あるメイドの縁談の件 8
◇ ◇ ◇
俺はただ付き添いに来ただけだっていうのに、なんでこんなことになってんだ。
「ごめんね、ルシオン。父様のせいで面倒くさいことに巻き込んじゃって」
「いや、それはクレスが謝ることじゃないから……」
喧嘩を吹っ掛けた感じになった俺にも問題はあったけど、こうして決闘することになった大本は、あの爺さんが頭に血の上りやすい奴だったってだけのことだからな。
というか。
「こういうのって、本来クレスの役目じゃないのか? 結婚を認めさせるために父親と決闘するって。まあ、相手が自分の父親ってのはなかなかないかもしれないけど」
「ははは。まあ、父は――僕もそうですけど――結婚に反対しているわけではないですからね。むしろ賛成する側です」
他人事みたいに笑ってるけど、あれ、自分で言ってた通り、お前の父親だからな?
「あら? でも、ルシオン。今戦うのは、今回の結婚の話の件じゃなくて、ルミナリエ様の名誉のためでしょう? クレス様には関係のない話じゃないかしら?」
「シスネまでそっちに回るのかよ……」
もうそこまで仲いいならとっとと結婚しちまえよ。
あ、そのためにはあの親父を倒さなくちゃならないのか。
「何言ってるの。ルシオンが私の味方をしてくれたみたいに、私だってルシオンの味方よ。でも、ルシオンは私の手助けはいらないんでしょう?」
「そりゃ、まあ、シスネをあの爺さんとの戦いの――こういう肉弾戦の矢面に立たせるわけにはいかないからな」
シスネの戦闘力がどれほどのものかはわからないけど、ここで共闘することはない、俺にだって意地はある。
「あら。私だって、少しは戦うこともできるわよ。そりゃあ、騎士団の人たちほどじゃないけど、メイドとして働くのだって、それなりの試験はあるんだからね」
嗜み程度だけど、とシスネは小さく舌を出す。
「気をつけてね、ルシオン。父様は、領主ってだけじゃなくて、僕と同じように特務小隊にも所属していて、もちろん、管轄は違うけど、そこの隊長も務めているから」
特務小隊の隊長ってことは、ジェフ少佐と同じくらいってことか。
もちろん、他人の実力なんて、そんな風には測りきることのできるものじゃないけど。
「大丈夫だ。油断はしない。それに、ここで簡単に負けたなんて報告じゃ、ルミナリエの暇はつぶせそうにないからな」
「どういうことだい、ルミナリエ様の暇をつぶすっていうのは? ルミナリエ様の付き人として、他人に後れを取るわけにはいかないというのならわかるけど」
まあ、ルミナリエの護衛って面も少なからずあるし、それも間違いとは言えないんだけど。
「ルシオンったら、自分はルミナリエ様の暇つぶし相手だ、なんてうそぶくのよ」
「うそぶいてねえよ。事実だよ」
シスネ、お前には何回かそう説明したと思うんだけど? それに、城の本殿の方でもそう説明がなされているはずだし。
まあ、自分で言っていても、暇つぶし相手って役割が、明確にこうだと定められているわけじゃないから難しいんだけど。
「それで、その暇つぶし相手というのは、具体的に何を?」
「決まってるわけじゃないけど、何だろうな。魔法やらなにやらを教えて貰ったり、ヴァイオリンとかピアノとか演奏するのを聴いたり、おやつを作ってやったり、双六なりの遊び相手を務めたり……まあ、色々だな」
クレスは興味深そうに聞いてくるけど、実際、役職なんて立派なものと呼べるかどうかはかなり怪しいところだと思う。いや、普通に考えたら呼べないだろう。
ルミナリエくらいの年齢なら学校の先生とも――それにしても、俺がルミナリエに教えられることなんて何もないしな。精々、元の世界のことを話すくらいだけど、それは出会って数日で、俺の話せることは大体話したし。まさか、ルミナリエに格闘技を教えるわけにもいかないしな。
むしろ、マナーだったり、魔法やら魔力の扱いだったり、俺が教わることの方が多いくらいだ。
近いところでいえば兄妹だろうけど、ルミナリエには実際に弟と妹がいるからな。
「ルシオン。ルミナリエ様に、妹みたいな感じに思ってる、なんて言ったことはないでしょうね?」
「それは、なかったと思う、けど」
俺が忘れているだけか?
