ニコスハーデンの『聖女様』 25
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城や教会に引きこもっているルミナリエ、アンリエッタとは違い、セルカが普段から外で駆けまわったり、遊びまわったりしているからなのか、この街、あるいはこの地域では『お披露目』という行事は行われていない。
しかし、だからといって『聖女』の影響力というか、威光というべきか、個人的には集客力ってのが合っていると思うけど、まあ、それはどうでもいい。
つまり、何が言いたいのかといえば、魔力を得るためにこの地の『聖女』であるセルカを見に来る人間は結構な数がいるってことだ。
王都で行われている大規模な行事にはなっていないから、一気に人が押し寄せて大混雑とか、そういう事態にはなっていない。
教会みたいに、特定の場所がある種観光地と化しているということもない。まあ、観光地と言ったって、『聖女クッキー』とか、『聖女キャンディー』とかが売り出されているってわけじゃないけど。
王都やサンベルード、あるいは他のところよりは近いという人たちが、それぞれの感覚で訪れてきている。
だから、街自体は結構な賑わいを見せているし、経済も活性化していることだろう。
それに、『聖女』に会いに来る、その姿を見に来るってのは、ここの国民の生活の一部みたいなものだろうから、それ自体には不思議に思うところは何もないっつうか、むしろそれが自然なことなんだけど。
「セルカ様」
ルミナリエには大事をとらせ、一日、部屋の中での遊び、および休息にさせた翌日。
本当は、もう少し休ませたいとも思ったし、シスネも賛成してはいたんだけど、ルミナリエが大丈夫だというので条件付きで外出を認めたところ、レティさんに呼び止められた。
「どうしたの、レティさん」
セルカ、そしてルミナリエの姿を見たレティさんはほっとしたように胸をなでおろし。
「良かった。おふたりは何ともないんだね」
ふたり、と言ったからには、ルミナリエとセルカのことなんだろう。
当人たちは顔を見合わせて。
「私たちは、ということは、また他の『聖女』に何か問題があったということでしょうか?」
ルミナリエの問いに、レティさんは困ったように眉を寄せ。
「私も詳しいことはわからないんだけどね……まあ、私が話すより当人の話を聞いてもらった方が早いんだろうけどねえ」
こちらにも予定がありそうだから、引き留めるのはどうかと思っている様子だ。
「シスネ。あなたはレアードとマリエッタを連れて、フアユとリーチカのところへ謝罪に向かってください。ルシオンは私とセルカについていてください」
ルミナリエの決断は早かった。
セルカに用があって呼び止められた以上、セルカを向かわせることは難しい。ならば、昨日一緒に遊んだ仲である、レアード王子とマリエッタ姫をということなのだろう。シスネだけよりは、子供同士で話しができた方が良い。
まあ、相手が王子と王女だからどうなるかはわからないけど。
「わかったわ。ルシオン、お姉様をよろしくね」
「姉上をよろし頼む、ルシオン」
そして、マリエッタ姫とレアード王子の返答も即時のものだった。
子供に見えても、やっぱり王子と王女なんだと感心してしまう。
シスネを連れてふたりの姿が遠ざかってゆくのを見送り、あらためてレティさんに向き直る。
「それでは案内してくれますか」
「わかりました。彼女には今、私の店で休んでもらっていますから」
ルミナリエとセルカ――『聖女』の力が必要な事態で、その対象である彼女は今休ませているのだという。
もしかして、また、サンベルードのときと同じような状況が引き起こされているのか?
