バルヘントの『聖女様』?
俺たちが再びニコスハーデンに戻ってきた時には、先日の少女の容態はかなり回復していた。
同じ町にセルカがいるというのもそうだけど、そのセルカがかなり心配して看護していたことが回復を早めた一因だった。
元々、ルミナリエの見解では、症状はサンベルードのものと似ているということだったしな。
「うーん。でも、なんかねー、レティさんの話だと、それだけじゃなかったみたいだよ?」
セルカは、日中は心配して一緒にいてくれることは多かったみたいだけど、夜中はレティさんのところに泊っているということで、最初の内は頭痛やら、不眠やら、幻覚などと症状を見せることがあったらしい。
そのたびにレティさんが無理やり大人しくさせていたらしく、騒動が起きるとか、問題が引き起こされるという事態にまでは発展しなかったらしいが。
「すみません、レティ。本来なら、私たちが引き受けて、王都の方へ連れて帰るべきだったのかもしれません」
「いやいや。姫様たちにそんな心配はかけられないよ。なあに、子供の夜泣きだとでも思えば、大人しくさせるだけでいいんだから楽なもんだったよ」
ルミナリエの謝罪をレティさんは笑って受け流す。
「それより、姫様方。あの子――アリットの話を聞くんだろう? 私も一応聞かせてはもらったけど」
そう言われ、案内されるままに店の奥、居住スペースへと進んで行くと、先日と同じように真っ白なシーツのベッドに、その薄緑の髪の少女は腰を下ろしていた。
「アリット。ちょっと構わないかい?」
「レティ様。はい。今日はどのような御用命でしょうか?」
「あー、今日の仕事の方はまだ良いんだ。それより、今はあんたにお客様が見えていてね」
どうやら、回復してから、アリットはここの店の手伝いをしていたらしい。
「私も仲良くなったんだー」
セルカがそう笑っていると、奥の方からレティさんに手を引かれながら、件の少女――アリットが姿を見せた。
あの時より、髪の発色はいくらか良くなってきていて、薄緑の髪は艶を取り戻している。
肌の血色も赤みを増していて、健康――仕事を手伝うことができるくらいには回復しているというのが、その証拠にもなるだろう。
「こんにちわ、アリット。会うのはこれで二度目ですが、私のことは覚えていますか?」
アリットはルミナリエの姿に驚き、後ろにいる俺たち――正確にはおそらくマリエッタ姫とレアード王子の姿を確認して、身体を硬直させ、ベッドから降りて床に膝をつこうとする。
「こ、これは――」
「畏まる必要はありません、アリット。そして、私たちの方の紹介は不要そうなので省かせて貰います。それよりも、この遅れを取り戻すことの方が重要、火急ですから」
たとえ『聖女』ごとに担当区域(この表現はどうかとも思うけど)みたいなものが決まっていて、普段アリットが目にする『聖女』がルミナリエではなかったのだとしても、この国の姫、あるいは王子である、ルミナリエ、それにマリエッタ姫やレアード王子のことは何となく、名前だけでも知っているのだろう。
お披露目の馬車には、一緒に乗ることだし。むしろ、そうでもないと、ルミナリエたちが集うことはなかった。少なくとも――ルミナリエが『聖女』に選ばれてから、という期間に限ってではあるけど――こうして他の『聖女』に会いに行くようになるまでは。
「それでは、話を聞かせても貰えますか? あなたがどこから来て、その理由は何だったのか」
この前、ルミナリエは自身の推測を語っていたが、アリットの話はほとんどそれと同じで、あらためて俺たちは顔をしかめた。
「信じられないわ。お姉様に、いえ、これは『聖女』に対する陰謀よ!」
マリエッタ姫が興奮した様子で立ち上がる。
「どこの誰なのかしら! お姉様を貶めるなんて、絶対許せないんだから!」
早速駆け出していきそうなマリエッタ姫を、俺とシスネで引き留める。
「お、お待ちください、マリエッタ様。御身おひとりで向かわれるのは危険です。私共は、ルミナリエ様、レアード様の傍も離れることはできません」
「そんなの――」
