ニコスハーデンの『聖女様』 24
◇ ◇ ◇
リーチカのブランコによる事故未遂以降は特に大きな問題もなく、ルミナリエたちは遊びを堪能した様子だった。
鬼ごっこを終えて、俺とシスネは外れたけど、他の子らは仲良く、ほどほどに危険じゃなく楽しんでいた。
多少のスリルはあった方が楽しいのは事実だろうが、さすがにあの後ですぐに行動する度胸はなかったんだろう。
そして、飛んだり跳ねたり……って程でもないが、駆けずり回って疲れたんだろう。
昼を少し過ぎたころには、ルミナリエの動きに疲れが見え始めた。
マリエッタ姫やレアード王子にはそれほどでもないのは、ふたりの方は普段から、庭なり城内なりを駆けまわったり、あとは、まあ、男子だからだろう。
ルミナリエは基本、部屋に引きこもって本を読んだり、魔法の訓練に付き合ってくれたりしているだけで、体力方面には弱点があるっぽいからな。数時間程度ならヴァイオリンやらピアノやらの練習をしているのは見ているけど、それとはまた違う体力だし。
夏近い、暖かいよりは少し熱い気候も相まって、大分体力を奪われているのかもしれなかった。
「おい。そろそろ一旦休憩だ。飯にするぞ」
「私が腕によりをかけるから。皆一緒にね」
子供らから元気の良い返事が聞こえ、俺たちの方へと集まって来る。
俺はルミナリエの下へと歩みより。
「大丈夫か? 無理すんなよ」
ルミナリエは、俺が差し出した手をとって立ち上がってはくれたが、返事はない。
普段なら、大丈夫です、と言いそうなものだが、口を開こうとする気配はない。
弱みを見せたくないんだろう。
『聖女』は嘘をつけないらしいから、疲れているのに大丈夫ですとは言えないもんな。
「よっと」
「!」
膝裏と背中側に腕を回し、ルミナリエを抱き上げる。俗にいう『お姫様抱っこ』の状態だ。
この場合、ルミナリエは本物のお姫様だから、正しい意味での『お姫様抱っこ』だ。いや、正しい意味とかあるのかどうかなんて知らないけど。
「わあ。お姉様、お姫様抱っこね!」
戻ってくると、マリエッタ姫をはじめ、シスネ以外の子供たちに取り囲まれる。
「いいなー、いいなー。私もやってー」
むしろねだってくるようなセルカやリーチカとは逆に、腕の中のルミナリエは恥ずかしがって顔を真っ赤に染めながら、俺の腕の中から脱出しようともがいているが、力は弱く、脱出できるはずもない。
「ル、ルシオン。私なら大丈夫ですから」
「いいや。普段弱みを見せることなんてないくせに、あそこでへたり込んじまうくらいには疲れてたってことだろ。これが駄目ならおんぶにするしかないけど、どっちがいい?」
辻馬車があったとしても、8人も乗ることのできるようなものは存在しないだろう。城にあるものでさえ、俺たちが乗るのがギリギリだったんだからな。
かといって、俺たちだけここで別れるってのも、マリエッタ姫やセルカたちは望んでいないだろう。せっかく仲良くなったことだし、できれば一緒に昼飯もと考えているはずだ。
「……で、でも、ルシオンが疲れてしまいませんか」
「俺のことは心配すんな。そんなやわな鍛え方はしてねえから」
むしろ、トレーニングになって良いかもしれないしな。
そんなわけで、俺はルミナリエをお姫様抱っこの恰好で抱えたまま、最後尾からついて歩いてゆく。
「あの、ルシオン。本当に、もう大丈夫ですから。歩く力はないように見えているかもしれませんけど、自分で飛んで移動することはできますから」
「いいから。お前は大人しく俺に抱かれとけ。魔法だって、魔力はそうだろうけど、精神力やら、体力を全く使わないってことはないんだろ? 途中で落ちたりしたらどうするつもりだ」
急に眠っちまって地面に墜落なんて、洒落にもならねえぞ。
まったく。
