バルヘントの『聖女様』? 3
「へっ。そっちの女はともかく、お前の方には価値はねえな」
男が腰から引き抜いたのは、拳銃だった。
こっちに来てからは初めて見たな。
城の騎士団でも、使用されているのは刀剣ばかりだったし。
「なによ、それ。そんな小さな筒で、私がどうにかできると思っているわけ?」
それに反応したのはシスネだった。
武力にしても魔法が主で、それ以外の近距離に利用されるのはナイフなんかの身体からそれほど離さずに使用できる武器ばかりしか見てこなかったからな。
「はっ!」
怒っている、というよりむしろ呆れているといった雰囲気のシスネは、特に障壁――シールドも何も展開せずに、一直線に、銃を構える男に向かって駆け出す。
「危ねえ!」
そう叫ぶより早く、俺はシールドをシスネの前に、作り出す。
拳や剣を防ぐ訓練はしたけど、銃弾を防ぐ訓練はしなかった。多分、この国には伝わってきていない、そして、開発もされていないんだろう。
突然現れた障壁にぶつかり、シスネは鼻の辺りを赤くしながら、恨むような表情で振り返る。
「――のよ」
前半部分は、拳銃の発射音によりかき消された。遮音障壁まで作り出す余裕はなかったからだ。
その音にシスネが振り返り、硝煙を出している拳銃を見つめる。
続けて引き金が引かれるが、結局どれもこちらのシールドを抜くには至らず、俺は内心で安どのため息を漏らす。もちろん、相手に見せるのは、このくらいなんでもない、という顔だけど。
「お、おい。嘘だろ」
「奴ら、銃弾を跳ね返しやがった」
「これが魔法? けど、ここの奴らも初見じゃ……」
信頼していた武器が通用しなかったことで、相手方に動揺が走った。
発砲が止まり、こちらの様子を伺っている、あるいは、それこそ化け物でも見るような顔をしている。
「ルシオン? 彼らの武器は一体……」
レアード王子も、多分、答えが返ってくることを期待したわけではないだろう。ここが戦場のど真ん中だということはわかっているはずだからな。
俺の方にも、そんなレアード王子の疑問に答える余裕はなく、俺はシスネに呼びかける。
「シスネ。俺があいつらを片付ける。突っ込むから、俺に治癒の魔法をかけ続けてくれないか? それから――」
俺はちらりとルミナリエの方を見る。
本当はこんなことを頼みたくはないんだけど。
「私が防御の方を担当すれば良いのですね」
「ああ。シスネを頼む」
奴らだって、弾を無限に持っているわけじゃないだろう。
それまで耐えるって手もあるけど、相手の増援が来るかもしれないからな。あいつを逃がしてしまったせいで。
「いいえ、ルシオン。シスネだけではありません。自分を蔑ろにはしないでください」
何を言っているんだ、と思うと、俺の身体を空気の膜みたいなものが包み込む。
いくら『聖女』とはいえ、こんな風に魔法――魔力を使い続けるのは流石にどうなんだ?
「この程度、何の問題もありません。あなたが怪我を負わないことの方が重要です」
「どうせ治癒の魔法でも治るのに?」
まあ、どっちの方が魔力の消耗が激しいのかわからないけど。いずれにせよ、ルミナリエがするのなら問題はないと思いたい。
もっとも、俺だって、防御の魔法を加速の魔法を併用するくらいはできるようになっているけど。
「そういう問題ではありません。私は、あなたに怪我なんかをして欲しくないんです」
「ルミナリエ」
そんな顔で頼まれたら断れないだろうが。
俺たちは無言で見つめ合い――
「いつまでいちゃいちゃしてんだ、お前ら!」
「うるさいわね。今いいシーンなんだから、邪魔しないで!」
横やりを入れてきた相手に、マリエッタ姫が叫ぶ。かなり本気だということが感じられる声で。
しかし、そのいいシーンとやらのムードは、すでに解消されてしまっていた。
「ああ、もう! せっかくいいところだったのに!」
そんなことを言いながら、机で簡易的に築いていた、特に防御的な機能が役に立っているわけではない砦を乗り越えてゆこうとするマリエッタ姫を、レアード王子が引き戻す。
「マリエッタ。気持ちはわかるが、落ち着け。姉上とルシオンの良いムードなら、この先いくらでも準備できる」
そういう問題なのか? というか、今重要なのはそこだろうか?
