ニコスハーデンの『聖女様』 21
「普段、セルカたちは何をして遊んでいるの?」
マリエッタ姫の問いかけに、セルカたちは顔を見合わせ。
「探検隊!」
「えっとねー、鬼ごっことか?」
「えっと、その、家でティーパーティーを」
声は揃っていたけど、回答はばらばらだ。
質問がアバウトすぎるってのはあると思うけど。
「フアユちゃん? なあに、ティーパーティーって?」
「うっ、それは、その……」
セルカがきょとんとした顔で首を傾げ、問われたフアユの方は、どう誤魔化したものかと思っているような表情をしている。
「きっとあれだよ。ほら、よく家に集まってお菓子を食べながらお話しするじゃん。フアユちゃんが言ってるのはあれのことだよね?」
リーチカが答えてくれたのにもかかわらず、フアユは「あー」と頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
あれは、恥ずかしがっているのだろうか?
「姫様たち……より正確にはレアード様の前だからね。できる限りよく思われたい、って言うと打算的に聞こえるかもしれないけど、つまりそういうことよ」
つまり、憧れの人の前だからってことか?
たしかに、くつろいでお菓子を食べながら雑談と答えるより、ティーパーティーと言った方がなんとなく格好良くは聞こえる。あくまで、雰囲気だけど。
「そうよ。女の子だもの。特にあのくらいの年頃だと、王子様に憧れる子もいるわよ。ルシオンにしてはやるじゃない」
そうシスネには褒められたけど、何となく馬鹿にされている気がするのは気のせいだろうか。
小さい頃のクティスやファルが、魔法少女もののアニメのごっこ遊びをしていたのとは違うんだろうな、と思ったので、そっちは口にしなかった。
大体、言っても伝わらないだろうし。
「ああ、でも、レアード様たちはお城で普段からお茶を嗜まれていらっしゃるでしょうし、私たちの普段のお茶やお菓子じゃ満足していただけないかも」
フアユが弱気そうな顔でつぶやくと、リーチカが励ますように肩を掴む。
「ほら、やっぱり、鬼ごっこにしよう、鬼ごっこ。この公園の……あの、アスレチックの中だけにすれば、大変じゃないし」
「そうね。でも、レアード様たちの御意見もうかがった方が……」
恐る恐るといった感じでフアユが顔を上げる。
「あたしはその鬼ごっこってやつで構わないわよ? ところでそれってどういう遊び? お兄様は知ってる?」
マリエッタ姫に尋ねられたレアード王子は、しかし、首を横に振り。
「いや、私も知らないし、やったこともない。そもそも、私たちはこんな風に遊んだことはないからな。初めての体験だ」
それもそうか。
俺たちみたいな庶民――一般人なら、子供の頃、鬼ごっこをしていないというやつは、まあ、絶対とは言い切れないけど、いないだろう。
しかし、周りに同年代の子供が、兄弟姉妹しかおらず、それも3人、ルミナリエが建物を移ってからはふたり、あるいはひとりしかいないんだから、鬼ごっこやらかくれんぼやら、そういった、普通の子供がしていそうな遊びなんか、できるはずもない。
ましてや、レアード王子は、日頃から、王様になるための勉強で忙しいのだという。マリエッタ姫も似たようなものなのだろう。そんな中で、鬼ごっこやらにたどり着くはずもない。
もちろん、本なんかには書かれていることもあるかもしれないけど、あくまで創作のもの、と思っていたのかもしれないしな。
「じゃあ、お姉様は? お姉様なら、御存知よね」
マリエッタ姫とレアード王子の期待の込められた視線がルミナリエへと向けられる。
「……鬼ごっこというのは、ひとり、または複数の鬼役と決められた相手から逃げる遊びのことです。鬼役になった人物は、鬼役ではない相手のことを捕まえるために動き、捕まったら鬼役が交代してゆきます。簡単に説明すればこんなところでしょうか」
