ニコスハーデンの『聖女様』 15
まあ、セルカがどんなつもりなのかは知らないけど、やりたいことがあるというのなら、付き合うくらいはやぶさかでもない。
それに、こんな小さい――妹くらいの年齢の子供が、俺のためにと張り切ってくれているらしいんだから、その行為を無下にはできないしな。
そう思ってはいたものの、日中にセルカが何か言いだすことはなく、俺も、まあ子供の思い付きだし、というくらいに忘れかけていた頃。
「えー。ルミナリエちゃんたち、今日も帰っちゃうの?」
夕食は一緒に食べたものの、さすがに泊ってゆくのは迷惑だろうと挨拶をしていたところ、そんなことをセルカが言い出した。
「セルカ。わがままを言っちゃだめよ。姫様方には姫様方のご都合があるのだから」
モーリーさんがセルカを嗜める背後から、マリエッタ姫が首をのぞかせて。
「あら、構わないわよ。あたしも丁度、もっとセルカと一緒に遊びたいと思っていたところだし」
「何を無茶なことを言っているんだ、マリエッタ。これ以上、この家庭に迷惑をかけられはしないだろう」
「お兄様こそ何を言っているのよ。そのセルカが一緒にいたいって言っているんじゃない」
レアード王子の言葉を軽く受け流し、ねー、とマリエッタ姫とセルカが顔を見合わせて笑い合う。
「ねえ、お母さん。マリエッタちゃんたちに泊まっていってもらったらダメ?」
「え? ええっと、それは……」
セルカに見つめられたモーリーさんは、助けを求めるように俺たちに視線を投げかけてくる。
そんな風に見られても、俺には決定権はないから、困るんだけどな。
泊まる、と言い出したのはマリエッタ姫だし、それを許すかどうかの裁量はモーリーさんに握られている。
「私は構いませんけれど、姫様方にはこのようなところではご不便をおかけしてしまうのではないでしょうか?」
マリエッタ姫の圧に押されたのか、愛娘のお願いを断り切れなかったのか、ともあれ、モーリーさんはマリエッタ姫の提案に否はないらしい。
「ありがとう、モーリー。やったわ、セルカ。お泊り決定よ」
「わーい」
マリエッタ姫とセルカはふたりで盛り上がっていて、正直俺たちは勢いに取り残された感が否めなかったが。
「マリエッタ。モーリーはただあなたの頼みを断ることができなかっただけです。こんなに大人数では、迷惑が掛からないはずがありません」
ルミナリエが冷静に判断を下す。
まあ、常識で考えれば、いきなりこんな風に大人数で泊まるとか言われても、ホテルやら民宿やらじゃないんだし、困るよなあ。
「じゃあ、あたしとルシオンだけでここに泊まるわ。お姉様たちは宿に戻ればいいじゃない」
さらりと巻き込まれる。
どうして俺なんだ? 女同士で泊まるなら、シスネの方が適任じゃないのか?
「だって、そっちにはお兄様って男手があるけど、こっちには居なくなるじゃない。何があるかわからないのよ?」
いや。
何があるのかわからないっていうのなら、むしろ何かがあるとすればこっちの方が確率は高いんだし、セルカからは離れていた方が良いんじゃねえかな?
