あるメイドの縁談の件
サンベルードへ向かった時と同様、城へと戻り着いた俺たちはメンデル国王への報告書をまとめた。
俺たち、とはいっても、書いたのはルミナリエであり、メンデル国王とフェリータ王妃へと実際に報告したのも、ルミナリエ、マリエッタ姫、レアード王子の3人だ。
その間、主のいない屋敷に戻るわけにもゆかず、俺はシスネについて暇をつぶしていたのだが。
「シスネ! 聞いたわよ、結婚するんですって?」
なにやら目を輝かせたメイドたちに捕まってしまった。
「聞いたって、どこから聞いたんですか?」
どうやら上司らしいそのメイドの先輩たちに、シスネが笑顔で対応する。
仕事中だからということなのか、こんな時にもため息をついたりはしないんだな。
「シスネが出ている最中、お相手のシスハルト卿が何度も訪ねていらしたわよ」
「特務小隊に勤めていらっしゃる方で、なんでも、入隊時の試験ではトップの成績を収められたとか」
「勤務地は王都ではなくて港の方のエドニスらしいけど、御実家は王都の隣のウーナらしいわ」
すでに、おそらくは当事者であるシスネよりも詳しく相手のことを知っている彼女らの耳の速さには驚愕する。他人の恋愛話の何が……楽しいんだろうな。どうやら、女子ってのはそういう生き物らしいから。
「ちょっとなよなよしているところもあったけど、礼儀の正しい、好感の持てる方だったわよ。歳もそんなに離れてないって……たしか、19歳だっておしゃっていたわね」
シスネと2歳くらいしか違わないのか。
男の評価でなよなよしてるってのは、あんまり高評価とは言えないだろうけど、実際に会ったメイドの先輩たちからの評判は良さそうな感じだ。
「あの、勝手に盛り上がらないでくれますか、先輩方。そもそも、相手がどんな方だろうと、あたしはこの結婚の話、断ろうと思っているんですから」
シスネがメイド服の埃を叩くような仕草をしながらリボンを直すと、周囲からは驚愕に満ちた歓声が上がった。
「ええっ! なんで?」
「17歳の夏は一度きりしかないのよ? 女の適齢期なんて、油断してるとさっさと過ぎてしまうんだから」
「実は他に付き合ってる恋人がいるとか? それとも、路ならざる恋をしているとか?」
もうこの辺りで俺は会話についてゆくのを諦めた。
やいのやいのと言い合っていたけど、その手の話は俺にはさっぱりだったし、関係あるとも思えないし。
「シスネだって学生時代はモテたんでしょう? 付き合うのだって初めてってわけじゃないんでしょうから、最初からそんなに決めてかからず、とりあえず、付き合ってから考えればいいじゃない。結婚とか、そういう話は」
「そうそう。それに何より、私たちがシスネの惚れた腫れたの話を肴にしたいし」
「ねー。私だって、今付き合ってる彼に、最初は結婚したら家庭に入るようにって言われてたけど、説き伏せたし」
エールを送られたり、茶化されたり、しばらくそんな感じの雰囲気が続き、シスネはとうとう観念したように溜息をつくと。
「わかりました、わかりましたよ。とりあえず、会えばいいんですよね、会えば」
その宣言を聞き、さらに周囲は盛り上がる。
良い報告待っているわ、とか、結婚式には呼んでね、とか、辞めても一生友達よ、とか。
「こら。あなたたち、そこに留まって何をしているのですか」
やってきた、地位の高そうなメイドに声をかけられて。
「やっばーい。メイド長に見つかっちゃった」
「掃除掃除。庭のお掃除をしなくちゃ」
「あたしは階段の清掃の途中だった」
集まっていたメイドの先輩たちは、さっと、それは見事に洗練された動きで、それぞれの持ち場へと戻ってゆく。
「シスネ。あなたもそうですよ。戻ってきたばかりで大変だとは思いますが、ここにいる間はメイドとしての心構えを忘れてはなりません」
「はい、メイド長」
シスネが頭を下げるので、俺もそれに倣う。
