ニコスハーデンの『聖女様』 3
「それで、お兄ちゃんたちは何しに来たのー?」
セルカが無邪気に問いかけてくる。
普段、シスネは俺とは違って使用人だけで食事をしているって話だったが、今は一緒にテーブルについていた。城とは違い、そっちの方が時間的な効率もいいからな。
「お前に会いに来たんだよ」
正確には『聖女』にだが、本人が目の前にいるんだから構わないだろう。
「えっ、そ、そうなんだぁ……」
セルカが『聖女』であるなら、人が会いに来ることなんて珍しくもなんともないだろうに、何をそんなに照れているんだろうか。そして、ルミナリエからの視線が、心なしか、少し鋭くなっている気がする。
特に乱れているとは思えない前髪を焦ったようにくるくると弄っているセルカは「えへへ……」と無邪気な笑みを漏らした。
「今、学院が夏休みで、友達は皆遠くに遊びに行っちゃってて、暇だったんだぁ」
自分はここを離れられないことを残念に思っているんだろうか? いや、どうもそんな感じじゃなさそうだな。
「だから、ルミナリエちゃんが遊びに来てくれて嬉しいな。何して遊ぶ? 何でもあるよ?」
「ちゃ、ちゃん?」
楽しそうに笑いながら手を引っ張ってゆくセルカに、ルミナリエは面食らったように目を瞬かせる。
「セルカは普段、何して過ごしているの?」
そこにマリエッタ姫も加わって、女が3人寄れば何とやらと言うけど、楽しそうに会話を弾ませている。
「私ー? そうだなあ。本を読んだり、友達と噂の真相を確かめにいったり、猫のたまり場に行って一緒に日向ぼっこしたり……」
行ってみる? と提案されてついて行くと、よく陽の当たる開けた階段のところに、6匹ほどの猫が集まっていた。
白かったり、三毛だったり、ぶちだったりと、種類は別々だったけれど、よくここへは人が来るのか、人に慣れていないとか、警戒心を持っているということもなさそうで、むしろ、懐いてきている。
「じゃーん」
えへへ、と笑いながら、ポケットを漁っていたセルカが、手に取った紐を見せつけてくる。
どうやらここへは本当によく通っているらしく、その猫との遊び道具も、普段から持ち歩いているようだ。
「ほーら、紐だよ。にゃーん」
セルカが紐をプラプラとさせると、猫は飛びつこうとしたりしてくるのだが、紐の扱いが巧みなせいか、寸でのところで躱し続け、猫には紐に触らせない。
「これ、あたしも触ってみて大丈夫なの?」
その様子を見てマリエッタ姫が尋ねると。
「大丈夫だよ。でも、気を付けて」
「え?」
マリエッタ姫が振り返ったのは、丁度、猫がマリエッタ姫の金髪に飛びつこうとしているところだった。
寸でのところで翻り、猫の爪から難を逃れたその金の髪は、今もさらさらとマリエッタ姫の動きに合わせて揺れている。
「マリエッタちゃんの髪が気に入ったみたい。良かったねー、すぐに仲良くなれるよ」
「そ、それは嬉しいけど……きゃっ、爪は伸びてないんでしょうね?」
マリエッタ姫は、ふたつ結びにしている自分の金髪を持ち上げて、今度は警戒するように猫たちのことを半眼気味に睨んでいる。
「そんなには伸びてないよ。たまにがりがりやってるし」
そうセルカが言った傍から、別の個体が、壁に向かってがりがりと爪とぎを始める。
「そ、それならいいんだけど……」
恐る恐るという感じに膝を屈めてゆき、しゃがみ込んだマリエッタ姫は、猫たちへと手を伸ばし、撫でた手にすり寄る様子を見せた猫の姿に、ぱっと笑顔を輝かせた。
「可愛いよねー、猫」
「そ、そうね。あたしの方が可愛いけど」
謎の張り合いを見せたマリエッタ姫に、
「お前は何を張り合っているんだ」
とレアード王子は呆れ気味だったが。
