あるメイドの縁談の件 7
◇ ◇ ◇
「ルシオン。ついて来てもらって悪いんだけど、ハーデルさんとの交渉は私がするから黙って見ていてね」
シスハルト家のふたりと、客人である俺たちが一緒についたテーブルで、そうシスネに頼まれた。
どうせ俺は女心のわからない男だから、シスネの問題にそこまで口を出すつもりはない。もちろん、頼まれれば助力は惜しまないけど。
「もう。拗ねないでよ。私はルシオンがついて来てくれて、それだけで十分助かったと思っているから」
「別に拗ねてねえよ」
本当に拗ねてはいない。
シスネとクレスが決めたことだし、俺はそれでよかったと思っている。結婚だのなんだのなんて、結局は当人同士の問題だしな。
俺が心配しているのは、このままだと俺たちはここで夕食も一緒に食べることになるってことで、ルミナリエにひとりで寂しい夕食をとらせる羽目になるってことだ。
もちろん、この前のニコスハーデンの報告は上げているから、もしかしたら、という期待もしていないわけじゃない。
ただ、俺がここへ来る前までは、ルミナリエは別に家族と食事をとろうとか、そんな希望を口にしたことはなかったし、自分から言い出すことはないだろうと思っているけど。
「旦那様がお帰りになられました」
コーザさんのその言葉で、すでに夕食の席に着いている俺は――元々緩めてはいなかったけど――背筋を正した。
俺はシスネの付き添いとして来ているんだから、俺の態度で悪印象を与えるなんてことになったら申し訳が立たない。
「お帰りなさい、ハーデルさん」
スーツっぽい恰好の壮年の男性は、適当な感じに「ああ」とだけ返事をして、用意されているテーブルの端の席に着く。
それからちらりと俺たちを一瞥し。
「彼らはお前の客人か、クレス」
声の感じから、あまり歓迎されていないというのが伝わってくる。
まあ、仕方ないだろうな。アポもなしに急に訪ねて来たんだから。
「はい、父様。僕の友人の、シスネさんとルシオンさんです」
シスネの名前に、クレスの父親であるハーデル氏の眉がわずかばかり上下する。
そして、俺に厳しい視線を向けながら。
「そうか。それならば、クレス、そちらの友人には日を改めるように伝えろ。客人。この場がどういうものか、理解できないわけではないだろう」
何となく察しはついていたけど、人の話を聞かない感じの奴か。
けど、この感じじゃ、俺が本題を切り出したところで、余計に波風を立てるだけに感じられるし、それはシスネにとってあんまりいい結果にはつながらない気がする。
「父様。その件ですが、僕とこちらのシスネさんの婚約の件、一旦、待っていただくことはできませんか」
険しい顔のまま、ハーデル氏の顔がクレスの方を向き。
「そうか、小僧。貴様がその娘をたぶらかしているのだな?」
なんて顔で睨んでくるんだよ。
仮にも俺は客人――まあ、直前にそうとは認めないみたいな発言があったし、その立場を強く主張するつもりなんてなかったけど。
しかし、その程度で引くようなら、そもそもここについて来るなんて言ったりはしない。
「そ――」
「言い訳はいい。この家の主人は私だ。その私が出てゆけと言っているのだから、大人しく聞け、小僧。おい、この男を摘まみだせ」
しかし、誰も動かずにいるので、ハーデル氏は自ら立ち上がり。
「あなた。すこし、ルシオンさんのお話しを聞いてあげてくれないかしら」
「父様。僕たちの話は父様がお考えになっているだろうこととは違いますから」
ラーサさんとクレスが仲裁に入ってくれて助かった。
あのままだとそのまま決闘にでもなりそうな雰囲気だったからな。
「ではなんだ、お前たちの話というのは」
ラーサさんとクレスがシスネの方を向き、ハーデル氏の視線がシスネを捉える。
