ニコスハーデンの『聖女様』 12
シスネは当然のこと、セルカも泳げるってことだったから、教えるのは手分けをするべきだろう。
個別に指導した方が要領もいいし、教わる側にとってもそっちの方が良いはずだ。
「じゃあ、お兄様にはシスネが教えて。あたしはセルカに教わるから、ルシオンはお姉様ね」
「ちょっと待て、マリエッタ。何故配置を変える必要がある。私は今までルシオンに教わっていたのだから、そのまま、そちらはそちらで分担すればいいだろう」
俺がマリエッタ姫に講義することは難しいので、レアード王子が言ってくれて助かった。
別に、ルミナリエに泳ぎを教えるのが嫌とか、そういうことじゃなくて、その、あれだ、同性の方が色々と便利だろう。
しかし、マリエッタ姫の御気には召さなかったらしく、これ見よがしな溜息をついていた。
「そんなことだからお兄様は女の子にもてないのよ。将来、好きになった相手ができたときに苦労するわよ?」
それとも、とマリエッタ姫はシスネの方へと視線を向け。
「もしかして、お兄様。シスネが相手だと色々と気になって集中できないとか?」
レアード王子は茶色の瞳を見開き、シスネの方へと顔を向ける。
マリエッタ姫。レアード王子をからかって楽しんでるな?
そのレアード王子はといえば、シスネのことをじっと見つめ(どこをとは言わないが)一気に顔を紅くして声を荒げる。
「そ、そ、そんなこと、あるわけがないだろう。次期国王として、女性にみだりに、邪な思いを抱いたりはしない」
慌てて答えるレアード王子は、見事にマリエッタ姫の術中にはまっている。
まあ、レアード王子くらいの年齢の男子にとって、シスネくらいの――俺と同じくらいだから、あっちで言えば高校生ってところか?――年上の異性に、まったく興味がないってことはないだろう。
同じ男、この場に存在する唯一の味方として、助けに入りたいのは山々だったが。
「じゃあ、問題はないわね。さあ、やりましょう、セルカ」
セルカは、こちらの何となくぎこちない雰囲気を悟ったのか、心配するような顔で俺たちの方を見ていたが、マリエッタ姫に引きずられるような形で離れて行ってしまう。とはいっても、数メートル程度だが。
「私もレアードはもうすこし異性に対する免疫をつけておいた方が良いと思います。お父様はお母様一筋なので問題ありませんでしたが、この先、あなたに対してそういった色仕掛けによって命を狙ってくる輩が現れないとも限りませんから」
「そうか……私は同性の方が気軽で良いと思っていたのだが、姉上がそう危惧されるのなら、私も、父上の跡を継ぐ者として、訓練をしていた方が良いのかもしれない」
そんなことで説得されていいのか?
というより、ルミナリエも、そうするとお前の相手は俺がすることになるんだぞ? わかってんのか?
「も、問題などありません。それとも、ルシオンは私が相手では不満でしょうか?」
「いや。不満なんかないけど……」
少し拗ねている感じのルミナリエは、これはあれか? 俺たちが知らず離れていたから、姿が見えずに寂しいとか思っていたのか?
たしかに、ルミナリエを放って離れはしたけど、ユーク王子とナンパに出かけた時とは違って、視界に入る範囲にはいたんだし、周りにはマリエッタ王女にシスネ、それからセルカまでいて一緒に遊んでいたんだから、そこまで寂しさは感じなかったと思ってたんだけどな。
「別に寂しかったわけではありません。そもそも、ルシオンは私の暇つぶし相手なのですから、私の相手をするのは当然です」
「そ、そうか」
ふいっと拗ねた感じに顔を反らしながらそう言うルミナリエの、えもしれない迫力というか、雰囲気に負け、俺は頷いてしまう。
別に俺としても、なにか不満があるわけじゃないし、ルミナリエに教えることに問題があるわけじゃあないんだけどな。シスネは多分、俺なんかより上手く教えられるだろうし。
「じゃあ、教えるけど、ルミナリエはどこまでできるんだ? さっき、レアード王子には顔を水につけるところまでしか教えられなかったんだけど」
具体的な泳ぎ方の指導には入ってなかった。
指導って呼べるほど立派なものなのかは、おいておくとして。
あるいは、あちらの、魔法がない世界とは違う、魔法がある世界に特有というか、魔法を活用した最適な泳ぎ方みたいなのもあるのかもしれないけど、それは教えられないから、あくまで俺の知っている一般的な泳ぎ方になっちまうけどな。
それがこの国では変な泳ぎ方だととられる可能性は、無いとは言えない。
「問題ありません。そもそも、泳ぎ方などというのは過程であって、結局、水を進むのに効率的な方法であれば良いわけですから」
「まあ、ルミナリエが良いなら構わないか。じゃあ、まずは水に顔をつけたりは、できるよな?」
レアード王子と同じように水中眼鏡っぽいものを作る訓練をしてから、とりあえず、けのびの練習から始めることにした。
「こう、真っ直ぐに両手両足を伸ばして浮くだけだ。足を動かすのとかは次でいいから、まずは、それからだな」
「その手は何ですか?」
俺が掌を出していることを疑問に思ったらしい。
「最初は俺が下から支えるから。でも、水に入るのにも、手ほどきくらいはあった方が良いだろ」
俺はルミナリエの横に立ち、伸ばした腕と腰の下あたりに手を入れる。
「!」
「俺が支えてるから、そのまま足を――どうかしたか?」
「い、いえ、何でもありません」
「そうか? なら、そのまま足を海底から外して投げ出してくれるか?」
それとも、もう少し沖の方、ルミナリエの足がつかないくらいのところまで行った方がやりやすくなるか?
俺はルミナリエの腕と腰の下に手を入れたまま後退してゆく。
「ル、ルシオン」
やはり、足がつかなくなってくるのは不安らしい。ルミナリエはその月のような金色の瞳を不安そうに歪ませる。
未知の現象にはいつだって興味を持っていたルミナリエだが、こればかりは、ある意味、生命の危機にも繋がることだからな。
「大丈夫だ。俺が必ずお前を支えているから」
「!」
身長差があるんだから当然だが、ルミナリエの足がついていなくとも、俺の足はまだ海底と繋がっている。
「まずはバタ足だ。足を交互に上下に動かすんだけど、できるか?」
「……やってみます」
水が俺にかかるのは心配しなくていいから大きく、と教え、俺の方は隣から正面へと移動してゆく。
そのままルミナリエの両手を引くような体勢になり。
「俺が手を持ってるから、まだ顔はつけなくても大丈夫だぞ。ゆっくりでいいからな」
「はい」
そして、ルミナリエの手を引いて、浜の方へと誘導するように進行方向を変えてやる。
波は穏やかで、そのおかげではなく、ルミナリエは自力で、バタ足により浜まで泳ぎ着くことができた。俺の引く力なんて本当にわずかだったからな。むしろ、俺がルミナリエに押されていたともいえるかもしれない。
「ルシオン。私は泳げていましたか?」
「ああ。完璧だ。じゃあ、次は手を離してみるか。もちろん、そうすると沖に出るのは危ないから浅瀬になるけど、もう、身体を水に浮かせる感覚は大体わかるだろ?」
褒めて欲しそうに俺のことを見上げるルミナリエの濡れた髪を撫でると、ルミナリエも満足したように微笑む。どうやら、今回は正解だったらしい。
「はい。ですが、まだ、手は離さないでくださいね」
それから俺たちは浅瀬で訓練を続け、お昼にしましょう、とマリエッタ姫が呼びに来る頃には、ルミナリエはすっかりバタ足をマスターしていた。