「それに、あたしはセルカと一緒にいるんだし、シスネがこっちに来ると、お姉様と一緒にいるのがお兄様とルシオンってことになるのよ? 危険じゃない」
「何が危険だ!」
レアード王子が、堪えきれずに声を上げ、はっとした様子で辺りを見回す。
そんなに遅くなっていないとはいえ、夜は夜だしな。
マリエッタ姫の言っていることに同意するつもりじゃないが、内容自体はわからなくもない。ルミナリエと離れるのは、俺の役割的にどうなんだと思うところもあるが、仮に別れることになれば、そう別れるのが最適だろうとは、理解できる。
「私も……お泊りを、してみたいです」
そして、思わぬところからも援軍が現れる。
正直、ルミナリエは反対の立場を貫くだろう、あるいは、どうにかしてマリエッタ姫を説得する側に回るだろうと考えていた。
それは俺だけじゃなかったらしく、レアード王子も驚いたような顔をしている。
マリエッタ姫は笑顔だから、こうなるだろうと予測していたってことになるんだけど。
そして。
「――あの、モーリーさん。俺たちもここへお邪魔させて貰っても構いませんか?」
ルミナリエがしたいということなら、俺はそれを後押ししたいと思っている。
普段は――基本的に――理性的に行動することが多いルミナリエが、自分の希望を述べることはあまりない。それは以前、国王様や王妃様も言っていたことだ。
「ご迷惑かとは思いますが、私からもお願いいたします」
シスネが丁寧に頭を下げ、俺もそれに倣う。
こういう所作が綺麗なのは、さすがにお城に登用されるメイドということはある。
「先ほども申しましたけれど、私は構いません。むしろ、歓迎いたします。うちが賑やかになって嬉しいですから」
嬉しそうにシスネを見つめるモーリーさんの様子をみれば、どうやら、お世辞とか、社交辞令の類ではなく、本気でそう思ってくれているらしい。
「それじゃあ、セルカ。遊びましょう? リベンジよ」
早速、マリエッタ姫とセルカは床に広げ始めてしまって、どうやら本当に泊まることは決定したらしい。
まあ、泊まることに異議はない。
しかし、泊めてもらうというのなら、それなりの礼は尽くさなければいけないだろう。
「じゃあ、俺が食器――」
「私が食器を洗います。ルシオンは、お風呂の方の準備をしてきてくれる?」
シスネはさっと流しに立つ。
まあ、手伝うことは決めていたし、どちらでもいいか。
「ルシオンさん。そのようなことは私が――」
「気にしないでくれ――ください。泊めてもらうんだから、このくらいは。場所だけ教えて貰えますか?」
よし。
風呂掃除は毎日やっているし、それなりに自信はある。
何より、魔法を使えば手で磨くよりも綺麗にできるってのがいい。最近、魔法に慣れてきたから、ルミナリエの部屋で掃除なんかをしていても、そう思う。
もっとも、風呂場が汚いということはなく、綺麗だったけれど。
「ルシオンが先に入っていていいわよ」
洗い終え、報告にゆこうとしたところ、風呂場の前の脱衣所の扉から、マリエッタ姫が顔をのぞかせた。
「いや、そういうわけにもいかないだろ。俺なんかは、最後でいいよ」
なにしろこっちは客の立場だし。
「なるほど。お姉様の残り湯を堪能したいってわけね」
「そんなこと言ってないだろ」
大体、最後でいいって言ってるのに、残り湯も何もないだろうが。
「とにかく、ルシオンとシスネは疲れているだろうから、最初でいいわよ。シスネは今、馬車まで行っているから、ルシオンが最初ね」
半ば急かされるような感じで、マリエッタ姫に風呂場へと押しやられる。
ここまでくると。
「何か、俺を先に入れたいわけでも?」
「どうかしら? でも、ルシオンにとっても、悪いことじゃないわよ。あたしは味方よ」
なんの味方なのかは教えてくれないんだな。
それに、悪いことじゃないって、何かが起こることが確定しているような言い方で怖いんだが。
「ほらほら。後がつっかえてるから早くね」
だったら最後に回してくれてもいいんだけど。
しかし、そんなことくらいで反論するのもなんだし、マリエッタ姫にもなにか考えがあってのことだろうと思うと、それを無下に断ってしまうのも悪い気はする。
女性陣やレアード王子には悪いと思ったけど――そもそも個人的には何が起こっているのか怖いってだけで、悪い提案では全くなかったし、あ、いや、他の人たちには悪いと思ったけど――俺はその提案を受けることにした。
正直、浄化の魔法で事足りるけど、家主の意向みたいだしな。




