あるメイドの縁談の件 10
◇ ◇ ◇
「えー! シスネお姉ちゃん、結婚しないのー?」
シスネの家に戻ってきて、アルユーさんと、仕事から帰ってきていた、シスネの父親のティグルさんにも報告したところ、のぞき見していた弟妹たちの方が驚きの声を上げた。
昼間にはいなかった、上の弟と妹、エリックとキスカも揃っている。
こちらは揃いの服を着ていて、学院から帰ってきたら、シスネが婚約者になるかもしれない相手のところへ挨拶に行ったと聞いて落ち着かなかったんだろう、と想像できる。
「なんで、なんでー」
「おそろい、じゃなかった、おにあいだったのに」
どうしてどうして、と迫るエニオとルキを、
「あんたたち、少し向こうで静かにしてなさい。お姉ちゃんが話せないでしょ」
キスカが別の部屋まで連れ出していってしまう。
そして戻ってきて。
「そんなの決まってるよね、お姉ちゃん。相手が相手だけど、私は応援してるから!」
シスネの手をぎゅっと握ったキスカは、何故か俺の方を向いて。
「……近くで見ると、顔はまあまあね。学院でも見たことはなかったけど、頭はあんまり……でも、ルミナリエ様の従者に選ばれるくらいだから、何か特別なことでもあるのかしら? 身体の方は結構――」
「キスカ。お前はなんで初対面の相手を値踏みするようなことを。しかも、姉さんの相手だぞ」
「あら。じゃあ、エリックはお姉ちゃんの相手が唐変木の、脂ぎったオークみたいなやつでもいいってわけ?」
それから俺は、実家はどこなのかとか、家族構成とか、知り合った状況とか、一夫多妻についてどう考えているのかとか、色々と尋ねられた。
「お姉ちゃんは家事も得意だし、頭もいいし、運動も得意です。それに、胸も大きくて、腰は細いし、女性としての魅力は高いと思います」
キスカは自身の薄そうな胸元を見下ろしてため息をついていた。
「もう、何言ってるのよ、キスカ! ルシオンとは今回協力してもらっただけで、そういうのじゃないって言ってるでしょ!」
シスネに怒られても、キスカはどこ吹く風で。
「お姉ちゃんこそ何言ってるの。相手が相手なんだから、生半可な覚悟じゃだめよ。ところで、ルシオンさんはルミナリエ様の護衛をされていましたけど、普段は何をなさっているのですか?」
相手が相手って、何と戦っているんだ、この姉妹は。
俺は今まさに、戦いを終えてきたところなんだけど。
「普段は、鍛練したり、読書……勉強とか、遊び相手を務めるとかだなぁ……」
やってること自体は、そんなに変わってないんだよな。
内容というか、場所というかが違うだけで。
「遊び相手、ですか。お城ではそんなお仕事もあるんですね」
キスカと、それからエリックも、感心したような表情をしているけど、深い意味はないからな。
それに、まあ、仕事といえば仕事ではあるんだけど……改めてこれ以上説明しようとするのも難しいな。
「とにかく、お姉ちゃんをよろしくお願いします。恋愛には興味ないような顔していますけど、お姉ちゃんも好きな人にはそういう顔を見せると思いますので」
「それは、俺じゃなくて、クレスに頼んだ方が良いんじゃねえかな」
そう答えると、エリックとキスカのふたりは、驚いたように目を瞬かせ。
「どういうことですか?」
「お姉ちゃんはシスハルト卿との婚約を断ったんですよね?」
たしかに、婚約自体は断っていたけど、それは相手の――クレスの父親であるハーデル氏の出した、結婚したら仕事を辞めて家庭に入ること、って条件が気に入らなかったからってだけだし。
俺の目からはむしろ、クレスとの仲は良好に見えていた。
「なるほど。まずはお友達からということでしょうか」
「私、今度そのクレスって人に会ってくるわ。お姉ちゃんの妹だって言えば会ってくれそうだし」
