ニコスハーデンの『聖女様』 13
◇ ◇ ◇
夕方。
俺とシスネはルミナリエたちを背負ったり、抱いたりしながら、馬車まで運ぶ。
「たくさん遊んでいたもんね。そりゃあ、疲れちゃうわよね」
眠っている子供を運ぶのは結構大変で、俺がやると言ったんだけど、結局シスネにも手伝ってもらうことにはなった。
「それに、泳ぐのは初めてって言ってたしな。遊んでる最中は気にならなくても、着替えたりして気持ちが切り替わったからなのかもな」
更衣所から出てきた時、女子組、特にはしゃいでいたマリエッタ姫とセルカはうつらうつらとしていて、ルミナリエも眠たそうにしながら、目の辺りを擦っていた。
シスネが手伝ったようで、着替えやらはきちんとできていたけど、ふらふらとしながら歩いている姿は非常に危なっかしく、このままでは危険と思い、距離的には近くとも、馬車を頼むことにした。
「ルシオンもお疲れ様。結構遠かったでしょう?」
「いや、そんなことはないぞ。今日の鍛錬にもなって丁度良かった」
それより、俺が馬車を呼びに行っている間に、ルミナリエたちを任せてしまっていたシスネの方こそ、負担が大きかったと思うんだが、多分、シスネに聞けば、全然そんなことはないと言うんだろうなと予想はついたので尋ねたりはしなかった。
「それにしても、姫様達は楽しんでいたようで良かったわね。いつも、お城の中だけが生活空間でしょ? できることも、会える人も限られてくるし、今まで、こんな風に普通に遊べる相手なんていなかったから」
ルミナリエとは違って、マリエッタ姫やレアード王子は普段から街へは出ているって話だけど、それでもセルカみたいに気さくに話せる相手なんてできようもなかったのかもな。
ふたりとも『聖女様』じゃなくても、王子様とお姫様なわけで、友達に話しかけるみたいに対応するのは難しかったのかもしれない。
「ご報告したら、国王様と王妃様もきっとお喜びになるわよ。おふた方とも、姫様方に同年代の御友人を作って差し上げたいみたいな話をしているのがちょっと聞こえたりもしていたから」
「いっても、セルカだけだけどな」
ひとりでも友達、いや、友人というべきか。
ルミナリエはアンリエッタにも会っているけど、友人って関係になれたのかどうかは、微妙だったからな。それどころじゃなかったし。
でもまあ、行って行けない距離じゃなし、これからだって『お披露目』の時期と被らないようにすれば、遊びに行けるとは思うけどな。例えば、この前みたいな状況になっていないかどうかの確認に、とか。
もっとも、この前ルミナリエが特務小隊の方には注意をしていたから、早々、問題が起こるとは思えないが。
「あら。まったくいないのと、ひとりでもいるっていうのは、大きな違いよ。そのうち、ルミナリエ様もルシオンより仲の良いご友人ができて、ルシオンから離れて行っちゃうかもね……ごめん、冗談よ。そんな顔しないでよ」
「どんな顔だよ」
何故かシスネに謝られたけど、俺はそんなに変な顔をしていたつもりはないんだけどな。
「冗談って、そんなことないだろ。ルミナリエに……『聖女』にそういう仲の良い友人とかができるのは良いことだと思うぞ。『聖女』が特別だってのはわかるけど、そう、このニコスハーデンでのセルカみたいな雰囲気がどこでだって作れると思うんだよな」
この間のレアード王子がいた時のお披露目みたいな例もあるから、一概には言い切れないのが厄介なところだけどな。
それにしたって、周囲の人間、俺たちがより気を付けてみていれば……その結果が『聖女』の現状なのかもしれないけど。
「それなら、ルシオンがルミナリエ様の行く先に全部ついていけば解決じゃない」
シスネが、名案よね、みたいな顔で提案してきた。
なんでそんなにいい顔をしているんだよ。
「いや、それは無理があるっつうか、そのお目付け役的な役目がいなくても、って話をしてるんじゃねえか」
「何言ってるのよ、ルシオン。ルミナリエ様は『聖女様』だけど、それより前から『お姫様』なのよ? どこへ行くにしたって、護衛がつくのは決まっているじゃない」
いや、そんな、常識でしょ、みたいに言われても。
そもそも、こんな風に姫様がいるところで暮らしていたわけじゃないし、とは説明できないから難しいんだが。
「ルシオンだってわかるでしょう? 次に国王様の位を継がれるのはレアード様だけど、王家っていうのは要するにこの国を建てる元となった方の子孫ってことなのよ? 敬意を払うのは、当然とかそういう以前の問題なのよ」
それに、ルミナリエ様はまだ9歳でいらっしゃるし、とシスネは付け加える。
王家云々は、雰囲気としてわかるってだけだけど、そっちの方が理解できる。
たしかに、小学校低学年ともいえる年齢の女子を、親――俺は親じゃないけど――の元を離れてひとりでどこかへ行かせるってのには不安があるな。
そう考えると、国王様と王妃様はよくこの旅を許してくれたもんだ。いくらルミナリエの提案とはいえ、サンベルードのときには護衛だって俺だけだったし。
それだけ信頼されているってことなのか? そんな信頼を得られるような真似をした覚えはないんだけどな。
まあ、国どころか、世界の違う話だしな。俺が考え過ぎても仕方ないのかもしれない。今までも、王家の中だったり、外だったりに、同じような考えをした人間が全くいなかった、とは言えないだろうし。
それでも今の体制で続いているのは、そうされるだけの理由があるってことなんだろう。
すこし寂しい気もするけど。
「へえ。ルシオンはそんな風に考えているのね。私なら、ルミナリエ様を独占できてラッキー、見たいに考えるかもしれないけど」
「いや、まあ、ルミナリエの隣を独占できるってのはそれなりに役得を感じなくもないけど……って、何言わせんだよ」
しかし、口に出してしまったものはもう遅い。
正面に座るシスネの顔には、ごちそうさま、と書いてあるようだった。
俺は、舌打ちをするのは何とか堪え、窓の外へと目を向ける。
俺も俺で何を考えてんだ。そんなこと、できるはずもないだろう。
「どうして? ルシオンも相手がお姫様だからとか、そういうの気にするの? ルシオンはそんなこと気にしないように見えていたわ」
「気にするっつうか、気にしてるのは別のことだけどな」
シスネの顔には疑問が浮かんでいるようだったが、何も聞かれなかったので、俺も何も答えずに口を閉じた。
気にしてんのは、相手がお姫様だからってことじゃなくて、ルミナリエがこの世界の住人だからってことだ。
俺だって、家族を心配させすぎるわけにはいかない。ずっと隣にいることができるかどうかもわからないのに、中途半端なことはしたくない。
仮にここが宇宙空間みたいなもので、相対理論がどうのこうのって話になると詳しくはわからないんだが。
「いや、やっぱり何でもない。とにかく、大事なのは俺よりもルミナリエの気持ちだろ、そういうのは」
なんだか、だんだん話がずれてきているように感じるのは気のせいか?
それはともかく。
そういう役目は、ルミナリエが安心できる相手に任せた方が良いだろう。俺みたいに、どこぞの馬の骨とかじゃなくて。
そう言った直後、ルミナリエが俺の肩へと寄りかかってくる。
すっかり安心しきったような、無防備な寝顔を晒して。
こいつ、本当は起きてるんじゃないだろうな? 確かめる勇気はないが。
「じゃあ、やっぱルシオンしかいないじゃない」
くすくすと微笑んだシスネにそう言われるのも、今は仕方のない気がした。
そして、そう言われるのも、悪い気はしなかった。




