バルヘントの『聖女様』? 11
◇ ◇ ◇
「――つまり、あの屋敷にいるのはシルフィーナとその護衛、目的は『聖女』を語り、人を集め、侵略の一助にすることだと」
話を聞き終えて、俺は溜息をついた。
残念ながらというか、聞き取りの結果は、一応、現時点での人数とか、それなりにめぼしい情報がなかったわけでもなかったけど、ほとんどはすでに知っていることだった。
俺が相手にした奴らは工作が主な仕事で、作戦の立案なんかの方は、例の偽物の『聖女』の側近らしき位置にいる奴らの担当らしい。
万難を警戒しているというか、用心深いことだな。
ただし、偽の『聖女』をでっち上げた理由だとか、この大掛かりな侵攻の根幹にある部分については、知らない、あるいは知らされていなかったようで、このままだと交渉ではなく実力行使になるだろうことは確実だ。
「シスネ。あなたの方も同じような内容でしたか?」
「はい。申し訳ありません。彼らも大した情報を――精々が兵の配置くらいのもので、めぼしいものは何もございませんでした」
ルミナリエに尋ねられて、シスネが謝罪の言葉を口にする。
そのシスネが相手をしていた奴らだが、今は全員酔いつぶれて机に突っ伏し、あるいは床に転がっていびきをかいていた。
店内で無事なのは、俺たちと店主だけだ。
一体、どうやったのか、気にならないわけじゃなかったけど、下手なことを聞いて修羅場になるのは避けたかったので、この場では尋ねないでおいた。聞いても、あの方法――俺が見ていたところまでのものは、俺には使えそうにもなかったしな。
「そんなこともないんじゃない? 誘惑、魅了系の魔法を男性が使えないという風には言われていないわよ?」
「いや、店内にいたのは男性客ばっかりじゃねえか。それで俺に靡いてくるようなやつとは、はっきり言って、関わり合いになりたくねぞ」
鳥肌とか、吐き気すら込み上げてきそうになる。
「……ルシオンは、これ以上、魅了の魔法なんて覚える必要はありません」
幸いなことに、ルミナリエからの援護をもらい、俺がこれ以上、その手の魔法に関わるという事態は避けられた。
まあ、これ以上も何も、そもそも俺は魅了の魔法なんか使ったことはないんだけど。
「つまり、正面突破しかないってことよね」
マリエッタ姫がやる気に満ちた表情で拳を握る。
「マリエッタ。たしかに相手はこちらに対して侵略を仕掛けてきている、賊軍とみなしても構わない相手ではあるだろうが、それを力だけで制圧しても、向こうがさらなる戦力を送ってくる可能性が残ってしまう。まずは、対話を求めるべきではないか?」
諫めるようにレアード王子が対案を述べ、相手が『聖女』を語っているということが許せないマリエッタ姫が頬を膨らませる。
「お兄様。あたしはお姉様の、『聖女』の名を語ったことが許せないの。侵略だとか、作戦だとか、そんな難しいことはよくわからないわ。けど、お姉様のためにも、こんなことをしでかした相手にひと言言ってやらなくちゃ、納得できないのよ」
ひと言、とマリエッタ姫は口にしたけど、実際は胸倉でも掴みかかってゆきそうな勢いだ。
サンベルードに行った時、マリエッタ姫が一緒じゃなくて良かった。もし一緒だったなら、あの街にいたのがピエドロだけではなかったにもかかわらず、地図から消えるような事態に陥っていたかもしれない。そうでなくても、この先、もし、あの時の報告書がマリエッタ姫の目に入るような事になったらと考えると、自分の身にも危険を感じる。
「そうですね。私もマリエッタの意見に賛成です」
恐ろしいことに、ルミナリエがマリエッタ姫の意見に賛成してしまう。
レアード王子が、これ以上ないくらいに目を見開いて、姉の姿を凝視する。
