ニコスハーデンの『聖女様』 26
ルミナリエは首を振り。
「正確にはわかりません。私には『聖女』に対する知識が不足しているのかもしれませんし、この事態を引き起こした人物が私よりも詳しければ、あるいは、ということも考えられますから」
ルミナリエより――つまり、この国を治める王族よりもこの国のシステムに詳しい人間って……それは、かなりまずい話なんじゃないのか?
ルミナリエはまだ仮説だって言うけど、いずれにせよ、それは『聖女』の名誉にかかわる問題だろう?
「名誉など……たしかに、私だけではなく、アンリエッタやセルカたちにも迷惑がかかるというのは、望むところではありませんが」
ともかく、とルミナリエは居住まいを正し。
「動機は当事者に聞くしかありませんが、理由なら、すでにあなたにも説明していることで十分に推測は立てられると思いますよ、ルシオン」
年下の女子にここまで言われちゃあ引き下がれないな。
時間はなさそうだけど、考えてみるか。
俺が『聖女』について知っていることと言えば、嘘をつけないことだとか、人――国民を守ろうとする意志が、要するに『加護』だったか? が力のある理由なんじゃないかとか……もしかして、それか?
「『聖女』がこんな風にいたずらに他人を傷つける……ってのは少し違うかもしれないけど、蔑ろにすることはないってことか?」
それは、聞いている『聖女』の性質からは外れているようにも思える。むしろ逆の内容になってしまう。
この神聖ヴァンブリグ王国の『聖女』は、嘘をつけないっていうのと同様、自身の加護の下にある人をみだりに傷つけることはできない。
つまり、これを為した人物は――少なくとも直接手を下した人物は『聖女』ではない。そして、おそらくだが、それに加担しているわけでもないのだろう。
そうすると、仮にその場所に『聖女』本人がいたとして、本人は捕らえられて――少なくとも自由のない状態でいて、他の奴が利用しているってわけだ。さっきまでのこの少女の状態を見るに、この推測が正しければ、サンベルードよりも悪質だな。
「そうですね。その考えでおおよそ正しいと思います。ただし、魔力の欠乏に関しては、彼女がここまでひとりで数日をかけてきたからだ、ということも考えられます。普通に暮らしていればお披露目の期間くらい――まあ、あれには『聖女の下で』という条件もあるのでしょうが、それはおいておくとして――つまり、ひと月くらいは大丈夫なはずですが、こんな年端のいかなそうな少女が馬車も使わずひとりでここまで来るのには、それ相応の精神力やら体力やらを使ってることでしょう。もちろん、魔力も」
年端のいかなそうなって、ルミナリエが言うと何となく……これ以上は拗ねられるだろうから考えないでおくか。
「何にせよ、実際に行ってみるしかないってことか」
もちろん、現地には特務小隊も待機しているだろうが――そうだよ。
「どこから来たにせよ、そこの特務小隊に連絡とれば状況もわかるんじゃねえのか?」
「そうですね。わかるはずです。とることができれば、ですが」
なんか引っかかる言い回しだな。
はっきり言ってくれないと、俺にはわからないんだが。
「いいですか、ルシオン。もし、手紙で済むのなら、彼女も手紙を出したのではありませんか? 手紙を運ぶのは、少なくとも彼女よりは年上の人間であるはずです。ならば、魔法が使えなくとも、彼女よりは足も速いはずですし、馬車に乗るという選択もあったことでしょう。それに『聖女』の問題であるならば、私が直接かかわるべき問題ですから」
言外に馬鹿にされた――呆れられたみたいだったけど、ルミナリエの言うことはもっともで、俺の方の考えが、思いついたことをそのまま口に出しただけで、全然足りていなかっただけだ。少し考えればわかることだった。
自分でサンベルードのことを思い返しておきながら、思考を止めてしまっていた。
しかし、後の方の理由には少々思うところがないわけでもない。
『聖女』の問題ならば『聖女』が解決するべき。なるほど、たしかにルミナリエならそう言うかもしれない。
あるいは、同じ『聖女』ならそう考えるだろうと、これを仕組んだ相手方が考えているかもしれないってことだ。
つまり陽動で、ルミナリエを――他の『聖女』をおびき寄せることこそが、真の狙いなのかもしれない。
