バルヘントの『聖女様』? 7
「『聖女様』の御行列だぞ。皆のもの、道を開けろ」
そんな声が聞こえてきたのは、シスネが出ていってからいくらかの時間が経過してからだった。
俺たちの視線がつい、ルミナリエに集まる。
「お姉様はここにいるわよね?」
マリエッタ姫が確かめるかのようにルミナリエに抱き着く。
ルミナリエを見間違えるはずはない。とすれば、思い当たることはひとつだ。シスネもこの辺りに戻ってきているのか?
「ルシオン」
馬車の外から名前を呼ばれ、ルミナリエたちが頷くのを確認してから、俺は扉を開く。
声からわかってはいたけど、相手はシスネだった。
「ルシオンの名前なら、私だってすぐにわかるかなって。仮に、あの人から私たちがここへ入ったって報告を受けていたとしても、ルシオンの名前よりは、ルミナリエ様かレアード様の名前を出すはずでしょう?」
シスネは、口と鼻を覆っていた黒いマスクを外し、失礼します、と席に着いた。
「前置きは不要です、シスネ。見たことを報告してくれますか?」
「はい、ルミナリエ様。このバルヘントで『聖女』を語っている人物ですが、シルフィーナ、と名乗っているようです」
紺色の髪に、薔薇色の瞳。
年齢はシスネと同じくらいの、スタイルの良い女性だという話だ。
「それで、肝心の『聖女』であるかどうかですが……」
シスネはやや言いにくそうに言葉をとどめ。
「結論から申し上げまして、彼女は『聖女』ではありませんでした。正確に言うのであれば、このヴァンブリグで定義されている『聖女』という存在ではありません。間近にというわけではありませんでしたが、彼女を直接見た時にも、私が魔力を得られているという感覚はありませんでした」
魔力を得るのに『聖女』を見た距離は関係ない。
たしかに、身近にいることで影響は受けるみたいではあるけど、遠距離、近距離に関わらず、この地の人間は『聖女』をちらりとでも見ることができれば、その身に魔力を得ることができる。フード程度であれば、多少の遮蔽物があってもだ。
「……『聖女』個々人によりその性質が異なる、という線を完全に否定しきることはできませんが、アンリエッタやセルカの例を考えてみても、おそらく可能性は低いでしょう。サンプルの数が、私を含めても少なすぎるとは思いますが」
そもそも『聖女』の数が少ないうえに、わからないことだらけの状態から始まっているわけだからな。
「では姉上は、そのシルフィーナという女性は『聖女』を語っているだけだとお考えなのですね?」
レアード王子の言葉にルミナリエが頷いたことで、マリエッタ姫も怒りをあらわにする。
「やっぱりそうなのね! あたし、ちょっと文句を言ってくるわ!」
そんな風に今にも飛び出していきそうなマリエッタ姫を俺たちは引きとめる。
「離して! どうして止めるのよ! そのために来たんじゃないの?」
「いいえ、マリエッタ様。離すことはできません。御身に危険が及びますので。しばらくは私どもにお任せください」
「マリエッタ。一旦落ち着いてください。そうできないのであれば、今すぐ、王都へ帰ってもらいますよ」
シスネとルミナリエに諭され、マリエッタ姫は一旦その腰を落ち着かせた。もちろん、その怒りというか、気持ちにおさまりがついていないのは誰の目にも明らかだったけど。
「いいですか、マリエッタ。私たちが近くこの街を訪れるだろうということは、相手方にも知られている可能性が高いとみて間違いないでしょう。そんな中、私たちがおいそれと姿を晒すことはできません。罠の中に自ら飛び込んだと知らせるようなものですから」
そこで、外から足音と、馬車の音が聞こえてきて、俺たちは馬車の窓から外の様子を伺った。
俺たちの乗っているような馬車とは違い、壁がなく、オープンに開かれた作りになっている。なるほど、ああいった形の方がお披露目に向かう馬車としては正しいのかもしれない。
ただし、外敵からの防御という意味では心もとなく感じられるが。
「あれが件の『聖女』ですね」
「はい」
ルミナリエの確認にシスネが頷く。
その豪奢、あるいは華美な造りの馬車には、シスネの言っていた通り、長く紺色の髪、意志の強そうな薔薇色の瞳をした、胸が大きかったり、腰の括れがはっきりしていたりする、まあ、美女と言って差し支えないだろう容貌の女性だった。
水着みたいな服装で、立てられた大きな葉っぱの影に入り、多くの従者を連れながら、優雅に馬車の上に横になっている。
あれが『聖女』だと?