衝動的に反論しようとしたらしいマリエッタ姫は、自身を引き留めるシスネの表情から何かを悟ったのか、多少は落ち着いた雰囲気で後ろの姉と兄の方を振り返る。
「マリエッタ。あなたの気持ちはよくわかりますが、勢いだけで解決できることではありません。情報を収集しなければ、私たちまでアリットと同じような状態に陥る可能性があります」
「姉上の言う通りだ、マリエッタ。たしかに、アリットとその地のことは心配だ。すぐに向かうことは確定していることだが、私たちまで、いや、私たちこそ、冷静でいなくてはならないんだ」
「そんなの、だって、お姉様は『聖女』じゃない」
マリエッタ姫は、ルミナリエとレアード王子の判断に一定の理解を示した様子だった。
たしかに、ルミナリエの推測通り『聖女』を語る何者かの陰謀であるのであれば、本物の『聖女』であるルミナリエが即座に出向くことは、事態の収束にかなりの影響があることだろう。
しかし、残念ながらというべきか、仕方なかったと誤魔化すべきか、すでに事態はかなり進んでしまっていると思われ、相手方もこのような状態で『聖女』本人が出向いてこないとも思っていないことだろう。
「じゃあ、どうするの?」
「まず向かうべきなのは特務小隊の隊舎です。サンベルードの件で色々とありましたから、今度はきっと情報を収集していることと思います。やはり、お父様に尋ねてから来るべきでしたね。いえ、過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。ですから、まずは近くの隊舎へ向かいましょう」
ルミナリエの言う通り、特務小隊の本来の仕事を考えれば、俺たちが動き過ぎるというのも、彼らの矜持に関わる問題となることだろう。
もちろん、そこで特務小隊までもが危機的状況にあるというのであれば、それも問題だけど。
「ですから、まずはそのバルヘント近辺の小隊隊舎へ向かいましょう。ニコスハーデンの隊舎でも構わないとは思いますが、より新しい情報を手にする必要がありますから」
「ねえ、それ、セルカも行っていいー?」
セルカも同じ『聖女』だ。
つまり、アンリエッタのときに聞いたことだけど、この国の人間が危機に陥っていることを放っては置けないんだろう。
「いえ。それはなりません、セルカ。あなたの気持ちはよくわかっていますが、セルカにはセルカの、この地の『聖女』としてなすべきことがあるでしょう? 仮に、バルヘントへあなたも一緒に向かい、その地の問題を解決できたとして、どれほどの期間がかかるのか、現時点では予想できません。その間、このニコスハーデンでまで問題が発生しては意味がありませんから」
「でも、それはルミナリエちゃんだって、同じじゃないの?」
それはその通りで、ルミナリエがいないことで王都に問題が発生する危険もある。
「わ、私は良いんです。どのみち、誰か『聖女』が出向かなくてはならないのですから」
「じゃあ、セルカが行く」
ふたりの『聖女様』はどちらも自分が向かうと引く気はない様子だ。
「ねえ、ルシオン」
「そうだな。このままじゃ埒が明かない」
俺はシスネと頷き合い、仲裁しようと声をかけたが。
「ふたりとも――」
「では、こうしましょう、セルカ。くじで公平に決めましょう」
「望むところだよ!」
ルミナリエは紙を取り出すと、ふたつに分けて、一方には丸を書きこんだ。
「では、この丸の書かれている紙を選んだ方が出向くということでいいですね?」
そして、ルミナリエはそれを俺に渡し、別の手に握り込むように指示を出した。
「どうぞ、セルカ。紙を用意したのは私ですから、あなたに先に選ばせてあげましょう」
何か関係あるのか、それ?
まあ、別に確率は同じだし、どっちから引いても変わらないか。
「じゃあ、セルカはこっち」
選んだ方の手に握り込んだ紙をセルカに渡すと、セルカは目に見えて落ち込んだ素振りを見せた。
「では、私が向かいます。いいですね?」
「残念。じゃあ、お願いね、ルミナリエちゃん」
ルミナリエはもう一方の紙を俺から受け取ると、見る前に燃やしてしまった。
まあ、俺たちは何も言わなかったけど。




