ニコスハーデンの『聖女様』 7
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そして翌日、俺たちは近くの浜まで遊びに来ていた。
元々、このニコスハーデンは海の近くの街であり、白いビーチが綺麗だと、シーズンになれば観光客なんかでも賑わうらしいが、今は観光シーズンより前であり、泳ぐにしては若干肌寒くも感じられるところだが。
もっとも、幸いと言っていいのか、今日の太陽は頭上で眩しく輝いており、半袖でいることにも何の躊躇いも持たない気候ではあるけど。
「ルシオン。私達は本当にこんなことをしていても構わないのだろうか?」
パラソルを浜辺に差す俺の後ろからそんな疑問を呈してくるのはレアード王子だ。
上半身には何も纏っておらず、無防備と言える状態だが、俺が目を光らせていれば、余程の事態でない限りは対応することができるだろう。
「構わないんじゃない……ですか? そもそも、俺たちが言ったところで止めることはできませんでしたよ。それに、レアード王子も賛成していたじゃないですか」
俺たちが浜に降りてのんきに(というわけでもないが)パラソルなんかを準備している理由はもちろん、女性陣、特にマリエッタ姫とセルカの提案によるものだ。
今朝。
起きて食事を一緒にしてから、マリエッタ姫は待っていましたとばかりに切り出した。
「せっかく近くにあんなにきれいな海があるんだから、遊びに行かなくちゃ! セルカも行きたいわよね?」
「うん! ひとりじゃ行ってもつまらないし、お姉ちゃんたちと一緒に行けるなら嬉しいな」
無邪気に笑うセルカにマリエッタ姫が抱き着き、この時点でほとんど決定事項のようなものだったんだが、まだ希望はあった。
「マリエッタ。私達は遊びに来たわけではありませんよ。それに――」
「でも、お姉様。セルカは遊びに行くって言っているんだし、セルカと一緒に行くことがあたしたちの目的にも合っているんじゃないかしら?」
反論しようとしていたルミナリエだったが、セルカが望んでいて、一緒に行くのだという理由を持ち出されては、言葉をなくした様子だった。
「それに、お姉様」
マリエッタ姫は企みがあるような笑顔で俺のことをちらりと見やり、ルミナリエの耳元で何かを囁いていた。
途端、ルミナリエの顔が真っ赤に染まる。
「なっ、そ、そんなこと、できるはずがありません!」
自分の声の大きさに驚いたのか、ルミナリエは慌てたように口元に手をやり、マリエッタ姫をじっと見つめる。
「ふぅん。じゃあ、お姉様はあたし達とは一緒にいらっしゃらないで、何をなさるつもりなの?」
「それは、街の人たちにセルカのことでより詳しく調査をするつもりです」
何を検証したいのかはわからないが、ルミナリエにはルミナリエの考えがあっての事だろう。
まあ、範囲とか、あるいはセルカが意識しているわけではないだろう『加護』についてとか、そんなことだとは思うけど。
「お兄様。お兄様はあたしに賛成よね? お父様は見聞を広められるようにともおっしゃられたんだし、お兄様はまだ海で遊ばれたことはないでしょう? あたしと一緒で。王様になるには色々な経験が必要だってお父様もいつもおっしゃっているじゃない」
ルミナリエを説得する前にまず、マリエッタ姫はレアード王子の抱き込みにかかった。
次期国王としての責任感を十二分に持つレアード王子なら、国王になるには色々と経験が必要だという父王様の言葉は強い意味を持つに違いない。
「海に来られる機会なんて、この先何度もあるとは限らないわよ、お兄様。でも、国王様ともあろう人が、泳げないなんて、もし、この先、外の国へ、船に乗って行くような事があったときに、泳げるとか、海に入ったことがあるのとないのとじゃ、全然違うと思うわよ?」
「たしかに。そういう事態も考えられなくはない、か」
船に乗る機会があるのかどうかはわからないが、泳いだことがある、あるいは、海に入ったことがあるというのは、意外と活きる場面もあるのかもしれない。
もちろん、現代に暮らしていれば、そんな風に考えることもなく、普通に学校とかでも水泳の授業とかはあるから、大抵は泳げるようになるものだが。
