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バルヘントの『聖女様』? 10

 シスネの周囲は相変わらず光に包まれたままだったが、ここが営業中で店内に明るく光を灯していること、店員以外は酔っぱらっていること、後は、多分、シスネ本人の容姿も相まって、そのことに言及されたりすることはなかった。

 

「その人はねえ、悪い人じゃないのよ。誰にでも優しような、素敵な人なの」


 シスネは、すでに顔を真っ赤に染めている客たちとジョッキを交わし合い、


「でもねえ、本当に誰にでも優しいのよ。もうすこぅしだけ、私のことだけ見ていてくれてもいいのにって思っちゃうのよねえ」


 陽気な調子で愚痴る。

 

「へえ。こんなに可愛い奥さんを放っといて他の奴をねえ。そいつはひでえな、姉ちゃん」


「そんな旦那は忘れちまって、どうだい、今夜は俺とって、痛て」


 シスネは、自分の肩に触れようとした男性の手を、手の甲をつねりながら外し。


「もう、せっかちねえ。そんなんじゃあ、女は靡かないわよ?」


 男性がフラれると、周囲から歓声が上がる。


「そうだー、いいぞ、姉ちゃん」


「だからお前はいつまでも独身なんだ。ちったあ、女心も勉強しろ―」


「うるせえよ」


 そんな風に馬鹿話をしながら、酒場は大いに盛り上がる。

 その間も、俺が奢るぜ、とシスネの手にするジョッキには、次々に酒が注がれてゆき、シスネがそれを、良い飲みっぷりだ、と称されるほどに見事に飲み干せば、更に周囲が盛り上がる。

 大丈夫か、あれ。

 シスネが、任せて、と言っていた以上、信頼はしているけど、それでも心配になるほどのペースでジョッキが空になってゆく。


「ルシオン」


「ああ、わかってる」


 シスネに危害が加えられないように見ているのは当然として、もうひとつ、本来の任務だって忘れたわけじゃない。

 音もなく、背後から振り下ろされた剣は、障壁によって弾かれる。


「釣れたってことか? 案外、こらえ性のない奴らなんだな」


 黒装束に身を包んだ襲撃者は、特に驚いている様子も見せず、後方へと飛びのいて距離をとる。

 念のため、探索系の魔法を使ってはみたけど、見えている以外の伏兵はいないらしい。今回の相手は、おそらく、魔法を使わないので、隠蔽なんかの魔法は使用されていないだろう。

 シスネたちの方へと注意を払っているルミナリエたちからは何もない。こっちの相手は俺に任せてくれているのだろう。その信頼には応えないとな。


「お前らを捕まえると、シスネの仕事が無駄になっちまうかもしれないけど、まあ、それはいいだろ」


 多分、中に仲間が――それも多分、シスネが声をかけている奴らの他に、酔っていない奴が――いて、情報収集している奴がいると、何らかの方法で知らせたか、あるいは元々この場所が見張られていたのか。

 そんな経緯やらを考えるのはルミナリエに任せる……年下の女児に任せるってのも気は進まないけど、とにかく、俺の役目はこいつらをルミナリエたちに近づけさせずに制圧することだ。

 俺は酒場の入り口を背にして立ち、構える。

 ここまで来ても相手から魔法を使ってくるような――魔力が行使された兆候がない。相手からも魔力を感じられない。

 ならば、やはりこいつらはヴァンブリグの人間じゃないと考えてよさそうだ。

 

「ルシオン。私達のことは心配しないでください」


 背中からそんな声がかけられる。

 そんなわけにはいかないけど、気が楽になったことは確かだ。そんなことを知られたら、シスネたちにはひどく怒られるだろうけど。

 この場では、酒場の方は、敵じゃない。相手にならないという意味じゃなく、敵対行動はとらないだろうってことだ。

 視線で合図を取り合い、手話っぽい何かでコミュニケーションをとる目の前の奴らが、何を話しているのかはわからないが、とりあえず、ぶっ飛ばしてから聞き出せばいいだろう。そんな考えだと、またルミナリエにどやされるかもしれないけどな。

 と、相手が指で地面に落ちていた小石を弾く。

 狙いは正確で、俺の目を狙っていた。

 同時に、武器を構えて、左右から突っ込んでくる。


「なっ」


 しかし、俺が突撃を躱してしゃがんだことで、驚いた声が上がる。


「何驚いてんだよ。目を狙われたからって、顔を動かすとか思ったか?」


 あるいは手で払うにしても視線は遮られるはずだとでも?

