あるメイドの縁談の件 11
◇ ◇ ◇
城へとたどり着いたのは夜になってからだった。
馬車ではなく、飛んで戻っては来たけど、それでも陽は落ち切ってしまい、月の輝く時間になってしまっていた。
「こういう時って、本来は報告するべきなんだろうか……」
この城に来てから、ルミナリエと一緒ではない外出は初めてだった。
戻る時だってルミナリエが一緒だったから、許可証の提示とかは何も求められなかったけど、本来はそういう形式的なものでも必要だったのかもしれない。一応、出かけるときにはチェックも受けたわけだし。
そんなわけで、ルミナリエのいる別棟に戻ってきはしたけど、一旦引き返して見張り番の騎士団員に報告を済ませてから、あらためてルミナリエの部屋へ向かう。
「まだ起きてるか?」
テラスには姿が見えなかったから、普通に部屋の扉の方へと回る。
時計なんかは持ち歩いたりしていないから感覚的なことでしかないんだけど、いつも通りなら、まだルミナリエは眠ったりしていないはずだ。
ノックをしても返事はなかった。それに、特に中で人が動いているとか、そういう気配は感じない。少なくとも、着替えの最中だとか、そういうことはないだろう。
「入るぞ」
それでも一応、音は極力立てないようにしながら扉を開く。
ここへ入ったときからそうだったけど、灯りはなく、窓から差し込む月と星の明かりだけを頼りに、ベッドの傍まで歩いてゆく。
テーブルの上には手を付けられていないままの食事が残っていて、傍らの椅子にはヴァイオリンのケースも立てかけられている。
ドレスを着たままのルミナリエが、毛布も掛けずにベッドの上で身体を丸めていて、小さい、じゃなかった、いや、それはそれで正しいんだけど、小さく胸の辺りが上下している。
ちょっと無防備というか、警戒心がなさ過ぎるんじゃねえのか?
なんだって、俺をこんなに懐まで入れているにも関わらず、それに気が付く様子もなく、こんな風に寝顔を晒していられるんだよ。
もし、俺が悪人だったらどうするつもりだ。
俺はそっとその頬を突き。
「まあ、寝かせといてやるか……」
机の上の食事は手付かずみたいだったけど、ここで起こすのも忍びない。こんな風に寝顔を見せられると余計にそう思う。
とりあえず、帰って来たんだから、このままの恰好で近くにいるわけにはいかねえな。悪いけど、勝手に風呂場を使わせて貰おう。
「ルシオン……?」
着替えを取り出してごそごそとしていると、そんな声が聞こえた。
俺のものじゃないのなら、残りはこの部屋にひとりしかいないし、その声を聞き違えるはずもない。
「ああ。悪かったな、遅くなっちまって」
起こしたか? 報告は明日にしようと思ったんだけど。
ルミナリエはベッドから降りると、寝起きだとかは関係なさそうにぱたぱたと駆け寄ってきて、俺の腰のあたりにぎゅっと強く抱き着いてくる。
まるで、もう離れないと言っているようで、安心させるようにその綺麗な銀の髪を優しく撫でた。
「本当に遅いです……」
拗ねて怒っているような口調に、シスネのところへ行ったことに後悔は全くしていないけど、多少の罪悪感は込み上げてくる。
一昼夜以上、離れていたわけだしな。
ルミナリエが寂しかったってのは、本当にわかるところだけど。
「俺もこんなに遅くなるとは思ってなかったんだよ」
ルミナリエにそう求められているような気がしたので、抱きしめたまま、シスネの家での婚約騒動のあらましを話して聞かせた。
「つまり、ルシオンはシスネと婚約したわけではないんですね?」
ルミナリエが恐る恐るというように、弱弱しい声で尋ねてくる。
俺は包み隠さず報告したし、ルミナリエに理解できてないはずもないと思ったんだけどな。
「そんなはずないだろ。大体、俺がヴァンブリグの人間と、結婚とか、そういう関係にはなれないってのはよく知っているだろ」