もっとも、王族の事情など、俺には到底わかるはずもない。
「それに、ルシオンもこっちに来るわよね?」
どう話が収束するのか、どう転んでもその通りに従うだけのつもりだった俺に、急に火の粉が飛んでくる。
気が付けば、ふたりの姫から、一方からは氷柱のように冷え冷えとした尖った視線が、もう一方からは自信満々で不敵な笑顔が向けられている。
「ルシオンも、お姉様の水着姿を見たいわよね?」
「ルシオン。あなたは私の味方ですか? それともマリエッタの味方をするつもりですか?」
ルミナリエの水着姿に関係はなく、俺は心情的に、いつでもルミナリエの味方であるつもりだ。
ただし、マリエッタ姫とレアード王子が海へ行くというのなら、護衛としてはそちらにも着いてゆくべきなのではないかと思うのも事実。
シスネがいるとはいえ、無暗に別行動をするべきではない。
ならば、マリエッタ姫がレアード王子とセルカを味方に引き入れた時点で、勝敗は決している。そのことはルミナリエにもすでにわかっているはずだ。
なぜなら、この中で保護者的な立場にいるのは俺とシスネだけ。モーリーさんは仕事に出かけている。
つまり、俺がルミナリエにつけば、自然とシスネはマリエッタ姫の側に回ることだろう。
「決まりね。そうと決まれば、水着を買いに行かなくちゃ」
「それなら私が案内してあげる!」
セルカに案内された店で、俺とレアード王子の男性陣の方がさっさと終わった。
元々、俺は一緒になって海に入るつもりはなく、浜辺から見守る予定だし、レアード王子はこういうことには無頓着というか、そもそも初めての事で、よくわからないらしく、店員に勧められるままに選んでいた。
「お兄様とルシオンは先に行ってて。場所取りとか」
さっき、別行動をとるべきじゃないと決心したばかりで、早くも覆されたわけだが、女性の水着選びの現場なんかに俺たちが立ち入れるはずもない。恋人でもないってのに。
そんなわけで、俺とレアード王子は先に海まで降りてきて、浜にシートなんかを広げていたわけだが。
「ルシオンはサンベルードにも姉上と一緒に出掛けていて、そこの『聖女』であるアンリエッタにも会ってきたんだったな」
男ふたりで水着姿でシートに腰を下ろして何をしているんだと思われるかもしれなかったが、幸い、周りに人はいなかった。
セルカの言う通り、ここらの子供、家族なんかは、今は旅行だったりに出かけるのがシーズンなのかもしれない。
「ああ……いや、えっと、はい。それがどうか……しましたか?」
「私と話すときも姉上と同じように砕けた調子で構わない。それとも姉上だけが特別なのかもしれないが」
ルミナリエが特別、いや、たしかにルミナリエは特別だけど、それとは別の問題だと思う。
たしかに俺はこの国の生まれじゃないし、この国に対しての愛国心だとか、そんなものはほとんど持っていない。
しかし、短い間ではあるが、ここへの道程でレアード王子と接して、この王子が真剣にこの国の、そして国民の事を考えているってのは理解できていた。
「話を戻すが、姉上と、アンリエッタ聖女、それからセルカ聖女に会ったのはお前だけだからな。率直な意見を聞かせて貰いたいのだが」
「俺にできることなら」
俺の返答に頷いたレアード王子は。
「ルシオンは、それぞれの『聖女』について、何か思うところはあったか?」
「そうだな。皆、この国、あるいは国民を好きとか見守りたいとかって気持ちはあるみたいだったな。それが『聖女』になったから芽生えた感情なのか、あるいは、そういう感情があったから『聖女』に選ばれたのかはわからないけど」
リュゼの話じゃ……いや、どちらが先でも構わないんだよな、実際のところ。
ルミナリエたち『聖女』が、俺たちを守りたいという気持ちを持っていて、 そして『加護』という形でそれを実際に表してくれているのなら、俺たちもそんな『聖女』を見守っていかなくちゃならない。
「それとは別に、あ、でも、これは王子には話さない方が良いのか?」
悪く言えば、体制への批判ともとられるんじゃないだろうか。
「何の話だ?」
「あ、いや、何でも――」
「待たせたわね!」
誤魔化すでもないけど、濁そうとしたところで、後ろから声がかけられる。