並みの人間ならば、それだけで怖気づきそうなものにも思えたけど、当然、シスネはそのくらいで黙り込んでしまうような奴ではない。
「はい。まず、私はクレス様に好意を抱いているとか、あるいは、気に入らないなどということではないとお知りおきください。そのうえで、申し上げたいことがございます」
「話してみよ」
「はい。この度の、私とクレス様との婚約の件、一旦、白紙にしていただきたく、こうしてお願いに参った次第です」
ハーデル氏の眉が上下し、シスネの言葉を理解しようとしているのか、眉間に皺が寄せられる。
「娘。何を言っている」
まあ、たしかに混乱するのもわかる。
婚約を申し込んだ――この場合は一方的に言いつけたとなるはずだけど――側からすれば、気に入らないわけではないのにもかかわらず、何故受けない、と思うだろうからな。
「はい。この婚約に当たり、出された条件のひとつに、仕事を辞め、家に入ることを申し付けられたと記憶しておりますが、私は今の仕事を辞めるつもりはございません。そのことだけでも撤回してはいただけないでしょうか」
「その必要はない。妻とは、家庭に入り、夫のために尽くすものだ。それ以外のことにかまける暇などない。用はそれだけか?」
取り付く島もない。
「父様」
「クレス。お前も、この家督を継ぐ者として、そろそろその身を固める必要がある。よもや、その重要性がわからないなどと言うつもりはなかろうな?」
そもそも、クレスはシスネのことを気に入らないとかそういうことでもないからな。そして、貴族としての役目も十分に理解しているため、その反論は必然、力のないものになる。
そしてシスネの方は、あんまり反論すると家族にも迷惑がかかると思っているんだろう。なにせ、相手は貴族様だからな。
この国の貴族がどこまで力を持っているのかはよくわからないけど、すくなくとも、即座に提案を突っぱねることができないくらいには、力があるんだろう。
だったら、この場で何か言えるのは俺ぐらい――もしかしたら、ラーサさんの言うことならばと思わないでもないけど――のものだろう。
なにせ、この国じゃあ、俺に失うものは何もない。
「おい、爺さん。少しは他人の話を聞いたらどうだ?」
「貴様、口の利き方に気をつけろ。そもそも、何だお前は」
「俺はルシオン・ウェールス。シスネとクレスの友人だ」
シスネはともかく、クレスとは友人と言えるほどの関係かどうかは怪しいけど。
「ウェールスだと? はっ、ボロを出したな、小僧。そのような家名、耳にしたことなどないわ」
そりゃないだろうな。
別にいてもおかしくはないとは思うけど、俺はこの国の人間じゃないし。
「爺さん。人の話は最後まで聞けって教わらなかったのか? それとも――」
俺が喋り終える前に、ハーデル氏からおそらくは魔法だろう攻撃が飛んでくる。
障壁を展開することで防ぐことはできたけど、テーブルの上の食事は散々な様子に散らばっている。
「食べ物を粗末にするんじゃねえ!」
「貴様、私の魔法を防ぎきるとは、本当に何者だ」
やっぱり、こっちの話は聞かねえ、いや、聞く気がないんだな。
「ルシオン・ウェールスだって言ってんだろ。俺の使える魔法なんて、少ししかねえからな。それでも、これはルミナリエから教えてもらったもんだし、それなりには――危ねえ!」
聞かれたから答えただけなのに、話している最中に再び魔法が飛んでくる。
マジでいい加減にしろよ、この爺さん。
「貴様。あまつさえ、ルミナリエ様の敬称を略すなど、不敬罪でも足りん。私が自ら処刑してくれるわ」
「敬称を略すも何も、俺はあいつからルミナリエと呼ぶようにって言われてんだよ」
それから、ラーサさん。
あんたもそんな風に嬉しそうにしてるんじゃなくて、これを宥めてくれよ。あんたの夫だろ?
「表へ出ろ、小僧。食事が台無しだ」
台無しにしたのはあんただよ。




