ニコスハーデンの『聖女様』 6
◇ ◇ ◇
「この度は、突然お邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
食事を終え、子供たちの方が(俺たちが子供じゃないとは言わないが)遊び疲れて仲良く並んで眠ってしまってから、俺とシスネはモーリーと向かい合う形でテーブルについていた。
こちらにも『聖女』がどこの誰とわからないって理由はあった。場所についても、ルミナリエの推測がほとんどだ。
しかし、それはそれ。
セルカに会うことができたのは、完全に偶然の事ではあったけど、王子や王女が自宅を訪れるというのは、いきなりではなくとも、相当のプレッシャーだろうというのはよくわかる。
「構いませんよ。おふたりとも、まだ若いのに大変ね」
「大変などということは、全くありません」
モーリーの淹れてくれたコーヒーを口につけながら、シスネははっきりと断言した。
「若様、姫様の傍にこうして仕えさせていただくという大役を仰せつかったことは、とても光栄に思っています。大変だと感じたことは、ありません」
城の、本殿の方で、日々どんな職務があるのかは知らないけど、少なくとも、忙しくないとか、疲れないってことはないだろう。
全然本職とは関係ない俺でも、国のトップ、国王一家の過ごすところの管理やら何やらが激務だろうことは想像がつく。
俺が参加させて貰っているのは騎士団の訓練にしか過ぎず、他はルミナリエの傍にいるだけだから、その仕事のわずかもわかっちゃいないとは思うが。
それでも、こうして言い切ってしまうシスネのことは、素直に尊敬できると感じる。本殿の方のメイドやらは皆こんな感じなんだろうか。
「俺は、まだ春にルミナリエのところに来たばかりなので、大変だとかはあまり。そもそも、俺の業務はシスネのものとは違いますし。こういってはなんですけど、正直、そういう仕事として俺が必要かって言われると、そうとはとても言えないですね」
俺は、料理をしているわけじゃない。
おやつくらいは作れるけど、ルミナリエの部屋? にあるキッチンを使って食事を準備するって機会はほとんどない。
掃除はルミナリエが何だかよくわからない魔法でさっとやってしまうし、洗濯物はルミナリエの物と同じように、いつの間にか来ている本殿の方のメイドに回収されている。
あとは、ルミナリエと一緒に魔法の訓練をしているか、こっちの世界の本なんかを読んだり、他の勉強をしたり、あるいは、双六やらカードやらに付き合うことも、稀にある。
そんなことでルミナリエの暇つぶしになっているのかと疑問に思わないこともないが、今のところ、特別に言われるようなことはあまりない。
「それは、ルシオンが傍にいるだけでいいってことなんでしょう。別に、ルシオンが何もしなくていいってわけじゃなくて、いや、そうなんだけど、つまり、いてくれることがルミナリエ様にとって重要だというか」
シスネの説明は要領を得ないものだったけど、言いたいことは大体理解できていた。
「ルミナリエ様にとって、ルシオンさんの存在が大きいということでしょうね」
モーリーさんにも同じようなことを言われ、俺が眉を顰めると、女性陣ふたりは顔を見合わせて微笑み合っていた。
それから、俺たちは互いの『聖女』に対する意見を交換した。
とはいっても、ほとんど知っている事ばかりで、知識の量に大差はなく、普段の行動というか、振る舞い、あるいは日常的なことがメインではあったけど。
「そうなんですか。王都――それからサンベルード――では『お披露目』という日があるんですね」
このニコスハーデンが、『聖女』のいる街として、俺たちが訪れたフリーレン――王都に関しては訪れたって表現が正しいのかはわからないが――やサンベルードと明らかに違う点。
それは『聖女』が――セルカが普通に街の住人として過ごしているところだ。
学院にも通っていて友達もいるみたいだし、日中からひとりで街中を歩き回ってもいる。
本来はそうあるべきなんだろうが、ルミナリエは城にほぼ軟禁に近い状況でいるし、アンリエッタも教会でリュゼとぐらいしか日常的に接したりはしていないみたいだった。
「セルカさんは、というより、このニコスハーデンの街はそうじゃないんですね。すくなくとも、今日あたしたちが見た限りじゃ、セルカさんを特別視とか、神聖視しているわけじゃなさそうに感じました」
俺たちが昼間に立ち寄った食事処でも、ルミナリエとセルカを間違えた女主人は、随分と気さくな感じで話しかけていた。
王都じゃ、あるいはサンベルードの宝石店だったりでは、ルミナリエに――『聖女』に対して、随分畏敬の念を抱いている様子だったからな。
そのことは、シスネも当然、報告書かなにかで読んで知っているんだろう。
「それは多分あの子が、こういう言い方は親バカなのかもしれませんけど、愛されていることを知っているからなんでしょうね」
それは、セルカの精神性が、ここの住人にも影響を及ぼしているということか?
たしかに、サンベルードの街じゃ、監禁されていたアンリエッタに倣うように、街の雰囲気も沈んで、暗かった。
あれは単に『聖女』が皆の前に姿を見せず、魔力を得られていないことが原因だと思っていたけど、それだけじゃなかったってことなのか?
「そんなに難しい話じゃありませんよ」
そうモーリーさんが微笑む。
「あの子が特別……じゃありませんね、この街の人たちが皆さんいい人たちだからでしょうか。セルカは『聖女』の役についてから、誘拐されそうになるとか、命を狙われるとか、そんな特別なことは何も起きませんでした」
それは多分、さっき俺たちが話した、フリーレンやサンベルードでの様子を踏まえているのだろう。
「それに、あの子はまだ子供で、年齢的にはルミナリエ様より年上ということにはなりますけど――そういう、他人の悪意というものに疎いのでしょう」
悪意ってのは、敵意とか、害意とかだけじゃなく、嫉妬とか、そういう感情も含めてのことか。
学校に通っているってことだから、そっちじゃ何か――子供にではなく保護者の間にでも――問題でも生じているのかもしれない。
「もちろん、私たちも、そういう人ばかりではないことは知っています。むしろ、少なくともこの街では、そちらの方が少数派だと。しかし」
大人って立場になると、考えずにもいられないってことか。
特にモーリーさんは、セルカの実の母親なわけだし。
「すみません。私も、セルカが『聖女』だからといって、そこまで詳しいわけではないんです。もちろん、セルカが『聖女』になってから、個人的に調べたりはしましたけれど、おそらくはお城に集まる情報より優れているということはないはずです」
まあ、普通は検証しようとはしないもんだよな。なんで『聖女』を見ると魔法が使えるのかとか、そんなこと。
なんで猫がにゃあと鳴くのかってのと、同じくらいの話に考えているんだろう。
実際に猫がにゃあと鳴いているのか、俺たちの耳がそう聞いているだけなのかって、そんなことは置いておくとして、それ自体に疑問を持つ人は、まあ、いないだろう。ほとんど。
「私にとっては、セルカが『聖女』であろうとなかろうと、大切な、大好きな娘ですから」
それは俺も、シスネも、城にいる、他の誰に聞いてもほとんど全員が同じ答えを返すことだろう。
それは前提として、ルミナリエが検証したいって言うのなら、付き合うだけだ。
本当に、王都でも、サンベルードでも、あるいはこの国の他のどの地域に行ったとしても、このニコスハーデンとセルカみたいな関係を築くことができれば、それがきっといいことなんじゃねえかと思える。