「……なるほど。城に侵入された際に賊から逃げる訓練ということだな?」
レアード王子は勘違い、というより、誤解している様子だったが、ルミナリエはあえて訂正するつもりもなさそうだ。
要は、ニュアンスというか、概略がわかっていれば遊べるわけだからな。解釈はどうでもいい。
「しかし、範囲は決めておくべきでしょう。あまり遠くまで行ってしまう……私たちが離れ離れになってしまう状況が発生すると、ルシオンやシスネに迷惑が掛かってしまいますから」
俺とシスネの方へ振り向いたルミナリエに、何だか呼ばれているような気がして、俺たちも、ルミナリエたちのいる遊具――アスレチックみたいなところの傍まで歩いてゆく。
十分に近づいたところで、ルミナリエが半球状の結界を展開し、フアユとリーチカ、そしてセルカからも驚きの声が上がる。
「きれい……」
「すっごーい! こんなにすぐできるものなんだー!」
結界の端まで駆け寄ったフアユとリーチカは、指で突いたりして、ちょっとやそっとのことでは、外に出られないことを確認していた。
先に俺たちを中へと呼んだということは、外から入ることもできないのだろう。
「最初の鬼役はセルカがやってあげる。セルカの方が、ルミナリエちゃんたちよりお姉さんだから」
「それを言うのなら、もっとお兄さんとお姉さんがいるじゃない」
マリエッタ姫が俺たちの方を向き、その場の子供たちが倣うように俺たちへと顔を向ける
何だか雲行きがおかしなことになってきてないか?
「最初の鬼はルシオンとシスネね」
マリエッタ姫が俺たちのことを指さす。
「え、えっと、マリエッタ様? 私たちは、その――」
「さあ、皆、逃げるわよ」
マリエッタ姫の号令で、ルミナリエとレアード王子以外の子供たちがはしゃぎながらアスレチックへと群がってゆく。
「待て、マリエッタ。お前その格好で行くつもりか」
レアード王子の忠告はとっくに聞こえていないらしい。
マリエッタ姫は、それからルミナリエもだが、今はドレス姿で、とても鬼ごっこをするのに適している格好とは思えない。
「何か変かしら?」
「お前は今、ドレスを着ているんだから、もう少し慎みを持つべきだ」
レアード王子は長ズボンを履いているから大丈夫だろうが、たしかに、長いスカートのルミナリエやマリエッタ姫は動きにくそうではある。
「たしかに、この恰好だと動きにくいかもしれないけど、お城でもいつもこれでいるし、お兄様だって知っているでしょう?」
マリエッタ姫は、くるくると自分の恰好を見回した後。
「それに、あたし、他の服も全部似たようなものよ? それとも、今から買いに――あ、そういえば、水着ならあるわ! あれなら可愛いし、平気かしら?」
「平気ではない!」
「平気ではありません!」
レアード王子だけじゃなく、なんと、ルミナリエまでが、平時より大きな声を出していた。
まあ、妹がこんなところで水着になろうっていうんだから、止めようとするのも当然だけど。
「なんで? 昨日、海では水着になったんだから似たようなものじゃない」
「……それならまだ今の恰好の方がマシだ」
レアード王子が疲れたように溜息をつき、マリエッタ姫は本気なのか、それとも冗談なのか判断のつきかねる表情で首を傾げていた。
「とにかく、ドレスの下に昨日の水着を着るんだ。本当はそれも控えて欲しいところだが、代わりもないし、それなら、まあ、まだ許容できないこともない。少なくとも、今のままよりは」
マリエッタ姫は、レアード王子の言い分に、完全には納得していない様子ながらも、渋々頷いて。
「じゃあ、お姉様。行きましょう」
ルミナリエとシスネを伴って、公園の端に建てられていた、おそらくは公衆の手洗い場まで向かっていった。
それを見送った俺とレアード王子からは、知らずのうちにため息が漏れていた。