しかし、ルミナリエもセルカも、この通り無事だ。まあ、ルミナリエの方の体力は少し心配だけど、『聖女』が少しばかり体調を崩したからといって、このヴァンブリグの国民に影響がないことは、昨日のルミナリエの様子から、意図したわけではなかったけど、確認済みだ。
「こちらです」
臨時休業の看板が出ている店の正面の方じゃなく、裏口、おそらくは生活スペースだろう方へと通される。
「た、大変だよぉ」
ベッドで寝かされている少女の姿を見るなり、セルカがあからさまに焦り出す。
「え、えっと、冷やしたタオルと、お薬と、あとあと、それから――」
「焦る気持ちはわかりますが、落ち着いてください、セルカ」
落ち着くように言い聞かせるルミナリエの方は、サンベルードでもっと重大な状態を見ているからなのか、正確にはわからなかったけど、大分冷静なようだ。
そういえば、サンベルードでリュゼが『聖女』には人――国民を守ろうって意志が生まれるとかなんとか、そんな話をしていたな。
ただの風邪だっていうのならここまで取り乱すこともないと思うんだけど。
「ルシオン。気が付きませんか?」
ルミナリエは、今回は急いでいるのか、俺の答えを待つことはせず。
「この人の状態は、以前のサンベルードの人たちの状態にかなり近いものです。しかし、サンベルードの住人とは違い、彼女はここまでやって――逃げてきました」
「それが何か違うのか?」
あの時は、ピエドロにアンリエッタが囚われていたから、街の奴ら見捨てて逃げ出すってことをできなかっただけだろ?
いや、別に、他の理由だろうとなんだろうと、この国の人間が『聖女』を見捨てるとは思ってないけど。
「つまりですね――」
ルミナリエが話してくれようとしたところで、ゆっくりとベッドの中で動く気配がした。
ルミナリエはゆっくりとベッドの傍に寄り添い、
「気がつかれましたか? 私のことは見えていますか?」
布団の中からそっと手を取って、そこからゆっくりと魔力が流れているのが俺にも感知できた。
「あ……聖……ま……」
「今は静かにしていてください。話をするのは、回復してからで構いませんから。急ぐ気持ちはわかりますが、あなたの身体も心配です」
ルミナリエが声をかけると、その女性の目の端からひと粒だけ涙がこぼれ、すっと気を失ったようにまた眠りについた。
しばらくして、ルミナリエは手を離して息を吐き。
「とりあえず、危機は脱しました。もっとも、この人に限っては、ですが。目が覚めたら、どこから来たのか、何が起こってこのような状態になったのか、詳しい話を聞かなくてはなりません」
それから、ルミナリエはベッドで眠る少女に手をかざす。
暖かい光が少女の身体を包み込み、見えている顔のあざや汚れがなくなったところから、どうやら治癒、そして浄化の魔法だったらしい。
「場所、そして状況によっては、すぐに向かう必要も出てくるかもしれません。しかし、場所が遠かった場合、一旦フリーレンに戻らなくては『お披露目』に出られない可能性が出てきます。心苦しくはありますが、王都を疎かにすることもまた、できませんから」
ここから王都に戻るのにも、馬車で一週間ほどはかかる。
ルミナリエだけが空を飛んで帰るとかなら数時間でも可能だろうが、そんなわけにはいかない。
ここからさらに移動して、王都からの距離が伸びた場合、『お披露目』に間に合わず、王都の人たちを不安に晒すことになる。
「とにかく、シスネたちが戻り次第、一刻も早く城へ帰り、お父様たちに事態をお伝えしなくてはなりません。セルカ、すみませんが――」
「大丈夫だよ、ルミナリエちゃん。それよりも、この人のことをお願い」
セルカがレティさんの方へと向かってゆき、俺たちだけになったところで再びルミナリエが向き直り。
「つまり、おそらくは最近のことなのでしょうが、そこに生まれた『聖女』というのは偽物、というと聞こえが悪いかもしれませんが、成りすましである可能性があります」
「それは可能なのか?」
誰かが「自分は『聖女』だ」と名乗るだけなら簡単だ。ぶっちゃけ、誰にでもできる。
しかし、そんなこと、誰も信じたりはしない。というより、それ以前の問題で、子供のころにやるなりきりごっこと同じレベルだ。
つまり、やる意味はないのだ。
そんなことは、この国の人間なら誰にでもわかっていることだと思うけど。
そもそも、なぜそれがわかったんだ。つまり、この少女の近くに生まれた『聖女』が偽物だってことが。




