ニコスハーデンの『聖女様』 14
◇ ◇ ◇
サンベルードでは『聖女』――アンリエッタの監禁があったり、フリーレンではルミナリエへの襲撃があったりと、俺が遭遇する『聖女』に関連した場面ではいつも何かしらの事件が起こっていたので、このニコスハーデンでもひょっとしたら何か問題が起こるんじゃないか、あるいは、すでに起きているにもかかわらず、表面化していないだけなんじゃ、と思ったりもしていたが、それはどうやら杞憂だったらしい。
というのも、ルミナリエやセルカたちと海へと遊びに行ってから数日が経過しているものの、誰かに狙われている気配も、何かが起こる様子もなく、街の中はいたって平和で、本当にただバカンス、あるいは観光に来ただけの感じになってしまっていた。
ここ数日、俺たちがしたことといえば、猫と戯れ、カードやらボードゲームやらで遊び、海で泳ぎと、まるで普通に友達と一緒に遊んでいるだけといった感じだ。
まさに普通の、年頃の子供って感じで、もちろん、それはそれでいいことだし、望んでいたことではあるけど、拍子抜けしたというか、なんというか。
こんなことじゃまずいな。
いや、この街の雰囲気は悪くない、むしろ良いんだけど、まずいのは俺の気の持ちようの方で。
護衛である俺がこんな風に気の締まらない様子でいてはだめだな。
「どうしたんですか、ルシオン」
「うおっ!」
ふと気が付けば、目の前までルミナリエの顔が近付いてきていて、宝石のような金の瞳で、俺の心の奥底まで覗き込んできそうなくらいに、見つめられていた。
心臓に悪いから できれば遠慮して貰いたい。
「どうしたんですか、いきなり大きな声を出したりして」
俺の行動が珍しかったのか、心配そうな顔をさせてしまう。
「い、いや。ちょっと、思ったよりもルミナリエの顔が近くにあったから焦っただけだ」
ルミナリエの外見が飛び切りに美しいってのは知っていた。
毎日、近くで過ごしているんだから、気が付かない、気にならない方が無理ってもんだろう。それは、相手が9歳の女児だからってのとは関係がない。
例えるなら、職人に丹精に造られた人形を見たり、芸術家の描いた絵画を見て心に浮かぶ想いと同じようなものだ。
同じようなものだと、思っていたんだけどな。
「……全部シスネのせいだぞ」
マリエッタ姫と、レアード王子の手を引きながら、道の前を歩くシスネに恨みがましい視線を向ける。
大体、俺の方に護衛の『聖女』をふたりとも預けるって、配分がおかしくねえか? いや、別にレアード王子とマリエッタ姫の護衛を蔑ろにしているってわけじゃないんだけど。
「……シスネがどうかしたんですか?」
ルミナリエが、不安そうな、いや、これは不満なのか? とにかく、少しだけ唇を尖らせながら、上目遣いに俺を睨んでくる。
『聖女』であるルミナリエは、誤魔化すことはできても、嘘をつくことはできないらしい。
だから、俺もできるかぎり、ルミナリエたち『聖女』に対しては(本来なら、誰に対してもそうあるべきなんだけど)誠実でいようと思っている。
けど、これは、ルミナリエに話してしまって大丈夫なことなのか? そりゃあ、話すことで不安がなくなるというのなら、いくらだって話したいとは思うけど、何となく引っかかりを覚えて、話すことが躊躇われていた。
「いや、シスネは関係なくて、お前の――ルミナリエのことなんだけどな」
「ルシオンが悩んでいるのは私のことなんですか?」
俺はついルミナリエを凝視してしまう。
瞬きを数度してみても、そこにいるのは間違いなく本人だ。
「そうだけど……なんで、嬉しそうなんだ?」
「え? い、いえ、別に嬉しいだなんて、そんなこと思っていませんよ。私のことでルシオンを悩ませてしまうなんて、申し訳なく思っています」
そう言いながら、ルミナリエはやっぱりどこか嬉しそうだ。
雰囲気というか、表情というかが、なんというか、その、普段見せている美貌より、可愛らしいというか、可愛いというか。
理由はわからなかったけど、幸いなことに、ここにはルミナリエの気持ちをわかっていて、俺に教えてくれるアドバイザーになってくれそうな相手がいる。
シスネとか、マリエッタ姫とかだと、自分で考えなさい、って言われそうだけど。
「なあ、セルカ。少し聴きたいことがあるんだけど構わないか?」
ルミナリエとは反対側を向き、少し腰を屈めてセルカの耳元に口を寄せる。
「どうしたの、お兄ちゃん。セルカに何でも聞いていいよ」
天真爛漫な様子でにこにこと微笑んでいるセルカは、出会ったときからずっとこんな調子だけど、何かいいことでもあったのか?
まあ、本人が楽しそうにしている分には良いんだけど。
俺は今のルミナリエとの会話を繰り返した。
正直、年下の女子に何話してんだと思わないでもないけど。
「――そんなことがあったんだけど、なんでルミナリエが楽しそうにしているのか、理由はわかるか?」
多分、これも女心だとかの訓練に繋がるんだろう。
これを理解できれば、ルミナリエやマリエッタ王女、シスネやユーク王子にも言われた課題――でもないけど、それの解決に近づくことができるんじゃないかと思うんだよな。
「そんなの決まってるよ」
セルカはにこにこと嬉しそうに。
「お兄ちゃんとルミナリエちゃんは仲良しさんなんでしょう? そんな相手が、自分のことを考えていてくれると思ったら、嬉しくなると思うな」
「それは、セルカもそう思うってことか?」
それは、セルカだからそう思うのか、あるいはルミナリエや、他の女子にも当てはまることなのか。
「それが好きな相手なら、自分のことを考えてくれているんだって思ったら、嬉しくなっちゃうよ。誰だってそうだよ」
まあ、たしかに。
知らない相手からって考えると、怖いとか、恐ろしいって感情の方が先に来るかもな。
「お兄ちゃんも、ルミナリエちゃんのこと大好きなんだね」
無邪気な顔で笑いかけてくるセルカだが、俺は思わずその言葉にどきりとする。
俺が、ルミナリエを何だって?
「私もルミナリエちゃんのこと好きだよ。それから、マリエッタちゃんのことも」
ああ、そういうことか。
無駄に驚いた。
ん? 驚いた? なんで俺は焦ってんだ?
俺は自分の心の動きに首を傾げつつも。
「ああ、そうだな。好きか嫌いかで言えば、好きだろうな」
そんなに極端ではないはず(だと思う)し、より正確に言うのなら、放っておけないって感じだけど。
寂しくなって、異なる世界にまで助けを求めてくるような相手の手を、ましてや年下の女児なら、無下にすることなんてできはしない。
まあ、恋愛感情――特に恋の方とは関係ないと思うけど。
「じゃあ、お兄ちゃんとルミナリエちゃんがもっと仲良くなれるように、セルカも協力してあげる」
そう言ってセルカは、やはり無邪気に微笑んだ。
一体、何をするつもりなんだ?