まあいいか。
元々、ルミナリエたちを参戦させるつもりはなかった。どんな話であっても、そちらに気を取られ――過ぎるのも問題かもしれないけど、とにかく、この戦いから離脱してくれるのなら、ありがたい。
「シスネ。ルミナリエたちが防御に集中すると言っている。俺たちは早いとここいつらを片付けよう」
「大丈夫かしら。姫様方に万が一があったら……」
シスネの心配はよくわかる。
けど、このまま防戦一方で、奴らの弾切れまで待っていても次の手、更にその次、と何か用意しているかもしれない。
だったら、今の内、未知のもの、予想外の行動に出られないうちに、奴らを叩くのがベストだろう。すでに銃により、こちらは一定の混乱を見せてしまっている。相手が付け上がらないとも限らない。
もっとも、危険があることには変わりがないんだが。
「わかった。それなら俺がひとりで――」
駆けだそうとする俺の肩を掴んだシスネが、首を横に振り。
「大丈夫。私も姫様達のことを信じるわ」
そんな俺たちの会話を聞いていたのか。
「お姉様のことは任せて!」
「こちらのことは私たちに任せては貰えるか? 姉上の気持ちには、私たちも応えなくてはならないからな」
マリエッタ姫とレアード王子からも、意志の籠った声を返される。
「ルシオン、それから、シスネ。難しいとは思いますし、私たちが言える立場ではないのは重々承知していますが――」
「殺すなってんだろ。情報収集のために」
「安心してください。姫様方の前で、無益な血は流しません」
それは相手も、俺たちも、だ。
だから、お前はそこで安心して待ってろ、ルミナリエ。
俺はシスネと顔を見合わせ頷き合うと、タイミングを合わせて、机の前から離れ、左右に分かれて走り出した。
後ろのことは気にしない。ルミナリエたちを信頼する。
相手方も、奥にいる、いつでもどうにでもできそうなルミナリエたちは放っておいて、とりあえず自分たちの方へと向かってくる俺たちの方が脅威だと判断してくれたらしい。
魔法による自己加速の結果なのか、俺がこれを使いこなせるようになったからなのか、詳しくわからないけど、銃弾の速度を遅く感じる。いや、銃弾だけじゃなく、周囲のもの全てだけど。
とにかく、結果的に、俺は飛んでくる銃弾を障壁なんかで防御するのではなく交わしながら――今後のことを考えたら、数発はシールドでもって受けてみる方が良かったかもしれないな――相手に接近し、手に持っていた銃を蹴り飛ばす。
「くっ、この化――」
「それ以上は言わせねえよ」
魔法を使うやつが化け物だなんて。
そりゃ、こいつらからしたらそう見えるのかもしれないし、自分でも多少そう思わないでもないけど、それだと、ルミナリエたちも化け物ってことになる。そんな暴言は、許せるはずもなかった。ルミナリエが言っていたように、使い手の心掛け次第なんだから。
人数が人数だし、投げ飛ばしている時間はないな。
相手があっけにとられている間に、スタンガンの要領で、発生させた電撃でもって、相手を気絶させえていく。
魔法に頼り過ぎるのはあんまり好きじゃないんだけど、というより、よくないと思っているけど、場合によっては仕方ない。ルミナリエたちの安全が最優先だ。
「シスネ。そっちは――」
大丈夫か、なんて、聞くまでもなかったな。
顔を上げれば、俺の前に転がるのと同数くらいの相手が、シスネの足元で倒れ伏していた。
「念のためひとりは残しておいたから、この人から話を聞きましょう」
シスネにナイフを突きつけられている、俺たち以外にこの場で唯一気を失っていない相手は、両手を上げながら小刻みに首を縦に振っていた。