楽しかったってのはわかるけど、自分の体力くらいは考えとけよな。
こういう風に遊んだのが初めてだったから、感覚がわかり辛かったってのはあると思うけど。
「うぅ……で、でも……」
ルミナリエが何か言いたげに呟いていたので、何だと思って下を向けば、真っ赤な顔のまま、ふいっと視線を顔ごと逸らされた。
嘘をつけない『聖女』が有効に使えるのは、黙ってしまうってことだ。
俺だって、ルミナリエがわざわざ隠そうとしたことを、余程のことじゃなけりゃ、聞き出そうとはしない。9歳の女子なんだし、そりゃあ話したくないこともあるだろう。
「いいから。俺に任せとけ。なんなら寝ていても構わねえぞ」
起きている方が――意識のある方が運びやすいんだけどな。
「……眠れるはずありません」
足音にすらかき消されてしまいそうな、呟くように小さな声が聞こえる。
「そうか。じゃあ、できる限り揺れないように、俺の服にでもぎゅっと捕まっててくれると助かる」
ルミナリエには悪いけど、少し速足じゃないと前を行く奴らに置いていかれそうだからな。
ルミナリエが服をぎゅっと握りしめ、胸の辺りに顔を埋めるような体勢になる。これなら、もう少しスピードを出しても大丈夫だろう。
少し速足で歩けば、前の集団にはすぐに追いついた。
「あら、ルシオン。もっとゆっくりで良かったのに」
悪戯っぽく笑顔を浮かべるマリエッタ姫。
「いや。あんまり待たせるわけにもいかないだろうから」
それにルミナリエのことも、いつまでも抱きかかえているわけにはいかないからな。
まあ、こっちはすぐに回復するだろうと思ってるけど。
「それに、分散するのは避けたかったし」
シスネひとりにずっと(多分シスネは大丈夫、問題ないと言いそうだけど)5人の相手をさせるわけにもいかないしな。
昼食は、どこか外で食べても良かったんだろうけど、ルミナリエには少しまともな休息が必要だろうと思えたので、勝手ながらセルカのところにまた上がらせて貰うことにした。もちろん、フアユとリーチカも一緒だ。
「じゃあ、ちょっと待っててね。すぐ何か作っちゃうから」
そう言って、シスネはすぐに買い物を済ませてきて、あっという間に人数分の昼食を準備してしまった。
ちなみに、キッチンの使用はセルカに許可を貰っている。
出来上がったサーモンとトマトの冷製パスタは絶品で、子供たちからも好評だった。
俺より上手いクティスよりずっと上手い。そりゃあ、城に登用されるほどのメイドと、一般庶民の家事能力とを比べてもしょうがないってのはわかってるけど。
「すごーい、お姉ちゃん。お母さんより上手かも」
「本当? お口に合ったのなら嬉しいわ」
シスネが――お城の方に努めているメイドの人たちが――料理も超一流だというのは知っていたけど、本当に美味い。
俺ももっと修練を積まなくちゃなと思わせられる。俺は確かにただの『暇つぶし相手』かもしれないけど、城に――ルミナリエに仕えているって意味では、使用人と言えなくもないわけだし。
それに、シスネに習えば、戻ったときにクティス達を驚かせられるかもしれないしな。
「今度俺にも料理を教えてくれ」
俺が頭を下げるとシスネは微笑んで。
「それはもちろん。けど、大丈夫? ルシオン、魔法の訓練とか、騎士団の練習にも混ざってるし、他にも色々、時間はあるの?」
「うっ……それはそうだけど、何とかする」
魔法の訓練は、独力でって話なら、ルミナリエが寝た後にでもできるしな。
「まあ、私にも仕事はあるから、頻繁にっていうのは無理だと思うけど、その心意気は買うわよ。新人の教育っていうのも、私たちの仕事としてあるし。だから、お礼とかはいらないわ。ルミナリエ様のためなんでしょう?」
「……そうとも言える」
そう答えると、何故だか生暖かい視線を向けられた。




