといった話が合った。おそらくそれを信仰するあの人たちもその精神に伴い、森への客人を盛大にもてなしているのだろう。
『ぅぉぉぉぉ...!』
雄たけびまで上げて、よほど嬉しいのだろうか。
「ん?今の音は....。それよりも、どうして急にそんなことを?」
「ほら、あそこを見て」
そう言って、わたし達から見て斜め前にある森の入り口を指さす。
わたしの指の動きに合わせて彼の視線も動き、ようやくその瞳に件の集団の姿を映す。
「英雄に縁のありそうな人たちが歓迎のために近づいてきているわ」
『うおおぉぉぉぉぉ....!!』
「本当だ、槍を構えながら元気よく.......って違う、あれは山賊だ!どう見ても賊の類だよ!」
「山賊か」
「山賊だよ!」
どうやら、わたしが見つけたそれは歴史の証物や語り手ではなくただの賊だったようだ。森からでてきて、かつ特徴的な模様を描いた旗を持っていたので勘違いをしてしまった。
がっかりするわたしとは違い、彼は早く逃げようと言う。けれど周りは何もない平野。森に隠れようにも、おそらく、そこは彼らのテリトリー。
逃げ腰だった彼も頭は幾分か回るらしく、すぐに状況を正しく把握したのか、早くも臨戦体制だ。
「戦闘の経験は?」
「...覚えてない」
「そうだよね!?ごめんね、気が動転していた!とりあえず君は―」
「どけどけー!ここはあたいの出番だよ!!」
突然、背後から活発な女の子の声が聞こえてくる。
振り返れば、朱髪を靡かせた女の子がものすごいスピードでこちらに向かって迫ってきており、その尋常ではない速さに、思わず彼女の足元に小さな竜巻を幻視してしまうほどだ。
しかし、その力をコントロールできていないのか、はたまた緩めるつもりがないのか、彼女がその勢いを落とす気配はない。
試しにルクドをその直線状に固定してみれば、女の子の悲痛な叫びが聞こえてくる。
「うわー!生言ってごめん、止まれないんだ!どいてくれ!」
「へ、ドクシャ?このままだと僕......、って、力強いな!?」
どうやら前者だったようで、謝罪を述べた彼女は依然止まる気配がない。
そうこうしているうちに彼女は目と鼻の先にまで迫ってきている。
まずい、このままだと彼が.....
「わあぁぁぁ~!お兄さんどいて、どいて!」
「うわ、ちょ、君....、あ!曲がれないのかい?ま・が・る!」
「あ!そうか、了解だ!」
「ごめんルクド、はい」
すんでのところで彼を突飛ばせば、なぜかそれに伴い方向を変える女の子。時間の遅くなった世界で二人の距離が刻一刻と縮まっていく。
それはもはや変えられない運命。月で跳躍したうさぎがゆっくりと地面に着地するように、彼らもまたゆっくりと互いの体を向かい合わせる。それは月の引力のように美しく互いを引き寄せ、刹那の間に衝突させた。
「へぶしっ!」
「わー!ごめんおにーさん!」
再び速さを取り戻した世界で、一人の人間が勢いよく吹き飛ぶ。その延長線上では女の子が謝罪のために一瞬だけ振り向き、すぐさま賊へと向き直る。
綺麗なカーブを描き落ちていく彼と、正面から賊に殴りかかりに行く彼女。何の力もないわたしがここで唯一出来ることがあるとするならば。
「なむあみだぶつ」
「...ち、がう、!」
バタっ
「友に裏切られた夢を見た」
「それは悪い悪夢だったね」
彼の寝起きはいいらしく、起き抜けに面白い冗談を言われる。
あの後、あっさりと捕まったわたし達は気絶していたルクドもろともこの広い洞窟内のどこかに放置されている。牢屋に囚われているわけではないが手足はロープで縛られている。
「良い悪夢なんてあるのか?」
いきなりの第三者の声にルクドの体が少し浮く。彼ははっとして声のした方を向くが、それは案外近くから聞こえた声で、予想外の近さに彼の身体がまた少し浮く。
「君は、あの時の....」
「おう、おはようさん。さっきはごめんな、痛いところとかないか?」
「ああ、うん。大丈夫だよ」
その返事を聞いた放浪っ娘は、体の前方で縛られた手をルクドに見せるよにいじりながら自己紹介を始める。
「あたしは放浪っ娘、近くの村に住んでるうら若き乙女だよ。そんであんたたちが出くわしたのはうちらの村と対立している山賊。あんたたちは運が悪かったね、普段あいつらはうちらの村を襲うことしか考えてないんだけど....今日はなんでか山の外まで出てきてね」
ルクドが気絶していた間に放浪っ娘から聞かされた話では、この山全体がベッグの領域でそこに住まう者はみなベッグの加護を受けているらしい。その加護は平等なものらしく、この山に住む村人たちはベッグのおかげで今日まで山賊に滅ぼされずにすんでいたが、逆に言えば今日まで山賊に襲われ続けてきたのもベッグのせいだと考えられるだろう。