 こっちが魔法を使うって情報は持ってんだろ?

 別に特別なことはしていない。ただ、目の前にだけ障壁を作り出しただけのことだ。障壁に色がついているとかそんなことはないし、展開したからといって、向こう側が見えなくなるわけでもない。

 どんな考えがあったのかは知らないけど、ルミナリエたちを背中に守っている以上、障壁を作るのにだって、手は抜かない。ルミナリエがいるんだから、魔力が尽きることも考えなくていいしな。

 手を突き出したままの状態でいる奴らが、手を引っ込める前に、片方には掌底を突き出す。

 顎のあたりにクリーンヒットし、同時に、そこを支点に移動の魔法をぶつけることで、ただの掌底の威力ではなく、文字通り、相手が空中に吹っ飛ばされる。

 もう片方には、その光景に驚いている間に、胸に手を添え、同じように移動、及び加速の魔法で吹っ飛ばす。

 こっちに来てから鍛錬も積んだし訓練もして貰ったから、魔法を使った戦いにも、大分慣れてきた。慣れすぎるのは怖いけど、まあ、この程度なら問題ないだろう。

 そんなことを考えていた矢先、銃弾が飛んできて、障壁によって阻まれる。

 うん。まあ、現実に銃撃されることとかないしな。大丈夫だ、問題ない。

 

「……化け物か」


「てめえ。もう一度その口開いてみろ。削ぎ落すぞ」


 今のは俺に向かって言われただけであって、ルミナリエや、ひいては魔法を使うこの国の人間全般に向けて言われた言葉じゃないだろう。

 俺自身、魔法を使うなんてちょっとファンタジーじみているなと思っているけど、そういうのは自分の心の中だけに仕舞っとけよ。

 今度は、加速の魔法なんかは使わずに、走ってそいつに突っ込む。

 しかし、相手は魔法を使っているのかどうかはわかっていないので、銃を撃っても無駄だと悟ったか、動こうとはしない。

 そして、目の前で跳躍。

 宙返りをしながらの踵落としは、交差した手に受け止められるが、もう一発、もう片方は受け止めきれず、まともに脳天に決まる。

 相手が音を立てて崩れ落ちたところで同時に背中側に障壁を展開。最後の相手が売ってきた銃弾を無効化する。


「ちっ」


 すぐさま反転し、逃走しようとする相手。

 索敵の魔法により、他に襲撃者がいないことはわかっている。

 倒れた仲間を放って、即座に自分だけでも情報を持ち帰ろうと撤退を決めたところには職業意識の高さを――諜報員の職業意識なんか知ったことじゃないけど――伺える。

 俺は即座に障壁を展開。ただし、逃がしてしまわないように結界のように広げる。

 

「これも魔法か……」


 呟いた相手が殴りつけてくるが……どうやら、俺の障壁の強度の方が勝ったらしい。

 良かった。これで砕かれてたら、相手を調子づかせるところだった。


「そうだ。でも、俺を倒せば逃げられるかもな」


 一応、ここで自害とかされると、貴重な情報源がひとつ失われることになるからな。

 

「心配しなくても、お前らからそんなに御大層に情報を聞き出そうとは思ってねえよ。どうせ、あの屋敷にいる女――が黒幕かどうかは知らないけど――のところには乗り込む予定だったからな。その前に、ちょっとでも情報を集めとくかって程度だったし」


 少なくとも、俺は、な。

 もちろん、ルミナリエたちが乗り込むつもりなら(おそらくはそのつもりだろうけど)万全の情報を収集するんだろうとは思うけど、俺の仕事は、どういう状態であろうと、ルミナリエたちを護衛することだし。


「……ここまでか」


 そう相手が呟いた瞬間、治癒の魔法を全力で相手にかける。

 あんまり得意じゃないから上手くできるかどうかは知らないけど、相手の驚いた顔を見た限りじゃ、成功したみたいだな。


「まあ、お前にも、敗者の矜持ってのがあるんなら、ルミナリエからの問いには正直に答えてやってくれよ」




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