「そうだね。マリエッタちゃんも可愛いね」
セルカは首だけで振り返り、にこっと笑顔を向けた。
「え、あ、ありがとう」
当のマリエッタ姫は、自分から振ったことなのにも関わらず、セルカの真っ直ぐ好意というか、称賛に、照れた様子でもじもじとした。
城から出たり、同年代の子供と接する機会が少ないマリエッタ姫は、どうやら、褒められ慣れてはいないようで、そんな様子は、見ていて微笑ましい気持ちになる。
「お姉様とお兄様もどう? 温かくて、ふわふわで、可愛いわよ」
「い、いや、私は構わない」
レアード王子はじりじりと遠ざかるように足を滑らせ。
「何で? こんなに可愛いのに。それとも、もしかして、お兄様、怖いの?」
こんなに可愛いのにねー、とマリエッタ姫は大層気に入った様子で、セルカと一緒に肉球をぷにぷにとしている。
「でも、そんなことないわよね。お兄様はいずれ父様の後を継いでこの国の王様になる人だもの。猫くらいに怖気づいているわけないわよね?」
「そ、そんなことはない」
レアード王子は、マリエッタ姫の長髪に乗せられる感じで、そのに片膝をつき、猫に向かって片手を差し出す。
「これもあるんだよ」
そう言いながらセルカは、ポケットから、袋に入った鰹節を取り出す。
きちんと密閉されているみたいだし、実際に取り出して見せるまで猫たちは反応を見せていなかったが、普段からここへ来ているセルカの行動パターンから学んでいるのか、セルカの取り出した袋に飛びつこうとジャンプしている奴もいる。
「これは、野良猫に餌付けしてしまっても良いのだろうか?」
レアード王子はまだ若干気が引けている様子ながらも、恐る恐る、自分の手に鰹節を乗せ。
「あっ」
そこで、タイミングが悪く、風が吹き込んできて、レアード王子の手から鰹節が飛んでしまい、マリエッタ姫にかかってしまう。
本能か、その場の猫たちが、紐のおもちゃなんかはそっちのけに、マリエッタ姫に向かって飛びかかる。
「あ、ちょっと、きゃっ」
俺とシスネは救助に入ろうとしたが間に合わず、マリエッタ姫は階段のところにしりもちをついてしまう。
「あ痛たた、って、ちょっと、待ってー」
鰹節は服にかかてしまっていて、マリエッタ姫が払いのけるよりも早く、猫たちが群がってきて、身体の上に、あるいはドレスのスカートの方から服の中へと潜り込もうとしてくる。
そうして、もぞもぞと這い上がり、胸元から顔をのぞかせた子猫に、マリエッタ姫は最高の笑顔を見せる。
「もう、どこに入ってるの、えっちなんだから」
マリエッタ姫に、めっ、と指を立てられ、子猫が小さくにゃあと鳴く。
「いいわね、可愛くて。ねえ、ルシオン」
無邪気に戯れるマリエッタ姫とセルカと子猫の様子を、シスネはとろけそうな顔で眺めていて。
「ああ、そうだな……」
シスネも一緒になって屈みこみ、子猫へと手を伸ばしたりしているので、俺も同じように子猫へと手を伸ばす。
おお、本当に懐いているんだな。
すり寄ってきた子猫は、ひとしきり俺の手に自分の顔をこすり付けるようにして、抱き上げてやると、ぺろぺろと頬を舐めてくる。
たしかに、ペット的な意味で――こいつらは野良だが――可愛さを感じたりはする。
すでにレアード王子もマリエッタ姫に連れてゆかれていて、残るは、とルミナリエの方へと顔を向ければ、羨ましそうな表情を浮かべながら、じっと俺の方を見つめていた。
「ルミナリエもどう? 可愛いと思わない?」
セルカが抱き上げた猫を前にしながら、ルミナリエに近づいて微笑む。
ルミナリエは、ぴくりと肩を揺らし、それからひんやりとした金の瞳で。
「……よいです」
と少し離れたところから、またじっと俺たちの方を見つめていた。