まあ、今のシスネの形相を見ていたら、口が滑っても、あった、なんて言えなかっただろうけどな。
「良かったわ。ルミナリエ様を悲しませるなんてこと、したくないもの」
シスネが安堵のため息とともに、にっこりと笑顔を浮かべる。
笑っているはずなのに、いつもの笑顔とは違って、何故か背筋が寒くなるような気がするんだけど、気のせいか?
「だから、ルシオン。怪我なんかしちゃだめよ?」
「相手の実力もわからないのに言い切ることはできないけど、まあ、最善は尽くす」
雰囲気的にはかなりの強者と見受けられる。クレスの話からも、この感覚はおそらく正しいだろう。
「グラリアス様への最後の祈りは終わったか?」
グラリアス様って、誰だったか? なんか、聞いたような気もするけど……ああ、そうか、そういえば、この国で信仰されている神様の名前だったな。
「自分の実力で戦おうって時に、なんで神様に祈る必要があるんだよ。同じ誓うんでも、それなら、ルミナリエの方に誓うわ」
俺は負けないって。
「ふん。どこまでも生意気な小僧よ。その根性、私自ら叩き直してくれるわ」
「生憎と、頑固爺の考えに染まるつもりは全くねえ」
それだけ言い合うと、シスネとクレスには少し離れていてくれと目で頼む。
「それじゃあ、良いかしら? 怪我くらいなら後で治癒の魔法で治すことはできるけれど、殺してしまうと互いの主張を認めさせられないから、それはなしね」
審判を務めてくれるラーサさんが真ん中で、俺たち双方に確認をとるように宣言し、俺たちもそれに了承の返事をする。
治癒の魔法がどの程度までのことをできるのかわからないけど、まあ、アンリエッタよりひどいことにはならないだろう。
あの時治したのはルミナリエだから比較するのは難しいかもしれないけど、多分、大丈夫だろう……と思いたい。あの爺さんの様子じゃ、本気で殺されかねないとも思うけど。
「言うまでもないとは思うけど、本気で来いよ、爺さん。後で色々と難癖付けられないくらい、徹底的にな」
「お前こそ。ここまでの大言を吐いておきながら拍子抜けであれば、こちらも考えがある」
これ以上にない実践訓練だ。
なにせ、下手なことをすれば、相手はこっちを殺る気だからな。
「あなたも、ルシオンさんも、用意はいいのね? それじゃあ、始め」
ラーサさんの手を叩く合図とともに、ハーデル氏の掌が地面に添えられる。
先端鋭く隆起した地面が、俺の方へと迫って来る。
今更だけど、場所はここで良かったのか? ここ、あんたの家の庭だろ?
「大丈夫よ、ルシオンさん。遠慮することはないわ。庭の修復は、こんなバカなことを言いだしたあの人に全部やらせるから」
言われなくても、俺はそんなに魔法とか得意じゃないからな。
飛び上がって躱したまま、空中でそこの空気を固めて足場を生成、自己加速と併用しながら足場を蹴り、三角蹴りの要領で空中から踵落としを仕掛ける。
「ふんっ!」
しゃがんだままの体制で、ハーデル氏は俺の踵を両腕で受ける。
こちらも魔力集中させてはいたが、相手の方が魔力、魔法の練度は上。あれだけ勢いをつけたにもかかわらず、完全に受けきられた。
反対の足でその場を蹴って離脱。
後方宙返りをしながら、距離をとって着地する。
「はあぁっ!」
次の瞬間には、ハーデル氏の前に、無数の氷柱が浮かんでいた。
知ってはいたけど、魔法ってのは何でもありだな。
シールドで受ける時間はない。
俺は手足に魔力を纏わせる。