言っちゃなんだけど、とても信じられねえな。
俺の聞いていた話じゃ、『聖女』にはこのヴァンブリグの人間を守ろうとする意志が芽生えるって話じゃなかったか?
ただ見ているだけで――無論、魔力を得られるかどうかの時点でほとんど結論は出ているけど――判断なんかはできるはずもないけど、あえて言わせて貰えば、あれは違うだろ。
なんで周りの奴らから――
「どうかしたのか、ルミナリエ」
そんなことを考えながら、通り過ぎてゆく『聖女』の一団を観察していたとこと、ルミナリエに、それからシスネにも、耳を引っ張られた。
両側から引っ張るんじゃねえ。いや、片側からも引っ張って欲しくはないけど、言いたいことがあるなら口で言って欲しい。
「見過ぎです、ルシオン」
頬を膨らませた感じのルミナリエは、どうやら怒っているらしい。
「いや、見過ぎって……数秒しかたってないだろ。それに、相手を知らなくちゃどうしようも――」
「すでに相手の姿は見えたはずです。状況も確認できました。この場でこれ以上できることはありません」
それはそうだけど、あいつらの行く先を突き止めるには、こっから尾行でもする必要が出てくるだろうし、監視くらいはするべきじゃないのか?
「それとも、彼女の近くにゆきたい理由でもあるのですか?」
「そりゃ、情報収集のために……いや、何で怒ってるんだよ」
ルミナリエからの視線は厳しく、俺を責めているようにも思える。
一体、俺が何をした。任務を遂行しているだけだと思っているけどな。
「それは、ルシオンがあの『聖女』の偽物に見惚れているのが悪いんじゃない」
マリエッタ姫も腰に手を当てて頬を膨らませている。
いや、見惚れているって……そんな馬鹿な。ただ観察してただけだぞ。
「とにかく、彼女の顔は覚えました。この行進がいつまで続くのかはわかりませんが、夜には終わっていることでしょう。今はとりあえず、彼女たちをつけて、あるならばアジトを――私はあると確信していますが――発見するに留めておきましょう。いいですね、マリエッタ」
「……はい、お姉様」
マリエッタ姫は多少不満そうにはしながらも、ルミナリエの言葉に従って頷いた。
それから、偽の『聖女』――シルフィーナを乗せた馬車は、同じところを通ったりはしてはいたが、しばらく街中を(範囲的には結構まともに広がってはいた)周り、夕方過ぎにようやく住処へと戻っていった。
建物の外観だけは、ちょっとした宮殿と言っても差し支えないようにできていたが、それが逆に怪しさを増大させる。
なにも『聖女』に選ばれるのは、皆がみんな、ルミナリエみたいに王族だとか、貴族だとかってわけじゃない。むしろ、アンリエッタとか、セルカのように、そうじゃないことの方が、確率的には高いだろう。もちろん、貴族がならないという理由もないけど。
まあ、さすがに偏見が過ぎるか。
「どうする、ルミナリエ。このまま乗り込むか?」
ルミナリエは首を横に振り。
「いえ。先ほども言ったように、まだ早いです。それよりもまず、この街にアリットと同じような人がいないかという方が心配です。街中の方を先に見て回りましょう。あれだけの大きなところです。そう簡単に移動したりはしないでしょう」




