ニコスハーデンの『聖女様』 20
◇ ◇ ◇
「セルカちゃーん」
「……久しぶりね」
待ち合わせの場所だというセルカの家からほど近い公園に向かうと、すでに相手はそこで待っていた。
セルカは駆け寄り、ふたりとハイタッチを交わす。
「久しぶりってほどでもないよー。えへへ。でも、会えて嬉しいな」
「私もだよ。ねー、フアユちゃん」
「わ、私はそこまでじゃ……ちょっと、リーチカ、引っ張らないでよ」
フアユと呼ばれた、水色の髪を背中まで伸ばした女子の手を、リーチカ――肩口でふわりと広がる明るい茶色の髪の女子が引っ張る。
口調こそ少しきつめだが、照れたようにほんのりと頬を赤らめているところを見るに、本当に仲が良さそうだなと実感する。
「これ、セルカちゃんにお土産ー」
「まあ、あんたはここから出られないからね。せめてこれくらいはって」
「いいのー? ありがとう!」
言っとくけど、義務感よ義務感、と照れて顔を逸らすフアユのことをリーチカが微笑ましいものを見るように見つめている。
「なによ、リーチカ」
「なんでもなーい。ねー、セルカちゃん」
「うん! ふたりともありがとう! セルカの方は何もなくて――あ、そうだ、これならあるよ」
セルカはごそごそとポケットを探し、何か取り出したみたいだった。
「わー、きれー」
「貝殻ね。あんた、海に行ったの? モーリーさんは仕事って言ってなかった?」
「うん。だから、ルミナリエちゃんたちと行ってきたの!」
そこでセルカが俺たちの方を振り向いたので、俺とシスネはルミナリエたちの背中を押す。
「お姉様、行きましょう! お兄様も」
ルミナリエの手を取って先頭を歩きだしたのはマリエッタ姫だ。
「ルシオン。あの中には男の友人がいないように見えるが」
「そうでしょうね。セルカの友達ですから」
その場に立ち止まったまま動こうとしないレアード王子。
まあ、異性5人の中にひとりだけ男が混じってゆくのは、レアード王子くらいの年齢の男子だと、少し抵抗があるってことか。その気持ちは、わからないでもない。
レアード王子が二の足を踏んでいる間にすでに、ルミナリエとマリエッタ王女は顔を合わせていた。
「もしかして、ルミナリエ様? それに、マリエッタ王女? すごーい、本物だ!」
「ちょ、ちょっと、リーチカ。失礼でしょ! すみません、姫様方。この子ちょっとアホで」
「ひどい!」
そんなふたりの様子を見て、緊張――いや、緊張はしていなかったか、マリエッタ姫が楽しそうに笑う。
「いいわよ、別に、気兼ねなんかしなくて。普通にお友達になりましょう。ねえ、お姉様」
振り向いたマリエッタ姫に、ルミナリエが同意するように小さく首を動かし。
「そうですね。ですが、マリエッタ。あなたはもう少し礼儀を学んだ方が良いと思いますが。リーチカ、それにフアユ。初めまして、ではないのでしょうか? 神聖ヴァンブリグ魔法王国、第一王女のルミナリエ・シェスタローゼです。ふたりとも、セルカと同じように接してくださって構いませんよ」
ルミナリエが綺麗な礼を披露し、その場にいたセルカ以外のふたり、フアユとリーチカはその光景にしばし見惚れているように動かなかった。
「ほら、今度はあたしたちの番よ、お兄様」
まだ少し離れていた場所にいたレアード王子を引っ張って、マリエッタ姫はルミナリエに倣うように礼の姿勢をとる。
「同じく、第二王女のマリエッタよ。よろしくね、リーチカ、フアユ」
「神聖ヴァンブリグ魔法王国第一王子のレアード・シェスタローゼだ。私達は、姉上ほどではないが中々自由に外を歩き回るというのは難しい。しかし――」
「お兄様、堅すぎるわよ。そんなことじゃ、女の子にモテないわよ」
レアード王子が、たしかに少し堅く感じる挨拶をしていたところに、マリエッタ姫が呆れたという風に割り込む。
