バルヘントの『聖女様』? 6
「けど、どうするんだ?」
もうバレてるから、あんまり関係ないと言えば、関係ないんだけど。
「ルミナリエは隠密とか、世界一向いてないだろ」
容姿の方はフードやらコートやらで隠せるかもしれないけど、それじゃあ『聖女』だということは隠せない。それはすでにサンベルードで実証済みだ。あの時も、ルミナリエがフードをとる前から気付かれていたしな。
それとも、あれはこのヴァンブリグの人間だから気づいたってだけのことなのか?
それにしても、この国の人がいる以上必ずばれるし、その反応で気取られないとも限らない。
「秘密裏に行動する必要はもはやないでしょう。私たちがこの地に来ているということは、図らずも、相手方に伝わることになってしまいましたから。堂々としていれば、むしろ、相手の方から接触を図ってくるかもしれませんし」
なるほど。
侵攻の一助として偽の『聖女』を作り出し、この近辺の住人を洗脳……騙している。
ならば、そいつらの計画にとって、本物の『聖女』が来るというのは面倒な事態に違いない。
問題なのは、そうなることはあいつらの計画の内なんじゃないのかってことだ。偽物の『聖女』を立てれば、本物の『聖女』が様子を見に来る。そんなことくらい、わからないはずもないだろう。
「そうかもしれません。ですが、この地で苦しんでいるだろう人を放っておくことはできません」
アリットみたいな、あるいはもっとやばい状態に陥っているかもしれないってことか。
「姉上の言うことに私も賛成だ。すまないが力を貸してはくれないだろうか」
俺はルミナリエに仕えている(正確には暇つぶし相手だけど)わけで、城や、国王様に仕えているわけではない。
だからといって、レアード王子の頼みを断る、なんてことはしないわけだけど。
「ああ。言われるまでもないことだ。俺たちはどうすればいい」
このまま護衛しつつ、街の様子を見て回ればいいのか、それとも、俺が単独で調査してきて、その結果を報告すればいいのか。
正直に言えば、敵が侵攻してきていると決まっている現状、後者の選択をした方が良いように思える。
何を見て来ればいいのか、あらかじめ言っておいてくれれば、余計なことに気を取られることもなく、時間も短縮できるだろうしな。
「いや、ルシオンにはそれは無理でしょ」
「何でだよ」
俺にしては、結構正しいと思えることを言ったつもりだったんだけど、シスネにばっさりと両断された。
「だって、ルシオンにただ見てくるだけ、なんて役目、務まるとは思えないもの」
どんだけ信用されてないんだ。
いくら俺だって、そのくらいはできる。というより、その程度のこともできないと思われていたのが割とショックだ。
「ちょっと待ってくれ、シスネ。俺だってそのくらい――」
「だって、ルシオンは目の前で困っている人がいたら放っておけないでしょう?」
そんなの当たり前だろ。
俺は聖人君子とか、それこそ『聖女』なんかであるはずはないけど、目の前で困っている人がいたなら、それをみすみす放っておくことなんかできるはずがない。
「それは、シスネも同じじゃないのか?」
しかし、シスネは首を横に振り。
「私はできる。ルシオンと違って、私はお城に、そして国に勤めて、仕えるって、その時に誓っているから。たしかにこのバルヘントだってヴァンブリグの領土であることには違いないけど、私はたとえ、『国民ひとりを救えずに国が守れようか』みたいなことを言われても、本当にいざとなれば、その決断をできる。自信とかじゃなくて、そういうものなの。それは、私に限らず、お城のメイドなら誰でも。だけど、ルシオンは違うでしょう?」
「いや、俺だって――」
反論しようとした俺の言葉は、それ以上声になって出てくることはなかった。
それは、シスネの言い分を認めたも同じだったが。
「いいのよ、ルシオンはそれで。任せなさい。伊達にお城でメイドをしているわけじゃないんだから」
柔らかく笑みを浮かべたシスネは、次の瞬間には、得意そうに胸を張った。
「私は、ルシオンならルミナリエ様たちを守っていてくれるって信じられる。だから、ルシオンも私を信じて。ね?」
「……わかったよ」
女子供に、危険があるとわかっている任務を任せるのは男としてダメなんじゃないかと思ったけど、それを言ってもシスネを納得させることはできないだろう。
所詮は感情論。
理性で考えれば、シスネの言っていたことは正しいと判断できる。
それに、こうしてルミナリエたちを守っているのも、立派な務めだと言えるだろう。
どっちが重要だとか、そんなことはない。どちらもやらなくてはならないことならば、最適な人選がなされるべきだろう。一刻も早く事態を収拾するために。
「シスネ」
じゃあ、と馬車からその身を躍らせようとしたシスネにルミナリエが声をかけ、シスネが振り返ったところで、メイド服の胸元のリボンを握り、何か祈るようなポーズをとる。
「あなたにグラリアス様のご加護を」
「ありがとうございます、ルミナリエ様」
そう言い残し、今度こそ、シスネは馬車の外へとその姿を消した。
「お姉様。今のは?」
「ルシオンは知っていると思いますけど、先日、サンベルードで言いましたよね。私たち『聖女』の力について」
サンベルードで?
何があったか、と思い返しながら記憶を手繰り寄せてゆくと。
「……リュゼが話していた『加護』のことか?」
たしかにルミナリエも、グラリアス様のご加護を、って言っていたし。
「ええ。普段は意識してやることはないのですが、私にもできないことではありませんから」
意識しなくとも、ルミナリエたち『聖女』には、このヴァンブリグの人間を愛し、助け、見守りたいという気持ちが自然とあるらしい。
それらの気持ちの集大成というか、総決算というか、まあ、そんな感じの結果が、この国の人が魔法を使えるという形になって表れているのだという。
「お姉様が私たちを守ってくれるっていうのなら、私もお姉様を守ってあげるわ」
マリエッタ姫がルミナリエに抱き着く。
飛び切りの笑顔を浮かべて。
「マリエッタ。遊んでいるわけではないのですよ?」
そんな風に口にしながらも、ルミナリエは嬉しそうに、あるいは恥ずかしそうに、顔を紅く染めていた。もちろん、マリエッタ姫からは見えない角度で。ただし、俺たちには丸見えだったけど。
素直になれていないのは、いまだに『聖女』だからと壁を作っていた影響か。
以前のルミナリエなら、たとえ家族とはいえ『聖女』なのだからと距離をとった気もするけど、アンリエッタやセルカたちと接してきた結果か。
たとえ『聖女』だからと、それだけで壁を作り、距離をとる理由にする必要はないと。まあ、それ以外にもあったみたいだけど、そっちも解決したと思って構わないんだろうな。
「ルシオン。何をそんなに笑っているのですか」
ルミナリエは、やはり恥ずかしい、あるいは照れているような顔で唇をわずかに尖らせる。
「いや。そうしてると年相応にしか見えないし、可愛いなと思っていただけだ」
「かっ――」
何をそんなに驚くことがあったんだ?
ルミナリエも、マリエッタ姫も、なんなら隣にいるレアード王子ですら、信じられないものを見たような顔をしている。
そんなに変なことを言った覚えはないんだけどな。
「からかわないでくださいっ」
「からかってなんかいないぞ? そうしてマリエッタ姫とじゃれているときの方が、年相応で可愛いと思ってる」
そう言えば、ルミナリエは――マリエッタ姫もだが――複雑そうな表情を浮かべた。
「……ありがとう、ございます」
いつもみたいに呆れられたりしたわけじゃないから間違っているとは思えないんだけど。
確認のためにレアード王子の方を向けば、わからない、というように首を振られた。




