バルヘントの『聖女様』? 8
その案には賛成だな。
相手の兵力とかを考えないで乗り込んで逆にやられるみたいな展開は避けなきゃならないし、街中にだって奴らの戦力が潜んでいるに違いない。
そっちは派遣されてきた小隊の人たちに任せるって手もなくはないけど、一気に動く必要があるし、それには人手が足りていない。
だからといって急に人数を集めようものなら、相手にさらに警戒させるし、何より、時間がかかる。
「姉上の言うことももっともだ。たしかに、あの『聖女』の方も気にはなるが、この地の人を放っておくことこそできない。最終的にはあちらもどうにかしなくてはならないだろうが、私たちの目的はこのバルヘントの平穏を取り戻すことだからな」
レアード王子の言う通り、俺たちの目的はこの土地に暮らす人の生活を守ること。
偉そうなことを言うつもりはないけど、ルミナリエやレアード王子に言われるまでもなく、ここの人たちが困っているなら見捨てるなんてできないからな。
「じゃあ、どうするの?」
マリエッタ姫の期待するような視線を受け。
「とりあえず、街の中を歩いて回ってみることにしましょう。その方が現状もより把握できるはずですし、もしかしたら、向こうからコンタクトがあるかもしれません」
相手からのコンタクトと、こちらからのコンタクトでは、まるで違う。
やることは同じだが、かけられている側になるということは、主導権を握れる可能性が高くなるということだ。
「観光ってこと? あたしは嬉しいけど、お姉様……もしかして、あたしたちをのけ者にして、自分だけでどうにかなさろうと思っているわけじゃないわよね?」
「そ、それは戦略上話せないことだといいますか……」
マリエッタ姫の指摘に、ルミナリエは言葉を濁しながら俺たちの方へと助けを求めるような視線をよこした。
話せないってことは、つまりそういうことだと肯定しているようなもんなんだよな。『聖女』は嘘をつけないから仕方ないとはいえ。
俺が最初に会った頃は、もう少しうまく誤魔化すこともできていたと思うけど、最近は、感情を良く表すようになった分、誤魔化すのが下手になってきているような。
「ルミナリエ、俺たちはただでさえこれだけしか人数がいないんだから、戦線を分ける……いや、違うか、俺とシスネがこの場での警護を任されているってのはわかってるよな?」
俺とシスネにとっては、ルミナリエにも一緒に、本当は城にでも引っ込んでいてもらうのが最良であるのは言うまでもない。
しかし、ルミナリエが『聖女』であるというのはこちらの最高の手札なわけで、ルミナリエにはこうして、本当に仕方なく、現場に来てもらうより他にはない。
ならば、たしかに最前線には危険もあるだろうが、俺たちも傍にいられるわけで、むしろそっちの方が都合の良いこともあるだろう。例えば、伏兵――奇襲、強襲の心配をしなくていいとか。
「それに、お前はひとりで――マリエッタ姫とレアード王子を残して、相手の懐に乗り込むと言っているけど、それよりは全員でまとまっていた方が俺とシスネにとっても都合がいい」
ルミナリエは直接そう口に出したわけじゃないけど、おそらくは自分――ひとりってことはないだろう(と信じたい)から、俺だけを連れて、シスネにはここに残してゆくマリエッタ姫とレアード王子の護衛をさせるつもりでいたんだろうということは想像がつく。
「……では、ルシオンもマリエッタやレアードを連れてゆくべきだと言いたいんですか? 私は、シスネに任せておけば大丈夫だと信じていますが」
感激したような表情でいるシスネにため息をつきたい気持ちを堪える。
「そうか。シスネや俺を信じてくれるってのなら、話は早い。だったら、俺とシスネが警護に当たれば、お前も、そこにマリエッタ姫やレアード王子がいても大丈夫だってことも理解してくれるな?」
まあ、『聖女』の性質を考えるのなら、ルミナリエの言い分も理解できないわけじゃない。
このヴァンブリグに所属する人を守りたいというのは『聖女』の根源、いや、存在意義? それも少し違うか? とにかく、性質みたいなものらしい。
ならば、危険だろうと(それもほぼ間違いなく)考えられる場所に自国民を、この場合はレアード王子やマリエッタ姫を連れてゆきたくないと考えるのは、道理と言えなくもない。
「心配するな。レアード王子も、マリエッタ姫も、シスネも、それからお前のことも、全部俺が守ってやるから」
大言が過ぎたか?
けど、このくらい言わなけりゃ、ルミナリエを説得できそうもない。
「……その場合、ルシオンのことはどうするんですか?」
顔を紅くしたルミナリエは、せめてもの抵抗ってわけでもないだろうが、俺のことを責めるように見つめてきた。
「お前は、俺がやられると思ってるのか?」
「私は心配しているんです!」
ルミナリエが叫んだ瞬間、俺たちの身体を光が包んだような光景を幻視した。
いや、どうやら幻覚の類じゃなかったらしい。
金色の光は、キラキラと眩く、俺たちの身体に纏わりついて、思わず自分の身体を見回した。
「すごくきれい……それになんだか暖かいわ」
マリエッタ姫が驚いたようにつぶやく。
腕を動かしたりする、その動きに合わせて、光もその形を変えながら、マリエッタ姫を変わらずに守っている。
何故そう思ったのかわからないけど、そういうものだと直感的に理解していた。
「これは、お姉様が……?」
そしてルミナリエを見つめ、俺たちも後を追うようにルミナリエへと目を向ける。
当のルミナリエは、自分でも不思議そうな表情で、あっけにとられている、と表現していいのか、そんな表情で起こった現象を見つめていた。
しばらくしても、その現象は収まりそうもない。
「これは、身を隠すどころではないな」
レアード王子の呟き通り、こんなの、どこにいたって目立ってしょうがない。隠れるという方が無理な話だ。
「ルミナリエ。こうなったらもう、仕方ないんじゃないか?」
俺はもう苦笑しながらそう言った。
ルミナリエは俺から、マリエッタ姫、レアード王子、そしてシスネへと、その視線を動かしてゆき、どうにかしようとしたのか、手をわちゃわちゃと振ったり、払い落とすような仕草をしてみせたり、祈るように手を組んだりしていたけど、一向に現象が収まる様子は見られなかった。
「目立つは目立つ……そりゃあもう、これ以上ないくらいに目立つかもしれないけど、元々、隠れられるとは思ってなかっただろ?」
土台、『聖女』であるルミナリエが姿を隠すなんて不可能な話だ。
もちろん、相手がこの国の人間じゃない――フォンネの人間だけだっていうのなら可能かもしれなかったけど、すでにそんな話ではなくなっている。
「これは隠れているのは無理そうですね。そこにいても確実に発見されると思われます」
シスネがそう告げる。
部屋の中にいたとしても、完全に、まったく窓のない部屋、あるいは空気の通り道のない部屋なんてのはあり得ない。
そして、わずかな隙間ではあっても、これだけの光だ、発見が容易どころじゃない。おそらく俺たちは、今現在、この国でもっともかくれんぼに向かない集団だろう。
「姉上。姉上に『聖女』としてこの国の人々を守る想いがあるというのであれば、私にも、この国の王子、そして次期国王として、この国の人たちを守る責任が、そして意志があります。どうか私にその務めを果たさせてください」
レアード王子が真剣な顔つきでルミナリエの前に膝をつき、マリエッタ姫もそれに倣う。
ならば俺たちもそうしないわけにはいかない。
「……わかりました」
俺とシスネが続いて膝をつき、ルミナリエは観念したように小さな声でそう呟いたのだった。