家族を放っておいたまま、この地に留まることはできない。
そんな秘密を話せないのに、相手と――それがどんな相手であろうと――どうこうと深い関係になれるはずもない。
「……そうですね」
返事をするルミナリエの声は寂しげに小さい。
俺がこっちに来てから、ルミナリエも外に出て、他の『聖女』であるアンリエッタやセルカと接してきたし、レアード王子やマリエッタ姫とも良好な関係は築けているみたいだけど、まだ寂しさを払拭するには至っていないようだ。
この前の報告書も上げていることだし、国として、ニコスハーデンみたいな、つまり、セルカと街の住人のような雰囲気、あるいは関係を作ることができれば、とは思うけど、まだそれには時間がかかりそうだしな。
そればっかりは、メンデル国王に任せるしかない。
「とにかく、ルミナリエがいつでも安心できる相手、ずっと隣にいてくれる相手を見つけるまで、俺は傍を離れることはしないから」
「そんな相手はひとりでいいです……」
ルミナリエは俺の服の裾をぎゅっと強く握り直す。
今の言葉で、俺が遠くに行ってしまうんじゃないかと、不安にさせたかもしれない。
「ルシオンは……帰りたいのですか。私の元から離れ、家族のところへ……」
「そんな言い方するなよ……」
滅多に、というより、見たこともなく、弱弱しく瞳を潤ませ、びくびくと肩を震わせるルミナリエを、俺も強く抱きしめ返す。
「俺が今、一番大切に、放っておけないと思っているのはルミナリエだけど、向こうに残してきた家族のことも心配していないわけじゃない。その気持ちの大きさなんて比べられるものじゃないしな。けど、俺は黙っていなくなったりはしないし、お前が俺がいなくても大丈夫だと、もう寂しさなんて感じはしないと胸を張って言い切れるようになるまでは、ここで、お前の傍で、一緒にいるよ。ルミナリエが許してくれるのならば、だけど」
俺じゃなくても、ルミナリエの力になりたいと、一緒にいたいと思っている奴はたくさんいるはずだ。
それは、この国の人間――城にいる人間や、家族も含めて――はもちろん、ユーク王子みたいに他国の人間であっても、あれは政略結婚のためなんてうそぶいていたけど、本心で語れば、きっと力になってくれるはずだ。
それにちょっと思うところがないわけじゃないけど。
それはともかく。
少なくとも、家族と、アンリエッタやセルカたちはそう思っていると、ルミナリエだってその心は感じているはずだ。『聖女』だとか、『王女』だとかって話を抜きにしてもな。
まあ、シスネのことがあったからってわけじゃないけど、男の友人がいないってのは、少し将来が心配にもなるけど、そこまでは俺の心配する事じゃないし……。
「……ルシオンは」
「どうかしたのか?」
ルミナリエは、またちょっと不満がありそうな表情で俺を睨む。
「ルシオンは、私に仲の良い異性の友人ができても構わないと言うのですか?」
「そりゃ、お前……」
俺は言葉を濁した。
異性でも同性でも、友人はいた方が良いだろ、と言うだけのはずだったんだけど、なんでか素直に言葉が続かなかったんだよな。
無言の圧力か?
「あんまり難しく考えるなよ。友達は友達だろ? セルカの友達と鬼ごっこやなんかをして、楽しくなかったか?」
「それは、楽しかったです、けど……」
ルミナリエは、わずかに頬を染めて顔を逸らす。
「――っ、もう寝ます! ルシオンが全然帰ってきてくれないから、起きていたので、もう疲れました」
そう言って、枕に顔を埋めると、パタパタと足を動かす。
さっきまで寝てたじゃねえか、とは言わない。
何か言っているみたいだったけど、枕に吸収されているみたいで、はっきりと聞き取ることはできなかった。
「そうだな。寝る子は育つ。つまり、眠らないと育たないってことだからな」
俺も疲れた。
ヴァイオリンを聴くって約束してたけど、それはまた、明日起きて以降でいいだろう。




