ニコスハーデンの『聖女様』 16
正直、他人の家の風呂ってのは落ち着かないから、さっさと済ませてしまおう。
マリエッタ姫の言う通り、後もつっかえていることだし。
「引け目はあるけど、何にしても、一番風呂ってのは良いもんだなあ」
本当に俺は最後で構わなかったんだけど(なんなら浄化の魔法だけでも構わなかった)なんでマリエッタ姫はあんな提案をしてきたんだろうな。
まさか、この俺がいない間にルミナリエに何か吹き込むつもりなのか?
マリエッタ姫はルミナリエのことが大好きだから、あんまり変なことじゃないとは思うけど、なんでか嫌な予感がするんだよな。直前の態度のせいもあるのかもしれない。
マリエッタ姫も、何か隠して――企んでいることを隠そうとはしていなかったからな。
俺にとっても悪いことじゃないとか、私は味方だとか、あれは一体、どういう意味だったんだ?
「ルシオン」
ノックの音がして、聞こえてきたのはルミナリエの声だ。
考え込みすぎたか? 後がつっかえてるって言っていたもんな。
「今、あがる。もう少しだけ待っててくれ」
そう返事をすると、扉が開かれた。
「し、失礼、します」
「うぉっ!」
浴槽から出ようとしていた俺は、慌ててお湯に身体を沈める。
ルミナリエ! 一体、何を考えてんだ!
ルミナリエは、さっきまで着ていたはずのドレスを着ていない。
素肌にタオルを巻きつけただけの恰好で、真っ白な手足が伸びていて、緊張しているのか、ぎこちない様子で扉を閉める。
「ルシオンの、せ、背中を流しにきました」
「何言ってんだ!」
つい、声を荒げてしまう。
今、なんて言ったんだ、こいつ。
「ルミナリエ、お前、結婚前の男女がこういう事をしてんじゃねえよ。ましてや、恋人でもない相手にだな……」
いくら『聖女様』だって、こういうことはわからないってことか?
いやいや、そういう問題じゃねえ。
「で、ですが、マリエッタが、こうすればルシオンと仲がより深まると」
ルミナリエが真っ赤になったまま、囁く。
鵜呑みにしてんじゃねえ。そもそも、そんなに恥ずかしがるくらいなら、素直に言うことを聞いてんじゃねえよ。
「で、ですが、ルシオンがその、シスネが水着姿でいたのに見惚れていたみたいでしたし……」
そんなこともなかったと、自分では思っているんだけどな。
たしかに、シスネが抜群のプロポーションを披露していたことは覚えているけど、ルミナリエだって可愛らしく水着を着ていたじゃねえか。
そう答えたのに、ルミナリエはどこか不満げな様子だ。どうやら、可愛らしいってところに引っかかっているみたいだな。
まだルミナリエは子供なんだし、色気とかそういうところでシスネと勝負するのは、色々と勝ち目がないというか。
「ですから、私にルシオンの背中を流させてください」
「いや、待て待て。全然話が繋がってないだろ。どうしてそうなる」
マリエッタ姫に唆されたんだろうとはいえ、もっと自分を大切にした方が良い。
まだルミナリエは9歳で、そういう恋愛だとかの方面に興味関心の強そうなマリエッタ姫とは違い、自分のやっていることを自覚していないのかもしれないが、こんなことを平気でやっているようじゃ、この先が危険すぎるし、未来の旦那にも悪い。
「……迷惑でしたか?」
ルミナリエがタオルの合わせ目をキュッと握りしめ、弱気な口調で俯く。
「……いや、迷惑ってことはないけど」
女子がこんなに簡単に、家族以外の異性に素肌を見せるべきじゃないと教えてやるべきか? しかし、そんなことを言えば、なんだか俺がルミナリエを意識しているみたいに聞こえる気がする。
いや、全く意識してないってことはないんだけど、これは流石に予想外というか。
「いつも、ルシオンには世話になっていますし、感謝もしていますから。私にも身体で返させては貰えませんか?」
「言い方!」
多分、ルミナリエ本人は、自分で身体を張って背中を流します、みたいな意味で使っているんだろうけど、それだと、まるで俺が年端のいかぬ女児を相手によからぬことをしている悪役みたいじゃねえか。
「え?」
実際、当のルミナリエは何のことだかわからないというようにポカンとしている。
いや、俺も情けなかったな。
この頃、妹くらいの年齢の女児を相手に狼狽えることが多くなっている気がする。接する機会も増えているから、当然と言われれば、そうだと言える部分もあるのかもしれないが。
血の繋がった家族であるクティスやファルと、ルミナリエを比べるってのも間違っているとは思うんだけどな。
まあ、マリエッタ姫に唆された部分は大きいんだろうけど、ルミナリエもルミナリエで、全く何も考えていないってこともないんだろう。
だとすれば、このままただ追い返してしまうのも、悪い気はする。
もっとも、こんなことがメンデル国王にでもばれたら……あの国王様なら、笑って詳細でも聞こうとしてくるかもしれないから、絶対に話せないな。
「では、ルシオンはそのまま座っていてくださいね」
ルミナリエの手が俺の背中に添えられる。
石鹸によりぬめりを増したその掌は、想像していた以上にすべすべとしていて、手を繋ぐ時とはまた違う感覚だ。
「ルシオンの背中……なんだか、色々と傷がついていますね」
「そりゃあ、まあ、鍛練とかも外でしたりするから」
目立った傷がついていないのは、あんまり大きなものは魔法で治癒しているからだ。
使い過ぎると身体の免疫機能だとか、自然治癒力だとかに良くないって話だけど、たしかに、いちいち全部やってたらキリもないしな。
背中越しにルミナリエの吐息というか、手の感覚が伝わってきて、表情を見なくても一生懸命にやってくれているのがわかる。
「ど、どうですか?」
「……あ、ああ。気持ちよく汗も流せた」
正直、感想を伝えるどころじゃなかったし、適当な感想だったと思ったけど、ルミナリエは満足そうに「そうですか、よかったです」と呟いた。
俺の方こそ、本人が満足したなら良かったんだけど。




