ニコスハーデンの『聖女様』 23
路の先は螺旋状の階段になっていて、そこからつり橋へと繋がっている。
思ったよりも軽快に駆けあがるルミナリエの跡を追いかけ、俺も続いてつり橋へと足をかける。
俺の体重も加わったことで、ルミナリエだけのときにはそこまででもなかったつり橋が、ギシィと音を響かせる。
これ、耐震性とか大丈夫なんだよな? 元々こういう造りのものなんだろうな?
そんな疑問も浮かびそうになるが、セルカたちは普段もここで遊んでいるみたいだし、多分問題ないんだろう。
ルミナリエたちに合わせる必要があるため、橋の向こう側まで幅跳びのように飛び越える、ということはできない。ロープで頑丈そうに繋がれたつり橋の丸太にひとつひとつ足をかけて歩いて渡る。
鬼ごっこなんだからそこは走っても大丈夫とも考えられるけど、俺たちの歩幅とルミナリエたちの歩幅とでは全然違う。こっちは歩くくらい、あるいは速足くらいで丁度いいだろう。
「こっちだよー」
滑り台から滑り降りて逃げていったルミナリエを追いかけようと俺もしゃがみかけたところで、背中の方から声がかかる。
振り返れば、さらに高い足場のところから、セルカの友人の、たしかリーチカと名乗っていた方の女子が手を振っているのが目に映る。
鬼ごっこだし、追いかけられなくてはつまらないのだろう。
ならばと方向転換し、今度はリーチカの方へと目掛けて遊具を踏破してゆく。
くるくると回る回転扉を抜け、間隔をあけて釣り下がるロープを順に手繰り寄せながら渡り、梯子を上って追いかける。
「こっちこっち」
「おい!」
楽しそうに笑いながらリーチカが向かったのは、ブランコだ。
しかし、普通にブランコに乗るだけだというのならまだ焦る必要はなかったんだが、リーチカが乗ったのはブランコの本体ではなく、縄――と表現するのが適当なのか、ともかく、台座を固定するためのロープが釣り下がる先の棒だった。
結構な高さがあるくせに、細く、長い。
普段からここで遊んでいるってことだから、本人たちは危険に感じていないかもしれないけど、落ちれば怪我は免れないだろう。
しかし、ここで俺が追いかければリーチカの方も慌てて、万が一が起きるかもしれない。
「危ないだろ! 戻れ!」
「平気、平気」
そんな風に笑いながら、リーチカはその上で立ち上がる。
俺だって子供の頃に公園で同じような真似をしなかったかと言われれば、したこともあった。しかし、当然のごとく、危険だからと、その後、どこで知られたのか、一緒に遊んでいた友人共々、学校で呼び出しを食らったしな。
だから、この後、リーチカがとりそうな行動は大体読めて――
「それっ!」
しかし、リーチカのとった行動は俺の予想を超えていた。
ロープを手繰り寄せ、ブランコを自分のところまで持ち上げる。そこまでは予想通りだったんだが、そのブランコの本体、と言っていいのか、それを後方に向かって思い切り投げだした。
まさか、飛び乗ろうってんじゃないだろうな。
「たぁっ!」
そのまさかだった。
この世界には魔法という体系が存在している。
そんなことは十分承知しているし、俺よりずっと長くここで暮らしている人間が、使いこなせないってことはないんだろう。
ましてや、日常のようにこうして遊んでいるというのなら、いらない心配かもしれないし、むしろ、俺が手を出した方が危ないとも思われた。
しかし、そんなこととは関係なく、俺は自分のいた場所から飛び降りた。
大人げないとか、そんなことを言っている場合じゃない。むしろ、ここで動かない奴はどうかしている。
何事もなければそれでいい。
「あ、れ」
しかし、運命の女神ってのは気まぐれで、必ずしも俺たちの味方ってわけじゃない。
たまたま吹いてきた風に煽られて、放り投げたブランコの軌道が逸れる。
掴めるつもりでいたのか、リーチカが魔法を使っているようには感じられない。