「お兄様の挨拶なんて聞いてたら明日になっちゃうわ。可愛い女の子たちに囲まれて興奮するのはわかるけど、早く遊びましょ」
「誰が興奮していると――」
レアード王子は反論の声を上げたが、マリエッタ姫はそれを無視する。
その間、フアユとリーチカは、前髪やら、服装やら、乱れていないか気にしているような素振りを見せていた。
年頃の女の子らしく、レアード王子の前に出るのには少し恥ずかしいのか、それとも、緊張しているのか。あるいは両方か。
「どうしたの? そういえば、セルカたちは一緒にいるときにはいつも何しているの? ひとりのときには聞いたけど」
「ええっとねー」
「ちょっと、セルカ」
顎に指を当て、斜めを見上げたセルカの腕をフアユが引っ張って行く。
「ちょっと、お姫様や王子様がいらっしゃるなんて聞いてないわよ」
「うん。だって、セルカもこの前初めて会ったばっかりだし」
セルカたち3人は額を寄せ合うように小声で内緒話をしており、さすがにそうまでされると俺たちのところまでその会話は届かなかったが、おそらくは、いきなりルミナリエたちが現れたことに対する説明を求めているのだろう。
「大丈夫だよ、フアユちゃん。セルカもすぐに仲良くなったから、フアユちゃんもすぐに仲良しになるよ」
「そりゃ、あんたはそうかもしれないけど……」
フアユの視線は、おろおろと動き、同じ立場であるはずのリーチカを探している様子だった。
「へー。マリエッタちゃん、セルカと一緒に海に行ったんだー。いーなー。私も一緒に行きたかったなー」
そのリーチカは、すでに馴染んでいる様子で、マリエッタ姫の語る海での話に耳を傾けている様子だった。
「フアユ。あなたが何を気にしているのかはわかっているつもりだ」
レアード王子は静かに近づいてゆくと、丁寧に頭を下げる。
「私たちがどう考えていようとも、王子、それに王女という立場は変えられない。仲良くしていると思われることで、他所の家からのやっかみを受けることになるかもしれない。その他にも、色々と問題に巻き込まれることになるのかもしれない。しかし、ここはどうか、私たちと手を取ることを容認しては貰えないだろうか」
友達になろうってだけの話であるはずなのに、随分と堅い会話が必要になるんだな。
セルカとはすぐに打ち解けられたみたいだったから、子供同士ってのはそういうものだろうと適当に考えていたけど、俺が元々、王族なんかとは縁遠い(どころか全く関係ないと言える)生活を送っていたからだったのか。
「シスネはどうなんだ? あのくらいの年齢のとき、いきなりお姫様とか王子様に友達になろうとか言われたらどう思ってた?」
シスネは少し考え込むように。
「私? 私はそうだなあ、やっぱり少し、気後れしちゃってたと思う。だって、雲の上みたいな人たちだもん。私だって、あのくらいの年齢のときには、お城で働けることになるなんて、本当に夢くらいにしか思ってなかったし」
やっぱり、そんなもんなんだな。
しかし、保護者的な立ち位置の俺たちが介入することで上手くいくわけでもないし、ここは見守るしかない。
レアード王子には少し試練かもしれないけど。
「大丈夫よ、私たちの姫様たちなら」
そういったシスネの顔には、ルミナリエたちに対する信頼が見て取れた。
そうだな。きっと。
「ねえ、ルシオン。セルカ様のお友達が女の子ばっかりで安心した?」
「は? 何でだ? セルカは女子なんだし、その友達なんだから相手も女子だろうと思ってたけど?」
いきなりなんだ?
シスネはじっと俺の顔を見てきていたけど、しばらくして、小さく息を吐き出し。
「なんだ、つまんないの」
「いや、つまるとか、つまらないとか、何の話をしてんだよ?」
さっぱり理由がわからず、俺は首を傾げた。




