バルヘントの『聖女様』? 4
「無駄だ。何を言われようと、決して俺たちは喋ることはない」
「へえ。そうなの」
相手の意志は強そうだったが、シスネはまるで気にしていない様子で。
拷問でもするのか? ルミナリエたちの目の前で?
「ルシオン。少しの間、こっち見ないでね」
シスネに言われたそれを、俺はルミナリエたちにその場面を見せないようにしろって意味だと思っていたけど。
「もういいわよ」
時間にして数秒しかたっていないにもかかわらず、シスネからはそんな風に普段と同じように声が届いた。
普段と同じような声色で、さっきまでの苛烈――そこまでいかずとも、激しさは感じられなくなっていた。
「ねえ。教えて欲しいことがあるんだけど、話して貰えるかしら」
「もちろんだとも。お前に隠し事なんかあるはずないだろう」
さっきまでの態度はどこへやら、なんだか目もとろんとしてるし、どうして急に友好的になってるんだ?
「ちょっと、ね。女の子の裏技を。気になるなら、ルシオンも受けてみる? 今後のために対抗する策は必要かもしれないわよ?」
「女の子の裏技だって?」
なんだそれは?
「気になるなら後でね。持続時間もそんなに長いわけじゃないから」
意味不明なことを言い残し、シスネは捕らえた相手へと向き直る。
「じゃあ聞かせて貰うけど、あなたはどこの国の人? ここに元々いた人たちをどこにやって、なんで入れ替わったの?」
シスネの尋問――質問に、相手の男はペラペラと口を開く。
「俺たちはフォンネの人間だ。元々いた奴らとは海に捨てて入れ替わり、侵略の一助にするつもりだ」
「侵略だと!」
レアード王子が瞳を見開き大声を上げる。
もちろん俺も驚いたが、なんとか声は出さずに済んだ。ちなみに、マリエッタ姫の口はルミナリエが押さえていた。こうなることを予測していたのか?
「それで? 作戦の詳細は?」
「知らない。俺たちの役目はこの街の隊舎を占拠することで、情報の封鎖を行うというものだ。それ以上は管轄が違うため、話はされていない」
「おそらく、自白剤などを警戒してのことでしょうね。実行の部隊を分けることで、万が一、今のように尋問されることを恐れてでしょう。相手方が魔法についてどこまで理解しているのかは不明ですが」
ルミナリエが冷静に口にして、シスネが確認するように「そうなの?」と尋ねれば、相手は大人しく頷いた。
「姉上。最悪、バルヘントの人たちは――」
「いえ、その可能性は低いでしょう。アリットの件がありますから」
レアード王子の推測に、ルミナリエは、否、と首を振る。
皆殺しにするつもりなら、あんな状態にする必要はないと。それに、まずは都市を封鎖するだろうということだ。そこから逃がして、情報を持ち出させることはしないはずだとも。
「とにかく、確かめるためにも、まずはバルヘントへ向かいましょう。シスネ。この人たちをリンドルチェまで運んで――連行して行って貰えますか? 隣町ですから、今から向かえば夜には戻って来られるはずです。もちろん、リンドルチェがすでに侵されていなければ、ですが」
即座に了承の意を示したシスネと協力して、俺はこの成り代わりの隊員たちを馬車まで運んだ。
この街の特務小隊がこんな有様なんだから仕方ないとはいえ、シスネひとりで向かわせるのに、全く心配しないかと聞かれれば、そんなことはない。
シスネの実力は今見せて貰った通りだと、わかっちゃいるけど。
ただし、ルミナリエたちをここに残していくこともできないというのも、また事実。そして、俺たち全員で向かうのには、馬車が足りない。なにせ、ここにいるフォンネの奴らを全員運ばなくちゃならないんだからな。
「じゃあ、ルシオン。できるだけ早く帰って来るから、それまで姫様たちをお願いね」
「ああ。そっちも用心して行けよ」
俺たちの方は、シスネを待つという意味でも、今日のところはここの隊舎に泊まることにした。
隊舎の施設自体は奴らが使用するために残っていたし、ルミナリエには隊舎に泊まったという前例もある。特に不自由を感じることはないだろう。
「私たちも用心する必要があります。彼らはここを占領した後も、本国と連絡を取っていたはずです。それが途絶えたとなれば……いえ、まずは探し物をしましょう。彼らも、作戦の一部しか知らされていないとは言ってはいましたが、本国とのすり合わせのため、こちらからの情報を送ってはいたはずです。それに対する向こうからの返事があるかもしれません」
ルミナリエの言葉に頷き、俺たちは手分けをして部屋の中を探した。
保管するとすれば、指令室っぽくなっていたここだろう。逃がしたロウ隊長に成りすましていた野郎に、それらを取り出すような隙は与えなかったはずだし、そんな素振りも見せていなかったしな。
定期の連絡が途絶えたという報告がなかったのもそのためだろう。このヴァンブリグでも、連絡は魔法による手段ではなく、普通に手紙によるやり取りがなされているからな。
「あったぞ」
隊長の机の辺りを探していたレアード王子が手紙の束を、その机の上に置く。
作戦の指令書、あるいは報告書なんか、さっさと燃やすとか、破棄されているかとも思ったけど、几帳面な奴で助かったというところか。
まあ、これを俺たちが手にしただろうことは、あのロウ隊長の偽物から伝わることだとは思うけど。
「何だこりゃ」
魔法により、文字を翻訳するところまではできたけど、暗号みたいになっていて、意味はさっぱりわからなかった。
「わかりました」
数分後。
すべての手紙に目を通したらしいルミナリエはそう言うと、さらさらと別の、白紙にその内容を書き出してゆく。
もちろん、このヴァンブリグの言葉で。
「フォンネの文法だとわかっていましたから、解読は容易でした。そもそも、これは人が読むために、人によって作られたもの。ならば、私たちに読めないはずはありません」
それにしてもおかしいだろ。推理小説の名探偵じゃないんだから。
俺は、ヴァンブリグの文字であれば、多少は読めるようになっている。
城で毎日、翻訳の魔法と併用しながら本なんかを読み進めた結果だろうか。まあ、それとは関係なく、ルミナリエのメモは翻訳の魔法を使って読んだんだけど。
内容は、まあ、普通の報告書、さっきの奴らが喋っていたこととほとんど変わらず、進捗とかが載っているだけで、めぼしいものはなかった。
ただし、日付的には期間を決めて送っているようで、急に途絶えたとなると、相手に隠れられてしまう恐れがある。
「その辺りは、シスネが連れてくる小隊の人たちに任せましょう。おそらく、臨時とはいえ、この地を管理しなければならないはずですから、数人は派遣されるはずです。私達は、そうですね……解読表でも作っておけば、問題なく、スムーズに行えるでしょう。ルシオン。あちらの棚から辞書を取ってきておいてください。さすがに、近隣国の言葉の辞書くらいは置いてあるでしょう」
俺はルミナリエが使うのか、と思ったけど、俺が取りに行って戻ってきた時には、ルミナリエはすでにサラサラと、滞りなく、メモを作成していた。
じゃあ、これは何のために必要だったんだよ。
「もちろん、シスネが連れてくる小隊の人たちにとってです」
それは、メモの端にでも、これはどこどこの言葉です、と入れておけばよかった話じゃないのか? そもそも、そのヴァルブリグの言葉で記したメモがあれば他は必要ないんじゃ……まあ、別にいいけど。
「あとは、お父様への手紙ですね」
続けてもう一通したためると、ルミナリエはそれを窓から飛ばした。