「この町の様子も見させてもらいましたが、他の『聖女』の方のためにも、なにより、この地に暮らす人のためにも、これ以上彼女たちの行いを見過ごすわけにはゆきません。『聖女』とはこの国の柱。考え方はそれぞれあるのでしょうが、『聖女』への信が揺らげば、この国自体が存亡の危機に瀕する可能性もありますから」
それは『聖女』としての言葉なのか、あるいは王女としての言葉なのか。どちらでもあるように思えた。
「情報を収集するという手筈ではありましたが、おそらく、これ以上は時間を浪費するだけです。念のため、明日の朝までは相手側からのコンタクトがないか待ちはしますが、それ以降は、懐に直接乗り込みます。時間をかければ、相手に侵略の準備を整える時間を与えることになりますから」
相手はすでにこの街を取り込んでいる。
民衆が積極的に賛同しているかどうかはともかく、行列を敢行する、そしてそれに対して表立った犯行がないくらいには、制圧も完了している。
ならば、いつ、追加の戦力が送られてきてもおかしくはない。この場にいる俺たちだけで対処できるのは、今のうちだけかもしれない。
「……とはいえ、不可解な点もあります。彼らはどうやってここまで侵攻してきたのでしょうか。普通に考えれば武力行使でしょうが、この街に争ったような形跡は見られませんでした。それに、いえ、領土の問題は重要かもしれませんが……」
ルミナリエのつぶやきは、後半になるにしたがって小さくなってゆき、全部を聞き取ることはできなかったが。
それは、何か重要なのか? 結局、侵攻してきている奴らをとっちめてから聞き出せばいいことじゃないのか?
「それはそうですが……」
ルミナリエは、いまいち納得していない様子だ。
推理小説を読んでいて、先に解答編を読むような事だとでも思っているのだろうか? でも、これは現実の問題だし。
何に引っかかっているんだろうか? 他にも何か引っかかる要素が?
「いえ、そうではなく……たしかに、ルシオンの言う通り、直接聞きだせばいいだけのことですね」
最終的にはそうかぶりを振ったが、大丈夫か?
まあ、いつも以上に、余計に俺たちが気を付けて――警戒すればいいだろう。
「そうは言っても、乗り込むのは明日の朝にした方が良さそうね」
「そうみたいだな」
俺とシスネは大丈夫だけど、ルミナリエたちの方は。
「何言ってるのよ、ふたりとも。今すぐ……今すぐ……」
勢いが良かったマリエッタ姫も、瞼を擦っているし、レアード王子は欠伸をかみ殺したような表情になっている。
「ルミナリエ。前にも言ったかもしれないけど、寝ないと育たないぞ。それに、マリエッタ姫もレアード王子もこんな状態だ。この期に及んで、ここから別行動、なんてことは言わないだろ?」
素直じゃない所のあるルミナリエのことだ。
眠いだろ? と直接尋ねても、答えずに黙られる可能性があった。
「何言ってるのよ、ルシオン。あたしは――」
「そんな状態で連れ回すことはできません。御自身の体調のことをお考え下さい」
欠伸を漏らしながら、まだ反論しかけたマリエッタ姫は、シスネに背負われると、ものの数秒で静かに寝息を立て始めた。
「マリエッタはまだ子供ですから眠いかもしれませんけど、私は眠くありませんから」
「眠かろうと、眠くなかろうと、こんな状態でお前ひとり向かわせられるはずないだろ」
レアード王子も、マリエッタ姫の欠伸が移ったのか、ふらふらとし始めていて、歩いて戻れそうじゃなかった――ましてや魔法で飛んで戻るなんて――ので、俺が背負う。
「あっ……」
そんな声を漏らすルミナリエだったが。
たしかに俺はルミナリエの暇つぶし相手で、従者といっても差し支えない立場だ。しかし、だからといって甘やかしてばかりいるのが、正しい従者の在り方ではないはずだ。
「まだ眠くないんだろ。だったら、まだ歩けるよな」
「――っ、そういうことじゃないです。ルシオンの馬鹿」
羨ましそうな視線を向けていたが、結局ルミナリエは歩いて宿まで戻ることを選択してくれた。




