ニコスハーデンの『聖女様』 19
◇ ◇ ◇
俺の通っていた学校に、結婚していたクラスメイトや同級生はいなかった。
しかし、こっちの世界――俺の知っている限りじゃこの国とエカルノ――に限っていえば、ルミナリエは9歳、ユーク王子は俺と同じくらいと、結婚の平均年齢は低い。
いや、ルミナリエとユーク王子の件は、少なくとも最初は、婚約って話だったみたいだし決めつけるのは早計だけど。
というか、俺はシスネの結婚を心配できる立場にはないだろうが。
シスネの結婚は両親が決めたものだと言っていた。
それ自体はこの国でも珍しくはないらしいし、シスネの両親だって、シスネの幸せを考えてその話をした、あるいは受けたはずだ。
だったら、関係ない第三者ですらない俺が口を挟むのは、お門違いというものだろう。
「――ルシオン、聞いているんですか?」
自分の名前を呼ばれたような気がして顔を上げれば、ルミナリエが俺のことを覗き込むようにしてきていた。
金の瞳はわずかに細められ、眉も心なしか寄っている。
弟妹の手前か、頬を膨らませるみたいな、あからさまな態度はとっていなかったけど、雰囲気は明らかに怒っている――拗ねているときのそれだ。
「えっ、ああ、悪い。聞いてなかった」
仕事の最中に使命を怠り、物思いに耽るなんて、あってはならないことだ。
俺は、国王様、王妃様から信頼されてルミナリエたちの護衛を任されているんだから、気の緩みなどもってのほかだ。
「本来であれば姉上だけの護衛だったはずなのに、私たちまでついて来ると言いだしてしまい、ルシオンの負担が増えてしまっていることはわかっていて、済まないと思っている」
レアード王子が頭を下げてくるので、俺はすぐさま否定した。
「いや、それは関係な――ありません。俺が別のことに気を取られていたのは事実ですから」
反省しなくてはならない。
もし、今の瞬間にでも襲撃されたりしていたら、どうなっていたかわからない。
「そうか。なにか問題が起こっていたのなら教えてくれるとありがたい」
レアード王子の心遣いには感謝しつつも、俺は以後は気を付けますと言葉を濁した。
なにせ、俺が気になっていたのは、俺の問題じゃないんだからな。この旅にも、もっといえば、ルミナリエにも、レアード王子やマリエッタ姫にも関係ない。
だから、大丈夫ですとだけ返事をする。
「まったく。ルシオン、しっかりしなさいよね」
そう言ってくれたシスネには感謝しかないけど、これだとシスネに気を遣わせてしまうという、本来の目的とは正反対の結果になってしまっている。
多分、シスネは自分の話したことが原因なんだろうと思っていて気を遣ってくれたんだろうけど、そしてそれは事実だけど、これじゃあ意味がない。
情けない。
俺は頬を叩いて気合を入れなおした。
「……それで、ルミナリエ。今日はどうするつもりなんだ?」
昨日までと同じように『聖女』と――セルカと親交を深めるつもりだというのなら、一緒に遊ぶなり、散策するなりするのか。
それとも、今のところは十分だというのなら、今回はこれで城に戻るのか。
あるいは、他に何か考えがあるのか。
幸い、というべきか、ここへ出立したのは王都での『お披露目』の直後だったので、次の『お披露目』までにはまだまだ時間はある、はずだ。
「えー、ルミナリエちゃんたち帰っちゃうの?」
俺の提案に最初に反応したのはセルカだった。
「フアユちゃんとか、リーチカちゃんは今日帰って来るって聞いてたから、ルミナリエちゃんたちのこと紹介したかったのに。せっかく仲良くなったんだし」
「セルカ。無理を言っちゃだめよ。姫様方には姫様方のご都合があるんだから」
モーリーさんが優し気に注意するのを聞きながら、俺たちは顔を見合わせた。
