ニコスハーデンの『聖女様』 2
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ……って、あら、セルカ様じゃない。どうしたの今日はそんなに……あら? セルカ様じゃない……?」
立ち寄った食事処の女主人は、俺たちの姿を見た途端、そんな風に口を開いて固まった。
その視線はルミナリエのところで止まった後、順に俺たちへと向けられてきて。
「セルカ、というのが、このニコスハーデンの『聖女』の名前なのですね?」
確認するようにルミナリエが尋ねると、女主人は頷き。
「ええ、そうだけど、そんなことも知らないなんて、あんた達一体何者なの?」
訝しむように俺たちのことを覗き込む。
しかし、すぐに。
「えっ? あれ、でも……」
そう呟きながら、ルミナリエのことをじっくりと見つめる。
もちろん、ルミナリエはフードを被ってはいるが、そんなことくらいでは『聖女』の加護を隠す効果はない。
加えて、今回は隣にマリエッタ姫とレアード王子までいるんだからな。
「も、もしかして、あなた、ひょっとしてルミナリエ……王女? それに、レアード王子にマリエッタ王女?」
「そ」
「その通りよ!」
ルミナリエが返事をするよりも、マリエッタ姫の方が早かった。
お姉様だけでなく、自分の――そしてレアード王子の――ことまで知っていて貰えたのが嬉しかったのか、どことなく、表情も誇らしげだ。
「神聖ヴァンブリグ魔法王国第二王女、マリエッタ・シェスタローゼ。この街にいる『聖女』に会いに来たわ!」
どこにいるの、と詰め寄ろうとするマリエッタ姫の肩をレアード王子が捕まえる。
「マリエッタ、先走り過ぎだ。もう少し落ち着け」
そしてレアード王子はわずかに不満をにじませるマリエッタ姫を引きずるようにして後ろへと下がってゆき、俺たちに場所を譲ってくれたので。
「俺は護衛を任されているルシオン・ウェールスっていいます。実は『聖女』でもあるルミナリエは、レアード王子とマリエッタ姫にも増して、城や、城以外での他人との接触を避けるようにしています」
俺はルミナリエの現状、城での扱いやなんかを話し。
「それで、他の『聖女』の過ごし方を知ることで、城や、ひいては王都での『聖女』の在り方の助けになれば、と。もちろん、ルミナリエ自身も、他の『聖女』と会えるのを楽しみにしています」
だからどうか会わせては貰えませんか、と頭を下げたところ。
「そう言われてもねえ。セルカ様が今日どこにいるのかは私にもわからないわね。よく向こうのひまわり畑にいるのは知っているけど」
サンベルードでのアンリエッタのように、セルカって『聖女様』は、教会に住んでいるわけじゃないのか。
やはり、その地域ごとで『聖女』への対応に差があるな。差というより、違いだろうか。
「それで? 他には聴きたいことはないのかい? うちは食事処で、もうすぐ昼どきだけど」
商売上手な女主人が、壁に貼ってあるメニューを指さしながら微笑みかけてきたところで、勢いよく店の扉が開かれる。
「あー、お腹空いた。レティさん、セルカ、パンケーキが食べたいな」
入ってきたのは、ルミナリエよりも少しばかり身長の高い少女だった。
肩で切りそろえた茶色の髪を、左右でふたつに結び、楽しそうな、陽だまりみたいな笑顔を浮かべている。
その少女は、ちょこんとカウンター前の椅子に飛び乗るように腰かけ。
「はいはい。ちょっと待ってね。そっちのお客様が先だから」
女主人、レティさんが食事の準備に背中を向けたところで、ようやく俺たちに気が付いたらしく、その少女は、
「あれ? もしかして『聖女様』なの? わー、すごーい、本物だー」
よっ、と椅子から飛び降りて、ぱたぱたと俺たちのところまで駆け寄って来る。
「本物だって、あなたも同じ『聖女』ではないですか」
「そうだけど、本物のお姫様と王子様にこんなに近くで会えたのは初めてだから」
その『聖女』の輝きを灯す少女は、クールに言い切ったルミナリエをまじまじと見つめ、隣のマリエッタ姫とレアード王子にもにっこりとした笑顔を向ける。
「いいなあ。セルカ、ひとりっ子だから、兄妹って羨ましい」
それから、はっとしたような顔を浮かべ。
「いけないいけない。セルカ……違った、私、セルカ・リミアン。セルカでいいよ、よろしくね、えっと、王女様……?」
セルカはそう言って、首をこてんと傾ける。
「……神聖ヴァンヴリグ魔法王国第一王女のルミナリエ・シェスタローゼです。こちらこそよろしくお願いします、セルカ。私のこともルミナリエで構いませんよ」
やや面食らった様子ながらも、挨拶を終えたルミナリエに続くように、レアード王子とマリエッタ姫も順番に名乗りを上げる。
「あたしはマリエッタ・シェスタローゼよ。ルミナリエお姉様はあたしのお姉様よ。よろしくね、セルカ」
「私は、神聖ヴァンブリグ魔法王国第一王子のレアード・シェスタローゼだ。今代の聖女である――」
「もう、お兄様ったら硬すぎるわよ。お兄様もルシオンと同じようにナンパの修行に行った方が良かったんじゃない?」
いや、レアード王子がナンパなんかに出かけられるわけはないだろう。
俺みたいに、名前や顔を知られていない一般人とは、わけが全然違うんだから。
「そんなことができるか。国民の模範たる私たちがそんなに軽々しくナ、ナンパなんかに出られるはずないだろう」
「あら、大丈夫よ。お兄様は、私が見てきた中でも、イケメンの類よ。外に出たらモテモテ間違いなしなんじゃない?」
「お前のまともに話したことのある相手なんて、私か父上くらいだろうが」
ルミナリエと違ってこのふたりは街までもよく出ているらしいが、声をかけるくらいならばともかく、異性の友人がいるとか、決まった相手がいるって話は聞いたこともないしな。
「ふふっ。それで、本当は何しに来たの? 事件? そう言えば知ってる? うちの隣の隣の隣の家のオットーったらね、6股がばれてこっぴどくフラれちゃったんだって。それからね、ふたつ向こうの通りのレーサさんのところ、もうすぐ5人目の子供が生まれるんですって。それからそれから、あっ、えっと、そうだ、このレティさんのところのパンケーキは絶品だよ。ふわふわの生地と、甘いシロップが絡み合って、口の中が、もう、すっごく、とにかくすっごく美味しいの!」
今日この街に初めてきたばかりなんだから、そんなローカルなネタ知ってるはずないだろ、と告げる暇もないくらい、セルカは楽しそうに次々と話を続ける。
「そうなの! お城の庭師のヨースンと司書見習のセルフィはねえ、恋人同士なんだけど家の事情とかで秘密にしているの! それで、その事情を知らない副長官のハンスがセルフィにアタックしていて、でもそれは外交のテュラーの気を引くためで――」
話を聞いたマリエッタ姫も、堰を切ったように話し出したが、ほとんど、というか、全部お城の人間関係のゴシップとかスクープだった。
メイドであるシスネは知っている様子だったけど、それは他人にペラペラ話していいようなことなのか?
まあ、噂なんて、正誤はともかく、人に話すために存在するようなもんだからなあ。
「えー、嘘ー!」
なんで自分の知らない、顔も見たことのない相手の話でそんなに盛り上がれるんだってくらい、マリエッタ姫とセルカは意気投合した様子だった。
マリエッタ姫は同年代くらいの子供が周りにいない分、そういう話をする相手を欲していたのかもしれない。