というより、魔法を使うのだって、無心でできるってわけじゃない。パニックに陥っていれば、上手くコントロールするなんてことはできない。
魔法という超常の力が働かなければ、この世界だって俺の元居た世界と同様に、重力だとかは働いている。
受け身もとれそうにない態勢でリーチカは、俺の上に落下してきた。
何とか間に合った。
「あれ? 痛くない」
「頭下げてろ」
戻ってきたブランコを受け止めるべく、俺は手を突き出したが――そのままシールドを作り出すのに変更した。
ひとりだけならこの程度受け止める自信はあったが、今は腕の中にリーチカを匿っている。万が一の事態は絶対に避けなくちゃならねえ。
勢いよく、乱れた軌道で戻ってきたブランコは、俺の作りだしたシールドに弾かれて数度行き来した後に、ようやく大人しくなった。
「あ、あの……」
「怪我とか痛みはないか?」
外傷は見られないし、俺が受け止めたから、頭を打ったり、骨折したりもしていないはずだ。
「は、はい……」
どことなくぼうっとしている様子のリーチカの無事を確認し、俺はひとまずのため息をつく。
「俺も似たようなことはやったことあるから大声じゃ怒れないんだが、あんまり心配させんじゃねえぞ。魔法があるからって過信すんなよな」
本当なら、馬鹿野郎、と怒鳴りつけようかと思っていたけど、似たような経験があるだけに大きな態度には出られない。
もしかしたら、心を鬼にして怒るべきだったのかもしれないけど、他の奴らは楽しんでいるわけだし、水を差したくはない。
「いいか。今後、絶対危ない真似はすんじゃねえぞ。やるにしても、もっと成長してから、自分で責任をとれるようになってからしろ。わかったな?」
別に、責任を取りたくなかったってわけじゃないが、ここで怪我をされた場合、責任を追及されることになるのは俺かシスネだ。
もちろん、この場合においてはリーチカの安全が最も重要だったことには違いないが、もし、怪我でもされていたら、治癒の魔法があるとか、そんなことは関係なく、多少なりとも城の方へ迷惑をかけていただろうことは疑いようもない。
「はい……」
よし、と俺はリーチカの手を取って立ち上がらせる。
「わかったならいい。遊んだり、楽しんだりするなってことじゃないからな」
じゃあもう話は終わりだと、髪を撫でながら顔を上げれば、心配顔の友人たちが集まってきているところだった。
「大丈夫、リーチカちゃん。怪我とかしてない?」
「あんたは馬鹿なんだから、変なことしようとするんじゃないわよ」
「うん。ごめんね、セルカ、フアユ」
俺は一緒に駆け寄ってきたシスネに。
「一応確認したし、大丈夫だとは思うけど、怪我とか、たんこぶとか、見てくれないか?」
「うん。任せて」
引き渡しを終え、ようやく安心かと思ったところで、背中を叩かれる。
「ルシオン、やるじゃない。ヒロインのピンチに駆け付けるヒーローみたいで恰好良かったわよ」
「民を守ってくれたこと、私からも礼を言わせて貰おう」
マリエッタ姫からお褒めの言葉を、レアード王子からは少し堅めではあったけど、礼を告げられた。
おっと、それから、先に言っておく必要があるだろう。
「ルミナリエ。リーチカには俺から言っといたから、お前は何も言わなくて大丈夫だぞ」
ルミナリエはかなり怒っている様子で、放っておいたら、リーチカの頬をぶっ叩くくらいはやるかもしれない、そんなことを思わせる雰囲気だった。
「……わかりました。ルシオンがそういうのなら」
ルミナリエはそれから心配そうな表情で俺を見上げ。
「ルシオンの方は大丈夫ですか?」
「俺は何ともねえよ」
俺は自分でわかっていて、ちゃんと飛び降りただけだからな。
シールドもちゃんと作れたし。
「心配かけたな」
「い、いえ。ルシオンのことは、信じていますから……」
今は縛ってある銀の髪を撫でてやると、ルミナリエは少し頬を赤らめながら呟いた。