まあ、考え過ぎかもしれないけど。それに、俺程度が思いつくことを、ルミナリエが考慮していないはずがない。
たとえ罠だとわかっていたとしても(まだわからないが)行くという意志を変更するつもりはないのだろう。
「とにかく、ここにセルカはともかく、私がいたということは大きいです。情報を持っていれば、簡単には侵食されたりもしないはずですから」
「それはつまり、少し時間がかかる――王都へ戻るってことでいいんだな?」
俺が確認すれば、ルミナリエは頷き。
「もちろん彼女のことは心配です。情報――できる限りの話は聞くべきでしょう。しかし、さっきも言った通り、王都の人たちを放っておくこともできませんから。それに――」
言いかけたところでルミナリエは首を振る。
「やはり、何でもありません。憶測で考え過ぎて、変な先入観を持ちたくはありませんから」
そこで、急いでいるような足音とともに、扉を開く音が聞こえてくる。
「お姉様。伝えて来たわよ」
息せき切って飛び込んできたのは、マリエッタ姫とレアード王子だった。
余程急いでいたんだろう。ふたりとも額に汗をかき、膝に手をついている。
「ありがとうございます。他に問題はありませんでしたよね?」
ルミナリエの問いに、シスネが――こちらは涼しげな表情をしている――頷き。
「はい。フアユ様にもリーチカ様にも、ご理解いただけました。その他、レアード様にも、マリエッタ様にも、問題はございませんでした」
普段の口調でないのは、これが仕事だからだろう。
いや、俺がシスネと話をするのは――つまり、この度の間はってことだけど――常に仕事中みたいなもんなんだけど。
「こちらも方針はまとまりました。まずは、王都へ戻ります。そして、色々と準備をしてから、確認へと参りましょう」
「またお出掛けね! お姉様と一緒にいられるなんて、どこへだってついてゆくわ!」
「マリエッタ。遊びではないのだぞ」
ルミナリエと、完全に付いてくるつもりらしいマリエッタ姫、レアード王子が盛り上がっている間。
「シスネ。大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何が?」
耳打ちすると、シスネはとぼけたように首を傾げる。
本気なのか、わざとやっているのか、判断はつかない。
「だから、実家の方で、結婚がどうとかって言ってただろ?」
今回は、先に決まっていたからとか、言い訳もできたかもしれないけど、一旦戻るとなれば、そうも言ってはいられないだろう。
俺が心配するのも筋違いかもしれないけど。
「あら、ルシオン。心配してくれるの?」
シスネが嬉しそうに(見える)笑顔を向ける。
「いや、ふざけて言ってるんじゃなくてだな――」
よくわからないけど、仮に、シスネがこの後もついて来てくれるとして(もちろん、他のメイドの人に譲るってことになるとは思うんだが)その場合、実家への説明とか、相手方への不義理とか、色々もめそうというか、面倒なことになりかねないんじゃないかと。
「シスネ? どうかしたの?」
マリエッタ姫が振り返り、シスネが俺に何か言いたげなジトっとした視線を向けてくる。
多分、ほら、余計な気を回させちゃったじゃない、とか言いたいんだろう。
「いえ。何でもありません」
シスネは完璧に、営業スマイルとでも呼ぶべきか、笑顔で対応したが。
「シスネ。本当のことを話してください。いえ、話しなさい。他に、それがわずかでも、気になる事があるというのなら、それが、思いもかけぬ事態につながるかもしれません。私達のために、その懸念を晴らしておきたいのです」
シスネは、ほんのわずかに肩を揺らし。
「本当に些細なことです。すこし、実家の方から婚約だとかって話が来ているだけでして」
それを聞いた途端、ルミナリエたちは再び顔を見合わせ。
「じゃあ、やっぱり、先にお城に戻るのね」
「ああ、そうだな」
マリエッタ姫とレアード王子が頷き。
「シスネ。たしかに、彼女のことは心配ですが、だからといって、自身に仕えてくれている相手のことを考えられないようでは、やはり、良くないと思うのです。この件は、先に、あなたの懸念、あるいは問題を晴らしてから向かうこととしましょう」
ルミナリエがそう宣言した。




