バルヘントの『聖女様』? 9
◇ ◇ ◇
ルミナリエが、意図せずとはいえ、俺たちに付けた『加護』のとれるまでは動くことはできないだろう。
ユーク王子の例から考えると、今回の相手にもこのルミナリエの力のことがばれる可能性はかなり低いとも思えたけど、なにしろ、俺たち自身にとっての視覚効果が相当なものだったので、たとえ、限りなく確信していてもどうにも動く決心がつかなかった。
ただでさえ、自分たちが侵略を画策している国の王子と姫が乗り込んで来るんだ。その相手が眩い光に包まれているとしたら、明らかに警戒させるだろう。とても交渉、あるいは話し合いをしにきたなどと言いだせる雰囲気じゃない。
「……私のせいなので言いたくはないのですけど、こんなにのんびりとしていて良いのでしょうか」
唯一、この場で光を纏っていないルミナリエが呟く。
「良いも悪いも、他に何ができるんだよ」
俺たちはバルヘントの宿屋に身を潜めていた。
例の宮殿からは結構距離があるので、こっちからも監視ができない代わりに、向こうからの偵察の目も届かないだろう。
もっとも、こうしてルミナリエたちを危険から遠ざけているのは、俺とシスネにとっては望むべき結果なんだけどな。
「いいじゃない、お姉様。たまにはこんな風にのんびりするのも」
できることもなく、昼寝などをしていたマリエッタ姫やレアード王子はまだ眠くなってはいないらしい。それとも、夜更かしでもしてみたい年ごろなのか、マリエッタ姫は完全にくつろぐ態勢に入っていて、ベッドに寝転がりながら広報誌を広げている。
どんなものかと覗いてみれば、どうやら結構昔のもので、開いているページにはルミナリエのインタビューらしき記事が載っていた。
現代ならそこにルミナリエの写真も、もちろんカラーで入るだろうが、この世界には存在しないのか、写真は入っていなかった。
「いえ。やっぱりこうしてはいられません」
「姉上。どちらへ」
立ち上がり、外へ向かったルミナリエを追いかけるレアード王子。
まさかそんな無謀なことはしないだろうと思いつつも、そのまま放っておくこともできず、俺たちも慌てて後から追いかける。
「しばらくすれば収まるかとも思いましたが、一向に収まる気配がありません。ならば、これはこれで利用するまで。なにより、これ以上、ここの人たちを放っておくことはできそうにありません」
しばらく潜んでいたから、夜は大分更けてきていたが、ルミナリエの周りだけは昼間のようにまばゆい光に包まれている。
辺りが暗いため、昼間よりも余計に目立つ。
「問題ありません。相手も夜中にあのような行列を作りはしないでしょうから」
宿屋――ただし、女将も大将も姿が見えなかったため、実質空き家みたいのものだった――から出て、ルミナリエを先頭に俺たちは夜の街を歩く。
当然、人っ子ひとり見当たらない。
「お姉様、どこへ向かっているの?」
「夜中であっても情報の収集ができる場所です。相手の兵もいるかもしれませんが、それはそれで状況に変化をもたらすことができますから、かえって好都合とも言えるでしょう」
すでにこの街の地図は頭に入っているらしいルミナリエに着いて歩き、辿り着いたのは居酒屋だった。
扉はかなりオープンなものだったし、俺は今まで居酒屋なんかを出歩いたことはなかったけど、店の雰囲気からは、ここがこの世界の居酒屋なんだと納得せざるを得なかった。
店の外でも、木のテーブルに突っ伏すように飲み倒れている男たち、中でも、赤ら顔でなみなみと注がれたビールらしきジョッキを乾杯している複数の集団。
「おい、ルミナリエ。お前、ここがどういうところだかわかってんのか?」
「もちろんです。お客にアルコール類の飲料を提供し、従業員のサービスによってもその値段が変化するという、いわゆる居酒屋と呼ばれる店舗ですよね」
わかってるなら。
「何故止めるのですか、ルシオン」
「何故、じゃねえ。この国では、少なくとも学院の高等科を卒業できる年齢になるまでは飲酒はできなかったはずだが?」
祝いの席なんかの、小さな器のやつは別にして。
つまり、俺たちの中だと、シスネしか該当しないことになる。
確認のためにシスネを見れば、正解だと、あるいは同意だと言うように、マリエッタ姫とレアード王子を後ろから抱きしめるようにして引き留めていた。
それに、ルミナリエくらいの年齢から酒を飲んだりするのは、成長とかにも悪影響を及ぼす。
「勘違いしているようですが、ルシオン。私は飲酒をするためにここへ訪れたのではありません、そもそも、お酒は脳細胞を破壊しますから、好んで摂取しようとは思っていません」
その後にルミナリエは、一拍挟んで、全く興味がないわけではありませんが、と付け加えた。
「じゃあ何しに来たんだよ」
酒場ってのは、文字通り、酒飲むところだろ?
「情報収集と、情報の拡散のためです」
ルミナリエは一瞬の淀みもなくそう答えた。
「この街の中心に最も近いこの酒場は、おそらくはこの街で現在最も栄えている酒場でしょう。つまり、最も人が集まっているということです」
それは、たしかに情報は集まるだろうけど。
それなら、相手方だってここに人を張り込ませているはずだろ?
「他の場所でも問題はないとは思いますが、私たちのような子供が、親の付き添いというわけでもなくこのような場所に現れれば、必ず目立ちます。そして、この国の人間でなくとも、目聡い相手ならば――スパイというのは得てしてそういうものでしょうが――私たちが何者かすぐに気が付くことでしょう」
俺を屈ませたルミナリエは、耳元に口を近づけて、そう囁いた。
「幸いだったのは、彼らが日常的にここに入り浸っているような人たちだったことです。それが相手に、ここならば後回しでも構わないか、と思わせることに繋がったようです」
酒場に入り浸っている奴が多いってのは、それはそれで問題だと思うが。
「じゃあ、さっそく聞き込みに――」
「お待ちください、マリエッタ様」
勢いよく足を踏み出そうとしたマリエッタ姫を、やはりシスネが抑え込む。
「なにするのよ、シスネ」
「マリエッタ様。この場は私にお任せいただけないでしょうか?」
シスネは俺に「姫様方をお願い。それから絶対に入って来ないでね」と言い残すと、ひとりで扉を開けて中へとその姿を消してしまう。
任せるって、一体、どうするつもりだ。
気になった俺たちは、扉の科gからそっと中の様子を伺う。
「何やってんだあいつ……」
それ以外の言葉を失う。
仕事中には結んでいる髪をほどいたシスネは、胸元のリボンも外してボタンを開き、酔ってしまったような女性客、を演じていた。
もちろんシスネが本当に酔っていないのは、今まで遺書にいて、シスネがアルコールなんかを摂取してはいないという俺たちにはわかっていたことだけど、それでも、上気した頬や、とろんとした瞳、会う気片や仕草に至るまで、どう見ても酔っているだろうとしか思えなかった。
「ねえ、マスター。すこぅし酔ってしまったみたいなの。お水をいただけるかしら」
カウンター席に肘をついて突っ伏すような格好になったシスネは、出されたグラスを慣れた手つきで揺らしてみせる。
「よう、姉ちゃん。ひとりかい?」
しばらくすると、シスネの周りに体格のいい男たちが集まって来る。
事前に、絶対に入ってくるな、と言われている以上、今のところは静観するしかないんだが、やっぱり心配にはなる。
「この前、婚約者になってって頼んだ人に相手して貰えなくって。あの人ったら、私より他の女に夢中なの……」
それって、俺のこと言ってんじゃないだろうな?




