バルヘントの『聖女様』? 2
◇ ◇ ◇
バルヘントへも、王都からは一週間ほどの旅路だった。
その間、ほとんどを馬車の中で過ごしたとはいえ、浄化の魔法等により、結構快適に過ごすことができた。
もちろん、途中で宿をとるため、馬車の中から出られないなどということもなかったんだが、それでも誰一人として気分が悪くなったりしなかったのは、馬車自体の性能もさることながら、やはり魔法の恩恵という面は捨てきれなかっただろう。
魔法ってのは、正しく――良心でもって使えば、このようになんとも便利なものだと改めて意識させられる。
それだけに、この国の人にとって、魔法が使えなくなるという事態が、余計に重くなっているのだろう。そのことは、サンベルードでも確認しているはずだったのに。
「ルシオン。今回のことも、サンベルードでのことも、あなたに責任はありません。変に気負い過ぎたりはしないでくださいね」
そんな俺の思いを知ってか知らずか。
ルミナリエの指摘はまさに俺の考えていたことであり、多少驚いてしまったことは、仕方がないことだっただろう。
「魔法ってのは読心までできるのか……」
ルミナリエのことだから、みだりに使ったりすることはないと思うけど……いや、待てよ。なんでそんな芸当ができるのなら、今まで訪れたところで、わざわざ聞き込みなんかする必要はなかったはずだ。
「魔法はそこまでのことはできませんよ。いえ、もしかしたら、精神や頭の中を覗くような魔法もあるのかもしれませんが、私は――少なくとも勝手には――そんなことをしようとは思いません」
「じゃあ、なんで俺の考えていることがわかったんだよ」
「そ、それは、ルシオン――」
俺が何だよ?
「いえ。ルシオンとももう随分と長く一緒にいますから、何となく、あなたの考えそうなことはわかります」
「そういうもんか?」
しかし、俺の方には、ルミナリエの考えていることはさっぱりわからないけどな。
全然、というほどではないにしろ、現に、今だってルミナリエの言葉が本心かどうかは――本心ではあるんだろうが、言葉にしなかった部分までを推測できたりはしなかったし。
「それは、ルシオンが鈍感なだけじゃないの? あたしにだって、お姉様の考えていることくらいはわかるわよ。ルシオンが来る前まではお姉様の考えていらっしゃることなんて全然わからなかったけれど、最近はすっごくわかりやすいもの」
マリエッタ姫は少々呆れたように、俺へと憐れむような視線を向け、それからルミナリエをうっとりする瞳で見つめた。
「それは――」
俺が答えを聞く前に、馬車は目的の場所――バルヘントにほど近い特務小隊の隊舎へと到着した。
ルミナリエの予想通りならば、そして小隊の機能が侵されていなければ、ここでバルヘントで起こっている異常についての情報を手に入れられるだろう。
この前、サンベルードのときには情報を持っていなかったが、今回は違う。
「失礼いたします」
ルミナリエとマリエッタ姫、それからレアード王子に続く形で俺とシスネも隊舎へ入ると、隊士全員に敬礼で迎えられた。
そして、隊長の部屋へと通されるまでもなく、隊長自ら、出迎えてくれた。それはいいんだけど。
「これはルミナリエ様。そして、レアード様、マリエッタ様。このようなところにわざわざお越しくださらずとも、一報くだされば、私共の方から参りましたものを、御足労をおかけしてしまい、申し訳ありません」
浅黒い肌で、短いオレンジの髪をボサボサと立て、緑の瞳で俺たちのことを睨んでくる(あくまで俺の感想だけど)のは、ここの特務小隊の隊長を任されているのだというロウ・ヴァ―ルトという名前の男性だ。
「……前置きは不要です、ロウ隊長。まず、バルヘントの状況を教えてくださいますか」
「はっ。ルミナリエ様御自らお出向きになられたということで、おそらくは大方の事情を御存知のこととは思いますが、現在、バルヘントでは新たな『聖女様』がお生まれになられました」
新たな『聖女様』ねえ。
ルミナリエが『聖女』になったのもこの1年ほどのことで、セルカが『聖女』になったのは3年ほど前だという。
アンリエッタはそれより前からみたいな雰囲気だったけど、『聖女』の誕生に規則性とかはないのか。やはり、それが神、えっと、たしか、グラリアス様だったかの意思だからなのか?
それにしては――
「ロウ隊長。あなた――」
「ねえ。どうしてあなたからは魔力を感じないの?」
ルミナリエがわずかに眉を顰めたところで、そう口を開いたのはマリエッタ姫だ。
シスネが表情を崩さなかったのは流石としか言えないけど、俺はつい、表情を顰めてしまった。
おいおい。それは、もう晒して良かった手札なのか?
「一体、何を――」
「ここにはお姉様がいるのよ? それなのに、あなたからは魔力を感じられないわ。具合でも悪いの? それとも、何か特別な事情があって、魔力を隠しているのかしら?」
魔力を隠すって、そんなことができたのか? いや、マリエッタ姫が言うのだから、それはできることなんだろう。シスネはともかく、ルミナリエも、レアード王子も、特に異論を挟むような素振りは見せないし。
それは、気配を隠すのとは違うんだろうな。
それなら、今後、探索や探知の魔法への信頼感がかなり落ちるということにもなりかねないけど、それは術者の力量次第ってことになるのかもしれない。
何にせよ、確かめるのは今度――後でいい。
「ルシオン!」
「わかってる!」
俺とシスネは、ルミナリエたちを守るように前に出る。
マリエッタ姫が口に出してしまったことにより、このまま穏便にってわけにはいかなくなりそうだからな。
別に、マリエッタ姫を責めるわけじゃないけど、まだこちらの動きには警戒――はされているだろうけど、監視くらいに留めていて貰えると助かったんだけどな。
今更言ってもしかたないことだから、これ以上は言わないけど。
「本物のロウ隊長とここの隊士の方はどこにいらっしゃるんですか?」
「……変装にはいささか自身もあったんだが、こんなにもあっさり見抜かれるとはな。あいつらの言っていた通りだったとは」
ルミナリエの問いには答えず、代わりに、にやり、と悪そうな笑みを浮かべたロウ隊長、の偽物は。
「しかし、偽物だってばれたんなら、長くはいられねえな」
そう言いながら、背後にある窓ガラスを蹴破る。
「あばよ!」
隊長室の机をこちらに向かって蹴りつけて、俺たちの進路を妨害しつつ、自身は窓枠へと足をかけ、外へとその身体を躍らせる。
「ルシオン!」
「わかってるよ、ルミナリエ!」
俺は障壁で机をガードすると、乗り越えて窓の外へと顔を出したが、すでにオレンジの頭は見えなくなっていた。
変装だったんだからやむ無しかもしれないが、そもそも逃がしたことを悔いるほかない。
「悪い、逃がした」
「構いません。それよりも、次はおそらく――」
ルミナリエが言い切るより早く、背後の、俺たちが入ってきた方の扉が乱暴に開かれる。
まあ、隊長が偽物だったんだから、そうだろうとは思ったけど。
「へへへ……」
姿を見せたのは、ここの隊士(だと思っていた、いや、言われていたか?)連中だ。
「ルシオン、シスネ。殺さずに対処できそうか?」
レアード王子の問いには、俺たちは揃って首を振った。もちろん、縦に。
「ええ」
「もちろんです」
ただし、相手に自害されなければ、だが。
そうなると、戦闘(あるいは行動)不能にするだけじゃなく、意識まで奪う必要が出てくるのか。そんなに簡単に自決を選ぶような相手でもないと思いたいが。