たしか、メンデル国王やフェリータ王妃は、ルミナリエたちに親しい友人ができることを喜んでいるような素振りだったな。
アンリエッタやリュゼが友人という立ち位置にいるかどうかは微妙なところだと思うけど、親しい――家族以外の親しい相手であることは確かだ。
それに、セルカの友人ということは、別に貴族だとか、そいうこともないだろうし、王子だとか、王女だとかの隔てのない友人になることができるかもしれない。セルカみたいに。
「いや、差し支えなければ、私たちもセルカの御友人にお会いしてみたい。その中に、もしかしたら、将来、私の片腕として信頼できるようになる相手がいるかもしれない」
「お兄様、堅ーい。たしかに、お母様は前に私達にも仲の良い相手ができるといいわねっておっしゃっていたけど、それって、別に将来のこととかだけじゃないと思うけど」
マリエッタ姫の言う通り、メンデル国王やフェリータ王妃の思惑はともかく、相手と仲良くなりたいという気持ちがあるのなら、それは尊重するべきだと思う。
王子だとか、王女だとかは関係なく、気の置けない友人の存在というのは、人生において大きな宝となるはずだ。
もちろん、レアード王子の考えも、王子としては立派な志だと思うけど。
「お姉様もそう思うわよね?」
「……そうですね」
話を振られたルミナリエは、俺の方へと一瞬顔を向けた後、少し考え込んだ様子で頷いた。
多分また、自分は『聖女』だから、とかなんとか余計な――ただし、本人にとっては重要な――ことでも考え込んでいるんだろう。
しかし、そうなると俺たちはどの立ち位置にいるべきなんだ?
多分だけど、相手――セルカの友達はルミナリエたちがいるってことを知らないだろうし、相手が王子様、王女様だって知ったら、緊張することだろう。
ルミナリエたちの恰好や、『聖女』の特性に関しては、セルカもいるから何とか誤魔化せるかもしれないけど、子供の遊びについて来る親は、少なくともセルカくらいの年齢になっていれば、まずいないだろう。
だからといって、護衛として、傍からあんまり離れすぎるわけにもいかないし。
「私たちのことは心配せず、御存分に親交を深められてください」
俺はどうしたもんかと悩んでいたが、すぐ隣でシスネは迷った様子など微塵も見せずに、即答していた。
常から、そうして姫や王子の意志を尊重するようにと訓練されているのだろう。
だから俺もすぐにシスネに同意してみせた。
「ああ。心配しなくて大丈夫だ。何の気兼ねなく、遊んできてくれ。煩わしいことは、全部俺たちが引き受けるから」
もしかしたらという程度だけど、アンリエッタのところに行ったときみたいに、ルミナリエ――『聖女』を狙っている奴らがいるかもしれない。
今回は、セルカも、セルカの友人も、加えて、マリエッタ姫とレアード王子までいるんだから、もし、同じようなことを考えている輩がいた場合、格好の集まりということになるだろう。
今までがサボっていたってわけじゃないけど、より一層、気を引き締める必要がある。
「じゃあ、セルカ。お願いね」
俺たちの話もまとまったと判断したのか、マリエッタ姫がセルカの手を握る。
「うん! 皆きっとすぐにマリエッタちゃんたちのこと好きになって、仲良くなるよ!」
「楽しみね」
盛り上がるセルカとマリエッタ姫、そして何やら決意を固めているらしいレアード王子。
しかし、ルミナリエだけは、何か言いたげな表情で俺のことをじっと見つめている様子だった。
「何か問題があるのか、ルミナリエ」
ルミナリエには、何か懸念が、あるいは、思うところがあるのかもしれない。
メンデル国王、フェリータ王妃の望んでいるらしいこととはいえ、本人が問題を覚えているのなら先に確かめておくべきだろう。
「……いえ、何でもありません」
そう言いながら、ルミナリエの表情は相変わらず何かを考えているようだった。




