ニコスハーデンの『聖女様』 22
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ロープの塔に上ったり、丸太の橋を駆け抜けたり、飛び石のようになっている杭の上を渡ったり、見ている側としては気が気じゃないような行動ばかりではあったけど、公園とかアスレチックってのは、本来そういう場所だ。
俺たち自身が巻き込まれてしまったことは予定外ではあったけど、それでルミナリエたちが楽しめるというのなら、こちらに否はない。
ただし、相手は子供だし、こちらが大人げなく全力でやってしまうと、参加した意味がなくなる。
シスネはルミナリエたちと着替えに入ったとはいえ、エプロンドレス姿のままで、あの動きにくさは多少のハンデにはなっているのだろうが、俺に至っては、変わらない、咄嗟に動きやすい服装のままだ。
もちろん、シスネが咄嗟の動きをとれないというわけでは決してないけど。
「もういいわよー」
アスレチックの塔のてっぺんから身を乗り出して手を振るマリエッタ姫に、こちらも地上から手を振り返す。
公園の遊具なんだから、大人が参加したら簡単すぎるのではないかと思っていたけど、狭い隙間だったり、低い隙間だったりも結構あって、なかなか楽勝とはいかない作りになっている。
もちろん、簡単なところは簡単だけど。
「じゃあ、ご要望に応えて行きますか」
子供の頃はよくこんなところでも遊んだなと、懐かしい気持ちもありながら、高さの違うでっぱりの杭の上を渡って行く。
「シスネも子供の頃はこういうところに来て遊んだりしたのか?」
「うーん。そうね。たしかに、ルミナリエ様達くらいの年齢、学院の初等科に通っていたころはそんなこともあったかも」
こっちの世界でも女子だからってこういうところで遊ばないってことはないんだな。いや、今まさに目の前で遊んでいるセルカたちを見ながら言うことじゃないってのはわかっているけど。
「そういや、シスネって今17歳だとかって言ってたけど、学校には通ってないのか?」
セルカが通っているんだし、ルミナリエからも聞いているので、この国にも学校――教育機関が存在していることは知っている。
もちろん、たとえばルミナリエ、マリエッタ姫、レアード王子みたいな王家の人間、それから、アンリエッタみたいに学院に通っていない人間がいることもわかっている。
とはいえ、普通なら――体系はそれほど変わらないように思っているので――シスネくらいの年齢なら、まだ学院の高等科に通っているようなものだと思っていたけど。
「私も通っていたわよ? もう卒業しちゃったってだけ」
「卒業するのは、高等科だと18歳なんじゃなかったか?」
何かの本にもそう書いてあった覚えがあるし、まあ、セルカの話と、俺の常識に照らし合わせているだけだから、的外れかもしれないけど。
「うん。飛び級だから」
「へえ、飛び級ねえ……って、飛び級かよ、凄いな」
どことなく誇らしげに胸を張るシスネは、自分はその代の最優秀生徒で、表彰もされたのだと自慢げに語った。
それには素直に驚いたけど、考えてみれば、お城に仕えているくらいだもんな。その年代で最も優秀だっていうのにも納得できる話ではある。
「うちは弟や妹たちがたくさんいるからね。私が稼がなくちゃいけないのよ。あ、でも、もちろん、義務感で働いているわけじゃないわよ? やりがいも誇りも持って仕事をしているわ」
「へえ。うちも俺を入れて5人兄弟なんだよ。俺が一番年上で、一番上の妹は――」
そこで気が付いて、俺は口を噤む。
うっかりして、話し過ぎるところだった。
俺がルミナリエの暇つぶし相手だってのは十分過ぎるほど城では知れ渡っているし、今更シスネに隠すことでもないんだけど、その理由の方、つまり、俺が(おそらくは)違う世界から飛ばされて来たってのは、喋らない方が良いだろう。
「そういえば、ルシオンって学院はどうしていたの? 別の科の飛び級かなとも思ったけど、それなら、同じ年齢ってことは多分、私が卒業したときにもいたはずなのに……まあ、自意識過剰か」
俺は背中にひやりとしたものを感じていたが、どうやらシスネはひとりで納得してくれたようなので、内心でため息を漏らす。
危ないところだった。
本当は、もっと聞いてみたい話ではあったけど、あんまり話過ぎるとボロが出る。
出たらなんだって話なんだけど、多分、あのルミナリエの魔法? を広くに知れ渡らせるのは危険だって、前にもそう結論付けたことだしな。
「……シスネの科では、えっと、たしか、そうそう、『オーケス機能主義理論』だとか、『古代ファリカス語』だとかってのは学んだりしたのか?」
すこし話題を変えよう――逸らそうと思っただけなのに、シスネは驚いたように目を白黒とさせた。
もしかして、これって、知っていなきゃまずいこと――一般教育程度の問題だったか?
「……ルシオンって、そんなことを勉強してたの?」
そして、少し引き気味に(俺がそう感じただけかもしれないけど)尋ねてきた。
「いやいや。そんなわけないだろ。これはルミナリエの部屋に置いてあったから、どんなものなのかと思っただけだ。俺自身は、全然、読もうとも思わなかった」
ただ、ルミナリエは9歳だし、仮に、ルミナリエがあれらの本を理解して(あるいはもっと)いるのだとしても、なんとなく聞くのは気が引けていた。
多分、聞けば教えてくれたような気もするけど、タイトルからして眠くなりそうな話に思えたし。
「……私も詳しくは知らないけど、『オーケス機能主義』ってのは、別の学科の友人が大学部で専攻していたらしいわ。間違っても初等部生が読むような内容じゃないってのは確かね」
なんでそんな本がルミナリエの私室に、それも無造作に、置いてあるんだよ。
ルミナリエは暇で仕方ないってことだったし、あれらを読んでないってこともないんだろ?
それがなんだってあんなに――
「ルシオンー、シスネー、何やってるのよ」
そんなマリエッタ姫の声で、俺は現実へと引き戻される。
当のマリエッタ姫は、いつまでも登って来ない俺たちにご立腹な様子で、腰に手を当てていた。
そうだ。今は鬼ごっこの最中だ。
遊びだが、これも暇つぶしの一環には違いなく、俺の仕事だ。真面目にやらなくちゃならない。
それに、ルミナリエが個人的にどんな本を読んでいようと、俺からの態度が変わるわけじゃない。そうやって距離をとるのは、ルミナリエの寂しさを埋めるのとは真逆の行為だからな。
「つい話し込んじゃったわね」
「ああ。これからは真剣に遊び相手を務めるぞ」
俺は力を込めて、手近なところにあったロープを手繰り寄せる。
勉強の方はさっぱりだけど、体力勝負で負けるわけにはいかない。
「ルシオン、本気でやるのよ!」
マリエッタ姫からそんな声が届く。
本気でと言われても……いや、マリエッタ姫の要望ならそれに応えるべく行動するのが臣下としての(俺が正式に臣下かどうかはこの際置いておくとして)義務であるようにも思える。
とはいえ、子供用に造られたこの遊具。
こうして乗ってみて実感したことだけど、間口が狭かったり、低かったり、大人だから楽勝とは、言い切れないみたいだ。
「わかっていますよ」
滑車付きのロープで楽しそうに向こう岸へと渡って行くマリエッタ姫の様子なんかを見つつ、なるべく下のポジションをとらないようにしながら追いかける。
マリエッタ姫の次に、俺のいる位置から近いのは、ルミナリエだな。
丁度通路が交差する十字路みたいになっているところに立つルミナリエを見据え、俺は杭の上跳んで渡ってゆく。