顔を上げれば、メイド長は俺を一瞥だけして。
「あなたも精々ルミナリエ様にご無礼のないように」
そういって、また自身も歩き去ってしまう。
「ルシオン。メイド長はあんな感じだけど、心根は優しくて親身な方だから、心配しなくて大丈夫よ」
シスネがそう教えてくれたところで丁度、メンデル国王の執務室の扉が開かれて、ルミナリエたちが戻ってくる。
「お待たせしました」
ルミナリエは……どことなく、拗ねている感じに、頬がわずかに膨らんでいる気がする。
もっとも、ルミナリエは普段からあまり表情を大袈裟には表さないし、いつも通りと言われればそんな感じでもあるんだけど。
しかし、何となくそう感じるのは、俺がいつも間近にいるからだろうな。
「先に言っておきます。私はシスネのところに向かう許可は貰えませんでした。一応、ニコスハーデンのこともお父様には報告したのですが……」
険しい顔を見るに、あまり良い返事は貰えなかったらしい。
まあ、ルミナリエはお姫様だからな。
そう気軽に城下へと、遊びに――今回のことが遊びに分類されるのかどうかはおいておいて――出かけるのは難しいと判断されたらしい。
加えて、例の偽物らしい『聖女様』の噂もある。
それにしても、そんなにシスネのことが気になっていたのか。
俺だって気になっていたことは確かだし、そういうことなら丁度良いかもしれない。
けど、それはそれで、迷惑になるだろうけど――
「ねえ、ルシオン、お願い。お父様を説得するのに、ついて来てくれない?」
「ああ、構わないぜ」
まさに丁度考えていたところだったので、俺は躊躇いなく頷いた。
聞いたシスネの方が驚いている。
「いや、だって、ルミナリエも気になっていたみたいだし。俺が行って報告すればいいんだろ? それに、シスネには料理やら教えてもらうって頼んでもいるし、お礼――にはならないかもしれないけど、俺に付き合える程度のことならって」
問題はルミナリエをどう説得するかってことだったんだけど、そのルミナリエの方からついて行きたかったって話をしてくれたのはラッキーだった。
「本当? ありがとう、ルシオン。ルシオンが来てくれたら、きっと弟や妹たちも喜ぶわ」
シスネが俺の手を取って笑顔を浮かべる。
俺はその言葉に、また、ついクティス達のことを思い浮かべて眉をひそめてしまいそうになる。
「どうかしたのか、ルシオン」
「いや、何でもないです」
顔には出していなかったつもりだが、レアード王子には気がつかれてしまったのか? いや、多分、たまたまだろう。
俺の方は特に準備する物もない(全部持ち歩いているため)けど、シスネには多少の準備は必要だろう。
まさか、実家に帰るのにメイド服でってわけにもいかないだろうしな。
「それでは、ルミナリエ様。少しの間、ルシオンをお借りしますね」
そんな風にシスネがルミナリエに頭を下げる。
「……別に、ルシオンは私のものというわけではありませんから。それに、私はルシオンのそういうところが――」
無表情のルミナリエは――最後の方はほとんど消えて聞こえなかったけど――そう言って、自分の部屋――離れの建物の方へと足を向ける。
シスネも、おそらくは使用人として使っている部屋に向かったので、俺は先に外に出て待っているか、などと考えて歩き出すと、裾を引っ張られる。
「どうかしたか、ルミナリエ」
やはり、俺が傍を離れては寂しいと思っているんだろうか。
「俺がいなくても、マリエッタ姫やレアード王子にいて貰えばいいだろう? なるべく早く戻って来られるようにするから」
寂しさを紛らわせられるように、神秘的な長い銀の髪を優しい(俺はそう思っている)手つきでゆっくりと撫でる。
「……戻ってきたら、私のヴァイオリンを聞いてくださいね」
「ああ」
そんなの今からだって、と俺は力強く頷いた。