「ふたりとも、いい加減にしなさい!」
もう、と立ち上がったシスネは俺を連れて自分の部屋まで戻ってゆく。
この部屋は、今はシスネとキスカがふたりで使っていて、あとは、エニオとルキも一緒の部屋、エリックだけはひとり部屋を使っているということだ。
シスネがひとり部屋じゃないんだな、とも思ったけど、エリックとキスカが一緒の部屋なのは困るということなんだろう。ふたり的には。
「ごめんね、ルシオン。ふたりがうるさくて」
「いや。朝にも言ったけど、全然気にしてないから。賑やかなのはいいよな」
またしんみりさせてしまったと思われたのか。
シスネは明るい笑顔で手を合わせると。
「今日はもう遅いし、ルシオンも泊って行くでしょう?」
「え? いや、俺は家族の邪魔いちゃ悪いし、戻るつもりだったけど?」
あんまりルミナリエをひとりにもさせてはおけないしな。約束もしているし。
そう答えると、シスネがなんだか眩しいものを見つめるように笑っていた。
「いいなあ。羨ましい……」
「それなら、メンデル国王に話してみたらどうだ? 俺も、ずっと、特にセルカのところから帰ってきてその考えは強くなってたし」
ルミナリエは『聖女』で、その『聖女』に対する国王としての判断に異を唱えるつもりはない。実際、『聖女』の力を利用しようとした連中にも遭遇している。
けど、それはそれとして、たとえルミナリエの近くにいても、城の人間が、その力に目がくらむようなことにはならないはずだ。
とくに、シスネには、この前のサンベルードまで一緒に行ったって経験もあることだし。
ルミナリエだって、たくさんの人間と接していた方が寂しさを感じる暇もなくなることだろう。
「だから、たとえば、俺以外でも、城にいる使用人とか、日ごとに交代とかで……なんだよ」
俺はそんなにおかしなことを言ったつもりもないんだけど。
シスネはため息をついて。
「そういうことじゃないのよね。ルシオンって本当……やっぱり言わない」
「いや、そこまで口にしたなら最後まで教えてくれてもいいだろ」
余計に気になるだろ。
「とにかく、ダメなものはダメなの。わかった?」
仕方ない。ここはわかったことにしておくか。
俺は答えず、頷くだけに留めておいた。これは誤魔化しているだけだからセーフだろう。
「なら良し。今日はありがとね、ルシオン。」
「いいや。感謝されるほどの事はしてないし、結果的にだけど、俺はいなくて良かったみたいだから。何にしても、シスネがそうして笑っていられてよかったって思ってるよ」
この前のニコスハーデンのときとか、お城でのときとか、結構無理していたみたいだったからな。
それに引き換え、今日の笑顔は心からみたいな、良い笑顔だったし。
「そ、そう……ありがと」
そういうシスネの顔は紅くなっている。
「シスネ。顔紅いけど、大丈夫か? やっぱ、疲れたか?」
今日は大変だったもんな。
その心労の一端は、多分、俺がハーデル氏に戦いを挑んだことだろうから、責任は感じる。
体調がよくないというのなら、その責任はとって、俺がここに残って看病――じゃないけど、付き添うべきかもしれない。
「だ、大丈夫。そ、そう、ちょっと、疲れただけだから。あはは」
この部屋ちょっと暑いわね、なんて言いながら、シスネは胸元を仰ぐので、俺は視線を外す。
「えっ、あっ……ごめん」
「いや。こっちこそ……」
慌てて襟を引き寄せるシスネ。
そういう反応をされる方がこっちとしても困るから、できればそっとしておいて欲しかったけど、仕方ない。
「じゃ、じゃあ、ルシオンはもう戻るってお母さんたちに言いにいかなくちゃね。多分、夕食とか作り始めているだろうし」
「そ、そうだな……」
俺たちは何となく顔を合わせないようにしながら部屋を後にした。