放浪っ娘は適当な性格なのか、簡潔にしか説明しない。なので、彼にここが山賊のアジトであることと彼女から聞いた話を詳しく説明した。もちろん、村の人たちがベッグのことを英雄視していないことも伝える。
すると彼は目に見えてうろたえ、そして驚愕した表情で放浪っ娘を見つめた。
「えっ、彼は英雄として崇められていないのかい?」
「ああ、そんな話聞いた事ねぇぞ。じいちゃんばあちゃんならもしかしたら何か知ってるかもしれねぇが、あたしはそんな話、きいたことねぇな」
もう少し詳しく聞いたところ、放浪っ娘にとってベッグとは生まれたときからそこにいて、今までずっと守ってくれているナニかという認識らしい。高齢の世代はベッグについて何か知っているかも知らないらしいが、それほど興味もなかったので今まで特に聞いてはこなかったのだとか。
「あなたから聞いた話とは随分違うわね」
「.....そうだね。もしかしたら、英雄ベッグというのも100年という長い歴史の中で改変された人物かもしれない。.......あるいは、僕の聞かされた寝物語がフィクションという可能性も」
深いため息とともに彼の肩が大きく下がる。どうやら今回の話は彼の子ども時代から続く大きな幻想を打ち砕いてしまったようだ。
これ以上この話題を続ければ彼の心が折れかねない。それに、これ以上ここで無駄な時間を過ごすわけにもいかない。運よく荷物も取られずここにこうして放置されているが、早くに脱出した方がいいのは自明。それに、彼にはまだとっておきのサプライズが残っている。こんなところで意気消沈してもらっては困る。
「とりあえず、今はここから出る方法を考えましょう。幸い、ここに連れてこられるときに目隠しとかはされなかったから出口までの道順はわかるわ」
「おお、すごいなお前!それじゃ、あとの懸念点はこの縄と山賊たちだけだな」
「.....山賊のことなら、ベッグの加護とやらはあてにならないのかい?」
「いや、加護と言ってもあくまで力を少し譲ってもらってるようなもんだからな。実際に洞窟の中からベッグに助けを求めるのは無理だろう」
「いや、ベッグ本人に助けを求めるんじゃなくて......?」
数秒して、放浪っ娘の言葉を聞いたルクドの動きが止まる。けれどそれも無理のないこと。なぜなら....
「ベッグは生きているのかい?」
「お前もこいつと同じ事聞くのか。なんだ?村の外では死んだことになってるのか?」
そう、ベッグはまだ生きている。
山に住む者が受けている加護は英雄信仰や神話信仰の副産物ではなく、実際に生きる生身の人間からの施しだったのだ。
英雄の墓地があると聞かされていたわたしと、その寝物語を聞かされていたルクドはベッグへの解釈にそもそも歪みがあった。
「あ、ははは....そうか、ベッグはまだ。......はは」
「人って、長年自分の信じてきたものが間違いだった時、笑うことしかできなくなるのね」
「なんだかかわいそうになってくるな.....」
あまりの落ち込みぶりに、なぜだかこちらの良心が痛む気がする。
もうそろそろ潮時かと思い、どちらともなく目を合わせたわたし達はとっておきのネタ晴らしへと移る。
「おーい、ごめんな兄ちゃん。実はあたしら、兄ちゃんに一つ、嘘をついてたんだ」
「うそ?.....っ、ということはもしかして......!」
「ああ!そのもしかしてだ!」
じゃーん、という掛け声とともに放浪っ娘が体の前方で拘束されていた手のロープを引きちぎる。
放浪っ娘が完全に自由になったのを見届け、わたしも体の後方で拘束されていた手のロープをゆっくりと見せつけるようにほどく。
実は、山賊たちによる拘束はずいぶんとお粗末なもので、まるでいつでも逃げ出してくださいと言わんばかりの緩さだったのだ。
最初、わたしもいきなり縄をほどいた放浪っ娘には驚かされた。しかし、わたしだけ驚くというのもなんだか癪だったので、ルクドには少しだけ黙っていようと提案したのだ。最初はよくわかっていなかった放浪っ娘も、なんだかおもしろそう、ということは理解したようで、すぐに了承してくれた。
「と、いうことで、あたしらはいつでも逃げれたっていうことさ!」
「.....つまり、拘束されているというのが嘘で、それ以外は.....」
「あ?それ以外ではなにも嘘はついちゃいないぜ」
放浪っ娘の返答に、ルクドが乾いた笑みをこぼす。その顔は先ほどよりもなんだか疲れきっていて....
「はは、あはは、そうか、そう、か.....」
どうやらわたしたちは彼にとどめを刺してしまったようだ。




